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ゲイリーゲイリーさんのレビュー一覧

投稿者:ゲイリーゲイリー

160 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

紙の本三体 1

2020/08/05 23:49

圧倒的スケールで描かれるSFの原点。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本作は、アメリカ最高のSF賞とも言えるヒューゴ賞を受賞している。
しかもアジア人初受賞であり、そもそも翻訳小説としてヒューゴ賞を受賞すること自体が初快挙なのである。
そんな大注目作品である本作、結論からいうと前評判に劣らない見事な作品だった。

本作のコンセプトは異星文明とのファーストコンタクトである。
これだけを聞くと今まで何度も使い古されてきた題材であると思われるかもしれないが、本作はそのシンプルさが強みとなっている。
最近のSF作品は身近な出来事や日常生活に焦点を当てた、こじんまりとした作品が多いと思われる。
そんな中、本作は圧倒的なスケールで話が展開されていく。
それはまるでSFの原点に立ち返ったかのようで、誰もが宇宙規模の「未知」の世界や科学技術に魅せられることだろう。

また、そのシンプルさに併せてSF要素以外のエンタメ要素をうまく取り入れているのも、本作の魅力の一つだ。
主人公であるワン・ミャオが撮影する写真に映る謎のカウントダウン。
科学者たちの相次ぐ自殺。
そして物語の中盤でワン・ミャオの身に起こる事件。
これらのミステリー要素やサスペンス要素を盛り込むことでページを繰る手が止まらない。

個人的に最も素晴らしいアイデアだと思ったのは、物語内で出てくるVRゲーム「三体」である。
これを用いることで三体世界の説明を登場人物に理解させつつ、読者にも物語の世界観を説明する構造が非常に上手いと思った。
またVRゲームのパートは世界観の説明ではあるのだが、このゲーム内の描写もとても面白い。

そしてもう一人の主人公である葉文潔の過去も本作の欠かせない要素である。
彼女が経験してきた辛い出来事の至る所に政治的問題が描かれており、彼女の下した決断について非常に考えさせられた。
彼女を通して人間に対する「絶望」を描き、ワン・ミャオや史強を通して人間に対する「希望」を描いている。
この人間に対するそれぞれの考え方や、三体協会の内部分裂などが物語に奥行を与えていた。

本作はSF好きな方は勿論のこと、今までSFを遠ざけていた方にも是非読んで頂きたい。
ジャンルに囚われることなく、ただひたすらに面白い小説として本作は素晴らしい作品なのである。
しかもこれがまだ三部作の一作目というのが恐ろしい・・。
二作目以降にも大いに期待したい。

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紙の本

紙の本三体 2 黒暗森林 下

2020/08/12 16:32

副題に込められた意味。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

フェルミのパラドックス
ーー物理学者エンリコ・フェルミが指摘した地球外生命体の文明の存在の可能性の
高さと、その様な文明との接触の証拠が皆無である事実間の矛盾を指す。

本作の副題である「黒暗森林」はフェルミのパラドックスに対する解釈となっている。
下巻では、上巻の冒頭で葉文潔がルオ・ジーに提案した「宇宙社会学」が物語の鍵となる。
「宇宙社会学」の二つの公理と概念を駆使して導き出される結論に驚きを禁じ得ないと同時に、とても納得できる内容となっていた。

下巻では上巻の伏線回収は勿論のこと、アッと思わず声を出してしまう驚きの展開の連続である。
ミステリーと言ってしまっても差し支えないのではと思ってしまうぐらいの、見事な伏線回収と展開なのだ。

第一部以上にハードSFとしてエンタメ小説としてパワーアップした本作は、もう非の打ち所がない。
難解な技術的描写でさえもエンタメに昇華してしまう著者の筆力に感服した。

そして「黒暗森林」や「猜疑心連鎖」といった学説は、現代社会のメタファーなのではないかと考えてしまう。
恐怖から相手への理解よりも攻撃を最優先してしまう姿勢は、未だに我々がとりうる行動である。
そういった目で本作を見るとただのエンタメ小説ではなく、危機に面した時に我々がどのような行動を取るべきかを記しているように解釈できるのではないだろうか。

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紙の本

紙の本三体 2 黒暗森林 上

2020/08/12 16:04

前作はプロローグに過ぎなかった。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前作の圧倒的スケールでさえもプロローグに過ぎなかった。
本作では、「智子(ソフォン)」というスーパー粒子によって三体人に情報が筒抜けの状況下で、どの様に三体人に対抗するかが舞台となっている。
そこで登場するのが「面壁計画(ウォールフェイサープロジェクト)」。
「智子」から唯一秘匿にできるのが人間の脳なのである。
「面壁者(ウォールフェイサー)」に選ばれた人間は自らの真の計画をだれにも明かさずに推進する必要がある。
この設定が非常に素晴らしい。
「面壁者」の真の意図が何なのか読者にも明かされず、その「面壁者」の計画を暴こうとする「破壁者」との頭脳戦が第二部である本作の見所の一つだ。

またそれら以外にも、三体人が侵攻してくるにあたって世界情勢の変化や逃亡主義等の思想の問題などの描写も圧巻である。
先進諸国に対して技術公開を求める技術公有化運動や、危機に陥ろうとも自国の安全を第一優先する国家の描写にとてもリアリティがあった。

「面壁者」達の本当の計画とは。
本作の主人公であるルオ・ジーは何故三体人に恐れられているのか。
そしてルオ・ジーの計画の真意とは。

様々な謎を残したまま物語は下巻へと続く。
早く謎の答えを知りたい一方で、まだ読み終わりたくないという思いも強くなる。
現代小説の最高峰である本作。
まだ読んでいない方は是非手に取ってみてほしい。

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電子書籍

電子書籍ブルーピリオド(12)

2022/07/09 18:12

アートと学歴。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いつしか見切り発車で絵を描くことに恐れを抱くようになっていた八虎。
受験前は誰よりも枚数を描いていたにもかかわらず、手を動かす前に頭の中で練るようになってしまう。
そんな彼に助言を与える八雲は相変わらずカッコイイ。
飄々としており一見ガサツな印象を与える彼だが、非常に博識で自身で思考することを怠らない。

とここまではこれまでの「ブルーピリオド」でも見受けられるシーンだったが、後半は怒涛の展開を見せる。
アートに学歴は必要か。
そもそもアートとは人から教わるべきものなのか。
藝大は学生に何を教える場なのか。
といった藝大の存在意義を問うようなテーマで物語は進んでいき、八雲同様マイペースでありながらも圧倒的な知識量をもつ新キャラも登場する。

また、藝大だからこそ痛感するであろう挫折や違和感を描いているにもかかわらず、
人生における選択と責任といったテーマを内包させる著者の見事なストーリーテリングは圧巻。
今まで以上に次巻が気になるエンディングだった。

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紙の本

「二者択一」ではなく、「迷い」の中にある希望。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「知性」と「暴力」、「理性」と「衝動」、そして「信じること」と「疑うこと」。
これらと同様に「地動説」を信奉する者とそれを阻む者、という対立構造も一見二律背反に思えるが、実際は表裏一体であることを本作は提示する。
そしてそこからどちらが正しいのかという二者択一の「決断」ではなく、どちらなのかと「迷う」ことこそが重要であるとということが描かれていく。

ただそうは言っても、「迷う」ことは非常に苦しい。
本当にこれでいいのか、もし失敗してしまったら、間違えていたら、という不安が絶えず付き纏う。
そしてそんな不安から逃れるように、私たちは早急に「答え」を求め、「結果」に飛びつこうとする。
しかしその一方で、「迷う」からこそ得られる苦悩が懊悩が絶望が私たちの糧となり、反省と自立を促し「迷う」ことから目を逸らさない強さを授けてくれる。
作中でもドゥラカが述べたように、迷いの中にこそ倫理があり、希望があり、そして自分だけの幸福を見出せる可能性が存在するのだ。

また、不正解だとしても無意味ではないということが描かれている点も特筆に値する。
作中では「地動説」は異端とみなされ、それを信奉する者は排除される世界が舞台となっている。
つまり「地動説」を信奉することは、社会的には不正解なわけである。
しかしそれでも本作の主要人物たちは「地動説」に心動かされ、愛してしまう。
では、不正解だと見なされる選択をした彼らの人生は無意味だったのか。
そんなはずはない。

「地動説」に地動説に心動かされてしまった自らを受け入れ、愛してしまったものを愛しぬこうと覚悟を決めた彼らだからこそ得られた幸福。
自らの命を投げ出すことさえも厭わないほどに魅了され、愛するものを見つけた彼らの人生が無意味なわけがない。
そんな彼らの生き様には、むしろ憧憬の念さえ抱いてしまう。

何かに心動かされてしまったという事実。
感動してしまった自分。
それらを受け入れた先にこそ幸福というものが存在し得るのではないか。
作品や言葉に感動した自分の心を否定することなく、衝動的に誰かにこの感動を伝えたいと思えるほどの何かを受容し肯定すること。
もしそれが否定されてしまったら、もし間違っていたらと私たちは不安に苛まれるだろう。
しかし肯定と否定の間で、期待と不安の間で迷い続けた先には必ず救いが、希望があると信じたい。
理性を超越し心に直接訴えかける本作は、そうした思いを抱かせてくれる。

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紙の本

陸上に人生を捧げた者たちの生き様。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

承認欲求を満たすため、他者評価のために走るトガシ。
記録だけに執着し、自己評価のために走る小宮。
彼らは対極であると同時に表裏一体の存在でもある。

そんな彼らの「何のために走るのか」という問いは、「何のために生きるのか」という問いへと形を変え、私たち読者の心を揺さぶる。
そう、本作は陸上競技を描いた作品ではない。
陸上競技に人生を捧げた者たちの生き様を描いた作品なのだ。
だからこそ本作の持つ熱量に私たちは感化され、一つ一つのセリフに私たちの心は射貫かれるのだろう。

これまで他者評価のために走ってきたトガシは、初めて自分のために走る。
一方の小宮は、初めて対戦相手という他者の存在を認識して走る。
勝利と敗北、希望と絶望、そして自己と他者。
そうした二項対立から解放された先に待ち受ける景色を、私たちは生きている間に何度味わうことができるだろう。

「チ。」でもそうだが、著者は真剣になることができる一瞬を、命を懸けることができる人生を肯定してくれる。
死や現実を恐れる余り身動きが取れなくなってしまった人生ではなく、人生なんぞくれてやると言わんばかりの大胆さと信念を持った人生を。
そんな著者の作品を読むと、避けられない死を前にしても怯むことはないのだと思えてくる。
幸福さとは、死なんかには奪えやしない。
だったらどこまでも真剣に自らの人生を歩んでみようじゃないかと、そう思わせてくれる作品だ。

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紙の本

熱に浮かされた者たち。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

それに何の意味があるの?何かメリットがあるの?それで何が解決するの?無駄じゃないの?
そうした言葉は常識や規範という看板を背負っており、耳を傾けない者は愚者の烙印を押される。
しかし本当に愚者なのだろうか?

損得勘定だけでは計り知れない胸の内に渦巻く苛立ち。
納得しようと自分に言い聞かせても決して消えない悔しさ。
そうした想いや感情を常識や規範で抑圧するのか、それとも自身の内なる声に耳を傾けるのか。
どちらが正しいとかではなく、どちらを選択したいのかこそが重要であり、そしてその選択権は常に自身の手中にある。

もちろん、内なる声に耳を傾けることには恐怖を伴う。
外部の声に従う方がはるかに楽で安全だからだ。
しかし本作を読めば、そんな甘い考えは吹き飛ぶだろう。
自分の人生の舵を環境や他人に委ねるのではなく、自身の手で掴み取ること。
そのことでしか得られない高揚感を、本作は圧倒的な熱量で表現することに成功している。

内なる声に耳を傾け、熱に浮かされたとしても何の意味もなければ何も解決しないかもしれない。
ましてや他人や環境が変わるわけでもないだろう。
しかしそれでも、自分だけは必ず変わる。
自分の役割、自分の人生に対する決定権を自らの手に取り戻せるはずだ。
「チ。」で名を馳せた魚豊氏は本作でも私たちに問いかける。
快適な自己否定に留まるか、内なる声に耳を傾け自己肯定へと一歩踏み出すか、と。

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電子書籍

無力感を否定した先に。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私には何にもない。
あの人には私と違って才能がある。
誰もが自分にないものばかりを見つめ、それを持っている他者を羨む。

その上私たちは、自身に欠けている要素を持っているから、という理由だけで他者が万事満たされていると判断する。
「顔立ちが綺麗だから悩みなんてない。」、「成績優秀だから将来に対する不安なんてない。」という風に。
そうした憶測だけで他者を知った気になってしまうことは、何と寂しく勿体ないことだろう。

確かに悩みや苦しみは人それぞれ千差万別だ。
しかしそれでも対話することによって、誰もがそれぞれの「苦しみ」や「満たされなさ」を抱いていることが分かるかもしれない。
似たような焦燥感や不安を抱いていることを共有できるかもしれない。

本作はそうした苦しみや無力感に理解を示しつつも、その無力感を肯定はしない。
たとえ今この瞬間には、途方もない不安と茫漠たる無力感しかなくとも、私たちは決して無力なんかじゃないと鼓舞するのだ。
無力感を否定することはそれを肯定する以上に、辛く苦しいかもしれないが、それでも本作は私たちに希望を見せる。
朝が槙生の言葉を「いつか理解できるようになる日が来るかもしれない」と言ったように、今理解できないことは必ずしも無意味であることと同義ではない。
私たちは何にだってなれて、どこへでも行けるかもしれないと信じてみようかなと思わされる作品だ。

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紙の本

信念を手放した先に。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

金を稼ぐこと、死を受け入れること、亡き友人の本を出版すること、そして地動説を打ち砕くこと。
それぞれの信念が交錯する中で、信念を貫くことの意義が問われる。
信念を優先することが全てなのか。
信念は呪いにもなりうるのではないか。
信念を手放し、迷うことから得られるものもあるのではないか、と。

更に本作は、信念や想いというものは必ずしも死と共に消え去るものでないということを強く訴えかける。
先人たちの想いを引き継ぐ者がいる限り、その想いは無くならない。
決して途絶えることはないのだ。

今この瞬間だけに意味を見出し、過去など関係ないという生き方は、どうしたって自分の人生という尺度だけで物事を見てしまう。
つまり、自分の死が終わりを意味するのだ。
しかし先述したように、死は必ずしも終わりを意味しない。
歴史を引き継ぐ者が想いを受け取り、そしてそれをまた次の者へと渡す。
その繰り返しの中にこそ希望は宿る。
遅々としているかもしれないが、しかし確実に善き方へと私たちは進んでいる。

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紙の本

紙の本サバイバー 新版

2022/03/12 11:32

人生の所有者とは誰か。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

自分の人生は自分のもの。自分だけのもの。社会や他者によって支配されるものではない。
「ファイト・クラブ」の主人公の様に消費社会に支配されるのではなく、本作の主人公の様に他者評価に惑わされるのでもなく、
己の人生をその手に掴み決して手放すなとチャック・パラニュークは私たちに訴えかける。

何が欲しいのか、何を成し遂げたいのか、何のために生きているのか。
そうした自らの意志など皆無に等しい主人公は、社会の歯車として「生かされている」のであって自らの人生を「生きている」とは到底言い難い。
生きることへの虚無感、他者を媒介してのみ得られる生への実感、これらは「ファイト・クラブ」の主人公にも通ずる。
そしてそれは私たち現代人にもそっくりそのまま当てはまる。
いや、むしろ私たち現代人の方がより一層人生に虚無感を抱いているのかもしれない。
SNSの発達により他者評価が容易に可視化された結果、常に他者比較を行わずにはいられない人々。
他者からのイイねこそが全ての判断基準となり、自身の価値観などもはや誰も持ち得ていない。
自らの人生などそこには存在せず、あるのは他者への追従と世間と足並みを揃えることのみ。
まさに誰もが引用の引用の引用と成り果てている。

また、そのような人々を量産する社会構造そのものに対しても、著者は批判の手を緩めない。
夢や希望、愛情や友情、そして決して癒える事のない心の傷でさえも、金になるかどうかという判断基準でしか計れない拝金主義。
金になるためなら例えそれが嘘であろうと、人を傷つけることになろうと厭わない消費社会。
常に弱者が搾取され、富める者だけが更なる富にありつける。
しかし富める者でさえも金に支配されているに過ぎない。
そうした社会の現状を、皮肉とブラックユーモアを交えて描く著者の筆力には感服するばかり。
散文的な文章とユニークな語り口から紡がれる独自の文体も特筆に値する。
自由奔放なその文体は時にシニカルに、時にエモーショナルに私たちの心を揺さぶり続ける。

生の有限性を私たちの眼前に突き付け、生き方の是非を問うチャック・パラニューク。
どう生きるべきなのかという普遍的かつ深淵なテーマを描くからこそ、彼の作品は決して色褪せない。
そして彼が憂い批判した社会は、ますます悪化の一途を辿るばかりだ。
しかしだからこそ、本作から学べることは沢山ある。
「ファイト・クラブ」だけではない。
本作もまた人生の指標となり得る劇薬だ。

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紙の本

波風立てぬ生き方か心揺さぶる生き方か。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

神を信じ知性を否定するシュミットと神の存在を否定し知性を信じる少女・ドゥラカ。
信念は異なる彼らだが、互いの目的は一致している。
また目的のみならず、自らの行動によって正解を変えようとする姿勢にも通ずるものがあると言えるだろう。

そんな彼らが主要人物となる第3章では、C教の権威が揺らぎつつある。
これまでC教を盲信してきた人々が世界の現状に違和感を抱き、それぞれが自らの言葉で神や運命を再定義しようと試みる。
その結果、争いや分断が生じてしまうのは回避できないのかもしれない。

しかし、世界に何の違和感も抱くことなく従順に生きることが果たして正しいのか。
いや、正しいか正しくないかではない。
違和感を起点に自ら能動的に世界へ働きかける人生と、世界の規範に従いただ漫然と生きる人生のどちらに憧れますか、と本作は問いかけてくる。
もちろん憧れではなく、ここに素晴らしいであったり、美しいという言葉を当てはめても構わない。
要するにどういった生き方があなたの心を動かしますか、と本作は問いかけているわけだ。

第1章、第2章の主要人物たちの生き様は確かに私たちの心を揺さぶった。
そんな彼らの意志を予期せぬ形で引き継ぐことになったシュミットとドゥラカは、どういった人生を歩むのだろうか。
そして私たち読者は彼らの生き様から何を受け継ぐことができるのだろうか。

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電子書籍

電子書籍チ。 ―地球の運動について― 5

2021/12/12 13:38

託す者と託された者。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

どれだけ異端と罵られようと、常識や規範で抑圧されようとも自由への希求は奪えない。
今の私たちは、地動説を信じ研究に没頭するオクジ―やバデーニこそが正しいという視点で物語を追ってしまうが、果たしてC教を信奉するノヴァクたちと私たちに一体どれほどの違いがあるというのか。

誰かが決めた常識や規範を盲信し、そこから逸脱した者たちへの罵詈雑言や淘汰しようとする態度は、今なおあちらこちらで見受けられる。
そう、私たちは天動説が信じられていた時代と根本的には何ら変わっていないのだ。
現実を直視することを恐れ、この世を肯定することを恐れ、自由を掴み取ろうと規範から逸脱することを恐れる。
覚悟を決め、この世を肯定しようと自由へ手を伸ばしたものにだけが、自らの人生に納得できるというのに。

そしてその覚悟というものは他者へと託すことができる。
その行為に希望を見出し全てを投げうった者たちの生き様。
本書は彼らの生き様を通して、希望・肯定・自由を私たちに託そうとしている。
それらを託された私たちは何をすべきで、どう生きるべきなのか。
こんなに生きることについて考えさせられる作品は、そうそうない。

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紙の本

紙の本三体 3下 死神永生 下

2021/06/08 22:45

あまりにも広大で無機質な宇宙に対して、私たちに残されたものとは。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

SFというジャンルは、通常ならば考えられないような脅威に対して、私たち人類に何ができるかを考えさせてくれる。
つまり、人類共通の課題を明確に突きつけるのだ。

「三体」シリーズの最終巻となる本作では、宇宙という途方もないスケールの世界を描くことで、私たち人類を人類たらしめるものが何かを浮き彫りにしている。
もちろんそれは、地球が危機に瀕していようとも自己の安全だけを追求する利己的な姿勢であったり、
都合が悪くなると手のひらを反す自己保身であったりと、決して美しいものばかりではない。
特に「生存の障壁となるのは弱さや無知ではなく、傲慢さだ」という記述は、私たちが肝に銘じるべきであろう。

計り知れないほど広大で、私たちの理解など足元にも及ばないほど未知数で、冷酷無比な宇宙。
宇宙という膨大な世界から見れば、私たちなど自宅の部屋に引きこもり、玄関からすらも出ることができない子供に過ぎない。
なんと無力なことか。
しかし著者は、そんな宇宙においても人間の持つ「愛」には価値があることを信じている。
本作のクライマックスで描かれるシーンが、まさにそのことの証左と言えるだろう。

今現在コロナ禍で世界が混乱している中、カミュの「ペスト」が注目を集めている。
将来的に人類社会では太刀打ちできない、予期せぬ出来事に遭遇した時、
本作も「ペスト」のように人類の指針として再注目される可能性は大いにあるだろう。
SFの歴史を変えた超大作をリアルタイムで読むことができるのは、今この時代に生きている私たちだけに許された特権だ。
その幸福を享受できることに、感謝しながら最後のページを読み終えた。

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紙の本

紙の本三体 3上 死神永生 上

2021/06/05 18:18

SF史にその名を刻んだ作品の、有終の美。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本作はハードSF要素が前作及び前々作をも遥かに凌駕しており、より純粋なSF小説と言えるだろう。
気が遠くなるほどの時空的にも概念的スケールに圧倒され、胸の高鳴りを押さえることはできない。
これほどのスケールを描くには、膨大な科学的知識とそれを基にした独創性が欠かせず、著者はそのどちらもが世界最高峰だと再認識させられた。

また、ストーリーテラーとしての手腕にも度肝を抜かれる。
ストーリーの緩急、伏線、意外性、衝撃の展開など、どれをとっても一級品。
予期せぬ怒涛の展開が繰り広げられ、読者は著者の導くまま身を任せる他ない。
常に先の展開が気になり、ページを繰る手が止まらないといった読書の醍醐味を味わえる。

そして「三体」シリーズを通して浮き彫りになるのが、人類社会の脆弱性だ。
本作でも、どれほどの危機に直面しようとも団結せず、自己の利益を追求し足の引っ張り合いを幾度となく繰り返す人類が淡々と描かれている。
都合が悪くなると手のひらを返し、自己保身と正当化に傾倒する人類こそが三体文明以上よりも恐ろしいと感じるのは私だけだろうか。

しかし、そんな人類だからこそ持ちうる感情や道徳観・倫理観の尊さも同時に描かれている。
宇宙から見れば陳腐で強靭さとは無縁の存在かもしれないが、それでもそこに一筋の光が、美しさが、希望が見出せる気がした。

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紙の本

紙の本ストーンサークルの殺人

2020/10/20 22:31

ゴールド・ダガー受賞作は本物だ。

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

猟奇的な連続殺人事件、関連性のない被害者、真相を明らかにするためには手段を択ばない型破りな警察、と聞けば既視感を覚えずにいられないだろう。
私自身本書の序盤では、どこかありきたりだなと思ってしまった。
しかし本書の面白さはその既視感をぶっ飛ばしてくれる。
怒涛の展開で読む手を止めさせることなく、あっという間にラストまで持っていく展開力には脱帽だ。

過去の事件を掘り起こすと次々と浮かび上がってくる謎や巧妙に張り巡らされた伏線。
この様に書いてしまうと既視感が増すかもしれないが、本書のそれらは一級品でゴールド・ダガーを受賞したのも納得できるクオリティである。
真相を追えば追うほど更なる謎が浮かび上がり、予想だにしない描写が伏線だったと気づかされる。
これこそがミステリーの醍醐味だと改めて感じさせられた。

本書で起こる事件の手口は残酷で、目を覆いたくなるような惨い事実も明かされる。
それでも陰鬱な気分を引きづることなくサクサク読み進めていけるのは、キャラクターの持つ魅力だろう。
正義のためなら手段を択ばず、周りの警察からは嫌われている不器用な主人公ワシントン・ポー。
持ち前の直感と規則に縛られない行動力を見ているのはとてもすがすがしい。
そしてその主人公と同等かそれ以上に魅力的なのがティリー・ブラッドショーだ。
一般常識に疎く人付き合いが苦手だが、天才的な頭脳を持ちデータ処理においては右に出るものがいないほどの実力の持ち主である彼女。
ポーとの出会いをきっかけに、自らの正義を貫く逞しさと行動力を身に着けていく彼女の成長ぶりも本書の見どころの一つであろう。
そして何よりポーとティリーの友情が今後のシリーズにおいて最も楽しみである。

個人的に本書で最も好きなシーンはラストシーンだ。
1つの物語の終止符でありながらも、今後の展開にも期待させる見事な幕引きとなっている。
また、本書はシリーズなのでまだ完璧に謎が解明されたわけではない。
訳者あとがきによると、本シリーズはすでに三作品が刊行されているらしい。
本書ですっかりファンになってしまったので、翻訳される日がとても待ち遠しい。

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