ニックさんのレビュー一覧
投稿者:ニック
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私にぴったりの世界
2022/03/28 22:43
私にぴったりの世界
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ユダヤ人一家の年代記、そしてアパレル小説。作者は移住ユダヤ人第三世代で、「どこの土地からも、後ろ髪を引かれる思いで逃げ出した経験を一切もたない定住民」だと言う。自分に「ぴったりの世界」(文筆業)を見つける前は、競争激しいアパレルビジネスの真っ只中でバリバリ働いていた。驚いたことに家族のみならず、親戚や友人も全員が服飾業に就いていたという。
一族のうち、まず父方では、ポーランドを出た曾祖母がベルギーに根をおろし、シャルルロワの青空市で商売を始めた。作者の両親の代には、女性用プレタポルテ店をワロン地方とフランドル地方に合わせて九店を持つまでに至る。しかもどの店舗も町の目抜き通り、一等地にあった。熱気と活力に満ちたその時代をふりかえり、スケッチ風に描きつつ、回想の所々に挿しはさまれる引用(主にユダヤ人の言葉やエピソード)、トリビアや独自の考察も興味深く読ませる。
母方では、強烈な個性を持つ、作者の母親。ティナとあだ名で呼ばれた。「獅子のような髪と、超ミニのレザースカート」のアメリカ人歌手のティナ・ターナーに似ているから、と売り子たちがつけたものらしい。暴れ馬の如きエネルギーの塊で、時代の空気を先読みしヒット商品を当て、事業を拡大していった。勝ち組で光の側に立つティナ。かたや祖母レイエルは、ティナの実の母だというのにその対極、影の側にいる。シングルマザーで既製服店を営みながらティナを立派に育てあげた。常に控えめで内向的。冒険や目立つことは絶対にしない。ブリュッセルのグランプラス近くに店をかまえ、上階の質素な居室で孤独に暮らしていた。少女時代よく泊りに来た作者は、この光と影二つの世界の中間に位置取りしつつも、祖母に深い共感を寄せている。
アパレル業界の内情を覗き見するのも楽しいものだ。普通の人は全く知らない世界だから驚くことばかり。パリでの買い付けとか、集客や販売のテクニックのあれこれに、感心したり笑ったりしながら引き込まれてしまう。1970~90年代のファッションが懐かしい。ああそれ、あったねと読者もノスタルジックな気分で追憶できる。なにしろファッションは世界共通の言語だから。サファリルックとか、バレンシアガのバッグ(裁縫の指ぬきみたいなスタックが飾りとしていっぱい付いている)とか。「毛皮が襟についたコート」もあった。作者が着ていた「ドルマンスリーブのピンクのアンゴラセーター」は、私も同じのを持っていた、色違いのオレンジで。
随所に散りばめられた挿話はメモを取りたくなるほどだ。『小さな赤いビー玉』はよく覚えている。ロードショーで見た映画で、小説はベストセラーになった。著者ジョッフォがサイン会などでいつも腰に巻き付けているポーチ、あれは彼の金庫なのだという。いつでも逃げられるようにだ。またヒューゴ・ボスのブランディングの話もおもしろい。ドイツ第三帝国国防軍の御用業者だったボス。強制労働者や戦争捕虜を使って制服を作っていたのだから、戦後、公民権を失った。そこからどうやって復活を遂げたのか。『スリラー』のマイケル・ジャクソンの白スーツもボス製。今ではエンゼルス大谷選手のスポンサーにもなっている。
時代はファストファッションへ。プレタポルテならぬプレタジュテ(「すぐに捨てられる服」)とはよく言ったものだ。そして2013年のバングラデシュの事故、縫製工場だったラナ・プラザビルが崩壊したのである。作者はすぐにボルタンスキーのインスタレーションを想起し、アウシュヴィッツ収容所の衣服の山へと繋げていく展開が見事である。
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