弥生 久さんのレビュー一覧
投稿者:弥生 久
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紙の本ハーモニー 新版
2016/07/24 13:00
冷徹な論理
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
かつての政府という体制が崩れ去り、新たに"生府"が人々を統治する世界。人間ひとりひとりを社会のリソースとして扱い、自分と他人を慈しむことが社会的規範とされ、高度に発達した医療技術によってあらゆる病気が駆逐されたユートピア。
そんな世界に倦んだ三人の少女は、自ら死ぬことを試みる。
十三年後、死ねなかった少女霧慧トァンはユートピア崩壊の混乱のなか、かつて死んだはずの少女の影を追っていた──
ゼロ年代日本SF屈指の傑作。星雲賞日本長編部門・「ベストSF2009」第1位・日本SF大賞の三冠に輝き、さらに英語版はSFの本場アメリカでフィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞した。また、デビュー作『虐殺器官』でSF界に激震を及ぼし、そのわずか二年後に三四歳の若さで夭折した著者の遺作でもある。
この作品は未来を遠く隔絶された地として語るのではなく、「現在から地続き」の場として、冷徹な論理と豊かな想像力で描いている。意識とは、人間とは何かを問う重厚なSFでありながら、極上のエンターテイメントでもある『ハーモニー』は、その論理と想像力をもって私たちの思考と意識の根幹を揺さぶってくれる。
死してなお、いまを生きる私たちの世界に影響を及ぼし続ける伊藤計劃。早世が惜しまれる作家だ。
紙の本久生十蘭短篇選
2016/06/18 14:01
美しく静謐、幻想と怪奇ただよう短篇集
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「小説の魔術師」と評される久生十蘭の傑作短篇選。
収められているのは、ぼくが愛してやまない「黄泉から」、第二回世界短篇コンクールで第一席を獲得した「母子像」、読後の奇妙な味わいはミステリにも通ずる「黒い手帳」など、全十五編。
中でもぼくが偏愛する「黄泉から」について、ここで書こうと思う。あらすじはいたってシンプルだ。
戦後、盆の頃にフランスから帰国した魚返光太郎は、大戦中ニューギニアで命を落とした従妹、おけいを迎え入れる準備をしていた。そこに、おけいと共にニューギニアで従軍していたという娘が訪れ、おけいの最期を語る──
この作品には全編を通して言いがたい郷愁がただよう。敗戦間もない日本の寂寥感、そして作品全体をおおう戦時中とは対比的な穏やかさ。西日と蟋蟀の声のなか、失ったひとを追想する主人公の姿は静謐ながらも鮮烈だ。もうここにはいないけれど、生者は死者をおもうことが出来る。
最後の台詞と一行は、忘れがたい余韻をもたらすだろう。
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