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旅歌さんのレビュー一覧

投稿者:旅歌

86 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

紙の本ハイペリオン 上

2001/03/21 22:51

物語のあらゆる要素を盛り込んだ、壮大なSF叙事詩の幕開け

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ハイペリオン・シリーズ四部作の第一作目として知られ、数多あるSF作品の中でも指折りに数えられる本作。文庫化を期に読むことができたわけだが、期待に違わぬ壮大なストーリィにあらゆる要素が盛り込まれ、読書の楽しみを存分に味わえる作品だった。旅歌は感想を書く際に、5点満点で便宜的な点数を打っているが、文句なしの5点満点であるばかりでなく、これが5点なら過去の満点作品のうちいくつかは格下げしなくてはならないとの衝動に襲われた。『ハイペリオン』以後は、評点が辛くなりそうな予感がする。自分にとっては、それほどの衝撃を与える作品だったのである。

 SF小説は嫌いではないが、好んで読む方ではないから現代のSFはまったく知らない。耽溺していた時期もあるが、それとて遥か20年前。これ以前に何を読んだか、記憶を手繰っても思い出せないくらいだ。あ、梅原克文さんのアレはSFではないんだよね…(^^;;;。そんな旅歌をこれだけ耽溺させえたのは、SF小説というよりも冒険小説的要素が濃く、そこらへんがものの見事に旅歌の琴線を直撃する内容だったからだろう。これぞ、雑食本読みの本分。題材や看板が何であれ、おもしろいものはおもしろいのだ。SFだからと敬遠している向きにはこれを機会に是非オススメしたい。

 物語の舞台は28世紀。作者は現代からここに至るまでの、歴史、文化、社会、政治、経済、科学技術、その他の社会構成因子を完全に構築済みだ。だから、冒頭から未知の単語が執拗に、怒涛のごとく氾濫する。SF小説になじみの無い読者は、ここでくじけないことです。用語なんて軽く読み飛ばして結構。そんなものは読み進めるうちに自然と頭に入ってくる。この物語のおもしろさは、そんなものを超越したところにある(と思う)のだ。人物リストもない不親切な編集には腹も立ったが、下手にネットを駆使して人物リストや用語集を探さないほうがいい。旅歌はスケベ根性を出したばっかりに、不用意なネタバレに遭遇して情けない思いをしましたから。

 この壮大なドラマは、惑星ハイペリオンへと向かう巡礼6人が、それぞれのハイペリオンとの関わりを綴る6の物語で構成されている。ホラーあり、ハードボイルドあり、叙事詩あり、冒険活劇あり、愛情物語あり、の多士済済の6つの物語。文体を変え、視点を変え、変幻自在に語られる。これら6編の中篇小説がオムニバス的に並び、幕間に時系列に沿ってストーリィが進むのだ。それぞれが独立していながら密接に絡み合う。そのどれもが示唆に富んだアイディアに満ちている。それも単なるアイディアで終わらないバックボーンの広範さと文学的深みが備わっていて、その上で縦横なストーリィが波乱万丈に展開する。SF小説好きだけの物語ではなく、多くの本読みに受け入れられるのは間違いないはず。今更の旅歌の戯言ではありますが。

 こうして、徐々に解き明かされる28世紀の姿、徐々に増幅するハイペリオンの謎、それらが疾風のごとく一点に収斂していく、物語としてかつて味わったことのない醍醐味だ。読み進めるうちにある構図が浮かんでくる。これが物語を解く鍵なんだろうか。途中から薄々感づいてはいるが、ラストに至ってまったく解明されない謎が読者を身悶えさせる。当時の読者をどれほど悩ませたか想像に難くない。その点、旅歌は幸せかな。四部作の第一巻を読み終え、間髪を入れず第二巻『ハイペリオンの没落』に進むことができるのだ。こんなおもしろい小説を今まで未読だった負け惜しみではなく…。めくるめく物語に翻弄される日々がしばらくの間続きそうだ。

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紙の本

紙の本殺しの儀式

2001/05/18 05:46

なぜか敬遠されてしまったが、出色のサイコ・スリラーだ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 読後、真っ先に1998年版の「このミス」を手に取った。巻末の出版一覧にはあるのだが、ランクには入っていない。誰も点を入れていないのだ。あ、たったひとりだけ…。でもこの人って…。まあ、ベスト10級の出来ではないと思うけど、たったひとりしか点を入れてないなんてそんなあ……。う〜ん、敬遠されたのか、無視されたのかは不明だけど、その理由は表紙のまずさじゃないでしょうか? 作者の知名度よりも何よりもこれが原因のような気がしている。第一級のサイコ・スリラーであるのは間違いないのですよ。もうちょっと注目されても良かったのに…。『羊たちの沈黙』そっくりの表紙。これが原因。そう決めつけちゃえ!

 舞台はイギリス中部の大都市ブラッドフィールド。30歳前後の男性ばかりを狙った殺人事件が連続して発生する。解決の糸口を見つけられない捜査本部はプロファイリング導入を決意。警察と心理分析官とのパイプ役となったのがヒロインであるキャロル・ジョーダン警部補だ。果たして犯人は何者か? 心理分析官トニー・ヒルは警察の全面的な協力を得てフル回転する。

 さて、この展開を「表」とするならば、「裏」の物語がある。表の物語の節目ごとにシリアル・キラーの独白(手記)が挟まれるのだ。時系列から言えば、表のドラマを裏が追いかける格好。客観的事実が表で語られ、裏で強烈なサイコパスの視点から心理を描写する。徐々に二つの時間の間隔が狭まって行く。この緊張感は捨てがたい。二つの時間がどう交錯するか、読者は目が離せなくなるのだ。そこに被さる心理分析官のプロファイリング…。緻密な構成に細かく餌がまかれ、もう唸るばかり。ぼくなんか餌にがぶりと食いついてしまっていたので、538ページ最終行を目にして天を仰いでしまったのである。まんまと作者の術中にはまっていたのだ。修行が足りん(^^;;;)。

 だが、気になることもある。プロファイリングが万能であるかの描出で、これでは今の警察は全く馬鹿の集まり。たたき上げの刑事の代表であるトム・クロス警視の扱いも冷たすぎるんじゃないだろうか。それと終盤。せっかくの素材を揃えたのだから、もっともっと緊張感を高めても良かったような気がしている。何だかとってもあっけなかった。
 さて、この本は作者の最近作『殺しの四重奏』を読むためのウォーミングアップ。かなりスケールアップしているらしいから楽しみ楽しみ。

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紙の本

紙の本殺しの四重奏

2001/05/18 05:43

サイコ・スリラーから警察小説への緩やかなギア入れ替え

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 冒頭からいきなり犯人が提示される。サイコ・キラーがカモを引っかけるシーンから始まるのだ。ぼくはこんな展開が嫌いじゃない。単なる犯人探しには辟易しているし、突如としてどこからともなく現れる犯人にはもっと辟易させられるからだ。この物語では読者に全てを知らしめた上で展開される、追う側追われる側の丁丁発止の駆け引きが最大の魅力だと思う。サイコ・キラーの異常心理にはそれほどスペースが割かれていない。追う側が焦れながら外堀を固めようとする姿に手に汗にぎり、トニー・ヒルらが旧体制に苛められるほどに物語に没入してしまうのである。全体の印象としては、サイコ・スリラーというよりも警察小説といった方がしっくりくるかもしれない。

 『殺しの儀式』の事件から約一年。キャロル・ジョーダンはジョン・ブランドンに引き抜かれ警部に昇進して異動。職場での軋轢に悩んでいたが、着任早々連続放火事件と目される事件を発掘し、聞きかじりのプロファイリングを使って犯人捜査を始める。一方、トニー・ヒルはプロファイリング・プロジェクトの最高責任者として6人の研修生を迎えていた。彼は研修生にひとつの課題を与える。これがきっかけとなって連続殺人事件が暴かれることになる。

 全体が啓蒙書のようだ。というか、プロファイリングの教科書と言った方がいいか。この物語での連続放火犯とサイコ・キラーの違い。キャロルが単独で行ったプロファイリングが何故犯人像を的確に表さないか。トニー・ヒルが研修生に行う講義と相俟って読者の頭に染み込んでくるのだ。極めつけは演繹的プロファイリングとも言えそうなトニー・ヒルの試みだ。本来のプロファイリングからは逸脱しているような気もして非常に危険なのだが、これを違和感なく読ませるあたりは大変な筆力だと思う。もうちょっとカタルシスを与えてくれたら、とは多くを望み過ぎだろうか。あまりに含みのあるラストで苦笑いしてしまった。

 フェミニストの作者が著した、女性警部を主人公にした警察小説と読むのが正解かもしれないな。

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紙の本

紙の本ダーティホワイトボーイズ

2001/03/24 05:35

真っ当な大悪党が光る、スワガー・シリーズ外伝

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『極大射程』のボブ・リー・スワガーのシリーズといわれているが、外伝と言った方がしっくりくるかもしれない。この物語では、ボブとボブの父アールの名前がたった1回出てくるのみ。一方の主人公は、『極大射程』でも言及していたボブの父アールが殉職した事件で、アールが射殺したとされるジミー・パイの息子ラマーだ。これが妙に魅力のある稀代の大悪党で登場するのだ。

 重犯罪刑務所に収監されていたラマーは、いとこのオーデルと元美術教師のリチャードを連れて脱獄する。彼らの前に立ちはだかるのは悩める警官バド・ピューティだ。悩みの種はバド自身の不倫。これがサイドストーリィとなって物語をドラマチックに盛り上げ……う〜ん、このあたりは見解が分かれるような気がする。登場人物は誰一人取っても非常に極端な人物造型なのだが、バドの不倫相手は特に極端だと思う。正直言って、ぼくは興ざめしながら読んでいた。もちろん、バド側から描かれる彼の心理はかなり読ませたのだけれど…。

 アメリカの望まれる父親像的なバドとは対称的な大悪党ラマーがとっても良い。最近の犯罪者は一様に変態性欲者であったりするのだけれど、この悪党ラマーは非常にまっとうな(^^;;)大悪党なのだ。犯罪常習者で悪の権化には違いないのだが、なんとも華麗でミステリアスな魅力に満ち満ちているのだ。まさに悪の華。物語の読後に涌き出てくる味わいは、このラマーに起因すると言っても過言ではない。ライオンに強い憧憬を持つラマーは、ひ弱な元美術教師リチャードに命じてライオンの絵を描かせる。リチャードは画家の目を通して徐々にラマーを理解していく。そしてラマーになりきる。ここには血縁とは全く別の父親像がある。バドとは実に対称的なのだ。

 各所で展開されるアクションシーンも印象深いが、68歳のC・D・ヘンダスン警部補や農場の老夫婦らの名脇役も非常に心に残った。味がある、としか言いようがない。特に老警部補に与えた見せ場はいいね。

 人生はなんともミステリアス。ラマーを通して語られるのは一体なんなのだろうか。

 そうそう、翻訳について一言。随所に見られる傍点や強調文字にはどんな意味があるのでしょう。同じ作家・訳者の『ブラックライト』読んでいるけど、やっぱり強調文字が出てくる。傍点は無いけど。原書にもあるのなら、全然かまわない。でも訳者が勝手に、翻訳では表現できない原書の何かの意味を表現したくてつけているのなら勘弁して欲しい。まさかとは思うけど。もしそうなら見苦しい。

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紙の本

紙の本堕天使は地獄へ飛ぶ

2003/06/17 17:10

『ブラック・ハート』に比肩する傑作

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ロス市警のハリー・ボッシュ刑事を主人公とするシリーズも本作で六作目。過去五作では『ブラック・ハート』がシリーズ最高作だと信じて疑わなかった。しかし、シリーズ六作目にして、とうとう『ブラック・ハート』に比肩する作品が登場した。ノン・シリーズも含めて平均点の高い作者の作品群の中でも、密度の濃さ、読み始めたら止まらないリーダビリティの高さ、緻密な捜査ぶり、時代性、物語の設定などなど、どれをとっても一級品の傑作だ。

 戸惑ったのは、一時の感情に流されず、噛んで含めるボッシュ刑事の大人ぶりというか成長ぶり。いつの間にか部下ふたりを持ってチームを率いている。一匹狼じゃないのだ。実は変わらず孤独なんだけど、ボッシュが諌める側に回るなんてね。あの切れるような内面を露出させたボッシュも良いけど、こっちのボッシュもかなりイケてる。ラスト間近、「正義」を翻弄する「政治的判断」に打ちのめされつつ、ボッシュは抑えきれない衝動に突き動かされる。そして、堕天使の羽ばたく音を聞いたボッシュの正義。決意。これを読まずして、ボッシュの後続作品は絶対に語れないだろう。

 ロス市警と係争中だった人権派黒人弁護士エライアスが殺害される。誤認逮捕と取り調べ中の暴力沙汰(ブラック・ウォリアー事件)の公判を間近に控えた警官が犯人かと上層部は色めき立つ。このデリケートな事件の捜査責任者に任命されたボッシュは、あろうことか仇敵の内務監査課刑事をチームに加えることを強要される。市警上層部の「政治的判断」の枷を嵌められつつ、「正義」を貫くため精一杯巧みに泳ごうとするボッシュ。しかし、先のロドニー・キング殴打事件とO・J・シンプスン裁判がロス市警に与えた影響は半端ではない。捜査の妥当性、証拠の正当性をとことん求められるのだ。手順に拘る姿はとても奇異なのだが、確実に悪を葬り去るためにはしかたがない。ロス市警の現場の捜査員は手かせ足かせを嵌められ、不自由な捜査を強いられる。もちろん、ボッシュも同じだ。

 更に、ブラック・ウォリアー事件の元となった、少女誘拐殺害事件の真相解明に乗り出したボッシュが味わう八方塞がりのジレンマ。更に更に、事件が引き金となってマイノリティの鬱積された不満が噴出する。暴動寸前のロス。十重二十重の袋小路でボッシュは「正義」と「政治的判断」の狭間で揺れる。まだまだ、細かい枷はいろいろある。ときには枷を味方にし、ボッシュの捜査は冴え渡る。この「政治的判断」を苦渋ながらも受け入れるボッシュの姿が、ボッシュ大人説というか成長説の根拠。捜査を盾に迫るアーヴィングに屈するのは、やっぱり悪を憎むが故なのだ。

 最初の一ページを読んだが最後、あっという間に物語に引きずり込まれ、一ページたりとも退屈させられることがない。未曾有の密度の濃さだ。ボッシュ・シリーズにつきまとっていた、ボッシュの内面を掘り下げる内向的な雰囲気が払拭され、警察小説本来の捜査に重きを置いたのも好感が持てる。もしかしたら、作者の内面に何か変化があったのかもしれない。まあ、そんな邪推は捨て置いて、シリーズ愛読者は当然のこととして、今までボッシュ・シリーズを敬遠していた人も、別の理由で読んだことのなかった人も、ともかく、一度手に取って欲しい。

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紙の本

紙の本静寂の叫び 下

2001/08/07 05:54

ハンディッキャップと共感のサスペンス

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 この作家の大きな特徴は、ハンディ・キャップを持つ人々を物語の中心に据えることだろう。そのハンディが無類サスペンスを生み出すことは言うまでも無い。凄いところはそれのみに終わることなく、自らのハンディと痛ましくも健気に折り合いをつけようとする姿を存分に描いた上に、更に関わる者の内面とシンクロさせることによって不思議なドライブ感を生んでいくことにあるだろう。『ボーン・コレクター』では、リンカーン・ライムとアメリア・サックス。この物語では、アーサー・ポターとメラニー・キャロルだ。だが、ラストは少々やり過ぎで無理があるなぁ。

 これらを解き明かすキーワードは「共感」だ。人質と犯人、犯人と交渉担当者、そして交渉担当者と人質。この図形はさまざまに形を変えて作品に登場する。そういう意味では非常にヒューマンな作風なのだね。

 もうひとつの特徴は、抜群の人物造型とその描写にある。特に女性には抜群の筆力を示す。『ボーン・コレクター』のアメリア・サックス然り。映画でいうシャレードというか(ちょっと違うか…)、説明に陥らずに肉付けをするのがものすごくうまいのである。雪原を転がる雪玉のように、少しずつ大きくなっていく過程を暗黙のうちに理解させてしまうのだ。そして、その人物たちが苦悩しながらも未熟な者は成長し、自らに限界を感じる者は己を再発見していく。この物語では、FBIのポター捜査官と教師のメラニーがそれにあたる。

 人物造型のうまさは善玉だけでなく、悪玉にも十分に発揮される。この物語の脱獄犯ルー・ハンディは、数ある悪玉の中でも出色の出来じゃないだろうか。『ダーティ・ホワイト・ボーイズ』のラマー・パイと双璧と言っても過言ではないほどの悪玉だと思う。単なる極悪党ではなく、ミステリアスな一面を持ち合わせた魅力を持っているのだ。

 加えて、筋立ては大胆で緻密。『ボーン・コレクター』より落ちるかな、と思うのは、首を傾げて唸り声を漏らしてしまったラストと、より以上に安易と思う犯人の某人物と、設定が設定だけに少々中弛みが目に付いてしまったことくらいだろうか。FBIの人質救出交渉は非常に新鮮で、アメリカが関わったいくつかの事件を思い出しもした。でもねぇ、現実にはこんなにうまくいかないよねぇ。

 抜群の人物造型力に巧緻なプロット。こりゃ鬼に金棒だな。今更で申し訳ないんだけど、当分目が離せませんね。

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紙の本

紙の本警察署長 上

2001/08/07 05:35

良くも悪くもアメリカ的な

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 良くも悪くも、とてもアメリカ的な小説と言えそうだ。自らを振り返ることにかけては、他国の追随を許さないアメリカ的良心の物語。舞台はアメリカ南部、ジョージア州の架空の田舎町デラノ。1919年から1963年にかけて、当地の警察署長を勤めた3人の人物を通して、アメリカ近代史がひもとかれる。1920年代、40年代中盤、60年代初頭と、おおよそ三つの年代に集約されて描かれる最大の問題は人種(黒人)差別問題だ。これが圧倒的なドラマ性をもって描かれる。南部の雰囲気、匂い立つ肌触りは驚きの一言だ。すでに評価の定着している物語だから、改めて説明の必要はないかな。

 時代の流れを見つめるのは、デラノの成り立ちから見守ってきた、銀行家のヒュー・ホームズである。清濁併せ持つこの政治家の動きが、いずれの場面でも事を左右する。この人物こそが旧弊のアメリカそのものと言えそうだ。そして、物語は一点に収斂していく。凄いぞ、、後半は息苦しいほどだ。もちろん、物語の帰結はある程度想像できるのだが、それでもサスペンスは否がうえにも盛り上がる。ページを繰る手が止まらない。そしてラスト。自ら画策した変化が一人歩きし、御しきれないほどの大波となって飲み込まれようとする寸前、ヒュー・ホームズは初めて自然体となった。デラノ開発と発展の末に迎えたこの結末は、非常に暗示的で象徴的だ。この皮肉な結末がまたアメリカ的。考えれば考えるほど奥が深い物語だ。

 だが…熱狂して読み終えてしばらくすると、少々の悪臭も漂ってくる。アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための小説。偽善的と言っては言い過ぎかもしれないが、鼻についてしまうこともかなりあるのだ。そう思い始めると際限なく思いは巡る。おもしろいには違いないけど、所詮自分たちの過ちを正したに過ぎないじゃないの。差別の根幹には踏み込まない。踏み込んだとしても、甘い。上っ面をなぞったような印象しか残らない。立ち向かう人間が政治的権力を持っているというのも気に食わないかな。ぼくは、こんな大上段に構えた小説よりも、トマス・H・クック『熱い街で死んだ少女』のような小説に惹かれてしまうかな…。あ、おもしろいんですよ。それはもう間違いなく。

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紙の本

紙の本クリムゾン・リバー

2001/07/20 07:43

本格風味にノワールな隠し味

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 惜しい! ラスト80ページあたりまで、グリグリの満点をつけようと思っていた。ところが、ラストに待ち構えていた怒涛の謎解きが走りすぎたように思え、しかも解決部があまりにあっけなくて拍子抜けしてしまったのだ。それでも、2001年ベストテン級の傑作でありましょう。瞠目のラストも嫌いじゃないですよ。本格風味な謎と雰囲気に、冒険小説のテイストをたっぷりと盛り込んで、ハードボイルドな刑事を二人まで配してノワールな隠し味と読後感。ごちそうさまでした。

 これほどの物語を書いたのが、新人作家でそれも二作目だなんて俄かには信じられない。堂にいったストーリィ展開。冒頭のニエマンス警視正のはちゃめちゃアクションから目が離せなくなるのだ。物語は、そのままニエマンスが捜査する奇怪な殺人事件へと引き継がれ、平行してアブドゥフ警部の墓荒らし捜査が語られる。どちらも不可解で魅力的な謎で、読者はこのふたつの事件がどう結びつくのか息を殺して読みつづける。これほどに読書中断が辛かった物語は久しぶりだ。見事な謎とアクションの連続に翻弄され、深夜まで読み耽った。

 なんといっても、解決にあたる刑事ふたりのアンチ・ヒーローぶりがいかしてる。内なる暴力衝動を抑えきれないニエマンス警視正と、自動車泥棒で生計をたてていたアラブ人二世のアブドゥフ警部だ。同名の映画の原作だがぼくは未見。それなのに、ニエマンス警視正役のジャン・レノが頭から離れない。実にぴったりのキャスティングで、冒頭からニエマンスがジャン・レノに姿を変えてぼくの頭に中に像を結んだ。最初からジャン・レノを頭において創出した人物としか思えない。端役ながらキラリと光る人物も多い。

 中盤になって更に殺人が連続し、少しずつ謎が明かされても、まったく着地点が予想できない。この謎解きのディテールがまたすばらしいのだ。暴かれても更にその奥に謎が潜んでいるという入れ子状態が、これでもかと読者を襲い続ける。強引さは否定できないが、一時も目を離させない恐るべきアイディアと展開力だ。ようやく着地点が見えてきたとき、マジかよぉ、と叫びたくなって、そこから先が尻すぼみのように見えてしまうのが欠点だろうか。死人を生き返らせるという豪腕力技の答えが、あんな当たり前では納得できないなぁ。それと、もうちょっと「クリムゾン・リバー(緋色の川)」をコントロールする側からの狂気に気を配れば、更に更に深い物語になったであろうに。きっかけとかね。

 ともかく、無類のストーリィ展開に加え、キャラクターを立たせる術も心得ているとなると、今後は絶対にこの作家から目を離せない。デビュー作の邦訳はどうなっているのかな?

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紙の本

紙の本処刑の方程式

2001/05/18 05:38

相殺的な人生への洞察力に満ちた筆致

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 『殺しの儀式』『殺しの四重奏』によって、マクダーミド=サイコ・スリラー作家みたいなイメージを持ってしまったが、この方はとんでもなく奥の深い作家だった。良い方向に裏切られた珍しい例といえるかも。最悪のタイトルは置いといてね…。

 スカーデールというイギリスのひなびた村から14歳の少女が失踪する。探すのは29歳の新米警部ジョージ・ベネットだ。二部に分けられた前半の一部で、1960年代半ばに起こった事件の一部始終が漏らすことなく語られる。折りしもイギリス北部では、少年少女の連続失踪事件がマスコミを賑わせていた。この部分は、もう女性ならではの細かさで、新米警部の焦燥、閉ざされた村の様子、などが当時の世相を交えながら細かに描写される。事件の進捗や排他的な村の様子が、いかにも英国ミステリといった趣でノロノロと進む一部の前半部は退屈の一言。事件の全貌と行く末もなんとなく見えるし。これが中盤から一気に加速する。あとは一気読み。このギアの入れ替えは見事としか言いようが無い。

 ただ、すれっからしの読者のほとんどは真相がわかっていたんじゃないかな? そのへんの危うさは作者も重々承知していたようで、結果こんな構成になったんだろうし、前半にあれだけの力を入れたんだろうけど、やっぱり瑕疵が目立ってしまう。途中で想像した真相に一捻りが加わった程度で、周囲から聞くほどの衝撃はなかった。っていうか、作者はこの小説にミステリ的な驚きは最初から考えていなかったようですね。まあオカズ程度っていうか、それが主眼ではないから。結果としてみれば、美点でもあり、欠点でもありだろうか。もうちょっとミステリ的妙味を効かせれば、もっと衝撃的な作品になったと思うのだが。

 突き詰めて考えたことを書いてしまうとネタバレになりそうなので、あまり深追いはしないが、法の普遍的な無力さというか、近年のミステリに多く見られる傾向というか。買えるのが、そこに横たわるのが、一方に有利で一方に不利、というか一方が幸福で一方が不幸といった画一的な白黒判断ではなく、相殺的な人生に対する洞察力に満ちた作者の筆致でありますね。最後には、全部善人、みたいなのがちょっと鼻についたけど、感動的な作品ではあった。

 でもねぇ、変に物分かりのよろしい女性ジャーナリストは余計だったんじゃないかな。背景や人物に工夫を凝らしてあるにも関わらず、物足りなかったのが残念。後半が駆け足過ぎたのでは? 個人的には、あのジャーナリストをそっくり息子に置き換えてはどうだったかなと。かなりきつい物語になったかもしれないけど。

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紙の本

紙の本動機

2001/05/10 19:47

2000年「このミス」2位は伊達じゃない

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 2000年の「このミス」国内部門第二位は伊達じゃなかった。すばらしい作品集。短編集はあまり好きではないけれど、息つく暇もなくページを繰って、一日で読み終えてしまった。群馬県の県紙である上毛新聞で、12年の間記者生活を送った作者の経験が存分に活かされた、極上のミステリ作品集である。

 警察の管理部門の出世コースを歩いてきた警視を主人公にした表題作(日本推理作家協会賞受賞作)のほかに、過去に殺人で服役していたことのある男を主人公にした書き下ろしの「逆転の夏」、地方新聞の女性記者を主人公にした「ネタ元」、地裁の裁判官を主人公にした「密室の人」の、合計四篇が収録されている。どれもこれも、浪花節に陥ることなく心の揺らめきが見事に描き出された完成度の高い作品だ。

 すごいのは、これだけ人生の機微を密度濃く描ききっておきながら、ミステリを忘れていないことだ。おかしな言い方で、しかも作者の今後はまったくわからないのだけれど、最近ミステリを蔑ろにするミステリ作家が多いと思いませんか? ミステリが小説分野で一段低いと誤解しているのでは、と穿った見方までしたくなる。そんな中で、これだけ確かな人間観察眼と洞察力を持ち、その上にミステリ的おもしろさを存分に備えた物語を書ける。もう脱帽するしかない。鬼に金棒とはこのこと。ミステリなら世に出られるから、という営業戦略でないことを祈るのみ。

 最高作は「逆転の夏」、次いで「動機」だろうか。ミステリファンとしては、「逆転の夏」の殺人で出所してきた男の心理描写と、見事なプロットに唸り声をあげることでしょう。女性記者を主人公とした「ネタ元」は、男性の中で働く優秀な女性の視点で、性差別やら何やらの手垢はついたが非常に扱いの難しいテーマに真っ向から取り組んでいる。ぼくは、いかにも男性作家然としたオチが気に入らないんだけど、それでも過去に読んだ似たようなテーマを持つ物語では出色の出来だと思う。「密室の人」も、都合の良い物語と言えないこともないのだが、自らの人生を問いかける味わい深い作品だ。

 読了直後は、満点をつけようかと思ったのだが、感想を書いているうちに気が変わった。短編(中編)であることで0.5、あまりにも手堅くまとめ過ぎているように感じられたので更に0.5マイナスで星四つ。この作家なら、きっとすばらしい長編が書けるはず。長編、期待します。

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紙の本

紙の本明日への契り

2001/03/24 05:30

男たちの思いを描き切った切ないハードボイルド

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 失敗した。『俺たちの日』以降の作品群が、こんなに微妙にからみあっているなんて全然知らなかった。『愚か者の誇り』を開いてびっくり。あれま、この物語は『愚か者の誇り』の10年後を描いた続編だったのだ。気づいたときはあとの祭り。前作からのつながりを知らなくても充分に楽しめたから、この物語を後に読んでいたらもっと楽しめたと思うと残念でならない。みなさんはくれぐれもお間違えなきよう。

 『俺たちの日』のピート・カラスの息子ディミトリ・カラスとその友人のマーカス・クレイの二人を中心に据えて、ワシントンの1986年が描かれる。なんとも忌むべきアメリカの現状が背筋を凍らせる…、まあ、いまさらではあるけど。『愚か者の誇り』では、マリファナだった麻薬の主役がコカインにとって変わり、そのコカインもクラックにはじき出されようとしている。11歳の子供までもが拳銃を懐中に隠し持つ、暗く出口の見えないワシントンの街中で、渾身の力で正義を貫こうとする男たち。陰鬱でモノトーンなノワールの雰囲気がとても良い。

 『愚か者の誇り』ではマリファナの売人だったディミトリ・カラスは、この物語では4店まで増えたクレイのレコード店の人事担当に収まっている。しかし、相変わらずの麻薬常習者で、コカインをきめながら昔の女と一晩中やりまくる剛のおっさんだ。ラストで、このアンチ・ヒーローの行く末を暗示しているかな。それでいて、結構骨っぽいところがある。弱さばかりが目立つ掴み難いキャラではあるが、ディミトリの正義が意外な深みを感じさせるから不思議だ。この弱さのために、スーパーなヒーローよりもずっとリアルで卑近な親近感を感じられるのだ。アメリカ社会の懐の深さと言えなくもないかな…。

 正邪の線をどこに引くか、金まみれの社会で矜持を貫くのはむずかしい。こちら側の人物が結局みんな善人風だったのは欠点でしょう。キラリと光る極悪党が欲しかった気もする。タイレルなんて全然ダメだもんね。う〜ん、やっぱりディミトリは異色だなぁ。正義に目覚める連中の中では、偽悪警官ケビン・マーフィが出色だ。マーカスの息子を巡るエピソードも涙なしには読めない。後半のアクションも申し分なし。バスケットボールや流行の音楽などを共有していないので、時代がきれいに切り取られているかどうかはわからないが、男たちの思いを描ききって切ないハードボイルドに仕上がっていると思う。このリアリィティに、ストーリィの奥行きというか幅が加われば大変な作家になると思うのだが。

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紙の本

紙の本悪魔の涙

2001/08/07 06:01

うまさとあざとさほど違う強引さ

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 『静寂の叫び』の感想でも書いたが、最近のジェフリー・ディーヴァー作品を解く鍵は「共感」なのだと思う。『ボーン・コレクター』では、リンカーン・ライムとアメリア・サックス。あるいはライムと犯人。『静寂の叫び』では、人質と犯人、犯人とFBI交渉担当者、交渉担当者と人質。その「共感」が通り一遍ではないサスペンスを生み出す。つまり「共感」したがゆえの心の枷が、時間的サスペンスの外周に二重三重のサスペンスを作り出すのだ。ディーヴァーの最近作の多くがプラトニックな恋愛を描くのにはこういう理由がある。男性キャラと女性キャラが「共感」すれば、おのずと恋愛に形を変えるだろうから。

 この図式をこの物語に当てはめると、主人公である元FBI文書部の責任者で文書検査士のパーカー・キンケイドと息子のロビー。パーカーとFBIのマーガレット・ルーカス捜査官。パーカーと犯人にもある意味の感応があるだろうから含んでもいいだろう。押し寄せるタイムリミット・サスペンスに、これらの枷が被さる。が、果たした役割はそれほど大きくない。作者が仕掛ける罠にもある程度予測がついてしまうし。それよりも何よりも、惹かれあうパーカーとルーカス捜査官に、「おいおいまたかよ」ってな感想を持った時点で、この物語に対する評価は決まってしまったのかもしれない。

 とっかかりは『ボーン・コレクター』と同じ。リンカーン・ライム=パーカー・キンケイド。“元”の立場で事件に絡んで……。とても似通っている。残念ながら、パーカーにはライムほどの際立った造型はない。サスペンスを煽る肉体的ハンディはないが、二人の子供たちに注ぐ愛情と、離婚した元妻との親権を巡っての争いが物語にアクセントをつける。ルーカス捜査官にはアメリアに勝るとも劣らない背景があるが、アメリアほど抽んでた人物造型ではない。パーカーの子供に対する一本気な愛情がとても気持ち良い程度かな

 二転三転する展開はさすが。だが、あまりに強引。犯人が死んでこんなにページが残っているなんてどういうこと! それからはあれよあれよと作者の独壇場だ。なるほど、それなりに伏線を張ってあって周到に練られているが、少々都合が良過ぎる。っていうか、全体が作り物めいて、どうも物語に入りきれない。作為的過ぎるのだ。「ディガー」の独白が原因かも。ほかにもいろいろあるんだけど…。ちょっと今回は作りすぎましたね。これは悪い傾向jだと思う。作家としてのピークを過ぎたかな。

 ただし、シリーズ物好きな旅歌は、このふたりの行く末に興味津々ではあります。

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紙の本

紙の本永遠の島

2001/06/16 09:45

概念としての「神」を模索?

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 萬月作品どれかの解説で読んだのだが、巷では評判がよろしくないらしい。確かに、暴力もセックスもたいして描かれていないし、強烈な個性的登場人物の血を吐くような痛みもない。これだけを読めば花村萬月という史上稀な作家の影も形も見えないのは事実かもしれない。萬月さんにはこんな作品を書いて欲しくない、という気持ちもわかる。

 でも、この作品は現在の萬月さんを知る上で絶対見逃せない作品だと思うのだ。作家本来の仕事は作品の中で新しい倫理を確立すること、とおっしゃる萬月さんは『ぢん・ぢん・ぢん』で既存の倫理をぶっこわした。でも、それは単なる前哨戦であり、本来の作業は芥川賞受賞作『ゲルマニウムの夜』から始まっている倫理の確立なのだと思う。
 『ゲルマニウムの夜』の感想でも書いたが、萬月さんの登場人物にはカリスマ性を帯びた人がかなりの確率で登場する。それらの人々は大なり小なり「絶対者」であり、周囲には殉教者が集っていた。が、いかに強烈なカリスマといえども所詮は人間なのだ。そのあたりに萬月さんはジレンマを感じていたのではないか? そこでひとつの概念として本作の「シマ」を登場させたのではないか。。言ってみればこれは実験作なのだ…。しかも「シマ」は子供で、成長している。不可解な現象の舞台となる大和堆は子供である「シマ」のおもちゃ…。これは神に翻弄される人間そのものじゃないか。おぼろげながらだが、萬月さんの神に対する感覚が見え隠れするような気がした。

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紙の本

紙の本川の深さは

2001/05/10 19:49

「亡国のイージス」へのホップ

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 読めばすぐわかるのだが、『亡国のイージス』『Twelve Y.O.』とほとんど同じ構図を持つ物語だ。劇画チックで荒唐無稽度を強烈に増幅させてしまう小道具をはじめとして、思想から筋立てまで驚くほど似通っている。それに加えて、若い男と共感する中年おやぢ、もうひとこと言うなら若い娘という人物配置までほとんど同じとなれば、この物語が持つ意味は一体何なのだろうか、と首を傾げたくなってしまう。2001年版「このミス」で10位に食い込んでいる作品だとしても。

 いうまでもなく、乱歩賞受賞以前に、同じ賞で最終選考まで残った作品である。三作の中では一番最初に執筆されたのだろうから、『亡国のイージス』をジャンプとするなら、『Twelve Y.O.』がステップで、この物語がホップと受け止めるのが正解なのだろう。などとつまらないことを考えてはみたものの、埋もれさせてしまうにはもったいない出来なのは間違いない。『Twelve Y.O.』を遥かに凌いでいる。お得意の気恥ずかしいまでの浪花節に加えて、肩に力の入った若さ感じさせる大仰な表現や台詞回しが目立って、もう、恥ずかしいを通り越して、ここまで徹底すればたいしたもんだ、なんて思ってしまった。

 でも、読ませるストーリィ展開だから、それなりには楽しませてもらったかな。なんのかんのいっても、結局、この人は作家として自分のテーマを持っているのだ。生意気な物言いになってしまうけど、この作者は書きたいことがあって作家になったのだと、改めて思った。だから、物語に力がある。『亡国のイージス』の成り立ちを考える意味では、読んで損はないと思う。

 ただ、今後の福井さんを考えるとちょっと不安になってしまいますね。『川の深さは』の路線は、『亡国のイージス』で完成されてしまったのだから、自分のテーマを今後の作品にどう活かすのか、発展させるのか。そうなったときは、必ず『亡国のイージス』と比較されるだろう。それとも、引き摺ったテーマから離れて、新たな領域へと分け入っていくのか。ガンダムは置いておいて、次回作を期待と不安をもって待ちたい。

 ところで、作中出てきたガーリック味ポテトチップ・ベーコン・トーストを試してみたのですよ。不健康極まりない食べ物だけど、これが意外とうまい。わが家では大人気でした。ただし、胃がもたれるのでおぢは一枚しか食べられないけど。明日のこの欄で、レシピ載せましょうかね。不健康な食べ物ほどうまい? だから、病気になるんだ、とは言わずもがな…。

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紙の本

紙の本愚か者の誇り

2001/03/24 05:28

香港ノワールを彷彿とさせる、クライムノヴェル

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 ペレケーノスの作品にはひとつのパターンがあるようだ。ラスト近くに物語の全てを凝縮したカチコミ(じゃなければ銃撃殺戮シーン)が用意されているのだ。これが物語最大の山場を形成しているのは言うまでもない。例に漏れず、この物語でもカラスとクレイの銃撃シーンが山場となっている。それともう一つ。カチコミが終わっても、物語はすんなりとは終わらない。蛇足じゃないか、というくらいに執拗にその後の人物を追いかける。読み方によっては、蛇足どころかこの部分にこそ作者の重いが込められているととれなくはないが…。とは言っても、三作しか読んでいないので早とちりかもしれないので。

 元来が、華麗なストーリィでグイグイ引っ張るタイプの作家ではないが、この前半部は特に退屈だったかな。暗いノワール的な雰囲気は良いのだけれど、悪党に凄みがないので軽く読み飛ばしている自分に気がつく。ラストまでずっとこんな調子で、集中が難しい作品だったが、随所に句読点のように出てくる映画『キング・サッカーマン』にはニンマリだ。読後、この物語の原題を見て更にニンマリ。『キング・サッカーマン』が原題だもんね。若干ストーリィに違いはあるが、ポン引き(あるいはその類)の末路としては、この物語を念頭に創作したのは想像に難くない。

 アメリカの犯罪小説を読むと必ず突き当たるのが、自分の身は自分で守るというか多分に敵討ち的意識を含んだ自警団的発想である。乱れてきたとはいえ治安の良い国で安穏と暮らしている日本人としては、胸を張るマーカス・クレイよりも、ディミトリ・カラスに共感できるかな。心の動きを見ても、この物語のディミトリの方が『明日への契り』よりもわかりやすい。それでも弱いんだな、彼は。

 ディミトリらは27歳。10年後を描いた『明日への契り』の方が、成熟した男たちのやるせない気持ちが横溢して、しかも密度濃く仕上がっているから、作品的には上だと思う。でも、この作品の雰囲気は一読に値すると思う。意味のよくわからない人物はご愛嬌ということで。

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