茂木健一郎さんのレビュー一覧
投稿者:茂木健一郎
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銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎 上
2001/01/20 01:37
欠落した敗者の視点
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歴史とは何だろうか? 有志以来、数限りない人間が、運命に翻弄されながら懸命に生き、やがて死んでいった。個人の主観から見た歴史は、痛切な思い、悲惨な経験に満ちている。一方、歴史を客観的な人間集団のダイナミックスとして見た時、そこには冷酷なまでの法則性が現れる。冷酷な法則の前では、個人の痛切な思いは、大勢に影響のない単なるノイズである。
『銃・病原菌・鉄』(倉骨彰訳、草思社)は、人間の歴史を動かす諸要因を、客観的な法則として解き明かそうという試みである。一五三二年、スペインの征服者ピサロとインカ皇帝アタワルパがペルー北方の高地カハマルカで出会った時、そこで何が起きたか? なぜ、ヨーロッパ人が中南米の先住民を征服したのであって、その逆ではなかったか? ダイアモンドは、しばしば見られる素朴な思い込み、すなわち、遺伝的な要素や、少数の英雄、天才の行為が優劣を決めるという歴史観を否定する。ダイアモンドが強調するのは、むしろ、自然地理学の延長のような視点である。すなわち、栽培に適した植物があったかどうか、家畜化可能な動物がどれくらいいたか、さらには、大陸が農耕文化の伝播に好都合な、東西に延びた形をしていたかどうかといった要素が、その環境の中に生きる人間社会の発展の様式を決め、ついには近代のヨーロッパ人による世界征服につながるような発展段階の差をもたらしたとするのである。
ダイアモンドのような視点は、歴史学を、英雄物語や印象批評の世界から解放し、巨大な人間社会を動かす真の要因を明らかにするという方向性からは肯定されるべきものだろう。しかし、ダイアモンドのようなアプローチでは救いとれない歴史の一面もある。歴史を実際に動かすものは、ダイアモンドが仮説として呈示したような諸要素かもしれない。しかし、亡び行くインカ帝国の人々が抱いた痛切な思いは、ダイアモンドの著作からは伝わってこない。勝者だけが、客観性を標榜できる。敗者には、その余地がない。
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