雨宮司さんのレビュー一覧
投稿者:雨宮司
人生処方詩集
2019/11/03 21:46
懐かしいユーモア。
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私が初めてこの詩集を読んだのは、確かちくま文庫版だった。一読して魅了されたね。翻訳者が一緒だから、内容にはあまり変化がなかった。『飛ぶ教室』に代表される児童文学と共通する、どこか温かいユーモアが詩の底辺を支えている。懐かしさは、おそらく子どもの頃の読書体験から来るのでしょうね。いい味わいの詩集でした。
上達論 基本を基本から検討する
2022/11/10 22:06
臍の下辺りの力……、うぅ。
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私は体育の授業が嫌いだ。水泳以外は。特に武道の類は虫酸が走るほど嫌で、対戦でもロクな結果になったことがない。そもそも、「丹田に力を入れる」とか、「臍の下辺りに力を入れる」とか言われても、どこに力を入れていいのかさっぱり解からない。結果として、適当な辺りに力を入れて、この本で言うところの「遠回り」をしてしまうことになる。剣道の「腋の下に卵を挟むつもりで」なんかも解からない。授業時間をフイにしたことになる。この本に、それくらいの年頃に出合いたかった。試行錯誤ができただろうから。結論は弱いが、重要なことを指摘していて、それを読むだけの価値はある。
マイルス・デイヴィスの真実
2022/02/05 07:01
疲れたが楽しかった。
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文庫本で700ページ。オジサンが読むには少々多い分量です。読むにはけっこう時間がかかりました。でも、その時間に見合って余りあるだけの内容は保証します。ジャズ界の帝王と言われたマイルスですが、独り語りの名手でもあったらしい。とにかく人が捉えるイメージの先を行きたい。その思いに突き動かされるように、マイルスは次々と、ジャズを通じて新しい領域を開拓していきます。それがとにかくスリリングで、非常に面白かった。マイルスは自分のやりたい音楽をやりたかっただけなのに、それに時代がついてきた。それが納得できるノンフィクションでした。
銃・病原菌・鉄(草思社文庫)上下巻セット
2020/12/17 15:40
歯応えのある本。
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文化や文明の誕生や発展が、いかに偶然にみえる必然に左右されるかを論じている本だ。ようやく下巻に取り組んでいるが、上巻は目から鱗が180枚ほど落ちた気がする。ポリネシアをカヌーで渡って分散した人々の文化が、何故ある島では狩猟採集文化となり、別の島では農耕文化となったかを、偶然の末の必然という観点から読み解いてみせる。これは些細な例だ。より大きな例では、ピサロ率いるスペイン人部隊が、どうして数で大きく勝るインカ帝国の軍隊に大勝利し、その逆(インカ帝国が艦隊を率いてスペインを征服すること)が起きなかったのは何故なのか、それを様々な例から証明してみせる。それでいて、安易な論には逃げないのだ。これには敬服するより他はない。絶対に年内には読了したい。
キノコの教え
2020/07/25 21:16
肥えた土よりも。
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私はキノコを見るのも食べるのも読むのも大好きですが、そんな私でも初耳のことが多かった。松の苗をしっかり育てるには、栄養分をできるだけカットして、菌根菌との共存関係に持ちこむのが、最も丈夫に育つ方法なのだという。ショウロを育てるには松林に炭を埋めるのが効果的だとは聞いたことがあったが、ここではその根拠にもしっかり理解しやすく言及している。キノコの初心者にも理解しやすく書かれているのは非常にいい。敷居は低く、懐は深い。なかなかの好著です。
アイヌ神謡集
2019/06/29 16:04
CDがあれば。
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人間を中心に編まれるのではなく、あくまでも人間と何らかの関わりのある生き物の神が子孫に語る、という形式の神話集である。まだローマ字表記の部分を読めていないのだが、私はアイヌ語を聞いたことがないし、伝承がどうなっているかも知らないから、読解には時間がかかるだろう。せめてCDがあればいいのだが、口承文芸は少しずつ変わってゆくのが宿命だから、完璧な再現は不可能かもしれない。それでも再現されることを願わずにいられない。それだけの豊饒な世界が、この新謡集に確かに息づいているからだ。
東と西の語る日本の歴史
2019/06/28 21:58
新しい常識。
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まず、網野氏が生前にこの著書を完成させた意義は大きい。ともすれば農業一辺倒で他の職業はなおざりにされがちな歴史で、こうした言わばからめ手から、歴史を包括的に繙いていった点が独特であり、その困難な作業を着々とこなしていった労に、まずは素直に感服の意を表したい。疑問だらけだった日本中世史に、ここまで多様な視点から新鮮な光を当てたのは見事の一語に尽きる。……えっ、これらは歴史の授業で習ったって? 幸運な時代に生まれたのですね。それは新しい教科書でしょう。この本は、それらの新しい教科書が持つ、複眼的視点に寄与した著作のひとつなのです。もう刊行されてから20年以上過ぎましたが、まだまだ輝きを失っていません。名著の条件です。
ルバイヤート 改版
2019/06/22 11:14
ようやく酒の味が判ってきました
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この詩集に出会ったのが大学生の頃だから、もう何年ぐらい読んだことになるのだろう?
酒は楽しい、と言いながら、一抹の寂しさを感じさせてしまうのは、中国・唐の李白にも通じる点かもしれない。どちらも楽しい酒を飲みたがっているのにねぇ。
安易な引用はしたくないから、本編は実際に手に取って確かめてもらうことにする。
全編酒尽くしだが、不思議に飲みたいとは思わせない。酒飲みの寂しさを知るには、これほどいい詩集はないだろう。
水衣集 日高堯子歌集
2024/03/07 20:27
自然界と人の世界のあわい。
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日高堯子が己が短歌の真骨頂を詠んでみせた歌集だ。コロナ禍の只中に詠んだ短歌を含んでいるらしい。様々な人間界の問題は背景に描き、それらの影響を受けながらも淡々と生きていく、鳥獣虫魚や草木を描いてよどみがない。もちろん、人間の世界をメインに据えた短歌もまた多いが、印象に残るのは自然界の動植物だ。表看板に据えるだけあって、自然界を描いた作品は厳しい読みをクリアしていく。それらとの相関関係を結んで巧みな表現になっているのが、人間界、特に己が身辺にいた父母の晩年の描写だ。意外とドライな詠みになっているのは、動植物を見るまなざしがフラットになっているのと無縁ではなかろう。久しぶりの実り多き収穫だった。
はじめて楽しむ万葉集
2024/03/01 10:16
時代が変われば。
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ちょっと前までは、「万葉集」の研究と言えば中西進氏だった。今でも研究を続けておられるだろうが、何せ令和の名付け親になってしまったから、ちょっと棚の上に置かれている感じがする(誤解のない様に言っておくが、中西氏の研究は今も立派なものだ)。私の幼少時は、「万葉集」の研究の御大と言えば故・犬養孝だった。本当に心から万葉の歌を楽しんでおられ、子ども心にも微笑ましかった。前置きが長くなったが、今の研究者で最も実力・人気ともにトップクラスにあるのは上野誠氏だろうか。本書は、その上野氏が「万葉集」の初心者に対して記した入門書だ。学術的なことはなるべく表に出さない様にして、初心者が素直に「万葉集」の世界に親しめる様に、1コラムに1首の原則で魅力ある歌、現代にも通じる歌を中心に紹介している。研究者にとっては物足りないかもしれないが、初心者には丁度いい。現代人と万葉人との共通点と違うところをさり気なく記し、「万葉集」の魅力を伝えている。この意義は大きい。その道の研究者がこういう入門書を出すのは、いつの世にも必要なことだし、研究を広く一般にフィードバックさせるには、必ずこうした本が書かれねばならない。そんな性格の本だ。遙か昔の時代を知るにはいい入門書だ。
よくわからないけど、あきらかにすごい人
2024/02/15 18:51
尊敬する人々へのインタビュー。
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穂村弘が、谷川俊太郎や萩尾望都などの、それぞれの専門分野を代表する第一人者に対してインタビューを行ない、素顔を見せていくという趣向のインタビュー集だ。各人各様、いかにもその人らしい素顔を垣間見せてくれる。最も面白かったのは甲本ヒロトへのインタビューだった。奔放で直感的な甲本の返答に対して、穂村弘はやや振り回されている感があった。穂村弘も鋭い人だが、まだまだ頭でっかちなんだと痛感させられたインタビューだった。あれを読む為だけに、この本を買う価値があると言ってもいい。
老いぼれグリンゴ
2024/02/10 05:07
今は昔、
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この作品では、アメリカの作家で『悪魔の辞典』の著者としても知られる、アンブローズ・ビアスをモデルにした人物の戦時下のメキシコでの生きぶりが、想像力をたくましくして描かれている。もちろん、ビアスの著作を知らなくても充分に楽しめるから安心してほしい。アメリカではベストセラーになって映画まで製作されたらしいが、それは措く。辛辣な皮肉屋として知られたビアスは、この作品中ではグリンゴと呼ばれ、パンチョ・ビージャ(パンチョ・ビリャと書いた方が通りがいいか)麾下のアローヨ将軍の下で働くことになる。作中では何度も、「彼は死にに来た」と言われることとなる。アローヨは、学がないが記憶力がよく、どん底の境遇から成りあがってきた人物として、その学のなさも含めて描かれている。メキシコの人民を代表する存在だ。そのアローヨとグリンゴとの関係が緊密感をもって描かれる。戦争の苛烈な現実と、アメリカ人とメキシコ人との関係性がしっかりと描かれていて、なかなかに味わい深い。一流の戦争文学としても読めるし、サービス精神も旺盛だから、よく味わって読んでほしい。
空と風と時と 小田和正の世界
2024/02/06 12:53
労作。
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評伝というのは、下手をすると本人の一人語りに終わってしまうのだけれど、この評伝は、そうした贔屓の引き倒しに陥っていない。しっかりと周辺各位への取材を欠かさず、何が小田和正をしてこんな高齢まで第一線での活動を続けさせるのだろうか、という我々の疑問に応えようとする。答が出ているわけではない。しかし、四人時代のオフコースからのファンの一人として言わせてもらうと、ここまでその問いに誠実に向き合った本はなかったし、そうでなければ小田和正の承諾は得られなかっただろう。ある程度頑張るだろうとは思っていたけれど、七十歳を過ぎての活躍は嬉しい誤算。この評伝に新たな一頁を加えられたら、それほど嬉しいことはない。まあ、ファンの欲目があるとしても、労作であり、読めばそれが報われることは間違いない。
ラテンアメリカ五人集
2024/02/06 10:48
アンソロジーの良さ。
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オクタビオ・パスの小説が収められているのが気に入って購入したのだが、久々に通読してみて、ラテンアメリカ文学の懐の深さにあらためて感じ入った。饒舌調、端正、静謐、混沌、恐怖など、これだけ魅力的な小説が並べられているのは、圧巻のひと言に尽きる。オクタビオ・パスは詩人として知られているが、正直言って「白」は私の手に負えない。時間がある時にじっくり読み解いていく詩なのだと思う。今回の収穫はオカンポの「鏡の中のコルネーリア」かな。どこからどこまでが幻想的なのか判らなくなる作風で、いかにもラテンアメリカ文学らしい特長を備えている。他の作品もいい。粒ぞろいだ。
