someoneさんのレビュー一覧
投稿者:someone
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FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
2019/06/12 16:17
理性の時代の残照か
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
自分の中でのファクトが更新されていなかったことに気づかされた点は評価。
しかしながら,垣間見える筆者の主張や歴史観には同意できない。
技術の進歩により,社会の「近代化」は世界全体をあまねく包み込んでいる。
平均寿命は延び(≒乳幼児死亡率は下がり),所得水準は上がり,それに伴
い環境保護のような取組にも注力されるようになった。
確かにこれらはファクトである。
・・・だが,だから世界は『良くなっている』と言えるのか?
「私」の知らない100年前の誰かの生活と比べて今の「私」の生活が「良
くなっている」ことは,「私」にとって何ら意味を持たない。
例えば日本の治安状況について,統計上の犯罪の件数は減少している。
筆者ならば,従って「良くなっている」と主張するだろう。それは客観的に
は正しい。
しかしながら日本人の「体感治安」は真逆を示す。
筆者は,こうした事象を知識の欠如による誤解であり,正しい知識を身につ
ければ解消されるものと考えていよう。しかしながら,それは啓蒙主義の誤
謬である。
世界とは,「私」とアクセスする情報のみに依り成立している。
そして,大多数の「私」にとって世界とは自分に近しい(地理的・社会的)環
境であり,その意味で「良くなっている」や否やは近視眼的なものにならざ
るを得ない。
世界とは客観的な存在ではないのだ。
本書は,私には正しい知識が正しい行動を生むという理性の時代の残照に思
える。そうした物語が失われた荒野に,私たちは生きている。
民主主義の死に方 二極化する政治が招く独裁への道
2019/12/09 12:33
リベラルの苦悩
4人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
民主党を支持するリベラル勢力の苦悩が見える一冊。
筆者はハーバード大学で政治学を研究してきた学者であり,本書に
おいては民主主義の危機が暴力によってもたらされるだけではなく,
選挙を通した合法的なプロセスを経ながら崩されていくこともしば
しばあるということを,ドイツ・イタリア・中南米諸国を事例に紹
介する。
ただ,本書においては反トランプという政治的な姿勢が前面に出過
ぎており,ペロン(アルゼンチン)・フジモリ(ペルー)・チャベ
ス(ベネズエラ)といった民主的選挙により選出されながら独裁化
した指導者に共通してみられる特徴が,そのままトランプにも当て
はまるという「分析」については,結論ありきのものではないかと
の疑念を拭えない。
また,個人的に特に違和感を覚えたのは「共和党は予備選挙で勝利
したトランプを,大統領候補に指名しないという選択を,指導部が
主導して行うべきであった」という主張である。
共和党という限られた集団内とはいえ,示された民意を党の指導部
が拒絶することに正当性はあるのか?
筆者は政党を「民主主義の門番」と位置づけているが,民意と異な
る決定をする門番(≒党指導部)をいったい誰が監視するのか?
選挙結果の否定は政党や選挙といったシステム自体への失望を招き,
長期的には更に深く民主主義を傷つけるだけではないのか?
この辺りの主張には「大衆は時に正しい判断ができないので,導か
なければいけない」という,知的エリートの傲岸さが垣間見える。
リベラル勢力の退潮はこうしたところに一因があるのではないか。
本書の結論は,民主主義は成文化された憲法や法律に依るものでは
なく,「相互的寛容」と「組織的自制心」という精神にこそ根ざす
という極めて穏当なものである。
それだけに,反トランプという一点において寛容さと自制心をかな
ぐり捨てたトーンが非常に気になった。
トランプに投票した人々を「独裁者の卵を支持する衆愚」(流石に
こういった表現はしていないが)と切り捨ててしまっても,何も解
決しないのだ。
敗北者たち 第一次世界大戦はなぜ終わり損ねたのか1917−1923
2019/06/27 09:31
権力の空白の産み出すもの
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
第二次世界大戦の主要因が第一次世界大戦の処理の失敗にあったことを否定する者はいな
いであろう。
本書は,第一次世界大戦の末期から戦間期にかけて欧州に吹き荒れた革命と反革命の嵐を
中心に,帝国という古い秩序が崩壊した世界の様相を,その先にある次なる大戦の前奏曲
として描く。
かなり概説的であり,「何が起きたのか」は描写するがそれが「なぜ起きたのか」,各国
史的な掘り下げは深くない。筆者固有の新たな視点が提示されているわけでもないので,
第二次世界大戦の起源等,欧州近現代史に関心のある初学者向けと言えるのではないか。
…ただし,訳者の方が事細かに訂正を入れているので問題はないとは言え,細かい誤りが
多過ぎる。。
西洋の自死 移民・アイデンティティ・イスラム
2019/06/12 16:12
体感的な不安・不満・恐怖と知的な不誠実さ。
13人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
欧州の大衆が持つ主観的な不安と不満と恐怖を描写する一冊。
筆者は,自分たちがキリスト教を核として連綿と受け継がれてきた偉大な欧州
文化の正統な担い手であり,それが異質なイスラム教世界の侵食によって滅び
ようとしていると主張する。
しかし,そのような主張は歴史的に見て正しくない。
「連綿と受け継がれてきた偉大な欧州文化」という概念は幻想である。
「欧州」という統一された文化が存在したことは歴史上なく,地理的・階級的
にそれぞれ異質な文化のクラスタがあったに過ぎない。
「我々」の概念,帰属意識には恣意的な線引きが可能であり,民族も宗教も階
級も職種も凝集の一つの核とはなり得るが,それらはいずれも「彼ら」=外部
との対比の中ではじめて形成される相対的な意識共同体である。
筆者の論は「キリスト教」を核とした「純粋な欧州人」の実存を前提としたも
のであるが,そのようなものは「ムスリム」という外部を言わば仮想敵と認識
しなければ存在しえないものであり,論理が逆なのである。
筆者が「偉大な欧州文化」の精華と見做すもの(本書中では引用文の中でモーツ
ァルトが登場するが)の多くは,ある意味においては,今日の「欧州市民」の近
い祖先が滅ぼした,現在の彼らとは異質な階級の社会が産み出したものである。
結局のところ,本書は19世紀に欧州上流階級が持っていた大衆からの脅威を,
彼らを滅ぼした欧州大衆が21世紀になって今度は自分たちを被害者として再
演しているに過ぎない。そしてその内容も19世紀的な黄禍論の焼き直しであ
る。
筆者はバークの名を持ち出し,「偉大な欧州文化」の保守を訴える一方で,過
去の欧州人の米大陸・豪州・アフリカでの行いに対する代償を拒否する。
筆者はまた,欧州文化の南米への「移植」を称賛し,それがその地に根付いて
いた文化の滅びと同義であることからは目を背ける。
甘い果実のみを歴史から享受しようとするその態度は,単なる便宜主義に過ぎ
ず,知的に不誠実である。
だが,それが欧州の大衆社会の一面なのだろう。
確かに,「偉大な欧州文化」は滅び去りゆくようだ。ただし,内側から。
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