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hiroさんのレビュー一覧

投稿者:hiro

37 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本ミーナの行進

2009/10/27 07:55

ストレートな、家族と少女の成長物語

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 小川作品にしては珍しい、奇を衒わないストレートな物語だと思う。父親を亡くした少女が経済的な理由から母とも離れて暮らすことを余儀なくされ、親戚に預けられる。芦屋に暮らす裕福な親戚一家には、年下の病弱な少女がいて、二人はやがて親友となる。そのようなストーリーが二人を取り巻く家族、使用人との交流を織り交ぜて描かれている。たった一人の家族である母と離れて暮らさなくてはならない少女を、娘と変わらない愛情を持って受け入れる人達と、その中で自分の役割を見いだし、積極的に家族の一員として暮らしていこうとする少女の姿には、素直に感動できるだろう。裕福ではあるけれどある欠落を抱えた家族が、そんなけなげな少女に癒されていく様子も清々しい。親戚とともに暮らした少女の一年間を、移り変わる季節の描写とともに優しい視点で語られている。

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紙の本ルポ貧困大国アメリカ 2

2010/08/22 00:08

ルポ貧困大国アメリカ2

10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

軍事・経済両面の大国であり世界の中で最も豊かな国の一つだと思っていたアメリカ。「アメリカンドリーム」の言葉もあるように、夢が実現できる国というプラスのイメージを多くの人が抱いているのではないだろうか。もちろんベトナム戦争を始め、イラン戦争やアフガニスタン介入、銃犯罪の多さ等、ネガティブな報道に触れることも多いが、全てがバラ色というわけにはいかないのは、どこの国でも同じようなものだろう。
 「ルポ貧困大国アメリカ2」は、貧困というアメリカのマイナス面をリアルに浮かび上がらせたルポルタージュだ。前作からサブプライムローン問題やハリケーン被災者の救済問題、医療難民といったアメリカの抱える社会問題を、実際の被害者となっている低所得者層の人々の目線で報告し、貧困のもたらす様々な困窮を描いていた。当時のブッシュ政権はそうした弱者救済・福祉は切り捨て、戦争の拡大を推し進め、貧困層の更なる増大を招いていく。そして本作では、オバマ政権発足後のアメリカ社会を、教育と医療、刑務所問題等を中心にして、現在の貧困の様相をルポルタージュしている。アメリカの変革を願う多くの期待を背景に出発したオバマ政権だったと思うが、驚いたことに貧困問題がさらに加速していることが、本書を読むとよくわかる。特にリーマンショック以降の失業率の増加ということもあり、元々の貧困層に加え、中間層の人々に教育ローンや住宅ローン、医療保険が支払いきれなくなり破産する人々が増えているという。本来平均的な生活を送ることができる人々の層に、貧困が広がっているということらしい。一方、教育や医療、企業に有利な雇用形態といった貧困の直接的な原因となっている分野で莫大な利益を上げる企業は多くあるようで、つまりはそうした貧困が全て企業の利益に直接結びついているということだ。大企業が政治と堅く結びついて、本来は国の活力を生み出す原動力となるべき自国民から、絞り出すように利益をむさぼっている状況は、餌を全て食べ尽くしついには自らの尾に食らいついた蛇の姿を連想させる。自分の尾さえ食べ始めた、頭ばかり肥え太った蛇の姿。
 アメリカの貧困問題は、なりふり構わず利益を追い続ける資本主義経済の行き着く先を暗示するようで恐ろしい。

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紙の本昭和天皇

2010/09/05 22:12

昭和天皇

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昭和天皇と言えば、幕末維新の時期に即位した明治天皇と同じく、激動の時代を生きた天皇である。封建国家が立憲君主国という近代国家に生まれ変わる時期に、それまでとは違った新たな天皇制を築いた明治天皇と、戦前の軍国主義・国粋主義国家から民主主義の国に生まれ変わる時期に、時代に即した新たな天皇制を模索した昭和天皇。どちらも大きくうねる時代の波にもまれた天皇だったろう。
 本書は昭和天皇の皇太子時代を含めて、そのような歴史の転換にどう向き合ってきたのかということを、主として宮中祭祀への態度を辿ることを中心にして考察している。徹底的な皇国史観に基づいた歴史を学んだ御学問所時代や、生物学を熱中した青年時代以降。神代から続く天皇家の末裔という自覚と生物学という自然科学。相反する思想にどう向き合ってきたかという論考はとても興味深いものだった。また、母である貞明皇后との確執や高松・秩父両宮との関係もなかなか面白い。概して人間昭和天皇の苦悩や矛盾が読み取れ、現代史については素人の私にも興味深く読めた。
 戦後TV等マスコミで語る姿や「独白録」からは、軍部主導の日中戦争拡大を止められなかった後悔や対英米開戦に対する不安等、どちらかと言えば戦争拡大に反対の考えをもちながら、「君臨すれど統治せず」の原則に忠実であればこその容認だったという印象を抱いていた。しかし本書を読むと大東亜共栄圏構想は天皇自身の野望でもあったようで、宮中祭祀はその実現を祈る場でもあったというのは意外だった。
 天皇の戦争責任というのは今でも微妙な問題なのであろうが、本書はなかなか刺激的な一冊だと思う。

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紙の本桜田門外ノ変 改版 上

2011/01/22 22:26

吉村昭の歴史小説

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 吉村昭氏の歴史小説の魅力は、可能な限り同時代、またはそれに近い資料を渉猟し、実地を歩き、時には遺族や子孫にまで話を聞く、そうした綿密な調査を土台としているところだと思う。そうした緻密さが、小説の中心人物や事物だけではなく、周辺の人物、時代にまで行き渡っているようだ。この点は司馬遼太郎の創作姿勢にも通じるし、遡れば森鴎外の歴史小説にも共通しているようだ。そうした綿密な調査の土台の上に、作家の想像力で人物を活かし時代を動かして紡ぐのが歴史小説であり、歴史の教科書やフィクションとしての時代小説とは異なった奥深さをたたえていると思う。
 氏の作品のもう一つのおもしろさは、中心の出来事よりもむしろ周辺の出来事に、より力点が置かれているところではないだろうか。この「桜田門外の変」にしても、タイトルでもある暗殺事件についてはむしろ淡々とした記述で、そこに至るまでの暗殺実行者の属していた水戸藩の状況や、事件後の情勢の変化に翻弄される主人公達の生をこそ、より克明に綴っている。同氏の作品「彰義隊」でも、上野戦争での彰義隊憤死後の、上野寛永寺貫首の運命の変転がより詳細に描かれていたのを興味深く読んだが、その点この「桜田門外の変」とよく似ている。歴史上の大事件は、それが大事件であるが故に歴史に残るのではなく、前後の時の流れがそれを大事件たらしめているという氏の史観が感じられる。主人公の起伏に満ちた人生が、時代の激動と重なり興味深い作品だ。

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紙の本朗読者

2010/11/24 22:06

朗読者

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 少し前に映画化もされ、高い評価を受けた作品だったこともあり、小説を読んでいなくてもその内容を知っている人は多いのではないか。原作と映像作品との距離が、かなり近いという数少ない映画でもあったと思う。
 15歳の少年が母親ほど年の違う女性と恋に落ちる。少年は当然のことながら性の虜となっていく。そんな2人の関係を軸に、物語は主人公の過去の回想として語られていく。逢い引きを重ねるたびに深まっていく少年の女性への思いと、肉体関係は続けながらも一定の距離をおくような女性ハンナの思いとの微妙なズレが、物語前半の大きなポイントだろう。2人の間にあるものを、少年は「愛」と感じたが、ハンナは果たしてどうだったのか。やがてハンナはそんな謎を残して姿を消してしまう。
 成長して法律を学ぶ学生となった主人公が、ナチ戦犯を裁く法廷でその被告人となったハンナと再会するところから、後半が始まる。被告人となった元恋人ハンナへの主人公の複雑な思いとともに、ハンナの謎ともとれる生き方の理由が裁判を通して明されていく。
 結局ハンナは少年を愛していたのだろうか。それはハンナが逢瀬を重ねるごとに少年に求めた物語の「朗読」のことを思えば、明らかなのではないだろうか。2人の肉体関係は、少年にとっては愛の証に他ならないが、ハンナにとってはその報酬に過ぎなかったのではないか。そう考えると、ハンナが自身の抱える大きな懊悩故に生き方を過ち、ナチ戦犯となってしまった罪よりも、一層重く残酷な罪のように感じられる。ハンナの最後の身の処し方が、それを象徴しているのではないだろうか。
 ドイツの人々の負の遺産に対する、世代によっても異なる複雑な思いとともに、人にとって大切なものは何なのかということを考えさせられる一冊だった。

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紙の本センセイの鞄

2008/08/28 17:50

センセイの鞄

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 37歳独身女性と高校時代の恩師である元国語教師との恋愛。30歳(以上でしょう、多分)もかけ離れた女性との恋を成就させるというお話なのだから、平凡な老人男性の側から見ればこれはもうファンタジー、おとぎ話の類なのではないでしょうか。それだからこそ、発表当時は中高年男性を中心に多く読まれ勇気を与えた、というような解説もありました。「俺だって、まだ終わってない」というところでしょうか。ただ、年齢差というファンタジー的な要素を除いてみると、どうでしょう。そういう視点で読んでみると、主人公男女の恋の形がとてもいい。奥床しくて、ほのぼのしていて、でも十分情熱的でもあり、知的であるかもしれない。居酒屋のカウンターで並んで飲む、飲み友達からスタートし、町を歩き、野山を歩き、海辺を歩く。季節を感じ、人の心の機微を感じながら、次第に密な時間を共有していく。これって恋愛の原点だな、という気がします。もうとっくにほとんど恋人同士だろう、という後半になって初めて「ツキコさん、デートいたしましょう」というセンセイのせりふも、男としてけじめをつけようとする姿勢が感じられて清々しいし、「ワタクシと、恋愛を前提としたおつきあいをして、いただけますでしょうか」というせりふも、センセイの逡巡や勇気を奮い起こす気持ちが伺え、とてもいい。これから恋をしようとする人には、是非読んでほしいと思われました。

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紙の本銀齢の果て

2008/08/28 17:14

銀齢の果て

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 筒井さんの作品は、どれを読んでみても当たり外れなく面白い、と私は思います。文庫にしろハードカバーにしろ、「買って損した…」と感じることが少ない作家の一人だと感じています。ただそのおもしろさにもかなり多様性があって、正統派SF、ドタバタ喜劇、ポルノ紛いな作品、文学理論を実践したような実験的な作品等、とにかく飽きることがない。その作品の幅の広さを考えると、希有な作家と言えるのではないでしょうか。
 さて今回の「銀齢の果て」。高齢化が進むことで起こってくる様々な社会不安を解消するために、政府がとった政策が老人同士に殺し合わせるという「老人相互処刑制度」。氏の小説らしい奇想天外な設定のもとスラップスティックな物語が進みます。医療制度の改悪等、老人・弱者に厳しい昨今の社会状況への風刺が感じられます。殺し合う老人の人物描写や心理描写も、これまでの氏の作品同様切れが良く、面白い小説だったと思います。ただ、その面白さも「あれ、どこかで読んだな…この感じ」と思わせるような印象があり、登場人物もちょっと気の弱い元自衛官や、好色な背徳神父等、少し有りがちかなという感想もあります。そういう点では、あまり新鮮さが無く旧作を読み直しているような錯覚にもおちいりました。
 ただ、登場人物の派手な描写の陰に隠れて印象に残ったのは、殺し合う老人を取り巻く家族の行動で、自分の家の老人が殺されるのを積極的に待つ家族、あきらめたように受け入れる家族、何とか助けようとする家族等様々で、そちらの方にもう少し力点が置かれれば、ちょっと違った角度からの問題提起にもなり、面白さの幅も広がったように感じます。

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紙の本Akira Part1

2002/06/04 17:28

AKIRA

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「童夢」「AKIRA」と、いわゆる超能力者を描いた大友作品。背景は現在、近未来と違ってはいるが、リアリティ溢れる絵柄に、引き込まれてもう何度も読んだ。ほぼ同時代の作品と言っていい「ガンダム」が広く長く受け入れられたことを思い出してみると、「超能力」という何か人間を超えたものへの憧れや渇望があった時代なのだろうか。

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20世紀言語学入門

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 詩や小説と言った文学、思想や社会学と言った人文科学に興味のある人であれば、それらに形を与える言語その物に惹かれた経験が一度はあるのではないだろうか。日頃から読書することの楽しみに通じていればなおのこと、私達にその恵みを与えてくれる「言語」の学には抗しがたい魅力がある。思想や哲学にしても、様々な思索は言語によってなされるところから、「現代の思想は、言語という基本要素をやっかい払いしうるどんな超越的立場もありはしない」という立場に立って、本書は20世紀の言語学の流れを概観している。
 民俗学や社会学等、様々な分野の学問が相互に影響しあって現代の言語学が形作られ、それがまた思想や哲学に還元されていく様は、知のダイナミズムを感じさせる。本書はそれを初心者にも理解できるように、ある時は単純化し、またある時は身近な比喩を用いてわかりやすく概説してくれる。これから本格的に学ぼうという人にとっても、格好の入門書になるのではないだろうか。

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紙の本寡黙な死骸みだらな弔い

2008/10/05 21:46

寡黙な死骸 みだらな弔い

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 時計塔のある街を舞台にした静かで不気味な短編連作集。何かの出来事を大げさな語り口で綴るのではなく、静かに淡々と語る語り口はそれだけに密やかにそっと背中を触れられるような独特の感覚があり、小川洋子作品に通底するそんな読後感のある作品集だと思う。氏のこれまでの作品、「まぶた」「薬指の標本」「ホテルアイリス」等々いずれもそうだが、残酷で荒唐無稽な内容がごく当然のことというように淡々と語られ、そこに本来あるべき痛みや悲しみ、恐れや憎悪といった生々しい感情はほとんど表に現れていない。そこに独特な小川洋子の世界があると思うのだが、この連作短編、一つ一つは独立した小説としてあるが、登場人物や小道具が少しずつ重なり合い関連している。しかしその関連も、特に他の小説を積極的に補助しているわけではないし、発展させているわけでもない。ただ微妙に重なり、またずれてもいるのである。その曖昧さというか、関係あるようでいてそうでもないという、なんだか消化不良な決まり悪さがこの作品集の特徴ではないかと思う。氏の作品には「博士の愛した数式」といった、ストレートに感動できる小説もあるが、それにしても見る角度によっては不倫の愛に縛られた男女の、悲しく残酷な物語であるとも言える。優しくユーモラスに語られる物語の背後には、やはり氏独特の世界が通底しているのである。
 読み比べてみるのも一興ではないかと思う。
 

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紙の本風の歌を聴け

2009/10/28 22:38

風の歌を聴け

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 まだ村上春樹の名がそれほど広く知られていなかった時期、文芸雑誌の新人賞受賞作ということで読んでみました。当時は現代作家として、遠藤周作や大江健三郎を集中して読んでいた自分にとって、それ程名の知られていない若手作家の処女作ということもあり、その装丁も含めてなんだか薄っぺらな本だなと感じたことを覚えています。一読しての感想は「軽いな」の一言でした。人物や情景の描写、そのテーマ、そして分量、すべてが軽い。1冊の本が、文字通りあっという間に読めてしまいます。しかしその軽さの中に、何か光るものを感じたのでしょう、それ以来、村上氏のすべての作品を追いかけて読むようになり、今に至っています。
 この小説は大学生の「僕」と親友「鼠」を中心にした、小指の無い少女やおかしなDJ、中国人のバーテンダーといった、ユニークな人物たちとのささやかな交流を描いた一夏の物語です。それぞれに抱える悩みや鬱屈を、特徴的な短いセンテンスと軽妙な会話とでさらりと捉えています。そんなところが「軽い」という印象につながっているのだろうと思います。しかし今をときめく日本文学の旗手、村上春樹の作品です。その軽さの中には、実に巧妙な仕掛けがあります。そのあたりはたくさん出ている作品研究を読んでみると、この小説の面白さがさらに際立ってくると思います。
 
  
 

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紙の本モンティニーの狼男爵

2002/05/30 22:30

モンティニーの狼男爵

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 フランス革命前後のフランスの片田舎を舞台とした、一風変わった恋愛小説。小さな領地を相続し、何の野心も夢もなく、それでも特に不満があるでもない。そんなさえない男爵が、政略結婚で妻にしたのが、これまたパッとしない平凡な娘。しかし一目で娘に恋をしてしまった彼の人生には、“同じように愛されたい”という大きな目標が。そんな素朴とも言える恋愛物語に狼男伝説が絡み、さらにはフランス革命という史実のスパイスが加わる。
 佐藤亜紀という博識な作者の、ユニークな想像力に感嘆してしまう。

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紙の本コンスタンティノープルの陥落

2001/07/31 20:19

コンスタンティノープルの陥落

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 塩野氏の作品を、私はいつも小説としてよりもノンフィクション、あるいは歴史の教科書として読んでいることが多い。氏の小説の主たる舞台であるイタリアで実際に暮らし、源資料と言える書物を渉猟して書くその姿勢に、大いに信頼がおけるからだ。その例に漏れず、この「コンスタンティノープルの陥落」も、その時代のその場所に生きた人間の息吹が感じられる歴史の教科書となり得ていると思う。
 とかく受験指導が主となりがちな中学・高校の歴史教育の中では、中世から近世にかけてのこの地域の歴史は、世界史の中でもサッと通り過ぎることが多いのではないだろうか(私の場合はそうだった)。歴史を学ぶのは好きな方の私も、ローマ帝国の偉業については聞きかじっていても、その最後についてはあまり考えたことがなかったものである。そんな私自身の“世界史”の穴を埋めてくれたのが、この作品だった。
 氏のこの作品に続く「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」、あるいはベネチア共和国の歴史を綴った「海の都の物語」を読むだけで、中世から近世にかけてのヨーロッパの歴史がかなり概観できると思う。その意味で、氏の作品は私にとっての歴史教科書だ。

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紙の本真鶴

2010/07/10 14:04

真鶴

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 突然夫に失踪され、幼い娘と共に残された妻「京」の一人称で語れる小説だ。川上宏美の作品らしく、そこに描かれるのは普通の悲しみや悔恨ではなく、現実と異界との往還を繰り返す中で、次第に浮かび上がる乾いた感情だ。川上氏が描くと、ドロドロとした嫉妬心すらが、カラカラに乾燥しているから不思議だ。
 夫が失踪して以来逢瀬を重ねている恋人との関係も、どこか現実から遊離した感があり、主人公の作家「京」が実生活にしかりとした根を持ち得ない、浮遊した女性として描かれている。唯一、彼女の周囲に現実感を持った存在として描かれるのは、たくさんの女達の気配だ。この世のものでない、どこか霊性を帯びた目に見えない女の気配との関わりが、むしろ現実感を持ったものとして語れる。大きな喪失感や怒りといった振幅の大きな感情を、内に秘めて生きざるを得ない現代の人達、あるいは都会の雑踏に埋没して生きる私達の寓話なのだろうか。
 それにしても、主人公の異界と現実との往還が、東京と真鶴との往復に重ねて描かれているのはなぜなのだろう?

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世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「計算士」という暗号を専門とする特殊な職業の主人公が、「記号士」という対立集団との情報戦争に巻き込まれていく様が描かれる「ハードボイルド・ワンダーランド」のパートと時代も場所もはっきりしない、高い壁に囲まれ閉ざされた世界を描く「世界の終わり」のパートとが、交互に綴られ物語が進んでいく。二つの異なった世界、或いは視点で物語を進める手法は、「僕」と「鼠」の3部作や「1Q84」等村上作品ではよくあるが、いずれも二つの異なった世界が時に重なり時に離れを繰り返し、その重なったときに大きなドラマがあるという点で共通しているように思う。言わばうねりの中に山場を見せるという感じだ。しかしこの「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」は大きく離れた二つの世界としてスタートし、物語の進行と共に少しずつ距離を縮め、クライマックスで一つに重なるというシンプルな構成だけに、村上作品の中でも最もドラマチックな作品ではないかと思う。
 「ハードボイルド~」パートのアクション映画を見るような、テンポ良い冒険活劇が面白いのは言うまでもないが、「世界の終わり」パートの独特の世界観も印象深く、私は断然こちらが好きだ。科学技術や文明といったものから取り残された土地で、人々が争いもなくひっそりと暮らす世界。そこには「金も財産も地位も存在」せず、人々は「年老いることもなく死の予感に怯えることもない。」「誰も憎みあわないし欲望も持たない。」「誰もが満ち足りて平和に暮らす」静かで穏やかな社会が「世界の終わり」だ。そこは人々が与えられた役割を淡々と果たすことで喜びを見出し、変わらない日常が延々と続くことに安心を得ている「完全」な社会でもある。しかしそうした「完全」さが、人々が心をなくすことで維持されているという逆説は、かつてユートピアを謳って個の抹殺に行き着いた共産主義社会を暗示しているようでもある。とにもかくにも、「世界の終わり」を構成している「壁」「図書館」「発電所」といった建造物や、「川」や「中州」、「森」とそこに住む人々等、道具立てがもの哀しく詩的であると思う。

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