ハーフムーンさんのレビュー一覧
投稿者:ハーフムーン
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東京を撮る
2000/08/04 03:35
私にとっての美
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一眼レフを最初に手にした時、何を写してよいか分からず、いたずらに大阪の街裏を写した。私がそこを歩き、そこに属してきた風景だ。それは美的にはどうであれ、私的には捨てられない風景である。その風景の中で育ち暮らしたのでなかったならば、私は何分の一かは今のこの私ではなかっただろう。
数十年前には毎日そこを歩いて中学に通った千日前の裏通りの古びた看板や赤いちょうちん、そこに働く街人の往来。「絵になる」と思って写していた。しかし出来上がった写真を誰かに見せようとは思わなかった。誰も感心はしないだろうと思ったから。なんでこんなの写したの、と言われるだけだと思ったからだ。でもそういう写真を私自身は、ほんとは気に入っていた。
この本に集められた写真は、ちゃんとピントが合っていることと、別の街であるという点を除けば、まさに初心者の私がいたずらに撮った街裏写真のようなものだった。少し驚いた。
片岡義男は「会社」に行ってたことなどあるの? そこがよく分からないが確かにこれは、「会社」に行って家に帰って、「会社」に行って家に帰って、という生活を繰り返す街人の見る風景だ。それは、カンディンスキーやクレーが幼い頃に眺め続けてやがて自分の絵にしたような種類の「美しい」風景とはかけ離れて違う。
テレビでカンディンスキーの育った街が映った時、その美しい街の家々の屋根の色が彼の絵画そのものであることを知った私は、そうか、あのような風景を見ていたからあのような絵を画けたのか、と納得し、そして自分の見て育ってきた風景の貧しさを悲しんだ。つい最近のことだ。だから、この写真集には少し驚いたのだ。
「これが美ですかと言う人には、これこそ美なのだと、僕は答えたい。これこそ東京の美なのだ」と、片岡義男はあとがきに書いている。節操なく、そしてどこかがきっと朽ちている、日本という国の街の姿。しかしそこを歩きつづけた人ならば、その人の美の根源はそこにしかないのである。
この写真集を見て、私は自分が眺めてきた風景に失望するのはやめた。いや、ほんとはもともと失望なんかしていなかったことに気が付いた。ここからしか始まらず、ここからしか生まれず、それは確かに美でもある、としか言いようがない。私にとっては。
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