風さんのレビュー一覧
投稿者:風
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海の向こうで戦争が始まる
2023/04/25 22:59
なぜ、海の向こうで戦争が始まるのか?
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海辺で出会った女性は「僕」の目に町が映っていると言う。その町の廃棄物置場には少年たちがおり、洋服屋は癌で入院している母親を見舞っており、獲れた巨大な魚が港で披露され、その日に行われる祭りに大勢の人々が訪れる。海の向こうのその町は、沸騰する人々の熱気が溢れ、そして、戦争が始まる…。
「僕」の頭にある町は想像なのだろうか。将来、見ることになる町なのだろうか。
暴動は人が集まることで起こるのだろうか。破壊する意志があって暴動を起こすために人は集まるのだろうか。人間の破壊しようとする欲望が戦争を行うのだろうか。
「僕」と女性は対岸で静かに素敵な時間を過ごしている。すでに『限りなく透明に近いブルー』に垣間見られるモチーフであるが、この小説は今読んでも一つの寓話として読み捨てることのできない高みに達していると思う。
絵本平家物語
2023/01/10 08:10
安野版 平家物語!
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祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり…と始まる平家物語。79場面を絵画化し絵画場面を含めて143章の文を原典の流れに沿って配列。
『平家物語』を読み込んで書き下ろされた安野氏の文章は簡潔で読み心地もよいと感じた。そして、もちろん絵の素晴らしさ。背景を簡略化し、戦う武士らが丁寧に描かれている。ひとりひとりの命を表現するかのようだ。いくつかの場面で巧みに使用される「金色」も印象に残った。稲妻だったり月の光を受ける靄だったり…。
「あとがきにかえて」で触れられるのが『戦艦大和ノ最期』で命を落とす人々、1945年の無差別空襲で爆弾の下にいた人々…。一人ひとりを大切に描く安野氏の、無常の世への想いが伝わってくる繪本だ。
岡本藝術 岡本太郎の仕事1911−1996→
2023/01/08 14:16
芸術は、やはり爆発だ!
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数千点の作品から約400点を収録。「岡本太郎」という芸術の全体像を把握できる。時系列に眺めることで「岡本芸術」の広がりと深まりが実感できる。1961年に二科会から脱退するが、それ以降、一匹オオカミになってからの「岡本芸術」の爆発力がさらに高まることが分かる。全体を見てこそ実感できることだろう。
制作風景の写真もいくつか掲載されている。長年にわたって「岡本芸術」の同伴者だった岡本敏子さんの姿をみることもできる。
≪太陽の塔≫と同時期に制作されメキシコシティにおいて2003年に無残な姿で発見された≪明日の神話≫を、今、見事な姿で鑑賞できるのは敏子さんの尽力あってこそ。渋谷駅のコンコースで見ることができるが、芸術は金持ちの秘蔵になってはならない、誰もが見ることができるものであるべきだ、という岡本太郎の意思をも表していると思う。
≪明日の神話≫は原爆が炸裂する瞬間を描いたもの。本書では敏子さんの文章が添えられていて、こう結ばれる。「負けないぞ。絵全体が高らかに哄笑し、誇り高く炸裂している。」
そのように見つめる敏子さんの存在があったからこそ誕生した数々の爆発する「岡本芸術」、今後も生き続けるに違いない。
もっと知りたいカラヴァッジョ 生涯と作品
2022/12/25 23:26
激情の人カラバッジョ
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激情の止むことないためか数々の暴力を行い、逃亡し、あるいは刑務所に入っても彼の絵に惚れ込んだ多くの有力者の嘆願で世間に出てくるカラバッジョ(1571-1610)。
初期の静物画に驚く。果物の一滴の輝きも逃さない描写力。時間が過ぎれば腐敗するに違いないとまでも思わせられる現実感。秘められて見えない生命力も描かれているように思える。
数々の作品。人々が崇めるようにではなく畏れるように、そして、人々が見たいと思っているような画が迸らせるものに言葉は出ない。
晩年の、それまでの悪行への贖罪のような、闇の世界の一筋の光が人々を浮き彫りにする作品群。圧巻と思われるのが≪ダヴィデとゴリアテ≫(1610頃)。ダヴィデがその髪をつかんで下げているゴリアテの首。ゴリアテの顔はカラバッジョ…。
38歳で逝去。もっと生きていたらどんな絵を描いただろうという意見もあるようだが、短い人生を生きることしかできない激情の人であったからの画業であったと思う。凄まじい画面の中の静謐。飾ろうとは思わないが、存在をえぐるような画。描いた男を知るほどに画は深みを見せる。
わたしたちの登る丘
2022/11/11 08:42
誰もが登るべき丘
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22歳のアマンダ・ゴーマンは2021年1月20日、アメリカ合衆国第46代大統領就任式で詩を朗読した。その詩が『私たちが登る丘』。柴崎友香×鴻巣友季子の解説対談、訳者解説が、頭韻の効果や全体の構成など詩として鑑賞する理解を深めてくれる。
もちろん、大切なのは内容。黒人女性の詩人ということだけでメッセージ性があるが、 “We close the divide, /Because we know to put/Our Future first, we must first/Put our differences aside” (人々の間の溝を埋めよう。/なぜなら、わたしたちはもう知っている。/未来を第一に考えるなら、第一に、/たがいの差異は脇におくべきだと。) との言葉が大統領就任式で訴えられたことの意義は大きいと思う。
就任式での国民の希望は、間もなく絶望に代わる。「差異」を声高に叫ぶのは、やめにしたいものだ。人は一人ひとり違う、だから公正な社会が求められるのだ。
この詩を、アメリカのみならず、権力を持つ人すべての人に顧みてもらいたいものだ。
五分後の世界
2023/06/28 23:14
何かをしようと思わせてくれる活力ある作品
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気がつくと小田桐は森の中の狭い道を歩いていた。そこは、第二次世界大戦が終結していない別の世界だった。広島、長崎以外の都市にも原爆は投下され降伏しない日本にアメリカやロシアが上陸しすさまじい攻撃を行った。日本列島を国連軍が統治することになるが、アンダー・グラウンドに、どの国にも降伏せず自らのことは自らで決定するという人口26万人の日本人が営む戦闘国家が成立していた。その戦闘力は国際的にも評価されていた。その世界に迷い込んだ人間の腕時計は現地の時間より五分遅れていた…。
細部を詳細に描写する戦闘場面が何ページも続く。まさに爆撃の音を聴き血の匂いを嗅いでいるような臨場感が、戦闘など未経験の主人公の体に沁み込んでいくように読み手をその世界に連れて行く。この体で世界とどうかかわっているのかを直に問われているように思えてくる。この残酷な世界を生きていくには、この身をさらすしかない。それはとても厳しいことなのだが、しかし小説は、一歩踏み出すことが生きることの充実につながることを教える。それが、少しかも知れないが、希望につながると思える。
1994年刊。
アライバル Paperback Edition
2023/06/28 23:10
絵だけなのに、言葉が溢れている
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移民にとって新しい土地は架空の土地と言ってもいいのかも知れない。そこの土地の人々と接するなかで、身をもって現実の土地と感じることができるのであり、そうなって初めて家族を呼ぼうという気持ちにもなれるのだろう。
言葉が通じない中、絵などで何とか意思を伝えようとするけど、見知らぬ人々の中で不安な思いもなかなか消えないことだろう。しかし、飛び込んでみれば、疎んじられることもなく日々を過ごしていけることが分かってくる。
絵だけで、言葉がない。言葉がないため、人々の会話をしている様子や見知らぬ土地で感じているであろうことも様々に想像させられる。言葉がないのに、ページをめくりながら言葉が頭の中を行き交う。不思議な生き物やファンタジックな街の景観。あとがきによれば、4年の歳月をかけたという本書。ひとつひとつの絵に見入ってしまうのであった。
2006年刊。
樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声
2023/06/12 08:17
樹木たちから学ぶことはたくさんある
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森林の大切さを改めて認識。どうやって水は内陸に運ばれるか。海から蒸発した水が雲となり陸地に雨となって降ることができるのは海岸から数百キロ程度まで。森林が海岸から続いていれば樹木が吸収し発散した水が雲となり雨となりを繰り返し水は大陸奥地まで届けられる。そんな風には考えたことがなかったので新鮮な驚きだった。
また、地中で同じ種同士が根を通して水や栄養のやり取りをして弱い仲間を助けることや、雄花と雌花がある樹木は雄花が一斉に開花し大量の花粉が混ざり合ったところで雌花が咲き多様な遺伝子が引き継がれるような仕組みになっていることなど、樹木同士がコミュニケーションを図っていることが考えられるという。
人の手が加えられれば加えられるほど森は力を失う。長い時間の中で自然のままの活動が強い生態系をつくる。それが水の循環も含めた命ある地球をつくる。
人間が住みやすい社会を創るためにも樹木たちから学べることはたくさんある。
ハッブル望遠鏡が見た宇宙 カラー版
2023/02/15 08:36
宇宙が見せてくれる「夢」
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三次元(3D)は立体。四次元の世界は、どうすれば見ることができるのだろう。
実は、はるか遠くまで広がっている四次元の世界を地球から私たちは見ていた。宇宙には500億とも言われる銀河が存在しているそうだ。夜空に輝く星々。光は多くの情報を伝えており、それを分析することで宇宙の成り立ちを知ることができる。50億光年離れた星が50億年前に発した光を地球から見ることができる。何十億光年も遠い星の方が隣に見える星より明るかったりする。夜空は四次元の世界。
ハッブルは宇宙が膨張し続けていることを発見した。そのハッブルの名を冠した望遠鏡が地球の外にある。大気圏の細かい物質に邪魔されない澄んだ空間を通して星を観測するから遠くから届く微かな光も捉えることができる。
銀河同士が衝突しハート形に見える銀河の中に新たな星の光をとらえた写真など、どれもいつまでも眺めていられそうだ。そして、絶えずダイナミックに動いている宇宙が生成した物質が生命を生んだことに思いを馳せると、争いごとを続ける人間のちっぽけさが悲しくなる。
1997年刊。当時の宇宙望遠鏡科学研究所長ロバート・ウィリアムズのコメントも収録。
土偶美術館
2023/01/24 08:44
土偶は芸術の根源
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日本各地で発見された土偶の写真が掲載されている。次第に目鼻ができ体全体に装飾が施されていく変遷がわかる。マリー・アントワネットもびっくりの髪型のものもある。乳房や大きな腰の土偶、膝を曲げて出産の様子をあらわしたものや子どもを抱いたものなど母性に関わるものが少なくない。
栃木県荻ノ平遺跡から出土した土偶には微笑を誘われた。どうみても『ちびまる子ちゃん』の「友蔵」。説明文を読むと発掘現場で「友蔵」とニックネームがつけられていたそうだ。「こんなのができちゃったよ」と和気あいあいとした情景もあったに違いない。
変遷表を見ると、さかのぼるほどシンプルな造形になっていく。土偶の誕生と目されているものは、「こけし」というよりは「ハンドマイク」。以前のものほど現代芸術に見えてくる。時系を逆に見ていくのも面白い。装飾を廃して根源に迫っていくように見えてくる。
2023/01/20 08:56
資源問題を学びながら、爽快に楽しめる小説!
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AN通信シリーズ第三弾。
諜報活動によって得た情報を売って利益をあげるのみならず、日本や世界のインフラを守ることに通じるミッションにも命を懸けるAN通信のエージェントら。今回は水。
災害や戦争で破壊されるインフラ。電気や水がないと人間の生活は凄惨を究める。それを狙うのはウクライナに侵攻するロシアだけではない。本書では復興の利権を目的に政治家や企業がダムを破壊する。
次のダム破壊を阻止できるか、難局から脱出できるか、次々と展開する場面に息をのむ。二作目の『森は知っている』は読んでいないけど、一作目から登場しているライバルやAN通信に関わる人々らの関係を深く知ることができ、作品に厚みを加える。AYAKOは『ルパン三世』に登場する「不二子」を想起させ、セリフは不二子の声になって聴こえてきそうだった。
そして、命の源を心に刻むような最後のシーンの素晴らしさ。このシーンを描くために著者は三部作を書いたのかも知れない。爽快感とともに読了。
2018年5月刊。
シェリー詩集 改版
2023/01/06 09:18
詩が世界をつくる
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「目にみえぬ」が「いのちの不安な夢に 魅惑と真実をもたらす」もの、それは「美の精」。『理想美を讃える歌』(1816)はこの世界に美をもたらす「美の精」を愛しみ崇めることを詠う。亡きキーツを悼む長い詩『アドネーイス』なども収録されているが、「美の精」が創った世界を言葉で表現しようとした詩人という印象を持った。
アイスキュロスやダンテなど先人を尊敬し、世界を美しく見るシェリー(1792-1822)の詩は、読む者の世界を見る眼を変えてくれる。世に在ることの謙虚さというようなものを考えさせてくれる。
そして、本書の最後におさめられている詩論『詩の擁護』。私には読み解くことが難儀だったが、私なりの理解では、「美の精」によってもたらされた世界を読み解くことが詩人の仕事であり、世は詩を礎にしてつくってこそ平安なものになる、ということ。
とすれば、今のこの世界はまだまだ詩が少ないのかも知れない……。
中国共産党、その百年
2022/11/16 08:24
中国共産党を知るための良書
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1902年、中国で社会主義を紹介したのは梁啓超(りょうけいちょう)。彼は1898年に清朝の改革(戊戌(ぼじゅつ)変法)に失敗し日本に亡命。彼や中国からの留日学生たちによって西洋の新思想や新概念の日本語訳語がそのまま中国語の語彙として使われ、中国でも流通した。「中国で『共産党宣言』を含むかなりの数のマルクス主義文献が出版されるようになるが、その多くが同時代の日本語版の重訳であった。」という。また、1935年、内戦中の国民党と共産党は抗日のため統一戦線を組む。そのことはその後の共産党の組織づくりに大きく貢献したようだ。
中国の歴史には日本が深く関わっていることを知る。日本も中国と無関係に歴史を刻んできたわけではない。他の国との関係があって、国があるということをしっかりと押さえておきたいと思う。
そして、毛沢東から現在の習近平に至る共産党の動きを活写。中国共産党を特徴づける出来事を取りあげて説明しているので飽きないで読み進めることができた。
巨大な土地と莫大な人口を擁する中国、自らを国際社会にどう位置付けていこうとしているのか、今後も注視していかなければならない。
2021年刊。
もっと知りたいモディリアーニ 生涯と作品
2022/11/21 08:58
安定を感じさせてくれる画家
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首は長いし顔は縦に伸びている。不思議な感じだけど、何度も観ていると何とも言えない安定した感じに包まれていく。安心させてくれる。
これぞモディリアーニ(1884-1920)の芸術と一目でわかるような絵は、多くを学び多くの創作を経て生まれた。イタリア生まれの彼が活動の場にしていたパリには実に多くの芸術家がいた。その一人がピカソ。モディリアーニの初期作品には、ピカソの青の時代の作『ラ・セレスティーナ』に触発されたと思われる絵もある(ピカソが年上だなんて想像もしたことがなかった…)。
特に面白いと思ったのは彫刻に魅されていたということ。ロダンのような粘土で作り上げる塑像手法が「彫刻を堕落させた」と、直彫り彫刻を行っていた。とくにカリアティードとよばれる古代建築における女性象の柱に深い関心を寄せていたようだ。材料の重さと体力の関係で続けることができなかったという。
そして、モディリアーニはモディリアーニになる。ちょっとした頭の傾き、彩色、シンプルな背景に見られる直線などが安定した場面を創っている。
晩年の大切なモデルも務めたジャンヌ・エビュテルヌ。彼女を描いた肖像画を見ていると二人に流れている穏やかさが伝わってくる。モディリアーニの死後のジャンヌの悲劇は理解できるように思えた。
バッハの生涯と芸術
2022/11/10 07:39
バッハの入門書
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1802年、音楽史家であり作曲もするフォイケルが出版したバッハ伝。バッハ愛を感じる本である。あまりに愛しているために見たいように見たバッハ像が描かれていると思うが、訳者が注で補足してくれているので安心して読める。
バッハに関する基本の本のようで新しい発見をしたという感じにはなれなかった。それだけ本書に書かれていることを基にした説明を見聞しているということなのだろう。本書の存在を知っていれば早く読んでおくに越したことはないと思う。ただ、音符に関する部分は楽譜を読めない私には理解できなかった。
1829年、二十歳のメンデルスゾーンが100年ぶりにバッハの『マタイ受難曲』を再演して大成功、それをきっかけにして多くの人々がバッハに注目するようになった。今でもバッハは聴かれている。いろいろ聴いて、やはりバッハ、と思う人は少なくないに違いない。
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