三車火宅さんのレビュー一覧
投稿者:三車火宅
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ほかならぬあのひと
2021/12/07 17:42
得難い読書体験
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エッセイには、日常の感慨を書き綴ったものもあれば、なにがしかの普遍的視点を提示するものもある。経営者がそれを書く場合、前者ならば経歴自慢であり、後者ならば説教か床屋政談に終始するのが通例だ。本書を人に勧められてそのような色眼鏡で読み始めたが、豈図らんや、得難い読書体験をすることができた。
まずは「あとがき」から目を通していただきたい。芭蕉晩年の句「よく見れば薺花咲く垣根かな」について著者は次のように述べる。
「よく見る」ことによってようやく気づく密やかな美の境地です。そして芭蕉をして「よく見る」ことをさせたのは、なずなの花の醸し出す枯淡な風情です。わたしは、この句を読むと、芭蕉がみずからの死を意識することで、別の視座から「よく見る」ことを促されたかの印象を受けるのです。そうすることで、なんでもない垣根の様子が変わり、「今」が息づいてきます。(p.222)
著者は本書のなかで、「よく見る」こと「今を息づかせること」を一貫して述べている。話題が道元へ、寅さんへ及んでも、その点に変わりがない。表題の「ほかならぬあのひと」は、「あこがれの誰それ」というよりも、よく見ること、今を息づかせることを絶えず意図させる、そのための視座の移転のことを言っているのだ。
終章の茶道に関する記述は、もう少しかみ砕いたものでもよかったと思うが、本書の意図するところは貫かれていた。
まずは本書を手に取って、一読することをお勧めする。
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