オートンさんのレビュー一覧
投稿者:オートン
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2020/10/15 18:07
今も昔も、「多元性」との相剋が続く中国
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中国史には碌に触れたことがないので拝読。
脈々と続く中国の歴史と国家の盛衰が記されている。
どの国家も、遊牧民族など異民族らが溢れる国内をまとめようと腐心していたことが理解できた。ある皇帝は経済で、またある皇帝は宗教でなどと多元性を乗り越えようとし、成功した者もいれば失敗に終わった者、様々であったことも分かった。時には寒冷化という防ぎようのない事態も国家衰亡の原因になっている。
それでいて、現在の習近平政権に至っても、「1つの中国」のスローガンを掲げて多元性を収斂しようとしていることも理解できる。
近年取り沙汰される新疆ウイグル自治区や香港だけでなく、国内西部の農村地帯でも、報道されないだけで何らかの活動が起きている可能性も考えられる。
また、アメリカから大バッシングを受けている国有企業向けの補助金も、民衆を反乱分子化から防ぐための政策といえるかもしれない。
中国がどのような道へ進むのか、この本をきっかけに見つめていきたい。
2020/07/24 06:11
また読みたくなる小説
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時代は異なるが、学生時代が懐かしくなるような描写で溢れていて、また大学生であった時代に戻りたいものだな、と思った。
三四郎の純朴さや融通の利かないところは、お世辞にも大学生としてはコミュニケーション能力が高いといえなかった自分にも通じる面があったようで、終始共感してしまった。三四郎のとある女性への言動に「そこはそうじゃないだろ」と苦笑してしまうところも少なくなかった。
そのほか、筆者は、熊本から上京した三四郎を通し、急速な近代化(西洋化)に飲み込まれていく日本を客観視させようとしていたのではないか、ともとれる表現が随所に見られるように感じた。上京する際の汽車でのとある人物との会話は、筆者自身の日本に対する警告だったのか…?
一読しただけでは本書の魅力を掴み切れていない感覚があったので、時間を置いて再読したい。
2020/08/22 23:00
鹿児島を知らなくても面白い。
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筆者は、かつて鹿児島の大学に在学していたとのこと。
それだけに、キャンパスライフを下地にしているような箇所のほか、鹿児島県民のあるあるネタや観光名所、出身人物などの単語が散りばめられている。その辺りは軽く触れる程度なので、鹿児島を知らなくても読み進められる。
鹿児島好きの私としては、ニヤリとする小ネタも少なくなかったが。
タイトルには探偵と銘打っているが、あくまで些細な言動などからその人の真意を探り出すスタイル。そこから紡ぎ出される展開は当事者に責め苦を求めるものではなく、むしろ悩みを解きほぐすようなかたちで、どれも後味の良いものとなっている。
そのような一連の推理から、他者の言動を上っ面だけで捉えてはいけない、という裏テーマがあるように感じられた。
また、何より物語中に登場する料理がどれも美味しそうだし、わざわざ食材や調理のコツまで記載されている。そこがこの作品に花を添えている。
不躾なものかもしれないが、筆者は料理に造詣が深いのか、或いは学生時代のアルバイトで様々な飲食店を渡り歩いてきたのではないかと、読者の私まで推測をさせられる羽目になった。
鹿児島を舞台とした小説なので、また機会があれば、筆者には是非、登場していない北薩や大隅半島、島嶼をひっくるめた作品を綴って欲しいと思った。
2020/12/11 22:56
スピノザ哲学の難解さと魅力を知ることができるが、入口に過ぎない。
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定理と証明の林立する、難解な『エチカ』を読み解いた本。
しかし、「属性」や「変状」などの用語について、著者も説明に難儀している部分もあり、今ひとつ腑に落ちない部分も少なくはなく、この本を読んだだけでは原書を理解できるとは思えなかった。実際に『エチカ』を読み始めたが、理解できない箇所は読み飛ばしながら格闘しているところである。
本書でも、スピノザの思考のOSがデカルトを基調とした近代以降の思考のOSとはかけ離れていると説明されており、スピノザのそれに馴染むまでには時間がかかるように思える。
スピノザ哲学の入口にはなった本だが、それでも原書を読み続けるのは厳しい。他の研究本を読み、デカルトの思考のOSからの切り口に任せず多方面から原書に攻めかかる必要があると感じた。
以下は余談。
著者は微塵も触れていないが、必然性における自由については、この感染症が蔓延する状況下での感染防止という「必然性」の中で自由を模索すべき、というメッセージがこめられているのではないか、と解釈した。
また、真理獲得のための主体の変容というのも、閉塞した社会の中で1人1人が閉塞感に打ち勝つための真理を獲得するために変容していく必要があるのだ、という願いがあるのかもしれないと思った。
門
2020/07/29 22:30
「自分」と「他者」の隔たりを読ませてくれる作品。
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読み始めると、宗助と御米は、どこにでいそうな円満な夫婦として見ることができる。しかし、読み進めていくうちに様々な不幸や悲しみ、場合によっては自業自得の所業に苛まれて生きてきたことが分かってくる。そして、青天の霹靂とでも言わんばかりに、過去の古傷が痛み出す出来事も起こる。
私達は他者を見るとき、自分の目に映っているその人が、過去にどのような経験を重ねてきたのかを全て知ることはできないし、代わりに実体験することもできない。読後には、「自分」では追い切れない、「他者」の幸せと悲しみの入り混じった生き様を垣間見たような気がした。
また、大家の坂井家とは、家族構成だけでなく物質的、居住空間的にも宗助が優劣を感じているような描写がいくつもある。隣の芝生は青く見える、を地で行くわけだが、宗助には坂井家の苦労は理解できていないようであった。
金持ちに貧乏人の苦労は理解できるのか?また、貧乏人には金持ちの苦労は理解できるのか?とも言うが、立場が違う中で、相手が味わっている艱難辛苦を度外視し、幸福ばかりに目を向けて妬んでしまうのもまた、人の性ではないか、と思った。
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