書評太郎さんのレビュー一覧
投稿者:書評太郎
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人が人を裁くということ
2019/09/23 13:23
法制度論としては賛成できない
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本書は3部構成になっていますが,著者のメインテーマである第3部(原罪としての裁き)には,少なくとも法制度論としては賛成できません。第3部の著者の主張を私なりに要約すると,次のとおりです。
(1)人間には「自由意思」(自分の行為を制御する能力)は備わっておらず,従って「責任」(自分の行為に対する非難可能性)というものはない。
(2)それにも関わらず,犯罪の行為者を犯人(=責任者)として処罰するのは,社会秩序を維持するために,犯罪のシンボルとして処罰される「スケープゴート」が必要だからである(歴史的には「魔女」や「動物」が選ばれたこともある)。
(3)「責任」と「罰」は表裏一体であり,責任があるから罰するのではなく,犯罪のシンボル(スケープゴート)として選ばれたものに「責任」があるとされる。
なお,第1部と第2部では,現実の裁判において「冤罪」を回避し難いことがデータに基づいて論証されており(そのこと自体に異論はありません),全体の流れとして読むと「冤罪犠牲者もスケープゴートとして理解すべき」というかの如くです。
しかし,著者の主張には2つの点で賛成できません。
第一に,人間には自由意思がないという著者の前提は,常識的に考えて俄かに信じ難いものですし,科学的にもまだ決着が着いていません(著者が根拠とする実験を行ったリベット自身もこれに同意していません)。
仮に,この前提が正しいとすれば,人が刑法その他の法律や契約を守って社会生活を営むことは凡そ不可能となるはずです。しかし,実際には,大多数の人は法律や契約を守って生活しており,だからこそ社会が成り立っています。法律や契約がフィクション(虚構)であることは論を待ちませんが,「大多数の人は法律や契約を守る」という事実はフィクションではないはずです。
第二に,著者のいうとおり,人間に自由意思がないとすれば,刑罰を正当化することは,もはや出来なくなるはずです。
著者は,「スケープゴートが必要だから」ということで刑罰が正当化される(現にされている)と考えているようですが,少なくとも,人権思想を基礎とする近代刑法においては,刑罰の正当化根拠として明らかに不十分です。仮に,これだけで十分だとすれば,行為者の処罰に留まらず,法律を理解できない責任無能力者や,さらには冤罪犠牲者の処罰も正当化されることになりかねません。近代刑法は,まず「証拠による裁判」の原則を打ち立て,次に「責任主義」によって処罰対象にさらに絞りをかけました。著者は,冤罪が避け難いという現実と,責任は虚構であるという議論によって,近代刑法の2つの原則を無効化し,刑罰の正当化根拠を等閑視していると言わざるを得ません。冤罪は,理論的に回避不可能というものではなく,困難ではあっても,これを根絶するための不断の努力を続ける他ありません。しかし,人間に自由意思がないということが科学的に実証された場合,刑罰という制度は廃止せざるを得ないと思います(少なくともスケープゴートに人間を選ぶべきではないと思います)。
私としては,本書を読んだ裁判員や職業裁判官が(おそらくは著者の意図を誤解して)「刑事裁判はしょせんスケープゴートを選ぶ手続に過ぎない。この人が本当の犯人かどうかは分からないが,犯人である可能性が高いし,社会を納得させるにはこの人を犯人にする他ない」などという考えに陥らないことを願うばかりです。
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