金光寛峯さんのレビュー一覧
投稿者:金光寛峯
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真夜中の檻
2000/10/12 02:54
思いあふれて
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「平井呈一の翻訳スタイルに強い影響を受けた文学者(というより文人)に生田耕作と由良君美がいる (中略) 抜群の外国語読解力を持ちながら、しかも日本語表現能力に対してもうるさかった」(坪内祐三, 「文庫本を狙え! 189回」週刊文春2000年10月12日号)
そういう辛口な二人も口をきわめて称賛したという、文芸家平井呈一翁の名人芸が<日本ホラー伝説の名作>と銘打って一冊になった。
小説二篇とエッセイ多数を収めた本書はどこを開いてみても、ボサノヴァの名曲“思いあふれて”という言葉が浮かばずにはおらない。英米ホラー作家達のそれぞれの哲理と味わいを倦むことなく愛情ぶかく解く語り口に触れると、評者はどうしても目黒寄生虫館元館長 亀谷了氏の『寄生虫館物語』の読後感を思い出さずにいられない…と言ったらお笑いになられるだろうか。
創作「真夜中の檻」は折り目正しい造りの中篇で、並々ならぬ畏怖感がぐっと迫る。「エイプリル・フール」は切なさの残るメロドラマで、作者の心優しきロマンチストな一面がしのばれる。
ところで心優しきロマンチストといえば荒俣宏氏だが、本書ではその荒俣氏が序を、紀田順一郎氏が解説を、東雅夫氏が評伝を寄せている。平井呈一といえば一般には小泉八雲作品の個人全訳の業績で知られているのであろうが、そもそもなぜ彼が八雲に傾倒したのかという点について紀田氏は、
「(八雲の) 喪失者としての生涯そのものに強い関心を抱いていたことが想像される」
と指摘する。さすが平井をよく知る氏ならではの言いであり、
「幽霊伝説の *寂しさ* をますます愛していくことだろう」(平井, 西欧の幽霊, 本書所収、*〜* は引用者)
と述べる翁の心情に則して余りある。
また、東氏は佐藤春夫や日夏耿之介らの泰西幻想文学研究・紹介という仕事を継いだのが平井その人だとし、彼の歩みを偏らず平明に詳述し (「四畳半襖の下張」の名前こそ出てこないものの) 読みごたえがある。翁の謦咳に親しく接した由良氏らの回想なども的確に引用されてあり、抜かりがない。とりわけ注目すべきは、「来訪者」について
「リアリスト荷風が手がけた唯一の怪談小説、もしくは情痴と怪異のロマン・ノワール (暗黒小説) として、それなりに再評価されてしかるべき作品ではないか」
と言ってみせる点で、荷風論としても見逃せない評伝となっている。
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