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かわもさんのレビュー一覧

投稿者:かわも

12 件中 1 件~ 12 件を表示

チッソは私であった 水俣病の思想

2021/03/23 17:03

どうにもできない現実に対し

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

憎むべき対象がいれば、殴ったり罵ったりすれば済む。しかし、『それじゃすまんところに実は大事なものがあって、生きるということの意味をつくづく考えさせられたわけです。』(同P80)という言葉には計り知れない歯がゆさを感じざるを得ない。

「チッソは私である」とは、水俣病の直接的な加害者はチッソであるわけですが、被害を招いたのは近代化を喜ぶ自分であり、都会のような暮らしがしたいと思ったいた自分であったということ。だからと言って文明を一切拒否して生きることはできない。他の生き物のいのちを奪うことで生きている自分たち人間の罪を自覚しながら生ききることが大切だと緒方氏はいう。しかし、現代社会はそのような負の部分には蓋をし、見えないように覆い隠している。

「生ききる」とは「死にきる」ことでもある。生そのものが今まさに問われている。現代のあらゆる場面にある閉塞感は「生きる」ことを考えざるを得ないということの示唆ではあるまいか。生命そのものが問うているのだ。

戦争や貧困・格差などあらゆる問題の根本原因も同じ。生きることを考えない/考えられなくなっていることが問題なのだと深く考えさせられます。

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こどものみかた春夏秋冬

2021/03/23 17:18

見方/味方/見られ方

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この本は幼稚園での子どもたちの成長を綴った本です。子どもを保育園・幼稚園に預けている親からすると、普段どのように子どもたちが園で過ごしているのかは見えにくいものです。普段は見ることのできない子どもたちの姿や、見落としがちな子どもの変化を保育者ならではの視点から描いており、微笑ましくあります。

喧嘩をしても翌日には仲直りする子ども。仲良しの子を傷つけてしまったと泣いてしまう子ども。ついつい叱りすぎてしまったことを悔いる親の姿。子育てに関わる様々な場面があります。時折、保育者の対応にそれで大丈夫なのだろうかと心配になる場面もありましたが、なんと子どもたちは自分たちで問題を解決してしまうのです。

「こどものみかた」とは大人が子どもをどう見るのか、子どもたちはどう見ているのか、子どもの味方と解釈することができます。大人と子どもの視点から子どもたちの成長を読んで、子どもたちの味方でありたいと思いました。

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新しい分かり方

2021/03/23 17:15

わかるとは

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巷には様々な情報で溢れています。ある対象物についてスマホで調べれば分からないことはありません。では、僕たちは対象の何を分かったのでしょうか。また、どうして分かったと言えるのでしょうか。

この本は、自分がいかに「分かる」のかを客観的に知ることができます。謎かけのような写真や絵があり、その作品を鑑賞して著者の解説を読むという構成です。例えば、そこにはないと頭では理解していても、あるかのように体では感じてしまう。また、ある状態の前後を見ただけなのに、そこに至る過程を容易に想像することができる。このような分かる=認知のプロセスを体験できる画期的な本です。

しかし、それだけで本は終わりません。解説によってある作品の意味が分かったとします。すると、分かったという爽快感を自然と感じます。では、分かった後に同じ作品を観たらどうなるか。分かる前と同じように見ることは不可能です。分かった=理解した=意味を知った自分の状態から逃れることは容易ではないことを実感するはずです。

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ラインズ 線の文化史

2021/03/23 17:13

線の歴史

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代社会では、点と点=場所と場所の移動というようにすべては目的地化されます。点と点を結んだ線ではなく、一筆書きの線のようにどこまでも続いていくライン。本当はその線上に知識、物語があるのではないだろうか。

『植民地主義とは、非線状的な世界に線状性を押し付ける行為ではなく、ひとつのラインに別のラインを押し付ける行為である。植民地主義はまず、生が営まれる道を、生がそのなかに収容される境界線へと変換し、次にそうやってひとつの場所に固定された閉じられた共同体をいくつも束ねることによって、垂直的に統合された集合体に組み上げる。何かに沿って生きることと、上に向かって結びあわされることは、まったく別のものなのである。』

僕たちの生活は、点と点を結んだ線によって区画化されてはいないでしょうか。生産性、成果主義、学力テスト、保活は一種の線引きです。線は足跡のようなもので、それに沿って旅人は道を進み、景色を感じることができます。不公正を正当化する勢力にからめとられないためには旅人のようになればいいのかもしれません。

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対話のために 「帝国の慰安婦」という問いをひらく

2021/03/23 17:06

主体なき主体性

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本は全体を通して、慰安婦を社会による構造的支配・暴力の被害者としており、日本軍による明確な暴力・強制・抑圧だけが問題ではないことを説いています。
一例をあげると、韓国で設置が進んでいる慰安婦少女像があります。なぜ、少女なのか。韓国社会には、慰安婦=純粋無垢な少女でないといけないとする風潮があると分析されています。すると、自ら進んで慰安婦となった女性は差別されるという構造が生まれてしまいます。

自ら進んでといっても、そうせざるを得なかった理由(貧困、人身売買、ジェンダー問題)があるわけで、決して日本を擁護することにはならない。社会と個人のある種の共犯関係を暴いているのです。

最後の章では、「主体性」が問題とされていました。ラカンの見地からの分析で、社会も国家も国民も幻想であるとします。しかし、人は幻想なくしては生きていけない。そういう意味では僕たちは永遠の奴隷と言えるかもしれません。

主体なき主体=弱者の中の弱者の声にならない声を聞き分け、そうした人々(死者も含む)に応答する対話をどうやって実現するかが問われます。

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説教したがる男たち

2021/03/23 17:11

余裕を取り戻そう

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この本は、著者ソルニット自身が体験したマンスプレイニング(男性が偉そうに女性を見下しながら何かを解説・助言すること)からはじまります。マンスプレイニングは女性から発言機会を奪い、沈黙を強いる行為です。

一例としてソルニットは、中東で女性はレイプされても男性の目撃者がいなければ、被害を証言できない事例を紹介します。ソルニットは「(女にとって)信じてもらうことは基本的なサバイバルツールだ」と言います。

現実世界は依然として男優位の構造です。働き方をとってみても、男女平等といいながらも実際には男と同等の働き方を強いる場合がほとんどです。女は社会の中で信用を勝ち取るために文字通りサバイバルしているのです。

この本は何のことはない日常に会話の中に潜むジェンダーを指摘し、それが男性性だけでなく暴力と結びつくことを訴えかけているのです。なぜ男女差別やミソジニー(女嫌い)は発生するのか。そして、この問いはそのままなぜ暴力は発生するのかとそのまま置き換えることができそうです。

ソルニットは、物事を確信的に捉えることや断定することに原因があるのだと示唆しているように思います。こうだと確定した瞬間に多様性は失われ、他の可能性が見えなくなってしまうことに原因がありそうです。
 
「よくわからない」という余裕こそが人々の心を軽くするのです。わからないこと(未知なるのもの)はそのまま受け入れればよく、恐れることではない。

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孟子

2021/03/23 17:19

中国古典と言えばこの人

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金谷治氏は既に故人ですが、中国哲学を専門にした東洋学の大家です。論語、孟子、大学・中庸、荀子、韓非子、老子、荘子、孫子の翻訳をされています。

中でも金谷氏が最も好きだというのが孟子です。孟子は、「すべて人の本性は善であり、努力次第で誰でも聖人君子になれる」と繰り返し主張します。しかし、戦国時代では孟子の思想が受け入れられることはなく、士官を望みながらも叶いませんでした。現実社会に敗れ、弟子の育成に注力しながら最後は隠遁生活をします。

「恒産なくして恒心なし」生活が安定していなければ、人間的な成長はない。「富なさば仁ならず、仁なさば富まず」(経済的な繁栄を求めれば徳は身につかない、徳を積もうとすれば経済的には繁栄できない)どちらも孟子の言葉です。

矛盾しているように見えますが、現実と理想で葛藤する心境が見て取れます。そんな孟子の姿に共感しながら人となり、書物としての孟子の成立について解説されています。

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塑する思考

2021/03/23 17:14

何事もほどほどが一番

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題名にある「塑する」とは、塑性のことです。弾力性は衝撃をはね返し、元の形に戻ります。塑性は衝撃を吸収し、そのまま凹みます。著者は塑性的なあり方を大切にしようと言います。学校教育の中でも、目まぐるしいスピードで動く社会にあっても自分を持つことを推奨する。そうではなく、流れの中で考え方やあり方を変えながら、生きていくことの肯定です。

また、本書では便利さをとことん疑ってかかります。『考えなければ気づかないではダメです。日常生活の中で、人はいちいち考えながら行動しているのではなく、物事に瞬間的に反応して、ほとんどの行為が無意識に起きている。そんな中に便利ウイルスはしたたかに入り込んでいるので、考えなければ、では、ぜったいに気づくわけがない』(P246)とし、常に疑う習慣を身につけることが大切と言います。

これは、文明批判をしているのではなく、便利すぎず不便すぎない=「いかにもデザインしました」ではいけないということで、ほどほどの部分を探し当てるデザイナー視点から見いだされたものです。

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生きる職場 小さなエビ工場の人を縛らない働き方

2021/03/23 17:16

これからが楽しみ

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この本は、パプアニューギニア海産という会社のお話しです。この会社は、「フリースケジュール」という社内規則が敷かれています。出退勤時間は自由、好きな日に働けばいい。嫌な作業はしなくてもOKという一見非常識な働き方を実践しています。

元々は宮城県に本社があったのですが、東日本大震災によって大阪に移転することになります。著者は、宮城で仕事を続けたかったが、『もし震災だけであれば、こんなことにならなかったのではないか。もっと人と人が助け合い、日本も社会も別の方向に向かって、成長できたのではないかと思うのです。しかし、それを捻じ曲げ、争いすら生み出したのが福島第一原発事故であり、国の対応だったのではないかと感じています』と本音を語ります。

フリースケジュールを導入しているのも、「ルールによって人を縛る」働き方に震災以降疑問を持つようになったことがきっかけとされています。著者の主張には賛否あると思いますが、自身の働き方を考えるきっかけが与えられる本です。

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朝鮮人強制連行

2021/03/23 17:10

お粗末で杜撰極まりない朝鮮人徴用の歴史

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帝国日本によるお粗末で杜撰極まりない朝鮮人徴用の歴史を克明に記した労作です。まず、当時の日本は総動員体制の下で、男性の大半は徴兵されるか何らかの軍務に就かされていました。そのため、石炭採掘、農業生産の分野で深刻な人手不足が生じることになります。その穴埋めとして、朝鮮や中国、台湾から労働力としての徴用が行われたのです。

外村氏は、『要員確保が至上命題となった戦争末期には、重労働に耐えられない老人や病弱者をわざわざ労働現場に連れてきたあげく送還するという、生産性維持の意味でも輸送機関の有効活用という点でもマイナスにしかならないことすら行われていたのである。』と当時の実態を告発します。

本来なら、生産性を向上させるために労働環境の改善や、賃金をはじめとした処遇向上がなされなければいけません。そのことは、当時の一部の軍部や朝鮮総督府からも指摘されていたことでしたが、その選択はとられることはありませんでした。

なぜなら、『朝鮮人という安く使える労働力が豊富だという認識、さらには無理やりにでも彼らを連れてきて働かせることが可能であるという条件(植民地支配)が存在していた』からです。

大日本帝国の労働に対する考え方は現代の日本と非常に似ています。朝鮮人強制連行は、民主主義を欠いた社会の『奴隷的な労働を担う人びとを設定することでそれ以外の人びともまた人間らしい労働から遠ざけられるようになっていった歴史』に他なりません。

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クルマよ、お世話になりました 米モータリゼーションの歴史と未来

2021/03/23 17:08

移動の保障を

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クルマは都市の形を変え、公共交通などの移動手段を衰退または無力化させ、移動手段の選択肢を奪っている。何より、道から人を追い出しています。そして、第三者に対し、公害・交通事故といったリスク・コストを押し付けます。

しかし、これだけクルマの弊害が明らかでも止められないのは要因がある。それは何より、公共交通が貧弱なことです。僕の場合はこのために、クルマの利用を止められない。

子どもを保育園に連れて行かないといけないからです。公共交通を利用していけないことはない。でも、あまりに時間がかかりすぎる。何より問題なのは、お迎えの時間に間に合わないこと。

すると、保育園を自宅・職場近くに変えればいいという意見が出てきますが、保育園ならどこでもいいというわけにはいかない。ということは、クルマの問題は公共交通整備だけでは解決できない福祉全般の問題ということになりわしないでしょうか。

日本の場合、社会保障を考えると移動(交通)は見落とされています。福祉ではなく、市民活動としての「まちづくり」、環境問題としてしか考えられていない傾向が強くあります。居住福祉が盛り上がりを見せています。それも3.11を経てのことであり、かなり遅れています。

居住は移動と一緒に考えないといけません。人びとは常に動いているのですから。移動/居住を取り入れることが社会保障をより強固なものにしていきます。

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死を悼む動物たち

2021/03/23 17:01

個体の性質を捉えること

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わたしたちは動物にも感情があり、仲間の死に悲嘆することもあるというロマンチックな理想を抱きがちです。ディズニー映画さながらに。確かに動物の行動を観察すると、かけがえのない仲間と死に別れた動物が示す様子が消沈し、異常行動を取るケースも見受けられますが、果たして本当に悲しんでいるといえるのでしょうか。

著者は、動物の行動が間違いなく厳密に悲しみを表しているわけではない。しかし、だからと言って、悼む行為は人間の特異性と考えてはいけないと指摘します。

目が覚めた思いがしたのは、『犬が悲しんでいたとしても、それはその犬ならではの個性であり、どんな環境のもとで生きているかによるものなのだ。だから、なかには悲しみには縁のない犬も存在する。同じことは、人間にもそれとわかる様子で悲しむチンパンジーやほかの動物にも言える』という一文です。

人間の感情表出をめぐっても同様であるように、『動物にうかがえる感情表現は、個体を超え、その種全体に対して無条件で一般化できるものでない』のです。犬、猫、ゾウ、馬、カメなどは体の大きさや種、陸と海という点で異なるだけでなく、本能を超えるかたちで行動している。つまり、一匹ずつの性質があるということです。

ロマンチシズムに陥ることなく個体の性質を捉え敬意ある接触が必要なのです。それは、マネジメントでも同様です。

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