象太郎さんのレビュー一覧
投稿者:象太郎
2021/05/29 19:11
冷厳さを突きつけられる
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
残酷で何度か本を置いた。人間は人間の代替物にどれだけ残酷さを押し付けられるのだろう。本書で最も印象深いのが、人工知能に自分の子どもを学習させ、子どもが死んだ場合の代わりにしようとしている母親だった。そのいきさつも書いてあって、理解できるが、やはり狂っている。『わたしを離さないで』では、人間の臓器摘出目的でクローンを生産している社会が描かれている。カズオ・イシグロの作品は、身も蓋もないほどあけすけに冷厳である。
2024/01/09 23:07
「日本が経済成長できない理由が分かった」という読後感想
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
人類の近代以降の急速な発展は、将来への希望に支えられてきたのかもしれない。本書には次のように書かれている。
「人類の既知の文化ではどれでも、何らかの形で信用契約が存在しており、その歴史は少なくとも古代シュメールまでさかのぼる。問題は、誰も信用を考えつかなかったとか、その使い方が わからなかったとかいうことではない。あまり信用供与を行なおうとしなかった点に ある。なぜなら彼らには、将来が現在よりも良くなるとはとうてい信じられなかった からだ。」
「進んで無知を認める意思があるため、近代科学は従来の知識の伝統のどれよりもダイナミックで、柔軟で、探究的になった。」
単に将来を予測するだけではダメで、今より豊かになり知識が増えると信じられてこそ、人類は経済や科学を発展させることができたのだ。
人類史的にと言わず、一人の人間の人生観としても、含蓄を感じる。古いものにしがみついては発展はなく、将来が良くなると信じることこそが、生き方をよくするのかもしれない。
日本は貯蓄率が高く、その背景に将来不安がある、という話が頭をよぎる。そりゃあ経済成長できないよね。無知の度合いも進んでいる可能すらある。本書を読んで、そんな感想を持った。
2021/02/12 00:13
最悪組織
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
胸が潰れた。本書はウイグル人が助けを求める声である。中狂は歴史上最悪の組織だ。日本人はこれを重大な警鐘と受け止め、隣人と子孫のために闘うべきだ。
2020/05/06 17:31
ねじまき鳥の重要解説書
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
父と一緒に猫を棄てに行って、自転車で帰ってきたら、その猫に出迎えられた。
本書にある、この不思議な話に近い体験を、案外と多くの人が持っているのじゃなかろうか。私事で恐縮だが、ずっと昔の高校の頃の話。学校前で友人と別れ、自転車を10分ぐらいかっとばし、赤信号に出くわしたので停止した。ふと横を見ると、その友人が立っていた。友人は徒歩であった。
その現象はいまだにきちんと説明できないが、自分では確かに体験したものとして受け入れている。でも人に伝える時は、リアリティを保つのにギリギリになってしまうような話だと思う。あるいは、信じられないが自分も似た体験をしたんだと打ち明けてくれる人が多いようにも思う。
『猫を捨てる 父親について語るとき』は、この手の話が冒頭にポンとあって、いやに共感しながら読んでしまった。リアリティがギリギリの話でも、分かる分かると読んでしまうのが村上作品の魅力である。いつもながら完読はあっという間であった。
本書は、『ねじまき鳥クロニクル』の著者本人による重要な解説書なのだと思う。ねじまき鳥が超常現象話ではなく確かな体験の重みのようなものを感じさせる理由は、本書を読んで若干ながら分かった気がした。
父の回想は、軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼き付けられることになった。父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを息子である僕が部分的に承継した(本書引用)
著者は、父親のことを書くのにどんなところからどんな風に書き始めれば良いのかつかめなかったが猫を棄てに行った話を思い出したら自然に書けた、と記している。猫の話が、著者を父の戦時体験に連れ出している。
あのよく出てくる「井戸」は、猫だったんだなあ。
2020/04/12 00:25
やや平板な読後感
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
作家が体験より勉強に基づいて書いた作品か。やや平板な読後感を持った。父親を殺した罪で起訴された環奈は、裁判の前後で人物像が変わりすぎだ。変わった理由も書かれているが、十分には感じられなかった。性虐待は手垢の付いたテーマであるだけに、読み応えのある話を作るのは難しいと思う。
情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論
2024/01/03 14:59
心の説明、明解
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
プラトン、デカルト、カントらの西欧の偉大な哲学者が難解な言葉を用いて導いた認識論の議論を脳科学の観点から決着させたのが本書か。まさに私が日々生きている中で感じる「心」と違和感がない説明を読んだ、というのが読後の感想だ。われわれの脳は、体を最適な状態に置くために、目や耳などから入ってくる無数の情報を瞬時に処理して、やれあのホルモンを出せとか腕の筋肉を収縮しろとか体の適所に命令を出している。それを行き当たりばったりやっていたのでは間に合わないので、脳は記憶を基にして現在の状況を予想し、世界像を作り上げ、外部の情報を取り入れながら、その世界像を修正している。われわれは状況を予想するために作り上げた世界の中に生きている。その世界が情動だ。「心」をそうやって説明している。その説明に、どこにも違和感がない、と思ったということだ。
2021/08/11 00:40
世界同時変異
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
イヌパルボウイルス2型が1981〜82年に世界中で強毒型から弱毒型に一気に変わった、という話が興味深かった。イヌは飛行機に乗らないので説明がつかない。これはウイルスのランダムな変異の結果で、新型コロナにもあり得るという。
ウイルスは、ミクロな存在だが、ダイナミックだ。人間が制御しようと考えるのはおこがましいのかもしれない。
2020/03/21 23:43
愛と平和は雌竜が吐く霧によって保たれる
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
愛と平和は、雌竜が吐く霧によって保たれている。夫婦の愛と社会の平和は、忘却によって保たれている。
雌竜の霧。いい表現だ。
それはともかくカズオ・イシグロが導き出す現実は、身も蓋もないぐらいに厳しい。『私を離さないで』を読んだ後、目の前が真っ暗になるような思いをしたが、この『忘れられた巨人』も同様の読後感を持った。アーサー王物語も古代ブリテンの歴史も知識がほとんどないまま、ファンタジー的な物語なのかと思って読み進めていたが、終盤の終盤に一気に心が鬱になりかけた。
夫婦の旅の目的地は、三途の川の向こうの死の世界だ、と私は読んだ。結局、死は一人で迎えるしかないものである。最後の場面、主人公の決断が胸に来た。
古典は本当に必要なのか、否定論者と議論して本気で考えてみた。
2020/02/06 22:05
拳を握って読む
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
大学は文学部を出て、今は言論関係の仕事に携わっている自分としては、本のタイトルをまず看過できなかった。大学文学部の不要論が世に盛り上がっているのはちらちら気にはしていたのだが、古典そのものの価値まで問われなければならない状況まで来ていたのか、と。
古典は必要だ。そんなの自明である。この本を、そういうバリバリの肯定派の立場から読んだ。
前半は「高校生に古典教育は必要か」をテーマにしたシンポジウムの再現である。古典否定派のパネリストが論を張る。鋭い。対して肯定派は弱い。泳いでいるのか溺れているのか分からないようなことを言う。否定派の質問にきちんと答えられず、何やっているんだよ、とついつい拳を握りしめてしまった。通勤電車の中で読んでいたのだが、仕事場の最寄駅に着いたのにも気づかず、乗り過ごしてしまった。本の最後で、「オーガナイザー」の先生が否定派意見への立派な反論を展開してくれた。おかげで、ようやく溜飲を下げられた。読んでライブ感を楽しめる本だった、ということなのだろう。
反対派の先生の指摘はもっともな点が多く、肯定派が正面から考えなければならない点は多々あった。だが、次の下りは聞き捨て(読み捨て?)ならなかった。
「言葉の数が多い方がいいかどうかという問題は結構大事だと思うのです。最近のアメリカ英語(米語)は50年間でものすごく簡単になってきているはずなんです。それはなぜかと言うと、簡単な米語を話さないと選挙に勝てない、ビジネスができない。(中略)日本語は意図的に簡単にすべきなんじゃないかと思います。政策として。語彙は減らすべきです。」
これ、ジョージ・オーウェルの名著『一九八四年』が描く全体主義社会で、為政者がこう述べていることを思い出させた。
「ニュースピーク(新英語)の目的は(中略)イングソック(イデオロギー)以外の思考様式を不可能にすることであった。ひとたびニュースピークが採用され、オールドスピークが忘れ去られてしまえば、そのときこそ、異端の思考を、少なくとも思考がことばに依存している限り、文字通り思考不能にできるはずだ、という思惑が働いていたのである」
人間は、言葉が貧しくなると、洗脳されやすくなる。オーウェルはそう見通していた。語彙を減らすべきだ、というのは非常に危険な提言なのである。
肯定派の自分の意見は次の通り。古典は言葉を豊かにする。言葉が貧しい人間は、それだけで魅力がない。まずモテない。高校生にはそれを理解してもらえば十分である。以上。
松永久秀と下剋上 室町の身分秩序を覆す
2020/02/04 01:28
印象変わる松永久秀
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これを読むと松永久秀の印象はがらりと変わる。自分が今まで読んだ参考書や、数年前の教科書の次のような記述とはかけ離れていた。
13代将軍義輝は、三好長慶の家臣松永久秀に殺されるという有様であった【詳説日本史研究1983年発行】
(明応の政変)、これを機に細川氏が幕府の実権を握ったが、その後の権力争いの中で、実権は細川氏からその家臣三好長慶に移り、さらに長慶の家臣松永久秀へと移った【詳説日本史2016年発行】
この本によると、実際に13将軍義輝を討ったのは、三好義継(長慶の次の次の後継者)や松永久通(久秀の子)であり、久秀は京都に出陣すらしていないようだ。久秀は長慶から権力を奪ったのではなく、長慶の死後に失脚させられた後、織田信長と組んで盛り返した経緯はあるが、畿内の覇者である「天下人」にはなっていない。三好宗家には忠節を尽くしており、主君を主君と思わない暴虐ぶりを発揮した人物でもなさそうだ。
ということで、精緻な研究の成果であると思えるし、大変に勉強になる本である。おそらく今までの教科書の方が間違っているのだろう。
ただ、読むには少し胆力が要る。とんでもなく多くの人物に言及しているからだ。急ぐ人は13大将軍が討たれる「永禄の変」の項目から、もっと急ぐ人は最後の「久秀の実像」の項目だけを読めば、主旨は分かるだろう。
2024/09/07 21:43
続編を貼り合わせた作品
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芥川賞を獲得した『乳と卵』とその続編を貼り合わせた作品。『乳と卵』は大阪弁が多く、地の文と姪の日記から成り立つ。一方の続編部分は、インタビューを物語に落とし込んだ文章のよう。頭が人、体が獅子のエジプトのスフィンクス的な作りだ。
夏目漱石の三部作『三四郎』『それから』『門』は、それぞれ別々の話だが、それぞれの主人公が歩む人生を一つのレールで描いているように読める。
村上春樹の『街とその不確かな壁』は、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の続編だ。『壁』の中で『世界の終わり』を完全に書き直している。
『夏物語』は、『乳と卵』を加筆するだけにとどめず、続編の文体で全面的に書き直してもよい気がした。今回は夏子の視点が最も重要であり、緑子が日記で語る部分の必然性はないようにも思える。
まさか十数年後に『夏物語』とその続編を貼り合わせた作品を出さないよな。。。
ただ、登場人物のキャラクターは良くて、特に善百合子、恩田、仙川さんは印象的だった。任務を終えて宇宙の向こうに飛んでいくボイジャーが、種だけ残して栃木に帰る逢沢に重なり、実に気の毒だった。一人の男性読者としては、恩田や逢沢、成瀬でない普通に共感できる男が描かれていると、作品全体への共感が増すような気がした。
2022/07/31 18:11
輪廻から脱線したおっさん
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一言で言えば、暗い作品。まず何より主人公が暗い。この作品は家族4人の独白談を集めた構成になっており、最初と最後の章を語る男、つまりお父さんが主人公だと読めるのだが、お父さんの性格があまりに暗いために、作品全体がどうしようもなく暗い。
お父さんは、子供が間引きされていた東北の田舎の家で生き残り、東京の家に養子に出されて成人した。若い頃には、恋仲になって妊娠させた看護婦を自殺に追いやってしまい、妻との間に最初にできた子は生後間も死んでしまい、五十半ばの現在になって、堕胎したばかりの女を行きがかりで世話するようになってしまう。いつも意識を過去と交差させているから、自分でも生きているのだか死んでいるのだか分からない。輪廻から脱線して状況をつかめていないような、おっさんなのである。
こういうお父さんの独白から始まる小説を、読み続けるのはちょっと難儀だった。妻や二人の娘の話はまずまずテンポ良く読めるので、こちらを物語を進める芯にした方がきりりと締まっただろうに。おっさんの話はこってり凝縮させて、暗闇の中にちらりと見えるぐらいである方が、深みが出たのではないかと思う。
現実の世界でも、おっさんの話は鬱陶しいのだよ。自分がおっさんだから余計にそう思う。
2021/11/17 20:32
唾液の説明さらに読みたかった
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ウイルスの感染ルートとして、唾液はどう関係があるかをもう少し詳しく読みたかった。井上氏は、糞口感染を主張していて、口に入ったウイルスが白血球との戦場を乗り越えて口腔内の傷口から血管に入り込むと説明する。
この時、しゃべったり、咳をしたりして、飛沫を飛ばしても、その中にはウイルスが入っていないのだろうか。飛沫のウイルスは増殖前で微量であり感染性が極小さいのか、あるいは唾液の白血球に殺された死骸の状態だから感染性がない、ということなのか。
増殖後の感染性をもつウイルスが大量に唾液に含まれることはないのか。糞口感染は、飛沫よりももっと多くのウイルス量を口に入れる可能性があるという理解でいいのか。
これがはっきりすれば、飲食犯人説は完全に払拭されるし、マスクは必要性がないことになるのだが。
人間臨終図巻 新装版 1
2021/09/15 00:25
難解なためではない
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文庫本1冊を読み終えるのに思ったより時間がかかった。難解なためではない。一人一人の臨終場面にため息をついたり、本を置かざるを得なかったからだ。要するに、重かった。
この巻は、十代で死んだ八百屋お七から四十九歳で死んだ山下清までを収録している。読後、頭の中を回らして、特に印象に残ったのは、マリー・アントワネットか。
断頭台に上るとき、偶然処刑人サンソンの足を踏み、サンソンが「痛い」とさけぶ と、彼女はふりむいて、「ごめんあそばせ、ムッシュウ、わざとしたわけじゃありま せん」と、いった。(本文より)
2021/08/01 16:31
予言的
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新版の終わりに収められている「我われの歴史意識が試されているー新版のあとがきにかえて」が秀逸だった。新型コロナウイルス感染症流行による小中学校の一斉休校に関する安倍政権の決定過程を斬った。それは新型コロナ感染症対策本部、関係閣僚・官僚による協議、首相秘書官兼補佐官官の首相への進言という三段構えから成り、日米開戦を決めた連絡会議と御前会議と同じく、きわめて不透明だった。
現在のコロナ対策は、これに分科会が加わり、首相の判断を判断を歪めている。
本書は、日米開戦時の東條英機首相を実直な官僚として描いた。開戦決断の責任は東條が負うが、実際の責任の所在が曖昧であった当時の風景と併せて。これは、実務能力の高さで首相に昇り詰めた菅氏とどこか重なる。今の日本の行く先が当時と同じく滅亡なのかと思うと、非常に暗い気持ちになる。
当時、国の若い精鋭を集めた「総合戦研究所」は、数字を積み上げたデータから日米開戦について「日本必敗」の結論を導き出した。政府は、東條を始め和平派・中間派の閣僚を抱えながら開戦を決断した。戦略物資などのデータを持っていながら、開戦に向かうようになぜか議論が進んだ。
データがあるのに、どうしてそういう解釈になるのか分からないような過程があり、政策が決まっている風景は、今と驚くほど似ている。本書は予言的であり、読んでいて引き込まれた。
