ワクロー3さんのレビュー一覧
投稿者:ワクロー3
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朗読者
2001/02/08 19:21
15歳の恋の行方とその終末
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4行くらい読んだだけで、ああ、いいなあ。この小説の空気がとてもいいなあ、と思いました。もともと、ドイツオーストリア文学が好きなので、これまでにもはまった小説が多かったのも下地になっているかな。
シュテファン・ツバイクの『女の24時間』とか、シュニッツラー『輪舞』という19世紀の作家や、ギュンターグラスの『ブリキの太鼓』をよんでいるときと同じトリップ状態に入ってしまいました。いきなり。
もちろんその直後から始まる15歳の少年と、ハンナの恋の行方が、強烈に印象的ですよねー。
だれもが一度は味わう恋の情熱の描写が、自分自身の思い出のように回想されてしまい、小説を読んでいるのか、自分の人生を振り返っているのか、境界がとても曖昧になってしまいます。
僕は通勤のバスの中でしか、読書をしないので、まとめて20ページを読むのがせいぜいですが、『朗読者』の世界は、小説を読んでいないときでも、仕事をしているときでも、ご飯をたべているときでも、同僚と打ち合わせをしているときも、ずっと、あの二人の関係のことが、目の前に広がっているような気持ちになりました。
ふたりの関係が、終わってしまったあとからが、この小説の次の山場ですね。恋愛時代の熱情が、どういう状況で維持されていたのか。主人公が裁判を通じて知って行くところが、孤独な気持ちをかみしめる。。まるで自分自身がそうであるかのように。
読み終えるのが惜しくて、一気にはとても読めませんでした。
後半になり、どうしてハンナが朗読者を求めていたのかがだんだんにときおこされるのですが、いったいどんな結末になるのか。二人の行方が気になります。気になったまま、週末を読まずに過ごそうと思っています。
YS−11 上 国産旅客機を創った男たち
2001/02/08 19:14
国産旅客機YS-11の意義を学んだ
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この本の面白さは、ものごとを成し遂げようとするときに、与えられた条件の中で、ぎりぎり努力しながら、現実の飛行機にしたててゆく過程を知ることだろうか。大東亜戦争が終わり、航空機を7年ぶりに作ることになった人々のことが、ノンフィクションとして描かれている。
普通の仕事もある意味で似ている。予算の制約、時間の制約、思うようにならない人間関係、外部条件の変化による予定の変更など、ざらにあることだ。しかし、そういう過程を経ても優れた製品ができあがってくることもあれば、そうでないときもある。そこが現実の難しいところであり、楽しいところでもある。
YS-11 の母体の設計を行った5人の技師たちは、戦争中は、零戦、疾風、飛燕、二式大艇などの名機を設計した豪華メンバー「5人のサムライ」だった。ここまではよく知られる。しかし、豪華布陣を敷いたからといって、素晴しいものができるかというと、そうではない。7年間の空白期間を経て飛行機作りに乗り出す人々は、軍用機を作っていた戦前や戦中の苦労を上回る新しい悩みを抱えないとならなかった。「5人のサムライ」のあとを継いで、実際の形に仕上げる、次の世代の技術者たちの苦労も読ませる。
個人的にいうと、僕が大好きな軍用機、陸軍3式戦闘機『飛燕』や5式戦闘機、2式複座戦闘機『屠龍』を設計した川崎重工の土井さんの柔軟かつ大胆な人柄が好意的に描かれていて楽しかった。やっぱー、いいやつだったんだ。
東条首相の長男が、三菱にいて、「5人のサムライ」の後を継いで、YS-11 の設計をこなしていたことも知らなかった。
懸命の努力で日本でつくった YS-11。戦争にまけて7年間、航空産業を凍結された日本は、すでに自前でエンジンを製造する技術をなくしていたんですね。はなから、イギリス製エンジンを選んだのが、かなしかったです。その後は、YS-11 の生産中止で機体設計さえできないようになってしまいました。
平成12年12月に、日米共同開発の次期輸送機の話しが新聞にも出ていたけど、この著作を読んだあとで、記事を知ると、「主翼の設計だけで、共同開発になるのか、あのニュースは、かなり疑問だ!」なんて、分かるようになっていました。
ペリリュー島玉砕戦 南海の小島七十日の血戦
2001/01/23 11:23
ペリリュー島の戦いの記録
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援軍もない孤島を死守する日本軍1万余。サイパン戦などの教訓を生かして、むやみな万歳突撃や玉砕を自粛して、洞窟陣地にこもり徹底的に防御しながら、攻める米軍に人的出血を強いる戦法を実行した。攻める米軍の死傷数が守る日本側を上回るほどの死闘を演じた戦いだ。70日間、文字通りの最後の一兵まで戦った日本軍。
海を60キロも泳いで機密文書を運ぶ兵隊。火炎放射にあぶられながら、戦う兵隊。物量に立ち向かうのは精神力だけ。米軍を島に一日釘付けすることで、祖国の防衛は強化される。1万人が350人になるまで抵抗し、そのための時間をかせぐ。そして最後の350人も突撃して全滅。この頑張りは無意味だっただろうか。
彼等自身が願ったような大東亜戦争の究極の勝利には結び付かなかったが…。この本を読んだ直後に、たまたま東京出張になったので、靖国神社に行ってきた。遺品展示コーナーには、ほかの戦場のように記念品の陳列はなく、ただペリリュー島の浜辺の砂だけが展示されていた。でも、こんな恐怖に満ちた戦いを現代日本人は、もう決してできないであろう。きっとできない。僕もできない。
祖国の永続的繁栄を願いながら多数戦死していったペリリュー島の記録を、この本で深く知ることができた。
サボ島沖海戦 米海軍史上最大の敗北
2001/02/17 16:55
米軍の厳しい内部調査に驚く
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『話したいことがあるので、一度遊びに来てほしい』。
近所に住む、おぢいさんが、電話してきたことがある。その当時は、なかなか忙しくて、たまの休みは、ひたすら睡眠していたほどなので、
『いずれそのうちに』と答えただけで、ついに話を聞かないままに、過ごしていたら、おぢいさんは、亡くなってしまった。亡くなったあと知ったのは、おぢいさんは、航空母艦『赤城』と、重巡洋艦『鳥海』の砲術長をしていたという。
なぜ、話を聞くことをしなかったのか。己を責めること、現在に及ぶ。『赤城』時代はともかく、『鳥海』は、第1次ソロモン海戦当時に旗艦として突入した軍艦ではないか。その砲術長の話しが、聞けたかもしれないのに!その機会は永遠に去った。
書店でこの本を見たときに、また、その無念さを思い出してしまった。あの海戦は、日本海軍の一方的な勝利に終わった。連合軍側から見た、海戦は、どうだったのだろうか、この本で知ることになった。
たった15分間のうちに、ガダルカナル島周辺海域を防衛する艦隊の大半と4000名の人員を失った米軍は、海戦後に、敗因と敗戦の責任者を徹底的に調べあげた。内部調査とはいえ、身内の失策に容赦はない。指揮官だった軍人のなかから自殺者まで出しながら、米軍の調査は続けられてた。
上級指揮官の失策に甘かった、日本軍との違いを思い知らされた。
潜水艦攻撃 日本軍が撃沈破した連合軍潜水艦
2001/01/23 11:14
地味な戦いに光をあてた戦記物
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菊の御紋をつけた連合艦隊主力艦の海戦が表舞台とすれば、これは地道な日常の海戦だ。漁船改造の駆潜艇や商船改造の軍艦が、連合国の潜水艦狩りに従事する。派手な海戦史とは別の地道な戦い。支援航空機が発見し、60キロ対潜爆弾で攻撃。駆潜艇や海防艦を誘導して爆雷でとどめを刺す。海上に浮かぶ油紋を目視して発見する。
潜水艦の最後もあわれだ。隠密行動を旨とする状況と、その出口が少ない形状から、撃沈されるとほとんどは、全員戦死か行方不明だ。人知れず戦い、人知れず消えて行く。
地味な戦いに光をあてた戦記物。米軍の潜水艦は、通商破壊任務を行いながら、結局は、日本の戦艦、空母、巡洋艦も多数撃沈している。そればかりを狙って、劇的な戦果を上げられなかった日本潜水艦と比較して、かなり活躍したわけだ。
そうした彼等と地道に対決した、日本の対潜部隊の活躍に光をあてた作品だ。
帝国陸軍の最後 1 進攻篇
2001/03/14 15:29
軍隊内部の確執も描く
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『帝国陸軍の最後』進攻篇〜死闘篇
このシリーズは、伊藤正徳の名著。実戦に従軍した軍隊が、どのような行動をしたのか、陸軍現地部隊を描くことで、結果として、先の大戦の全体がわかるようになっている。まるで当時の新聞報道を順々に読んでいるような分かりやすさだ。大東亜戦争に対する中途半端な反省を交えて戦いを振り返っていない点も明解だ。
もっとも興味深かったエピソードは、ガダルカナル戦の第2次総攻撃時点の、軍隊内部の確執だった。
東海林連隊は、オランダ領インドネシアの侵攻作戦のときに、バンドン要塞攻略で一番乗りした。本来は別の師団の部隊があげるはずだった功名を意図せず、抜け駆けしてしまったのだ。東海林連隊は、ガダルカナルで、このとき抜け駆けされた師団の指揮下にはいることになり、ガダルカナルの戦場で、「抜け駆けされた師団から」意趣返しをされていたのだった。
「おれたちの手柄を横取りした東海林連隊」に加えられた、暗黙のいやがらせとは、ガダルカナル飛行場攻撃の攻撃配置を、東、中央、西の3方向ある配置のうち、作戦発起点から最も遠い、東側に指定されたこと。しかも部隊の出発は、3連隊の最後尾からだった。ただでも狭いジャングル道を、前の2つの連隊を追い越して、配置につかなければならなかったのだ。懸命に配置につこうとするが、間に合うはずはない。土台が困難な作戦の中で、東翼部隊の十分な配置を待つことなく、攻撃部隊の連携を欠いたまま悲惨な挫折を遂げた第二次総攻撃を前にした、味方作戦軍内部の確執に触れられていたのが興味深かった。
玉砕しなかった兵士の手記
2001/02/17 17:01
戦場の辛い体験を再現
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書店で手にした本なのだが、かなり嫌悪感を抱いて手にした本だ。というのも、軍事関係の著作を好んで読んでいるうちに、僕自身が、帝国陸軍軍人は、『生きて虜囚の辱めを受けず』という戦陣訓の影響に強く支配されてしまっているせいか、決戦を目前に米軍に投降した人の話など聞きたくもない。戦死した戦友に対して恥ずかしくないのか!という観念に捕えられていたため、どーしても許せない何かが、働いていたのだ。これは、恐ろしいことだろう。
しかし、この本を立ちよみするうちに購入を決意したのは、輸送船が撃沈されて海上を漂流する場面や、食料調達に伴う悲しいまでの人間関係が、とてもリアルに描かれていたからだ。
このごろ戦記ものの出版が数多く出るが、年月の経過とともに、ほんとうは辛い日々だったはずの戦場の場面や、本当は米軍に惨敗を喫したための悲惨な記憶になっていたはずの経験をリアルに再現したものが消えつつあるような印象を受けている。
この本に描かれた著者自身の戦場の気持ちや、不快な感情、知識人の悩みは、しぼり出すような真実なので、胸を打つ。
ちなみに、横田さんと同じ連隊の玉砕の戦闘を描いた、佐藤和正(さとう・かずまさ)著の別の本も近くに並んでいた。横田さんが投降した後も彼の所属中隊の戦闘は続いた。さらに悲惨な運命を元兵士から聞き取りした記録本だ。どちらを買うのか、かなり迷ったが、横田さんの記録の方を僕は選んだ。
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