ちぃさんのレビュー一覧
投稿者:ちぃ
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クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国 下
2020/06/28 20:21
歴史+α
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上巻の最後の方でようやく出航した天正遣欧少年使節団。彼らの欧州での生活や活動が大きく取り上げられるのが下巻と思って読み始めたのだけれど、その期待は下巻の早い段階で彼らが帰国してしまうことで裏切られる。
それでも、その裏切られた思いはしっかり充足させられてしまうのが、この大作のすごいところ。宣教師たちが時の権力者(信長、秀頼、家康)に如何に対するかという外の問題に加えて、衰退の道を辿り始めたスペインやポルトガルからの宣教師とイタリア宣教師との確執という内の問題。楠木建は自身の専門である「戦略」という切り口で本書を読んだそうだが、それに限らず、この大作が多彩な切り口で楽しめることは間違いない。
『カトリック布教史から見た日本』とでも題したい下巻の終盤は、少年たちに寄せる著者の母性とも言える思い入れが徐々に熱を帯びてきて、その熱さについつい押されてしまう。この熱さも読みどころのひとつであり、本書を単なる歴史書で終わらせていない要因でもある。
クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国 上
2020/06/28 20:20
高密度
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楠木建『戦略読書日記』で知った一冊。
天正遣欧少年使節団の話と思いきや、彼らはなかなか登場せず、全575ページの中の519ページ目でようやく出航。それまでは派遣に至る経緯や時代背景が綿々とつづられるわけなのだけれど、幾多の史料を紐解いて書かれたこの内容が抜群に面白い。この上巻だけで独立した一冊の本(タイトルは『イエズス会と日本』あたりか)になっても何らおかしくないほど。布教への苦労やイエズス会の内幕がぎっしり詰まって、575ページの中にムダはなし。腹いっぱいで下巻へ。
1988年のパ・リーグ
2020/06/28 20:16
伝説の裏の買収劇
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1988年と聞くとやはり反応してしまう、パ・リーグ者としては。
テレビ朝日が「ニュースステーション」の中で放送を続けた伝説の10.19ロッテ対近鉄のダブルヘッダー第2試合だけでなく、阪急の身売り、そして南海の身売りと福岡への移転。なんでこんなことが同じ年に起きるのかと、興奮し、胸を痛めたことは今もよく覚えている。
本書で印象に残ったのは、伝説のダブルヘッダーではなく、二球団の身売りに関する章。周到に準備され、練りに練られた戦略で進められた買収劇。ひとつタイミングが違っていたら、福岡移転を果たしたのは別の球団かもしれなかったという事実。企業買収に関するビジネス本を読んでいるような錯覚に陥り、あれは紛れもなく昭和最後の大事件だった、という思いがよみがえる。嗚呼、それにしても阪急身売りの発表が10.19だったのはなんとも残念すぎる。
生存する意識 植物状態の患者と対話する
2020/06/28 20:14
揺らぐ概念
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植物状態と診断された患者の中には実は意識を持っている、それを表現する術がないにすぎない、という人が少なからず存在する。この衝撃的な事実を明らかにした一冊。
と言っても、医学書・科学書チックな本ではない。その大きな理由は二つ。ひとつは、かつてのパートナーが植物状態になってしまったという著者の私情がそこかしこに表出すること。そして、もうひとつは「意識とは何か?」を問う極めて哲学的な領域に踏み込んでいること。
意識が芽生えるのはいつなのか。物心がついたとき?まさか。受精した時?それも違う。とすると、その間のどこか。一歳?生まれた瞬間?意識の概念を形作る輪郭がグラグラ揺らぐ。
おそめ 伝説の銀座マダム
2020/06/28 20:13
天賦の才
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競争戦略を本分とする楠木建が自著『戦略読書日記』の中で「改めて『商売は理屈じゃない』というどうしようもない真実をイヤというほど思い知らされた」と脱帽した一冊。
「おそめ」と呼ばれた祇園の芸妓が天賦の才と強運を味方にして、昭和財界の大御所や文豪たちが集う銀座のバーのマダムとして一斉を風靡する。当時は「癒し」なんていう言い方はなかったと思うけれども、おそめが殿方たちに提供していたものは間違いなくそれ。川端康成、白洲次郎、小津安二郎らが通ってしまうほどの癒し。しかも、その提供を「仕事だと思ったことがない」と言い切ってしまうのだからまさに天性。
バーのマダムをやるために生まれてきたのではと思わせる彼女の一生が、著者の抑えた筆致で活写される。その頂点への駆け上がり方の鮮やかさだけでなく、その後の凋落の哀しさも含めて。ノンフィクションの傑作。
未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために
2020/06/13 00:03
人に優しいデジタル
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ITやデジタルの論客とされる人たちの語り口がどうにも気になる。もちろん、全員がそうだとは言わないけれども、挑発的でとんがっていたり、上から目線だったり、ご自身の知識をひけらかしたりする人が少なくない。もっともなことを言っていても、そんな言い方されちゃうとなんだか素直に聞けないなあなどと思ったりもする。
そこで、ドミニク・チェン。「気鋭の情報学者がデジタル表現のこれからを語る」という帯の惹句だけ見るとこの手の論客と見えるが、実は正反対。衝撃を受けるほど正反対。デジタルに対してこんなにあたたかい語り口とアプローチがあったのかと目を開かされる。
人と人とのコミュニケーションとは、副題の通り「わかりあえなさをつなぐため」のもので、そのわかりあえなさとは埋めるべき隙間ではなく、新しい意味が生まれる余白である、と。コミュニケーション、そしてそれに使われる言葉に対する研ぎ澄まされた感性と繊細で緻密な観察がまずあって、デジタルはそのための手法のひとつに過ぎない。この考えがベースにあるから、本書で書かれる言葉は穏やかであたたかく、美しいとさえ言える。
言葉に対する著者のこの感性を思ったとき、その生い立ちに触れずにはいられない。母方の日本の家族、父方の台湾の家族はそれぞれ第二次大戦で各地を移り住み、特に父親は5か国語を操って日本留学中にフランスに帰化するという奇異な人生を送ったという。そして、著者本人は東京でフランス国籍者として生まれ、在日フランス人の学校に通った日本語・英語・仏語のトリリンガル。こんな人が考えるデジタルは、人に優しいものになるに違いない。
無敵のハンディキャップ 障害者が「プロレスラー」になった日
2019/01/12 13:02
2018年のマイベスト
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障害者と、彼らを支えるボランティアの世界は、清く正しく美しい善意の世界。でも、著者がボランティア活動の中で目の当たりにしてきたのは、健常者と同じように、女性や酒に目がない人もいれば、お金に汚い人もいる、という現実。善意の世界にいることで、こうした現実に目を塞ぎ、思考停止に陥っているのではないか。こう思った著者は、障害者プロレスという手段で問題提起を行うに至る。
健常者が「障害者の気持ちになって」と言うのは傲慢であり、一方、周囲の健常者の保護を受けながら生きている障害者が「健常者が理解してくれない」と嘆くのは甘えであると斬り落とす。障害者と健常者の理想的な関係とは何か?という問題に模範解答などない。それでも、お互いが生身の人間であることを受け止め合うことで重い扉は開くはず、という著者の強い思いは、障害者プロレスの描写から熱く強く伝わってくる。
21年前に出版され、長らく絶版だった本書を復活してくれたちくま文庫に感謝。
海の歴史
2019/01/12 13:01
disる、disる
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海を思わせる鮮やかなブルーの装丁に惹かれて、書店で思わず手に取った一冊。しかも、著者はジャック・アタリ。で、これならと即買い。(アタリでなくても多分買ったと思うけれど)
宇宙と水の誕生から、大航海時代を経て、コンテナの出現と現在の漁業に至るまで、海のこれまでを総括して、その上で問題提起と提言。正直、宇宙の誕生からヒトの誕生まで取り上げた最初の二章は、ワタシの装丁買いは“アタリ”ではなくて、ハズレだったかと思ったのだけれど、人類が船を作り出して海に進出し始めた第三章から、ワタシの読書航海も無事軌道に。そこから第六章まで、視点を海に置いて世界史を眺めてみると、これまでと少し違う風景が見えてきた。
そして、著者の問題提起や提言については…と進むのが多分まっとうなブックレビュー。でも、それは何だか嘘っぽいので、提起や提言より印象に残った2点を。
一つ目は、「デジタル経済の大企業や起業家は海よりも宇宙に夢中になっている」という著者の指摘。ワタシもどちらかと言うと宇宙好きなので、この指摘にはプラスチックバットで後頭部をコツンとやられた気分。「持続的な利益が将来も海で生じることに、彼らはまだ気づいていないのだ」という指摘を、お年玉で話題のあの人はどう受け止めるのだろう、などと若干ミーハーな思いが頭をよぎった。
二つ目は、これまでの歴史の中で、フランスは海洋大国になるチャンスを7度も逃したという指摘。いや、指摘というか、これは完全にdisっているとしか言いようのないレベル。海洋大国として覇者になった英国やオランダと比較して、いかにフランスがイケていなかったかという話を実に7回も。自分の国だから言えるということももちろんあるのだろうけれど、もう笑ってしまうくらいしつこくdisっているところが本書の読みどころ…と思えるくらいでないと、本書の面白さは2割減ではないかと。
AI vs.教科書が読めない子どもたち
2019/01/12 13:05
『教科書が読めない』に惹かれて
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本書のタイトルの『AI』の部分ではなくて、『教科書が読めない』の部分に惹かれて手にした一冊。
東大合格を目指して作ったロボットの失敗から、著者はAIの限界を認識し、シンギュラリティなど絶対に起こりえないと断言する。とは言え、AIの発達によって人間が職業を奪われる事態が起こることも真。では、それに対処するにはどうしたらよいか。著者は、それは教育だろうという結論を出すのだけれど、そこでぶち当たったのが子どもたちの読解力の低さだ。
それはそうだろう。これだけネットでの読みものが溢れる中、読解力が落ちない方が不思議だ。珠玉混合のネットの中から良質なものを選び出すのは子どもたちにとっては至難の技。自分の気になるもの、気に入っているものしか目を通さず、しかも行間が間延びしたスタイルに慣れてしまうと、行間が詰まっているという見た目だけで敬遠してしまう書物も出てくるだろう。(ちなみに、偏屈なワタシは、行間が無駄に空いているネット上のブログや記事を見ると、それだけで萎えてしまう。それは偏見だと言われたら、素直に認めざるを得ないのだけれど。)
もちろん、ネットでの読みものを止めて本を読めば解決するのかというと、事はそんなに簡単でない。それは本書での指摘通り。AI本としても十分読む価値があるけれど、むしろ教育本としての価値の方がずっと高い。『教科書が読めない』に惹かれて大正解。
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