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ちょもさんのレビュー一覧

投稿者:ちょも

31 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本稲の日本史

2005/05/21 23:54

学校で習った歴史の常識が覆された

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

小中学校の歴史の時間、縄文時代と弥生時代の大きな違いは稲作が始まったことだと習った。覚えている
人も多いだろう。なるほど近年いろんな遺跡が発掘されて稲作の始まりがもう少しさかのぼると言うニュースを見聞きしたこともあったがそれにしたって縄文時代末期のことで教科書を大きく書き換える必要があるなど思ったことなど無かった。が、この本を読むとその認識を改めなければならないようだ。
これまでにも縄文時代の遺跡からイネの痕跡が見つかったのは一カ所や二カ所ではない。にもかかわらず教科書を書き換えるに至らなかったのはなぜか。それは縄文時代の遺跡でイネの痕跡は見つかっても例えば水路など灌漑設備後や木製の農耕機具など農耕を行っている痕跡がほとんど見つかっていないから。従っていくら古い時代の遺跡からイネの痕跡が見つかってもそれがそのまま稲作農業が行われている証拠にはならない。これがこれまでの通説であった。
この本の著者佐藤氏の専門は植物遺伝子学。その専門知識を生かして縄文時代の遺跡から見つかったイネの実などのDNA鑑定を行った結果、それは現在の稲作に連なる水稲(本書では温帯ジャポニカと呼ばれている)品種とは異なる熱帯ジャポニカ品種であることを突き止める。熱帯ジャポニカ品種を用いた稲作は現在でも東南アジアの森林、山中などで行われている。但しそれは我々がイメージする稲作ではない。灌漑設備を整備し”水田”に育てるのではなく、焼畑農業で育てる陸稲であるという。
つまり弥生時代(若しくは縄文時代後期から末期)に大陸から伝わった水稲稲作文化とは別にそのずっと以前に陸稲稲作文化が伝わり日本に根付いていたと筆者は言う。更に水稲稲作文化が伝わってすぐに切り替わったわけではなく少なくとも近世に至るまでこの二つの農業が併用されていたと筆者は主張する。
この後現代文明批判にまで話が広がる論旨は少し飛躍しすぎかなと思ったが、DNA鑑定に新たな視点に著者の研究は遺跡や東南アジアの焼畑稲作の現場調査や平安以降に残された文書も検討してこれまでの日本の農業史を覆す主張をする。この学説がすぐに通説になっているわけではないようだが視点としてもの凄く新鮮で大変面白く感じた。

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紙の本中国の大盗賊・完全版

2005/03/21 23:20

これまでの歴史モデルに忠実に建国された国、中華人民共和国と建国皇帝毛沢東の姿

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大変面白い本を読みました。いやぁ、面白かった。タイトル通り中国の大盗賊を過去から現在に向かって数人取り上げて紹介していく。ここで言う中国の大盗賊は日本の盗賊とは大いに異なる。一言で言うとただの物盗り、盗人とは規模が異なると言うこと。著者はその基本的定義として四つの要素を挙げている。
曰く、一、官以外の、二、武装した、実力で要求を通そうとする、四、集団。
一言で集団と言うが、何百という単位ですむならまだましで、何千、何万場合によっては何百万という単位になる。でこの大盗賊集団が結束して当時の王朝を倒しその首領が自ら皇帝を名乗るとどうなるか。それで新たな王朝が成立することになる。盗賊がある地域をある期間制覇してしまうことは中国の長い歴史にはしばしば見られる現象。ではそれがただの盗賊が蜂起したモノと見なされるか、ある程度安定しその間にその王朝の正当性を記した歴史書を書きそれが正史として認められればすなわちその王朝の正当性も認められたことになる。盗賊集団と正当な王朝の間には紙一重の差しかない。著者はまず盗賊を定義しそれがどのように成立したのか、なぜ何百万人もの大集団になり得たのかなど中国独特の事情を交えながら説明していく。
 そしてこの定義に基づいて中国史上に現れた大盗賊たちを順に紹介していく。各章の見出しに挙げられた盗賊達の名前を列挙すると、陳勝・劉邦・朱元璋・李自成・洪秀全となる。いずれも名だたるお方ばかり、僕も含めて日本人が考える“大盗賊”とマッチしないかも知れないが先に挙げられた中国における盗賊の定義を読んでから読めば大丈夫。また、それぞれのエピソードも面白く各人それぞれに一冊ずつ読みたくなってしまうほど。
 なのでここまでで十分に面白いのだがこの本の味噌は最終章にある。ここまではある意味ねたふり。中国の盗賊の定義と実例を挙げその流れをくむ最後の盗賊皇帝とその人物が興した盗賊王朝を俎上に挙げるのがこの本の趣旨である。その人物とは毛沢東、そしてその盗賊王朝とは中華人民共和国に他ならない。実はこの本のタイトルに“完全版”とついているのにも訳がある。「中国の大盗賊」が最初に世に出たのは一九八九年。元々の依頼は新書用に原稿150枚だったそうだが、著者は420枚分書いてしまった。当然ながらそのままでは本にならないで無理矢理270枚にまで縮めた。その際当時の社会国際情勢も勘案され、本来著者が書きたかったモノからは分量だけでなく性格まで変わってしまった。本来は最後の盗賊王朝中華人民共和国とその創業皇帝毛沢東について書き、歴代王朝と皇帝についてはその前史として扱いはずが主客が逆転してしまい毛沢東に関する記述は付け足しのようになってしまった。
 それが昨年秋の講談社現代新書リニューアルを期に完全版として復活することになった。個人的にはリニューアルされた現代新書の表紙余り好きではなかったんだけどこういう本が世に出るきっかけとなったのであればそれだけでリニューアルは大成功と言い切ってしまおう。毛沢東がマルクス主義をどう理解していたのかもよく分かるし、ベルリンの壁崩壊以降他の社会主義政権がぼこぼこ倒れていった中、なぜ中国だけが共産党政権を維持しつつ社会主義から資本主義へと転換できたのかもわかる。お勧めです。いやぁ、面白かった。

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紙の本世界を動かす石油戦略

2005/03/06 03:34

日本人の古びた石油戦略イメージを改めてくれる良書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 我々日本人の石油に対する誤った固定観念を除いてくれる良書。まず第一に石油は国際政治力学の影響を強く受ける「戦略商品」ではなく、あくまでもその価格は市場によって決められる流通性・流動性の高い「市況商品」であると言うこと。また、中東情勢に大きく関与するアメリカもこの地域から輸入する原油の量はアメリカが使う量の数%でしかないこと。さらに新しい油田の発見や採掘技術の発展により政治的・軍事的な「石油の分捕り合戦」など当分起こりそうにないことをわかりやすく説く。
 とは言え、では今後何の危惧もなく石油の安定供給がなされるとのんびりしていてもいいのかというとそういうわけでもない。流通性の高い商品であるとは言え全世界の供給量の約4割を占める中近東地域の不安定さは改めて述べる必要のない状態。今後新たな石油供給地域になると見込まれる旧ソ連地域にしても同様である。また、急速な経済成長に伴う需要の伸びが見込まれる中国を無視することはできない。
 このような状態でかつエネルギーの大部分を中近東からの石油に頼りきっている日本はどのようにするべきか。最後に著者が述べる戦略は本人もあとがきで記している通り、今の時点では”大風呂敷”が過ぎるような気もするが、アメリカに追随しまた輸入先も中近東一辺倒から脱却し将来のエネルギー戦略をきちんと立てる必要に迫られていることは確かなようだ。

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紙の本ギャンブル依存とたたかう

2005/01/24 12:30

自分には無関係だと言い切れる人はどこにもいない

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 正直に言うと“ギャンブル依存症”は自分には無縁だと思っていた。只自分の好きな作家帚木蓬生氏の作品というだけで手を取ってみた。しかしこの考えが甘いことは本書を開いて一頁目“はじめに”の第一行目からで思い知らされる。
 “自分はギャンブルなんか嫌いだ、まったく興味がない一切やるつもりがない、と言う人がいます。しかし忘年会や新年会の集まりで、ビンゴゲームをやると、乗ってこない人はまずいません。(中略)ビンゴゲームもれっきとしたギャンブルなのです。(中略)誰もがギャンブル依存症になる素質を持っているのです。(中略)なぜなら、人間の脳の仕組みがそのようになっているとしか思えないからです。(後略)”
 ギャンブル依存症が病気であると認められたのはまだ20年ほど前のことで世間に広く認知されたとは言い難い状況にある。この本は“病い”である“ギャンブル依存症”とはどのようなモノなのか。“病い”であるならば治療しなければならないわけでその為にはどのような方法があるのかを素人にもわかりやすく説いてくれる。公的な統計はまだ無いがアメリカやヨーロッパの統計や日本のアルコール依存症患者数などを勘案し著者は日本には200万人の“ギャンブル依存症”患者がいるという。“ギャンブル依存症”患者は多くの負債を抱えているため、家族友人他患者の周りの人たちに普通の病気の看護、介護以上の負担を強いる。その影響を受ける人数は高齢者とその介護に当たる人の人数と比べても決して少なくない。にもかかわらず国他公共機関の施策は皆無に等しい。さらに日本の特殊な警鐘を鳴らす。あくまでも“遊技”であり“ギャンブル”ではないとされる“パチンコ”“パチスロ”、そして気軽にお金が借りられる消費者金融、闇金融。この環境は予備軍をどんどん依存症に引きずり込み、また治療中の患者を元の依存症に引き戻してしまう。このままでは社会の土台が腐っていくと著者は強く警鐘を鳴らす。自分には無関係だと言い切れる人はどこにもいないと誰もが自覚すべき深刻な問題。一人でも多くの人がこの本を手に取りこの問題を考えるきっかけにしてもらいたい。

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紙の本渡邉恒雄メディアと権力

2005/01/02 03:39

政治家だったほうがまだよかった

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 僕がナベツネの存在を意識するようにのは巨人軍のオーナーになっていろんな発言をするようになってからなのでそれ以前の政治部記者から讀賣のトップに上り詰める過程をまったく知らなかった(名前はもしかしたら大相撲横審がらみでその前から聞いたことが合ったかもしれないが自信はない)。なので若い頃の政治記者という枠を飛び越え、政権中枢でも確固たる地位を気づくまでの流れを読んで身震いがしてくる。
 彼がもし政治家となり大臣にでも総理大臣にでもなっていたほうがいくらかましだったようにさえ思える。こう書くと“何をいっているんだ、あんな傲慢で高慢ちきな親父に政治権力を握らせれば何をするか判ったものではない”と反論する人もいるだろう。しかし政治家であれば批評の対象になりえるし世論の声を結集すればその地位をおびえさせることも可能だ。しかしナベツネの場合、政治家ではないが実質的な政治権力を握っており、しかも発行部数一千万部、大マスコミのトップであり本来であればその地位をおびえさせることも可能であるはずの世論の声さえも操作できる地位にある。この本のタイトルにある“メディアと権力”この両方を握りしかもこの力を己の望みどおりの社会にするために世間の批判をものともせず行使し続ける。こんな扱いにくい人物はいない。
 しかもこれだけの力を持ってしまうと周りの人間がナベツネの望むこと望まないことをどんどん先回りし自主規制してしまう。文庫版巻末に収録された魚住氏と玉木正之氏の対談で触れられいたが、中央公論を傘下におさめた際、ナベツネ批判を含んだエッセーを文庫収録時に削除しようとした話などはその典型。ナベツネ本人にしてみればエッセーで批判を受けようとも痛くも痒くもなかったかもしれないが周りにいる人間が保身のために先走ってしまう。
 一方、これだけの権力を握った人間にとって巨人軍は“発行部数一千万部”を維持し、日本テレビの視聴率を取るための広告塔でしかない。そういう彼が“たかが選手”と発言するのもある意味で無理はないことだった。昨年の再編騒動では結局彼の思う通りにならないまま、裏金問題もあってプロ野球界の第一線から退くことになったが彼にとって見れば“たかがプロ野球”に貴重な自分の時間を割かれずにすんでせいせいしているのかもしれない。
 本書エピローグに触れられている押し紙に対する販売店の発言でも明らかなように“一千万部”と“発行部数世界一”を維持することは讀賣新聞の至上命題だ。しかし書籍と同様今後永久に再販指定制度が維持されるとも思えない。自由価格になった際、軍団とも呼ばれる”拡張団”を使って讀賣は他紙を圧倒するかもしれない。しかし、それはおそらくチキンレースで新聞専売所と拡張団の後始末はいずれ各新聞社の大きな負担になろうかと思う。ナベツネがいる限り、チキンレースでブレーキをかけるタイミングを最期まで逃してしまうのは讀賣だろう。ナベツネ引退後ブレーキをかけ損ねた讀賣の後始末を託される人のことを思うとご愁傷様というしかない。

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紙の本ロバート・キャパ最期の日

2004/12/23 00:24

最期の日を追う旅はまだ続く。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 書名通り、“戦争カメラマン”ロバート・キャパ最期の日彼がいったいどこにいたのか、どのような行動をとっていたのかを追ったノンフィクション。本来であればこのテーマの答えを見つけるのはたやすいことのはずだった。なぜなら彼がインドシナ戦争取材中地雷に触れ亡くなった瞬間、彼は一人きりではなかったからだ。キャパが地雷を踏んだ瞬間を同行していたタイムライフ紙の特派員ジョン・メクリン氏が彼の“ラストショット”とあわせて記事に発表している。その後発表されたキャパの伝記もこの記事を元に記述されている。しかしいざ現地の地図を照らし合わせると伝記に記載されたキャパ最期の地“ドアイ・タン”も“タン・ネ”も見当たらない。そして『ロバート・キャパ 最期の日』を追う旅が始まる。
 キャパ最期の地を探す著者横木氏の取材風景とその日のキャパの動きが混在しながら語られる。また、取材しているインドシナ現在の風景も戦争当時の爪あとを残している風景と戦争から何十年もたち戦争の面影を消し去ってしまった風景がこれも混在している。過去と現在、キャパの視点と横木氏の視点が一緒くたになりながら少しずつキャパ最期の地へと近づいていく。その過程でキャパはここでいったいどんな写真を撮ろうとしていたのか。彼が考える戦争写真とは、あるいは写真そのものとはどのようなものだったのか、それも少しずつ明らかになっていく。この本を読み始めたとき書名がなぜ『ロバート・キャパ 最期の“地”』ではなく『ロバート・キャパ 最期の“日”』なんだろうと思いながら読んでいた。最後まで読んでみて、単にキャパ最期の“地”にたち、彼に花を手向けラストショットと同じ構図で写真を撮ることが目的ではない。彼の最期の“日”に至るまでの行動や思いまでも追いかけるたびだったんだだなと思い当たった。
著者横木氏はご自身のサイトで“ロバート・キャパ最期の日”と言うタイトルのblogを今でも更新し続けている。そういった意味で彼のキャパの最期の日を追い求める旅はまだ終わっていないのかもしれない。

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紙の本退屈姫君海を渡る

2004/11/01 17:57

退屈姫とお殿様二人そろって大活躍

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 風見藩藩主時羽直重と退屈姫ことめだか姫シリーズの第4弾。とはいえこれまでは風見藩内の直重と江戸屋敷のめだか姫それぞれ別々に活躍しており二人そろってのお話はこれが始めて。タイトルどおり妻めだか姫が夫直重の危機を救うため江戸から“海を渡って”四国讃岐にやってくる。だから主役はめだか姫のほうなのだが読み終わった後思うのはめだか姫の活躍をのんびりと見ている直重がいいなぁということ。別に直重にはすべてお見通しだったわけでも何か特別なことをした訳でもないんだけど終わってみればめだか姫には直重が必要なんだなという感じ。おそらく女性が読めば違った感想を持つんだろうけど。ぜひ一度めだか姫の危機を救い大活躍する直重の話も読んでみたいがそれってどうも彼のキャラクターからはあまり想像しずらいんだよね。とりあえずこのシリーズまだまだ続きそうな感じなのでちょっと期待しながら待ってみるとしよう。

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紙の本福沢諭吉の真実

2004/10/30 05:50

推理小説の謎解きのような面白さ

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 なかなか面白い本を読んだ。福沢諭吉については小中学校の歴史の教科書程度の知識しかない。したがってこの本の重要テーマである福沢諭吉の持つ“市民的自由主義者”と“侵略的絶対主義者”という二面性に対する批判、論争があったこと自体なんとなくおぼろげに知っている程度だった。“侵略的絶対主義者”の論拠になっているのが福沢の経営した新聞「時事新報」に収録された論説。この中にアジア諸国を蔑視したり日本のアジア侵略を肯定する文章がいくつかありそれが福沢諭吉全集にも収録されている。但しこの論説は無署名記事であり、また明らかに諭吉自身が執筆や立案にかかわっていない時期のものまで全集に収録されているという。それも単なるミスではなく全集の編集を担当しまた諭吉の伝記を書いた石河幹明によって恣意的に選ばれたあるという。
 膨大な文章の中から諭吉本人が書いたもの、彼がまったくかかわっていないものを選り分けていく過程、また石河幹明がなぜそのような操作を行ったのか、諭吉が執筆した時代と全集が編まれた時代の違いなどを含めて少しずつその全貌が明らかになっていく過程はまるで推理小説を読んでいるような面白さがあった。
 さらに戦後福沢諭吉の“侵略的絶対主義者”の側面を批判した人たちも、諭吉以外のものが書いた文章が混ざっていることに気づきながらそれを指摘せず放置していた可能性が高いことも指摘している。 これは僕の勝手な想像だが今の福沢諭吉研究者は多かれ少なかれ石河幹明の影響を受けその流れを汲む人が多いのではないか。そういう人たちはもしかしたら苦々しい思いでこの本を読んでいるのかもしれない。但しこういう指摘がなされた以上再検討をし改めて完璧な福沢諭吉全集を出す必要があるだろう。

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紙の本ザビエルとその弟子

2005/01/13 05:46

弟子との最後の会話を通じてザビエルの強い思いが伝わってくる。

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 日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師フランシスコ・ザビエル。但しこの小説では日本での布教活動を一旦終えポルトガル人のアジアでの活動拠点マラッカに戻り、鎖国状態にある明での布教活動の目指すが数々の試練が待ち受けていた。
 誰もがその名を知るザビエルの日本での活動ではなく彼の最晩年を描く。書名にもあるように随所にザビエルと弟子との会話(時には弟子同士が師ザビエルについて交わす会話)がはさまれる。いくつか交わされる中でもクライマックスは一番最後ザビエルと日本人ヤジロウとの会話。ザビエルの一途すぎて他を認めることを知らない布教活動。その正しさ真剣さを知りながら一図過ぎるがゆえに日本や明で布教活動がうまくいかないことを知り苦悩する弟子の思いが最後の会話でようやく師に伝わる。長編大作の多い著者の作品の中では短い部類に入る作品。情景描写はもちろん、師と弟子の会話も宗教家にふさわしく淡々と交わされながらそこににじみ出る強い思いが読む側にぐっと伝わってくる。

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紙の本アフリカの瞳

2004/11/17 20:57

暗いテーマを扱いながら明るい未来が見えて一気に読める大作

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 毎年大作を発表してくれる帚木蓬生氏、今年もまたずっしと重みのある400ページ
を超える作品が出た。今作は以前発表された“アフリカの蹄”の続編。前作から12年後の舞台は同じ南アフリカ共和国。前作ではアパルトヘイトからの解放がテーマだった。それから12年、制度的には白人と黒人の差別はなくなっていることになったが実情は異なる。社会的地位、経済状況における両者の差はまだまだ縮まっていなかった。そこに新たな問題が加わる。それが本作のテーマとなる“HIV”だ。
 単に“HIV”がテーマといっても医療行為や治療薬の開発ばかりが出てくるわけではない。むしろ政治制度や薬品業界の問題を次々と明らかにしていく。疲弊した社会の中で虐げられながら明るく前向きに社会を変えようとする黒人たちの姿を見ていると前向きになってくる。
 正直に言うと事件らしい事件は話半ばまで出てこない。その事件もやけに簡単に解決してしまう。しかしそんなことは問題にしないような大きなドラマが全編を通じて語られる。最後は帚木氏らしいハッピーエンド。残念ながら僕は不勉強なので現実社会の南アフリカ共和国や薬品業界がこういうハッピーエンドになっているのか分からないのだが是非、この作品にあるような明るい未来が見える社会であってほしい。

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紙の本おんみつ蜜姫

2004/10/25 00:14

またまた米村ワールドを堪能

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 久しぶりの米村圭伍。これまで退屈姫ことめだか姫やお仙など魅力的なヒロインを輩出してきた米村ワールドに新しいヒロイン、しかも母娘二人で登場するから面白くないわけがない。完全なノンフィクション、ファンタジーの世界と分かっていながらうまく史実やこれまである著名な講談講釈ネタと絡ませてくる。またあっちの方向へ話がそれていきそうになりながらそれをうまく本筋に絡めてくるからどんどんその世界が広がってくる。勿論悪人がたくらむ陰謀を阻止するために切ったはったもあるんだけどそこはそれ、米村作品ですから陰湿なんてあるわけ無い。ある書評に“三頭身のアニメキャラ”と書かれていたがそれも言い得て妙の楽しい世界(おなじみ柴田ユウさんが描いた表紙には三頭身ではないきりっとした女剣士姿の姫様が描かれていてこちらも正しい姫様像なんだけど)。完全に独立した話でありながらこれまでの作品に出てきたキャラや舞台が絡んでくる。初めて米村作品を読んだ時の新鮮さは少し薄れてきたかも知れないけれど、何重にも重なる米村ワールドの多層性がそれに変わって加わってくる。だからいつまでたっても米村ワールドから抜けられなくなってくる。ほんと一筋縄ではいかない人だ。

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紙の本日本警察と裏金 底なしの腐敗

2005/05/12 16:49

今後の追求に更に期待したい

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以前読んだ”追及・北海道警「裏金」疑惑”の続編にあたる。前作同様著者名義は北海道新聞社となっているが実際には高知新聞社、愛媛新聞社、神戸新聞社そして北海道新聞社の共同執筆の形をとっている。各地方紙が地元警察の不正腐敗を訴えるキャンペーンをそれぞれの紙面で貼っておりその集大成的な本となっている。と言っても不正腐敗追及は終わったわけではない。むしろ途中経過という言葉がふさわしい。何しろ愛媛新聞社が取り上げた現役警官による実名不正告白会見は今年の1月に開かれたもの。不正腐敗追及はまだまだこれから先が長いといった方がいい。では未完成品を世に出しているのかと言われると返事に困るが今現在進行中の大問題を取り扱っているのだというしかない。それぞれの新聞紙面ではおそらく毎日のように報道されているのだろうが(その一部は各社のサイトにも掲載されており僕も時々読ませてもらっている)それは各地方の問題に矮小化され全国展開しづらい傾向にある。しかし今明らかになっている各警察の不祥事が同じようなパターンであることを見るとおそらく全国の警察で童謡のことが行われていると考えて間違いない。それが表に出ているかでていないかの違いでしかない。そう言う意味で一冊の本にまとまり全国の書店や図書館で手に取れるようになったことは意味深い。地方紙の連携についてあとがきや解説でその成果を誇っている。しかし各章毎に各地方紙担当記者がそれぞれの県警について触れるにとどまっておりそれが横断的につながっているとはまだ言えないような気がする。上に書いたとおりあくまでも途中経過現状報告でありより深い連携の成果については今後出されるであろう続編に期待したい。
また本書では警察の不正腐敗を訴えると同時にそれを報道しようとしない全国ネットを誇る大手マスコミの弱腰を問題視している。地方紙は部数などを単純に比較すれば全国紙が問題にしない程度の数しか発行していないかも知れないがその地域での影響力は全国紙を問題にしないほど大きなもの。だからこそ各警察もその影響力の大きさにおびえ場合によっては不祥事を書かない他紙にだけ情報を流すこともあるようだ。ただしいくら大手紙と言っても各地方に張り付いている記者の数には限界があるし赴任期間の問題もあり地元への密着度も異なる。警察からの発表報道を抜きには結局何も書けないのはむしろ大手紙の方なのかも知れない。警察上層部が自ら不正をどのタイミングで認めるのか苦慮したように大手紙もどのタイミングで書けばいいのかそのタイミングを見計らっているのかも知れない。

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紙の本野球に逢った日

2005/05/04 21:37

今読んでも決して古びていない

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作家谷村志穂さんが野球選手にインタビューし週刊ベースボール誌上に連載されたものをまとめた単行本。インタビューしたのが97年シーズン中(但し山本昌投手のみ翌98年7月掲載)なので登場する選手の多くが既に引退していたりするわけだがなかなか面白く読めた。選手だけでなくチーム名もいくつか変わっているわけで時代の流れを感じさせる。対象となった選手を単行本掲載順に列記すると(チーム名は雑誌掲載時所属球団)
・大野豊(広島東洋カープ)
・秋山幸二(福岡ダイエーホークス)
・伊藤勤(西武ライオンズ)
・下柳剛(日本ハムファイターズ)
・新庄剛志(阪神タイガース)
・佐々木主浩(横浜ベイスターズ)
・田口壮(オリックスブルーウェーブ)
・小早川毅彦(ヤクルトスワローズ)
・佐野重樹(近鉄バファローズ)
・小坂誠(千葉ロッテマリーンズ)
・松井稼頭央(西武ライオンズ)
・村松有人(福岡ダイエーホークス)
・星野伸之(オリックスブルーウェーブ)
・槙原寛己(讀賣ジャイアンツ)
・赤堀元之(近鉄バファローズ)
・駒田徳広(横浜ベイスターズ)
・古田敦也(ヤクルトスワローズ)
・山本昌(中日ドラゴンズ)
恋愛小説やドラマの脚本を書く人と言うイメージがあったので野球以外の私生活の話題が多いかなぁと思いながら読んだが決してそうではなく野球の話が中心。タイトルにも現れている通り野球を始めたきっかけを聞くと言うのが連載のテーマだったようだがあまりそれにもこだわらず著者が選手の印象に残ったシーンを聞くことが多かった。シーズン中ゲーム終了後やゲーム前のインタビューが多かったようだが選手もリラックスして答えており、インタビューした谷村さんが本当に野球が好きなんだなぁということが伝わってくる。僕は相変わらず図書館で借りたが未だ絶版ではないようなので上に上げた選手に興味のある方は手にとって見てはいかがでしょう。

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紙の本刃舞

2004/12/24 03:25

本当のクライマックスが待ち遠しい

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 手習重兵衛シリーズ最新作。第1弾ではどこから何のために江戸にやってきたかなぞのまま終わった本シリーズ。前作第3弾でその謎がはっきりしながらも強敵との対決を残したまま終わり本作がシリーズ第4弾。敵である遠藤恒之助は、いつでも重兵衛を討てる状態にありながら彼が鍛錬を終え自分を倒せる自信を持つまでじっと待っている。重兵衛が剣の腕を磨く間には、おなじみの町方同心とのやり取りがあったり故郷から許婚を名乗る女性が江戸に来たりとサイドストーリーも退屈させないのはさすが。文庫本で約300頁の内、重兵衛と恒之助の決闘シーンはほんの数頁でしかないのだがそこの迫力は読んでいてたまらなくなる。意外な結末にはあっけにとられたが、本作で重兵衛の鍛錬の間、恒之助が待っていた分、次回作までは重兵衛が待つということか。そろそろ本シリーズ本当のクライマックスが近づいてきているように思う。シリーズ第5弾が今から待ち遠しい。

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紙の本ゆめつげ

2004/12/20 18:49

若だんなシリーズとはひと味違った時代劇

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 畠中恵さんの新作。若だんなシリーズとは別物だが“百万の手”の様な現代物ではなく時代劇。やはりこの方にはこちらの方があっているように思う(現代物もまだ百万の手一作だから決めつけは出来ないけれど)。
 若だんなシリーズとは異なり妖怪変化の類は出てこないが主人公で小さな神社の禰宜を務める川辺弓月には不思議な力が備わっている。タイトルからも想像できるかも知れないが“夢告”すなわち、夢によって未来を占うことが出来る。
 ことの発端はこの夢占いを行ってほしいというある大家からの依頼。大火でひとり息子を行方不明にしてしまってから約十年。今になって大火の時に拾ったコドモがそうではないかと一度に三人も名乗り出た。この三人の中から本当の息子をゆめつげで見てやってほしいというのがその依頼。しっかり者の弟を連れて弓月は三人の待つある神社に向かうのだが…。
 幕末という激動の時代とその時代における神官という特殊な立場が絡んでやけに話が大きく展開していく。少々暴走気味かなと思わないこともなかったがその分展開が早く一気に読めた。若だんなシリーズのようなほのぼのとした感じではなく切った張ったのシーンでは“ちゃんと”死人も出るし、弓月はゆめつげを行うたびに血を吐く始末。といっても別にホラーやスプラッタではなくちょっとのんびりした性格の弓月を叱咤激励するしっかり者の弟との掛け合いはなかなか面白い。また、三人から本人を判定する手段としてある著名なミステリーと似たような手法が出てくるところは(話の本筋とは関係ないところなので)ご愛敬か。本作の終わり方だと次回作、シリーズ化を期待するのはちょっと難しいかも知れないが(といってもないとは言い切れない雰囲気)。弓月シリーズか若旦那シリーズかそれとも完全な新作か、次回作が早く読みたくなることには変わりなし。

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