KUGELさんのレビュー一覧
投稿者：KUGEL
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椎名麟三の文学
2023/04/05 22:23
椎名文学を照らす道すじ
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今年は椎名の没後５０年―かれの作品が一般に耳目を集めなくなったことは仕方ないことかもしれない。そうしたなか、少数ながら、椎名の“本当の自由”への問いかけにひっかかりをもち、読みつづけてきた人々がいる。
著者の中島妙子氏は『美しい女』をリアル・タイムで思春期に読んだ世代。円熟した読み手である中島氏は、本書で読まれる長編を思い切って四作にしぼった。
『赤い孤独者』、『邂逅』、『美しい女』、『懲役人の告発』―これらに『私のドストエフスキイ体験』という評論集が加わる。
まず『赤い孤独者』は、キリスト教受洗前の椎名の実存主義的な諸作品―観念と情動の多岐、矛盾、分裂をふくむ―を集約させ、総括するための作品としてえらばれた―ここにおいて椎名の初期作品は是認されていない。だから、実質的には残りの３作品に椎名の「魂の記録」を読みとろうとしたといえる。
ところで、椎名には『自由の彼方で』、『神の道化師』、『運河』といったより自伝色の濃い小説の系列があるが、中島氏によって―賢明にも―それらは一顧だにされていない。そして、椎名自身の“心の物語”を照らすには、それにふさわしい『私のドストエフスキイ体験』を読みとくのである。
中島氏のアプローチの仕方は、椎名の小説の登場人物が弄ぶ観念やかれらが発する断定的な発言の字義に拘泥するあまり、読みが迷走と混乱に陥るようなことを避けて、それぞれの小説の「梗概」―長いあらすじ―を作成、それをもとに考察をすすめる（この見事な「梗概」があるだけで、本書には読む価値がある）。
こうした「梗概」がひどく長くなったのは、中島氏が椎名の小説を次のように理解したことによる（直接には『懲役人の告発』について述べた言葉だが、ほかの小説にもあてはまるはずだ）。
「こうして見てくると、この小説の重層する観念は、ヴァーチャル化、視覚化されたなかで、メタファのように解されてしだいに鮮明なイメージとなり、作中の借景や点景の一つ一つを意味づけてくる。」（241頁）
中島氏は、椎名の小説の人物の行動、性格、つまりは存在そのものが、「観念」の「メタファ」、すなわち具象化（＝ヴァーチャル化、視覚化）であると言いたいらしい。そのように考えるのであれば「梗概」といえども自ずとディテールに及ばなければならない。これとは正反対なアプローチが、いくつかの観念をつき合わせ、整合させ、解釈を深めるといった、よくあるやり方だが、これだとまず椎名のいう矛盾は矛盾のまま、分裂は分裂のままとなる。
つづいて、中島氏はもう一つ椎名を読むために大切なことを述べている。
「作家椎名麟三が、この小説の執筆動機やテーマについてどのように語ろうと、それはあくまで作家椎名麟三としての立場上の発言である。真の動機は別にあると思わざるを得ない。」（242頁）
ここにいう「真の動機」とは……「何ものによっても癒されない、根源的な生への不全感として執拗にのたうつもの」に刺戟されつづけたという「避けがたい内発的動機」と中島氏は表した。この「生への不全感」に駆り立てられた、その先に“本当の自由”があるのだといいたいのだろうか。
中島氏から示唆されたことをくりかえすと次の２点となる。
１ 椎名の小説は観念のヴァーチャル化ととらえることができる。
２ 椎名には小説上の字義から捉えられない動機（「根源的な生への不全感」に由来）がひそんでいる。
本書の価値は、むろん椎名が言おうとしたことの解明にもあるが、それ以上に中島氏がどういった読みとり方をしようとしたかにあると考えたい。
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