よしかわあつしさんのレビュー一覧
投稿者:よしかわあつし
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暗号化 プライバシーを救った反乱者たち
2002/04/24 13:58
あなたのWebブラウザは、128ビットで暗号化できますか?
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唐突で恐縮だが、bk1を眺めているWebブラウザで、バージョン情報(あるいはHelp/About画面)を開いてみて欲しい。たいていのブラウザでは、使用可能な暗号鍵の長さが、128ビットなどと表示される。暗号鍵の長さなんて、気にする人は少ないと思うが、これは過去の経緯のせいだ。かつて、暗号を用いる米国製ソフトウェアには、必ず、国内(米国)版と国際版があり、国際版では弱い暗号しか用いることができなかった。なぜなら、米国の武器輸出法により、暗号は武器として扱われ、強力な暗号は輸出してはいけなかったからである。このため、輸出可能か可能でないか判別するために、暗号鍵の長さが表示されるのである。
そもそも、なぜ、Webブラウザに暗号が組み込まれているのだろうか? 例えば、bk1で本を買うときを思い出して欲しい。クレジットカードの情報を入力する人も多いと思う。この情報が漏れると、他人があなたのカードで買い物することが可能となる。これを防ぐために、カード情報は暗号化されてから、bk1のサーバーへ送られる。bk1にログインすると、ブラウザの片隅に鍵のアイコンが表示されるだろう。このアイコンは、通信が暗号化されていて、情報が漏れないということを示している。
もちろん、暗号も万全なものではない。自転車のチェーン鍵の番号を忘れたときのように、111から666まで1つずつ、総当たりで試していけば、解読することも可能だ。暗号鍵が長ければ(桁が大きければ)、解読するのに天文学的数字の年月がかかるが、反対に短ければ(桁が小さければ)、あっという間に解けてしまうこともある。にもかかわらず、国際版では、長い間、解読が比較的容易な短い暗号鍵しか用いることができなかった。
本書は、このようなインターネットで用いられる暗号について、発明した数学者や管理したい米国政府、そして、管理に抵抗した人々たちについて、語っている。彼ら・彼女らの行動を丁寧に追っており、物語としても存分に楽しめる。しかし、bk1で本を買うという身近な出来事を支えるテクノロジーが、実は、米国の諜報機関の頭痛の種だったとは、ただ驚くばかりである。
パレスチナ 瓦礫の中のこどもたち
2001/03/31 23:43
未来を信じること
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この本は、写真集という形態をとったパレスチナのルポルタージュである。1991年に刊行された作品を文庫化したものだが、新しい写真の追加や加筆もされており、2000年現在のパレスチナ状況をも踏まえたものとなっている。
笑顔のかわいらしい子供たちを写した写真に、うっかり微笑みながら次のページをめくると、銃殺された死体の衝撃的な写真が目に入り、気持ちが凍りついてしまった。もっとも、笑顔の写真でも、撮影後に起きたその子の悲報が、キャプションに記されている場合もあるのだが。
何度もパレスチナを取材してきた撮影者の広河隆一は文中でこう書く。
「恐ろしくはないのですか、とよく聞かれる。でも慣れるのでしょうね、とも言われる。とんでもない。私はレバノンに行けば行くほど恐ろしさが体の中に蓄積して、そのかわり体中から血の気がまったく失せて、体が真っ白になっていくような気持ちになる」
それほどまでに恐怖を感じ、生命の危険さえ冒しながらも、撮りつづける写真家。そこまでしても彼が伝えたいと願うことは何であろうか。パレスチナの人たちがおかれている境遇の悲惨さと、それに対する憤りであろうか。
否、必ずしもそれだけではないようだ。想像を超える過酷な状況下でも、未来を信じ続けるパレスチナの子供たち。その逞しさと優しさが彼の写真の中には表現されている。
状況はあまりにも厳しすぎて、希望という言葉を軽々しく用いるべきではないことは承知している。それでも、彼の写真を通して、私もまた、パレスチナの未来を信じたくなった。遠ざかった和平への機運がふたたび高まることを願いたい。
ビタミンF
2001/02/01 02:17
私は高木雄介がイチオシだけど、あなたは?
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読み始めた当初は、登場人物になかなか感情移入ができなかった。独身の自分には、登場する親の、こどもに対する反応はあまりにも陳腐で、「親vsこども」という関係でいえば、いまだ、こども側の気持ちに親近感をいだく立場として、ナイーブ過ぎるように思えたから。
でも、娘がいじめられっ子の話をし始める「セッちゃん」から、急に気持ちが惹き込まれていった。こどもの立場からそれほど離れていないはずだと思っていたにもかかわらず、忘れてしまっていた、こどもの頃の親に対する気持ちを思い出したからだろうか。そして、うろたえながらも父親が、最後にどうにか保てた、こどもへの距離感が、とてもやさしく、せつなかった。
近い将来、こどもをもつ身になったら、この気持ちを思い出したい。もちろん、たかが小説を1冊読んだ程度で、理想のお父さんになんか、なれっこないだろうけど、将来の自分のこどもと一緒に修羅場をくぐりぬけていくだけの覚悟はできたというのは、大袈裟すぎか。そして、「親になるのって大変だね」と自分の両親を労ってあげたくなった。それが読み終えたときの気分である。
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