月夜の迷い人さんのレビュー一覧
投稿者:月夜の迷い人
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メディオーム ポストヒューマンのメディア論
2022/03/26 00:16
人文学をあきらめてしまった人たちへ
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情報技術の発達によって、仮想空間が拡大していく現実をどうとらえるのか。そしてなぜ人は、他者と関わることにこんなにも苦しみを覚えるのに、それでも他者を求めてしまうか。本書は、これらの問いに、ひとりの思想家が全力で挑んだ作品です。人文学に一度挫折してしまっていると感じたことがある方には、ぜひ手に取ってもらいたいです。
以下、少し説明を加えます。
「なぜ人は、他者と関わることにこんなにも苦しみを覚えるのに、それでも他者を求めてしまうか?」、「生きることは辛いことばかりなのに、人は何のために、そしてなぜ生きなければならないのか?」、本書が問おうとしている問題は、私自身が10代の頃から感じていたものでもありました。
実は一度、その手がかりを得ようとして、人文学に憧れを抱いていた時期もありました。ですが、そこで語られるのは、結局「資本主義と新自由主義こそがすべてのわざわいの元凶である」ということ、あるいは「自由と人権を守り、自立して、他人を認めあうことこそが何より至高の価値である」、といったことばかり。私が本当に知りたかった疑問に対しては、ことごとく素通りしていくばかりでした。
そのためでしょうか。何より私に刺さったのは、本書が、学問の権威をひけらかしたり、高圧的な「正しさ」を振りかざしたりする、これまで読んできた人文学の本とはまるで違っていることでした。もちろん学問的でないわけではありません。情報技術やメディアアートに関する学説がたくさん引用されていますし、専門用語もいくつか出てきます。
それでも本書は、著者という一人の人間が、人が生きることの根本問題に、文字通り正面から向きあった作品であることが、読み手にちゃんと伝わってくるのです。そして、文章や言葉のひとつひとつが、書き手の思いを宿していて、とても美しいのです。たとえ内容のすべてに共感できなかったとしても、自分がかつて心底悩んでいたのと同じ問いに、真剣に向き合う誰かがいてくれたということ、そのことに、私は励まされました。
印象的な文章をいくつか引用しておきたいと思います。
「欲望の二重らせん構造が意味しているのは、そもそも人間存在が原理的に引き裂かれて在るということだ。それは必然であり、かつ、そこからこそ、あらゆる感情、あらゆる芸術、あらゆる狂気と愛、そして記憶が生まれてくる。私たちは私たちを病理から解放したいと願う。だがそのとき私たちは・・・・・・ただ人間であることの矛盾を引き受けようとしているのだ。」(pp.110-111)
「日々の何気ない生活を通じて、この私は、他のあらゆる存在もまた貫通されることを見てとる。私がある道具に、ある大地に、ある木に、ある岩に触れるとき、私はこの私がその道具に、岩に確かに触れたのだと感じる。そのとき私は、私を焦点として背後に広がる全体史をいま・ここという一点に収斂させ、その岩を貫通している。そしてその貫通が巡り巡って、やがてあるとき、いまはまだいない誰かを貫通することさえ、私は信じる。そこには、他者原理を他者へ適用することの不可能性を超え、他者を貫通し得るものとしての私という、他者の他者原理への信頼がある。」(pp.210-211)
「老人の顔に刻まれた皺のように他者に刻まれた存在論的ノイズこそ、その豊かな凹凸の摩擦によりこの私を共同へと縫い止めることを、私たちは感じ取る。存在論的ノイズにより裏打ちされた全体と貫通により、欲望の二重らせん構造の破断の圧に、人間は耐えることができる。」(p.217)
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