izumi.さんのレビュー一覧
投稿者:izumi.
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アンネの日記 グラフィック版
2020/07/29 13:56
再会
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完訳を読んだ10代以来の「アンネの日記」。
その時の印象とグラフィックに浮かぶアンネの表情が重なり、旧友と再会したような思いです。
コロナ禍のなか、「出かけられない」不自由さを多少なりとも味わっている今、
隠れ家の閉塞感と、それに負けないアンネのみずみずしい感性がしみいりました。
ぽめちゃんとだっくすちゃん
2020/05/27 14:28
ふかふかとさらさら。
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ぽめちゃんとだっくすちゃんのお互いを思う気持ちが、わくわくする展開へ。
相手の好きなところを認めることを通して、自分のいいところにも気づいていく。
いっしょに日向ぼっこをしているような、ほっこりした読後感が残ります。
パンダはどこにいる?
2023/05/14 11:11
ほっこりしながら考える。
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表紙に描かれた、隠れているようで隠れていないパンダと目があう。
あれこれやるけれど、自分とちゃんと向き合いきれていないパンダの様に、はっとする。
自分がパンダだと知らないパンダの行動も、パンダにくつろくパンダの姿も、どちらもかわいい。
この「どちらもかわいい」と見るまなざしはは、神の仏の私たちへのむけるそれなのかもしれない。
寂聴さんに教わったこと
2022/05/16 15:06
お誕生日に
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奇しくも、寂聴さんの100歳のお誕生日にあたる2022年5月15日に手に取り、読了。
寂聴さんのことばと生きざまが、まなほさんのまなざしを通ることで、よりしみわたってきます。お二人のやりとりに、心温まるひとときでした。
寂聴先生、お誕生日おめでとうございます。
まなほさんから、素敵な贈り物を受け取りました。
猫楠 南方熊楠の生涯
2021/08/13 11:40
妖と猫と。
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熊楠と見えざるもの、熊楠と猫の絶妙な親和性。
不思議だと思ったものをどこまでも追いかける熊楠の姿と、地位ある人にも小さな生き物にも変わらない態度は、周りを巻き込む魅了さを放つ。
猫楠の語りのおかげで、神社合祀令に反対した理由、熊楠の粘菌研究と真言密教の関わりが腑に落ちた。
水木先生もまた、妖とも猫とも意思疎通ができた方なんだろうな。
のぶカンタービレ! 全盲で生まれた息子・伸行がプロのピアニストになるまで
2020/08/08 11:08
響き合うもの
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2020年に開催されるはずだった第18回ショパン国際ピアノコンクールが、
1年延期されました。
辻井さんのショパンコンクールを追体験した今、
これから1年という時間が、若きピアニスト方に与える影響を思います。
お母さまの伸行さんへの関わり方はもちろんですが、
ピアノ他の指導をなさった先生方の伸行さんへのリスペクトが響きました。
「次の先生に伸行くんを引き渡すまで、この才能を潰してはいけないと考えていました」という増山先生のことばから、
若き才能に接した畏れにも似た深い喜びを知りました。
新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか
2020/08/03 17:09
響く北野節。
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道徳は時代によって変わる。
特定の宗教によって”変わらない確かなもの”を伝えられないのなら、
自分なりの道徳、自分がどう生きるかという原則を見つけて生きよ、とのメッセージは
クリエイター北野氏の心の姿勢でもあるのだろう。
俺か、俺以外か。 ローランドという生き方
2020/06/18 14:06
伝記。
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図書館に「伝記」として配されていた。
なるほど、タレント本ではないのかと思い手にした1冊、手にしてよかった「伝記」。
「人間、どれだけ生きた来たかではない。どう生きたかだ」。
きっとローランドという生き様は、
ポスト・コロナの世界でも美しい勝ち方を見せてくれるだろう。
ストーカーとの七〇〇日戦争
2020/02/25 11:18
「いわゆる依存のあるものは、全部治療が必要なんです」。
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嗜好は口にするものをはじめ、他への関わりを求める。その勢いが自身で制御できない状態、かつ制御できなくなっていることを自覚できない状態を、依存と呼ぶのだと知った。ストーカー行為もまさに依存であり、そこにうずまく予測できないエネルギーは、「『絶対安全』は、もう私の人生にはない」と、被害者である筆者に言わしめるほどだ。
離島に暮らした経験を思い出し、住民のかもす時間の流れと筆者のもどかしさを、切々と感じた。危機的状況のさなかでも、ヤギと関わることで自分の守るべきものに引き戻される筆者に、執着でも依存でもない、いつくしみの関わりを見た。
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