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  3. 成瀬 洋一郎さんのレビュー一覧

成瀬 洋一郎さんのレビュー一覧

投稿者:成瀬 洋一郎

179 件中 16 件~ 30 件を表示

紙の本

紙の本愛とカルシウム

2008/11/21 09:54

「錯覚だ。あたしはもう死んでいる。死んでなきゃヘンだ」

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 間もなく19歳の誕生日を迎えようという藤島環は、身体が石化していく難病HDS。介護施設しおかぜ荘で暮らしているが、回復する見込みのない自分の身体に環は見切りをつけ、できるだけ他人と関わらないようにしながら毎日を過ごしている。

 「元気をだしたいひとへおくる、青春小説」というあおり文句で、双葉社のWEBマガジンで連載していた小説が1冊にまとまりました。
 連載していたときは「どこを読むと元気が出るんだ?」と思うくらい、未来の見えない18歳の少女の達観と葛藤が伝わってくる話でした。身体は少しずつ動かなくなっていくだけで回復しそうにない。家族の負担にもなりたくないし、制度が変わってこの介護施設もいつまで続くか判らない。
 でも、あらためてまとめ読みすると「ああ、見方を変えれば世界も変わって見えるんだな」ということで、少しは元気をもらえたかなと思います。きっかけは、ちょっとしたこと。本当はスズメでなくてもかまわなかったかもしれない。でも、今にも死にそうなスズメが環の部屋に居座ったことから、環の世界が少しだけ変わります。
 どんな風に変わっていくのか、ほんの少しずつの変化に気をつけて読んでいくと、ほんの少しずつだけ元気がもらえます。
 そんな本です。

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紙の本

「・・・重量オーバーだったんですね」

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「……重量オーバーだったんですね」
 なんということのないセリフだけれど、物語の中で読むとかなり重い。気づかない悲しみ、気づいてやれなかった後悔が、そのまま伝わってくるのです。

 昔、大好きだった本がある。
 今も忘れられないくらい好き。
 でも、あの結末には納得できない。
 気まぐれに、昔好きだった本のレビューをインターネットで検索し、その結末について誰か何か書いていないかと探していた伸之は、自分と同じような感想を書いているサイトを見つける。
 でも、自分とまったく同じ意見でもない。レビューを書いた女性らしきサイトの管理人と、男である自分の感覚の違いだろうか。
 自分が忘れられない本を、自分と同じように好きな相手だと感じた伸之は思わず感想を書いて送るなどという、今までしたこともないことをしてしまう。
 それをきっかけに「伸」と「ひとみ」のメール交換が始まった。
 やがて、リアルで会って話をしようということになるのだけれど、現実の「ひとみ」は電子メールでやりとりした文章から受ける印象とどこか違っていた……。

 「伸」の忘れられない本について、極めて大雑把なあらすじを読んでいて、どこかで読んだことがあるような気がしました。
 高校生の少年少女たちが大人相手に繰り広げる、波瀾万丈で痛快な冒険。でも、結末は一転して少女から少年に別れを告げる物悲しい結末……笹本祐一の『妖精作戦』みたいだなあと思ったら、その本のタイトルは『フェアリーゲーム』。あ、もしかして、これのことかな……?
 それなら、確かに僕も、あの結末については言いたいことがある!

 納得できない物語の結末を、誰かと話し合ってみたい。この何とも言えない気持ちを誰かと分かち合いたい。これは別に本の感想に限らないこと。風が気持ちいいね、この料理が美味しいね、そういう気持ちを分かち合える相手こそベターハーフ。
 この話は、最初から最後まで最良の伴侶を求める男女の物語なのだと思います。

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紙の本

紙の本女王の矢 新訳

2007/11/29 20:05

「ちゃんとしたものの手にかかれば、演説すら音楽になる」

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 80年代に現代教養文庫から刊行されていたヴァルデマール年代記の長編第一作が、新訳版で中央公論社から復刊されました。他のヴァルデマール年代記は現在創元推理文庫から刊行されていますが、今回の中公版も人名や用語は創元版準拠となっていますので読んで違和感はありませんし、他のヴァルデマール年代記を先に読んでいると、まだ幼いわがまま娘のエルスペスやいたずら小僧のスキッフらの姿にニヤリとさせられます。

 13歳の誕生日に結婚させられそうになった砦族の少女タリアは、思わず砦を飛び出してしまう。辺境の国境地帯に住む砦族にとっては、13歳での結婚はもちろん、女性が低い身分のまま一夫多妻の家族制度に組み込まれるのも当たり前のことだった。
 けれど、幼い頃から物語で読み知っていた<使者>、王国を治める女王の使者にして代理人の姿に憧れるタリアにはとても耐えられるものではなかった。
 帰る場所を失い、行くべき所もないタリアは不思議な白馬に出会い、白馬をせめて所有者のもとに戻そうと、馬に連れられるように旅に出る。
 だが白馬こそは<共に歩むもの>。<使者>とペアを組む伝説の生き物であり、彼女は<共に歩むもの>ローランによって、新たな<使者>として見いだされたのだ……。

 物語の内容は、周囲の無理解と抑圧の中で生きてきた少女が己の居場所と仲間を見いだすまでという、マキャフリィのパーンの竜騎士シリーズなら『竪琴師ノ工舎』三部作あたりの位置づけ。『竜の歌』や『竜の歌い手』が好きな人なら、この作品も気に入るのではないでしょうか。気軽に読めて面白い1冊です。

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紙の本

「早く、早く、早く、私を食べて〜!」

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 美少女スプリンター、桂木駒子とその幼なじみ久遠久は新幹線の車中にあった。修学旅行で京都へ向かうところだったのだ。グループ行動で一緒に京都観光をするのは、知性派委員長の三ツ橋初美に、口から先に生まれてきたようなお調子者の荒木乱雅。久遠は、駒子の従姉で京都在住の陽に懸想している荒木とタッグを組んで、なんとか旅行中に駒子との仲を進展させたいと願っていた。ところが突然、駒子の様子が変わるやぽそりとつぶやいた。「夜鳥子が来た」と。
 実は駒子には秘密があった。時として、遠い先祖である女陰陽師に取り憑かれることがあるのだ。そしてそれは陰陽師、鬼切り夜鳥子が滅するべき鬼が出現するとき。夜鳥子出現の証しは、駒子の全身に浮き上がる何体もの妖怪の入れ墨。それこそ夜鳥子が使役する式神たちであった。
 楽しい修学旅行はいったいどうなるのだろうか!?
『天外魔境II』『俺の屍を越えてゆけ』などのゲームデザイナー・桝田省治による、セーラー服の陰陽師、鬼切り夜鳥子のシリーズ第2作です。けれども1作目を読んでいなくても楽しめる独立した作品になっていますし、前作の連作短編形式から一転して、イラストもたっぷりの430頁、読み応えたっぷりの長編です。
 大蛇や大蜘蛛を式神として使うクールな夜鳥子。その夜鳥子に取り憑かれながらも、持ち前の正義感から損得考えずに突っ走る駒子。駒子にいつも振り回されながら、へいへいと縁の下の力持ちを務める幼なじみの久遠。この2人もしくは3人に、常軌を逸した動物好きの三ツ橋、一途に恋する少年荒木を加え、京の街で鬼退治をするという物語。5人の誰もが仲間のお荷物になることなく、それぞれの役割をきっちり演じて鬼退治に挑んでいく姿は痛快です。
 カッコよく、ユーモラスで、ちょっぴりエッチで、読み終わった後にほろ苦い余韻とささやかな希望が残る、そんな話をしっかり読みたいという人にお勧めです。

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紙の本

紙の本駆逐艦キーリング

2003/02/01 13:41

コーヒーはブラックで

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 第二次大戦の通商破壊戦に興味がある、あるいは駆逐艦という艦種が好き、もしくは極限状態における等身大の人間ドラマが読みたいという者は本書を手に取るべきだ。作者はセシル・スコット・フォレスター。ホーンブロワー・シリーズで有名な海洋冒険小説作家だ。
 話そのものは単純だ。大きな戦いが描かれているわけでもない。クラウス中佐が率いる数隻の艦隊が輸送船団を護衛して、イギリスまで航海するほんの数日の物語だ。けれどもクラウス中佐の視点でじっくり描かれている文章を読み進むうちに、まるで自分自身が<キーリング>の艦橋に立っているような気にさせられてしまう。
 傍受されるUボートのものらしき無電、雷撃され沈む輸送船、護衛艦は数が足りない上に次第に燃料や爆雷が不足し始める。クラウス艦長は寝食を忘れ、座ることさえ忘れ指揮をとり続ける。艦長席の上にはいつのものか、食べかけのベーコンエッグの皿が置きっぱなしで冷たくなっている。トイレにも行きたいが、今艦橋を離れるわけにはいかない。レーダーは不調だ。直るのか? いったん分解しないといけない? トイレに行きたい…。
 艦長がつかの間の休息をとる時間を見つけられると読者も思わず息をつき、当番兵が熱々のコーヒーを持って現れると自分も思わず一服したくなる。そしてまた夜が来る。読み進む手は止まらない……。
 やはりフォレスターは上手い。面白い。ただし夜中に読んではダメだ。お腹が減ってくる。熱いコーヒーにベーコンエッグ、できればアイスクリームもつけたくなってくる。困った話だ。

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紙の本

紙の本ななめカンナヅマ

2010/07/09 11:19

「何かの支度を調えるには賢さが必要だ。しかし始めるのは、いつも愚かさだ」

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 忘れられ消えていく神を故郷へ送り届ける役目を与えられた巫女の神無妻七芽と、その旅を司る名簿の神クレクレが乗った時の小舟は、さまざまな世界を流れてゆく。
 今回、彼らの小舟が辿り着いたのは、子供ばかりが住む楽園だった。この地に七芽の宿す神を求める者がいるのだろうか……。

 日本昔話とピーターパンを足して割ったような感じで繰り広げられる、ハイパー巫女の痛快アクション。でも、七芽はあくまで八百万の神を宿して運ぶのが役目であり、最後に大暴れするのは彼女が運んできた風の神“空気のジャック”であり、彼を求めた反逆児タウロとなります。巻が重なっていけば、それが良いアクセントになるのでしょうが、もう少しハイパー巫女さんの活躍を見たかった気がします。
 神々と人との関係を見つめ直す物語で、永遠と滅びと再生の話であり、児童文学として図書館に並んでいても良いと思いました。

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紙の本

紙の本六百六十円の事情

2010/06/07 11:03

『カツ丼は作れますか?』

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ビートルズネーチャン、単語3つをセットにする家出少女、万引き少年、ニート……社会の枠からはみ出しかけて宙ぶらりんな男女たち、それぞれを語り手にした前半は、よくある連作形式の青春群像劇かと思ったけれど、それぞれの物語に通りすがりの人間として登場していた老人が語り手になった途端、ばらばらに見えていた物語が一気に集約し、食堂のテーブルに置かれたカツ丼で話がまとまる構成に引きずり込まれて一気に読了。そのままもう1回読み直して、伏線やら登場人物の立ち位置を確認しながら新たな視点を楽しませてもらいました。
 入間人間は、「社会の常識」と呼ばれるものからちょっとはみ出したヘンな人たちを描写するのが巧いのだけれど、そのヘンな部分をシニカルに暴き立てながらも、それを馬鹿騒ぎにせず、否定もしないのです。
 仕事をしないで日々だらだら暮らしている姿を描写しながらも、頭からダメな生き方と否定はしない。その代わり、仕事ひとすじで家庭が疎かになっても否定はしない。
 どちらにしろ困ったことではあるけれど、互いに否定せず、否定されないからこそ歩み寄れるというか、今よりももうちょっと良い立ち位置を考える余地があるのです。

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紙の本

紙の本円環のパラダイム

2009/12/06 16:21

「僕たちは生き延びた。だから、次はもっと上手くやる」

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「創造者」と呼ばれる存在がいた。
 それがまだ存在するのか、何を考えていたのか分からないけれど、彼らの造ったシステムは今も生きている。
 そのシステムによって地球を無数の欠片に分割されてしまった人類は、否が応でも何万年という歳月の間にゲートワールドに呑み込まれてきたさまざまな異世界やその住人と接触せざるをえない。しかし、それは生身の人間が生き延びることのできる世界ではなかった。
 ゲートと呼ばれる一方通行の小さな門によってつながった幾つもの世界を渡り歩いてきた高校生・赤羽玖朗と紀野国可耶が辿り着いたのは、生徒会長・小此木エリスが指揮する<学校>と呼ばれるコミュニティだった。
 その欠片では、共生することで人間に異能を与える円環族と契約することで文明を保ち、平和を維持することに成功していたのだが……。

 瀬尾つかさの他の作品にも言えることですが、読み終わって「ああ、SFを読んだなあ」と満足できる話でした。科学書でも哲学書でもなくサイエンス・フィクションを。
 少年少女が恋愛したり喧嘩しながら大きな目標に立ち向かうという基本線を押さえながら、そこにいろいろなSFのガジェットをぶち込んできます。そして、そうしたガジェットに振り回されることなく、きっちり遊ばせた上で集約する。そこが好きなところです。
 今回のネタは、さまざまな世界が渾然一体となった「パッチワーク世界」と「寄生生物」。難解な話、長い話は読んでいる暇はないけれど、手頃に面白いSFを読みたい人に薦めたい本です。

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紙の本

「人生はたしかに短いけれど、急いで終わらせるには長すぎる」

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 死にたがりの17歳を追いかける10余人の追跡劇は、紛失した携帯電話を探すヤクザや予知能力があるという老婦人もかかわってますます混沌とし始め、静かにしかし大きくなっていくのでした。アメリカのTVシリーズ『24』を彷彿とさせる刻一刻と状況が変化する24時間の物語ですが、テレビと違ってリアルタイムで進行しない分、15人の視点が小刻みに切り替わることで緊迫感を盛り上げています。
 だんだん登場人物の立ち位置がはっきりしていくことにより、<17>と名乗る正体不明の心中相手の存在が物語の中で大きくなり始めます。<17>とは誰なのか、本当に死にたがっているのか? 今後、自警団やヤクザがどこまで物語に介入してくるのか、話がどこまで大きくなるのか。
 物語の舞台である大晦日まで毎月刊行ということで、この先の展開が楽しみです。まだやっと夕方4時前後なのです。

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紙の本

紙の本北辰群盗録

2009/02/10 11:45

「あの妄想は危険すぎる。根絶せねばならぬ」

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 江戸から東京へと名前を変えた街の片隅で、酒代にも困るその日暮らしをしている男の前に、陸軍省の隅倉と名乗る男が現れる。
 隅倉が与えようという仕事は、北海道の開拓地を荒らし回る群盗討伐に加われというものだった。
 共和国旗兵隊を名乗る盗賊団の首魁は兵藤俊作、かつて矢島従太郎が五稜郭で共に肩を並べて戦った男。矢島は再び北海道の大地に足を降ろし、榎本武揚の掲げた共和国構想の幻影を追い続ける男との戦いに挑む……。

 北海道を舞台にしたウェスタン活劇、つまり西部劇です。馬と銃の世界。襲撃。酒場での乱闘。追撃。罠。裏切り。そして決闘。けれども、本質はハードボイルドな冒険小説、かつての戦友との対決、夢を追い続ける男と現実に生きる男との戦いです。
 矢島が追い続ける兵藤は、こういう作品には珍しく空回りばかりしている夢想家として描かれます。いろいろ理想を唱えて暴れ回っていても、結局、何事も成し遂げていません。現実をしっかり認識している矢島という男が追撃者として存在することで、初めて兵藤という男が危険な存在となりうるのです。
 五稜郭で運命が分かれた1枚のコインの表と裏ともいうべき、2人の男の生き方の衝突こそがこの作品の醍醐味です。しっかり堪能させてもらいました。

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紙の本

紙の本軌道離脱

2007/12/31 09:33

「さて、われわれのために、ほかにどんな爆弾をもっているのかね、キップ?」

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 44歳の製薬会社セールスマン、キップ・ドーソンは極めて平凡な人間だった。家庭内にはトラブルのタネを抱え込んではいたけれど、あくまで良き夫、良き父親であろうとするアメリカ市民の1人でしかなかった。けれども宇宙飛行の無料招待枠に当選するという望外の幸運と、その宇宙船が事故によって漂流するという未曾有の不運に見舞われたとき、彼の人生は変わった。
 地球を4周するたった6時間のフライトにすぎなかったはずが、地上との通信は途絶し、メインエンジンも作動せず、キップはたった1人で地球軌道上のイントレピッド号に孤立してしまったのだ。残された空気はおよそ5日分。
 しかし旅行を主催するアメリカ・スペース・アドベンチャーズ社(ASA)の所有するもう1機の宇宙船は着陸装置の修理中で動かせず、予算削減が続き2隻のシャトルを運用するだけのNASAには救助用シャトルを打ちあげる余裕はなかったし、民間企業の事故はむしろ歓迎すべき事態だった。
 キップにできることは彼の死後、もしかしたら50年ほど先の誰かが読むときのために、思いつくままノートパソコンに文章を綴ることだけだった。
 前妻の死後、すっかり疎遠になってしまった息子に告げたかったこと、死んでしまった自分の父親に伝えたかったこと、今の妻への率直な気持ち、初体験の思い出……。
 しかし彼が知るよしもないことだったがデータ送信専用の回線がわずかに生きていて、彼の打ち込むキーの1つ1つが救出作業に奔走している地上に送信され続けていたのだ。

 宇宙空間を舞台とした作品ですが、SFではありません。事故機に取り残されて死を待つしかない乗客と懸命に救出作戦を模索する地上チームの物語という定番の航空サスペンス小説です。NASA主任宇宙飛行士は組織の決定を覆して救援機を打ちあげられるのか、地上から監視を続けるNORADは行く手に立ちふさがる障害物に対応できるのか!?
 けれども、この作品が他の航空サスペンス小説と異なっているのは、主人公キップが他人が読んでいることを意識しないまま自分の妄想や赤裸々な回想を書き続けているという点です。そして、いつしか彼の書きつづる言葉のすべては、世界中の人々が我がことのように追い続けるものとなっていきます。
 まさに、星の海で中年セールスマンが語る自己再生の物語なのです。

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紙の本

「あっ、ハシモトサンだっ。うまそうだなあ」

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者はOLから寿司屋の妻になった女性。畑違いの世界に飛び込み、そこで初めて知った寿司の盛り合わせ方や値段の付け方の謎。夫には「そんなこと面白くもない」と言われつつ、そんな寿司屋の「常識」をエッセー本に書いてみたら思いのほか売れてしまった……。
 そんな彼女の元にちょっと気になる2枚の読者カードが届きました。
 差出人の住所は千代田区永田町、職業は『内閣総理大臣』。

 この本は、読者カードが届いた日から、総理退任、議員辞職、入院、葬儀、一周忌まで、町の小さな寿司屋・名登利寿司と元内閣総理大臣・橋本龍太郎とのおつきあいの日々を書きつづった1冊です。橋本龍太郎という政治家には興味がありませんでしたが、愉しく読むことができました。
 こういう本は単なる交友録とか有名人との自慢話になりがちなのだけれど、平易な言葉で「橋本さん」を中心とした常連客たちとの穏やかなエピソードを中心に書かれているので素直に読め、ときにはしんみりと、ときにはくすくすと笑いながら楽しむことができました。
 それにまた、端々で語られる寿司ネタの数々が美味そうなんです。旬の新子とか活き活きした鮎とか、謎のメニュー「ハシモトサン」の正体やいかに!?などと、本当にお腹の空きそうな思い出話の連続に、思わず寿司屋へと駆け出したくなります。
 夜に読むと困ってしまう本でした。

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紙の本

紙の本犬とハサミは使いよう 1

2011/04/13 10:15

『人が作り出した本を、人は支配することが出来ないのだ』

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 父親の転勤で引っ越しする家族と別れて東京に残った理由が、「岡山に引っ越したら新刊の発売が1日遅くなる」というくらい、読書マニアの春海和人だったが、強盗事件に巻き込まれあっさり死んでしまう。そして、これで死ぬなら仕方がないかとすんなり諦めた和人だったが、気がつけばダックスフンドの身体に意識が乗り移っていて……という、犬になってしまった読書マニアと、S趣味な執筆マニアの同居もの。

 表紙イラストやタイトルから想像するより斜め上の展開が繰り広げられ、一気に読了。意外なものが伏線になっていたりして唖然。
 本好きが本に埋もれては狂喜乱舞し、本が読めなくなっては狂いそうになる話が好きな人にはお薦め。
 西尾維新の『化物語』のような当意即妙でキャッチボールのような会話が好きな人にもお薦め。
 ただし、話のネタはジャンプ系コミックがモトネタになるものが多く、文学作品とか実用書のネタが振られることがないのは残念。

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紙の本

紙の本傷だらけのビーナ

2010/12/22 15:24

ノーテンキ少女の立てこもり

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いけ好かないオヤジの部下になった弓使いのビーナが、そのセクハラ上司と二人で辺境の寂れた砦に出張することになったけれど、気がつけば何千という魔物の大群相手に籠城戦をするはめに陥って……。

 ちょっと東南アジア的な雰囲気の世界の、流浪の果てに傭兵隊に拾われた世間知らずな田舎娘の物語。あまりの能天気さに、こいつアホちゃうやろか?と周囲に思われたり、理不尽な扱いやら鉄拳制裁を受けたりしながらも、次第に要領よく傍若無人な上司のあしらい方を覚え、いつしかその実力を認めさせるようになっていきます。

 なんかおどろおどろしい表紙に引いてしまったりするけれど、読み始めてしまえば悲惨な境遇をものともしないビーナの、あまり先のことを深く考えていないようなポジティブさに惹かれて一気に読了してしまいました。
 セクハラ上司も当事者になってしまうのは遠慮したいですが、こうして読み終えてみると「普段の言動はともかく、やるべきことはやる男」だったりして、ちょっとだけ評価を見直しました。

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紙の本

「冷たい言葉は生きているだけで日々その語彙を増やせる」

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 高校生を主人公にした「日常の謎」系青春ミステリの連作短編であり、安楽椅子探偵もので、ボーイ・ミーツ・ガールもの。生徒会に持ち込まれる謎の数々を、隣の部屋で読書三昧の幽霊文芸部員が、漏れ聞こえる話の内容だけで解決していきます。
 持ち込まれる謎に辟易しながらも、一刻も早く解決することが他人とできるだけ関わらないで済む方法だと答えを告げる探偵。迷惑がられていても、ありがた迷惑だとわかっていても、たとえそれが嘘でも人を助けずにはいられないワトソン役。そして他人には無関心なんだけれど、他人と関わっていくことが面倒を避ける道だと仮面をかぶる少女の不思議な三角関係でもありますね。一方的にワトソン役が嫌われているだけという見方もありますが。
 そして、そもそもの話の発端でありながら、本編での影が不思議に薄かった生徒会長も、最後の最後で曲者っぷりを発揮して物語を締めてくれました。
 今年はどうやら日常系青春ミステリの当たり年のようです。

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