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旅歌さんのレビュー一覧

投稿者:旅歌

86 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

紙の本悲鳴

2003/06/17 19:36

正統派ハードボイルドの逸品

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 東直己といえば、札幌を舞台にしたハードボイルドというか、軽めの探偵小説を書いている作家、くらいの認識しか持っていなかった。読んだのは10年くらい前の、ビル・プロンジーニばりの名無しの探偵<俺>シリーズの『探偵はバーにいる』と『バーにかかってきた電話』のみ。読了当時はそれほど好印象を持たなかったのだと思う。『フリージア』とか『渇き』などを頂いていたのだが、開くことはなかった。それでも、前に自分のサイトで「ご当地探偵」などという企画を考えた時に、一番に東直己の札幌の探偵を思い浮かべたくらいだから気にはなっていたのだと思う。不覚でありました。こんなすばらしいハードボイルド作家を見逃していたなんて……。ただただ、不明を恥じるのみ。

 東さんって、こんな重厚な物語を書く作家だっけ? まだこんなことを言っているタワケなのだが、ともかく、この物語は良質なハードボイルド・探偵小説の条件を全て兼ね備えた傑作と言って間違いない。ミステリ的な趣も強く、ラスト間際まで全く予測不能の展開に翻弄される。着地点も良い。背筋に一本太い骨が入ったような作品。テーマは明確だが押し付けがましくない。さりげなく浮き彫りにして、さりげなく時代を切り取ってしまう作家的な円熟にまいってしまったのだ。

 作者が物語の中心に据えたのは、現代社会が生んだ闇である。一方の闇である心の闇を、他者からの疎外感というか、自らの価値基準に適わない他人に向ける情け容赦ない視線に集約して、その視線を投げる側と受け取る側からさりげなく分析してみせる。物語の発端となる調査を依頼した女性の闇が、単純な善悪の枠組みを超えて痛みを伴って迫ってくる。随所に優しさを感じさせるのが円熟たる所以。人間を見つめる目のなんと優しいことか。この優しい視線に支えられて、予測不能の物語がスピーディに展開する。

 「困ったもんだ」を連発する高橋を始めとした、クセの強い登場人物に混じって、探偵畝原のなんと普通で真っ直ぐなことか。この人物造型はすばらしい。畝原が娘と心を通わすシーンなど、ちょっとデフォルメがきついかな、と思わせる部分もあるが、エキセントリックな現代の良心と言えそうな畝原あってこその人物配置と言える。畝原の「普通さ」を際立たせておいて、なお、配置されたエキセントリックな人物たちを受容してしまう懐の深さ、というか人間的な深みが最大の魅力なのだ。噂に聞く作者ならではの洞察力といえそうだ。

 ストーリィの転がし方もすばらしい。札幌のあちこちに脈絡なく放置される死体の手や足。目的は? つながりは? 一見バラバラに見えた事象を緩やかにつなげる展開は見事の一言。これらに、またさりげなく札幌の情感豊かな描写が被さって、なんとも豊かで味わい深い小説空間になった。そしてタイトルとなった「悲鳴」。今ひとつ、テーマとのつながりが弱いような気もするが、もうひとつの闇の犠牲となった無垢の人々の叫び、あるいは他者との関係が脆弱になってしまった現代社会への警鐘、とでも読めばつながるか。ちょっと強引かな(^^;;;。

 備忘録も兼ねて付け加えると、作者の作品群の中では、<俺>シリーズとは別の探偵・畝原を主人公としたシリーズの三作目にあたる。畝原登場作が『渇き』(勁文社〜これはぼくの本棚に積んである……嗚呼)、第二作が『流れる砂』(角川春樹事務所)らしい。遅ればせながらこれから読みます。良質ハードボイルド・探偵小説を読みたいという人には絶対のオススメ。

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紙の本

紙の本堕天使は地獄へ飛ぶ

2003/06/17 17:10

『ブラック・ハート』に比肩する傑作

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 ロス市警のハリー・ボッシュ刑事を主人公とするシリーズも本作で六作目。過去五作では『ブラック・ハート』がシリーズ最高作だと信じて疑わなかった。しかし、シリーズ六作目にして、とうとう『ブラック・ハート』に比肩する作品が登場した。ノン・シリーズも含めて平均点の高い作者の作品群の中でも、密度の濃さ、読み始めたら止まらないリーダビリティの高さ、緻密な捜査ぶり、時代性、物語の設定などなど、どれをとっても一級品の傑作だ。

 戸惑ったのは、一時の感情に流されず、噛んで含めるボッシュ刑事の大人ぶりというか成長ぶり。いつの間にか部下ふたりを持ってチームを率いている。一匹狼じゃないのだ。実は変わらず孤独なんだけど、ボッシュが諌める側に回るなんてね。あの切れるような内面を露出させたボッシュも良いけど、こっちのボッシュもかなりイケてる。ラスト間近、「正義」を翻弄する「政治的判断」に打ちのめされつつ、ボッシュは抑えきれない衝動に突き動かされる。そして、堕天使の羽ばたく音を聞いたボッシュの正義。決意。これを読まずして、ボッシュの後続作品は絶対に語れないだろう。

 ロス市警と係争中だった人権派黒人弁護士エライアスが殺害される。誤認逮捕と取り調べ中の暴力沙汰(ブラック・ウォリアー事件)の公判を間近に控えた警官が犯人かと上層部は色めき立つ。このデリケートな事件の捜査責任者に任命されたボッシュは、あろうことか仇敵の内務監査課刑事をチームに加えることを強要される。市警上層部の「政治的判断」の枷を嵌められつつ、「正義」を貫くため精一杯巧みに泳ごうとするボッシュ。しかし、先のロドニー・キング殴打事件とO・J・シンプスン裁判がロス市警に与えた影響は半端ではない。捜査の妥当性、証拠の正当性をとことん求められるのだ。手順に拘る姿はとても奇異なのだが、確実に悪を葬り去るためにはしかたがない。ロス市警の現場の捜査員は手かせ足かせを嵌められ、不自由な捜査を強いられる。もちろん、ボッシュも同じだ。

 更に、ブラック・ウォリアー事件の元となった、少女誘拐殺害事件の真相解明に乗り出したボッシュが味わう八方塞がりのジレンマ。更に更に、事件が引き金となってマイノリティの鬱積された不満が噴出する。暴動寸前のロス。十重二十重の袋小路でボッシュは「正義」と「政治的判断」の狭間で揺れる。まだまだ、細かい枷はいろいろある。ときには枷を味方にし、ボッシュの捜査は冴え渡る。この「政治的判断」を苦渋ながらも受け入れるボッシュの姿が、ボッシュ大人説というか成長説の根拠。捜査を盾に迫るアーヴィングに屈するのは、やっぱり悪を憎むが故なのだ。

 最初の一ページを読んだが最後、あっという間に物語に引きずり込まれ、一ページたりとも退屈させられることがない。未曾有の密度の濃さだ。ボッシュ・シリーズにつきまとっていた、ボッシュの内面を掘り下げる内向的な雰囲気が払拭され、警察小説本来の捜査に重きを置いたのも好感が持てる。もしかしたら、作者の内面に何か変化があったのかもしれない。まあ、そんな邪推は捨て置いて、シリーズ愛読者は当然のこととして、今までボッシュ・シリーズを敬遠していた人も、別の理由で読んだことのなかった人も、ともかく、一度手に取って欲しい。

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紙の本

紙の本シティ・オブ・ボーンズ

2003/06/16 11:20

ボッシュよ、何処へ

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 現代最高(私見)のハードボイルド・シリーズ数えて八作目。派手さはないが、死後二十年を経て発見された少年を巡って、深く静かにボッシュの捜査が描かれる。見逃せないのが、『堕天使は地獄へ飛ぶ』で姿を表した一皮剥けたハリー・ボッシュ。痛々しいまでにパートナーに気を使い、事件関係者に気を使う。この優しさがボッシュの本質をあらわしている。セリフの端々ににじみ出る人生への深い洞察と哀感と愛情に満ちた視線は、あのボッシュから発せられればこそ、その深みもまた違った形で迫ってくるのだ。

 シティ・オブ・ボーンズ…。骨の街、骨の上に建つ街。たとえば、エディンバラの一匹狼ジョン・リーバス警部の周囲には、現世に未練を残したまま逝ってしまった者たちの亡霊が群がる。リーバスは彼らの無念を背負って生きてゆく。リーバスとボッシュはほぼ同年代のはずだ。思いは同じか。数千年の間、変わらぬ人間の性(さが)と積み重ねられた骨の上に建つ街、天使の街ロサンゼルス。シティ・オブ・ボーンズ。味わい深い小説だった。

 コナリーといえば、二転三転するケレン味たっぷりのストーリィが大きな特徴だ。解説で訳者がどのように否定しようともそれは間違いない。二転三転したのち、ラストに待ち構える大ドンデン返し。ミステリ・サスペンス小説としては王道なのだろう。その意味では、コナリーは平均点の高い作家であり、多少のあざとさはテクニックでカバーしてしまうソツの無さも兼ね備えていた。最近作はちょっとウデが落ちたような気もするが、派手な舞台装置とナイフのようなボッシュの内面によって薄紙をかけるように読者を翻弄していた。

 ニュー・ボッシュお披露目となった『堕天使は地獄へ飛ぶ』にも沸点すれすれのボッシュの叫びがあった。しかし、この作品は違う。地味な田舎町を舞台にボッシュは静かに捜査を続ける。出会う人々に優しい視線を投げかけ、人々に自らを投影し、苦悩する。諦観とは違うかもしれない。しかし、ボッシュは確かにある境地に達した。う〜ん、諦めたわけではないな。対極の立場を認めた上で、自分はどこにいるべきなのか自問している。結果として、この作品も大きなターニングポイントになった。自分はどこにいるのか、どこにいるべきなのか。透徹した目で己と向き合うボッシュの姿が感動的だ。

 お約束の内務監査と恋愛が、どこか「儀式」めいていて今ひとつしっくりこないのが居心地悪い程度。ハリー・ボッシュと聞いただけで、気もそぞろになる大ファンなので先が気になって仕方がない。というか、ボッシュ・シリーズの場合は毎回がそうなのだが。

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紙の本

紙の本悪魔の涙

2001/08/07 06:01

うまさとあざとさほど違う強引さ

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 『静寂の叫び』の感想でも書いたが、最近のジェフリー・ディーヴァー作品を解く鍵は「共感」なのだと思う。『ボーン・コレクター』では、リンカーン・ライムとアメリア・サックス。あるいはライムと犯人。『静寂の叫び』では、人質と犯人、犯人とFBI交渉担当者、交渉担当者と人質。その「共感」が通り一遍ではないサスペンスを生み出す。つまり「共感」したがゆえの心の枷が、時間的サスペンスの外周に二重三重のサスペンスを作り出すのだ。ディーヴァーの最近作の多くがプラトニックな恋愛を描くのにはこういう理由がある。男性キャラと女性キャラが「共感」すれば、おのずと恋愛に形を変えるだろうから。

 この図式をこの物語に当てはめると、主人公である元FBI文書部の責任者で文書検査士のパーカー・キンケイドと息子のロビー。パーカーとFBIのマーガレット・ルーカス捜査官。パーカーと犯人にもある意味の感応があるだろうから含んでもいいだろう。押し寄せるタイムリミット・サスペンスに、これらの枷が被さる。が、果たした役割はそれほど大きくない。作者が仕掛ける罠にもある程度予測がついてしまうし。それよりも何よりも、惹かれあうパーカーとルーカス捜査官に、「おいおいまたかよ」ってな感想を持った時点で、この物語に対する評価は決まってしまったのかもしれない。

 とっかかりは『ボーン・コレクター』と同じ。リンカーン・ライム=パーカー・キンケイド。“元”の立場で事件に絡んで……。とても似通っている。残念ながら、パーカーにはライムほどの際立った造型はない。サスペンスを煽る肉体的ハンディはないが、二人の子供たちに注ぐ愛情と、離婚した元妻との親権を巡っての争いが物語にアクセントをつける。ルーカス捜査官にはアメリアに勝るとも劣らない背景があるが、アメリアほど抽んでた人物造型ではない。パーカーの子供に対する一本気な愛情がとても気持ち良い程度かな

 二転三転する展開はさすが。だが、あまりに強引。犯人が死んでこんなにページが残っているなんてどういうこと! それからはあれよあれよと作者の独壇場だ。なるほど、それなりに伏線を張ってあって周到に練られているが、少々都合が良過ぎる。っていうか、全体が作り物めいて、どうも物語に入りきれない。作為的過ぎるのだ。「ディガー」の独白が原因かも。ほかにもいろいろあるんだけど…。ちょっと今回は作りすぎましたね。これは悪い傾向jだと思う。作家としてのピークを過ぎたかな。

 ただし、シリーズ物好きな旅歌は、このふたりの行く末に興味津々ではあります。

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紙の本

紙の本コフィン・ダンサー

2001/08/07 05:58

鼻につきはじめたディーヴァー・サスペンス

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 リンカーン・ライムという究極の安楽椅子探偵を創出して読者を仰天させた作者が、前作『ボーン・コレクター』の面々を再登場させて描くシリーズ第二弾。巻末の解説によると、二作目以降はシリーズ作品を書かないと明言していた作者だが、あっけなく前言を撤回して既に三作目を書き上げ、この後も一作おきに著していくらしい。シリーズ物好きの旅歌としては喜ばしいこと、と言っておきましょう。

 前作を読めば誰だって危惧してしまうシリーズ第二作である。リンカーン・ライムのインパクトも無ければ、微細証拠物件というミクロの証拠から推理する新鮮味もないのだから。正直言って恐さばっかりが先にたって、全然期待はできなかった。思いっきり悩んだであろう第二作をサラリと著してしまう作者には、怪物じみた職人作家の魂の抜け落ちた小手先作品との先入観を抱いてしまったし。あるいは、思いっきりビジネスライクな商売人としての横顔とか。

 結論からいえば、まずまず及第点といったところでしょうか。あの『ボーン・コレクター』の続編として、同列で論議するのは土台無理な話だと思う。しかし、確かに作者の豪腕ぶりは顕著ではあるが、二作目をこの程度のトリックでまとめえたのは、類稀なサスペンスの書き手としての資質をいまさらに十二分に見せつける結果として歓迎すべきだと思うのだ。少々後味の悪い読後感は拭い去れないけど。

 前作よりも劣ると思ってしまったのは、ディーヴァー型サスペンスに慣れてしまったせいもあるのかな。ぶっとびのトリック(ここで○○トリックと言い切ってしまえないところがつらい…)も、流して読み直してみれば齟齬はないからこれはこれで良いのでしょう。お得意のタイムリミット・サスペンスと、微細証拠物件から推理する、読者に挑戦するかのようなパズル的おもしろさと、四肢麻痺のライムの手足となる人形ではない意思を持ったアメリア・サックスとの二人三脚とか、ともかくおもしろさはてんこ盛りであります。

 出色だったのは、ダンサーによって爆弾を仕掛けられた飛行機がデンバーに着陸するくだり。このシーンは数あるディーヴァーの名シーンの中でも、指折りに数えられることでしょう。

 いつもディーヴァー作品の感想で書いているキーワード「共感」が、今回もふんだんに盛り込まれている。作者の作品の場合、男女間の「共感」には押しなべてプラトニックな恋愛感情が含まれるのだが、今回はもうちょっと根源的な「共感」があって、それこそ「共感」できました。この女性パイロット兼女性社長はとても良いですね。こんな女性を描ける作者に敬意を表して0.5点サービスで4点を献上してしまいました。

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紙の本

紙の本ボーン・コレクター

2001/08/07 05:57

究極の安楽椅子探偵登場

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 これは傑作だ。主人公の人物造型からしてが吃驚仰天なのである。元NY市警中央科学捜査部長で犯罪学者のリンカーン・ライムは、捜査中の事故で首から下の全身が麻痺している。かろうじて動かせるのが左の薬指のみという重度の身体障害者なのである。彼が、稀代のサイコ・キラーと自らの頭脳のみを駆使して対決するというんだから、名実ともに究極の安楽椅子探偵といえるだろう。そして、彼の手足となって脇を固めるのが、万年巡査の娘アメリア・サックス。裏の(ホントは表?)主役といえそうな彼女の成長ぶりとライムとの交流が、物語のひとつのポイントとも言えそうだ。

 その障害ゆえ、人生そのものに絶望しているライムはある選択をしている。これがもうひとつのドラマ。一方、サックスにも大きな精神的外傷がある。サックスのトラウマゆえの癖と、類まれなる美貌のアンバランスさがミステリアスで魅力的な人物を作り上げている。そして、ある意味似たもの同士のふたりが築き上げる不思議な関係。多少の甘さはあるものの、このあたりはエンターテイメントを知り尽くした作者のさすがの処理が光っているのだ。こういった生きていく上でのジレンマのほかに、捜査上でのジレンマもある。自ら動けないライムの焦燥、手足となって両面からライムの薫陶を受けるサックスの戸惑い、苛立ち、そして意外な方向から繋がってくる犯人。これはもう見事というしかない。さまざまなジレンマが生み出す極上のサスペンスをじっくり味わっていただきたい。

 サイコな犯人像に少々難ありとは思う。でも、そのほかには目立った曇りは見受けられない。中だるみ気味かと思われた中盤あたりも、読み終わってみればハイテンションの連続で疲れた脳味噌には心地よかったくらいだ。サスペンスでは常道といえる時間的なリミットが、これでもかと無理のない波状攻撃を仕掛けてくる。読者は疲労を感じるほどの緊張を強いられるだろう。テンションは上がりっぱなし。豊富な物的証拠に支えられた、裏方の地道な捜査によって積み上げられる犯人像と、それによって導かれるライムの驚異的な推理がバランスよく配置される。サイコ・キラーとライムの知恵比べが無類のサスペンスを生み出すのである。

 他の人物たちもキラリと光る連中ばかりだ。ちょっと残念だったのは、カメレオン=フレッド・デルレイかな。もうちょっと踏ん張って欲しかった。起承転転転転結の末迎えたラストでのライムの執念。う〜ん、ごちそうさま(^o^)。ホントに楽しませてもらえました。サスペンスの王道でございました。

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紙の本

紙の本静寂の叫び 下

2001/08/07 05:54

ハンディッキャップと共感のサスペンス

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 この作家の大きな特徴は、ハンディ・キャップを持つ人々を物語の中心に据えることだろう。そのハンディが無類サスペンスを生み出すことは言うまでも無い。凄いところはそれのみに終わることなく、自らのハンディと痛ましくも健気に折り合いをつけようとする姿を存分に描いた上に、更に関わる者の内面とシンクロさせることによって不思議なドライブ感を生んでいくことにあるだろう。『ボーン・コレクター』では、リンカーン・ライムとアメリア・サックス。この物語では、アーサー・ポターとメラニー・キャロルだ。だが、ラストは少々やり過ぎで無理があるなぁ。

 これらを解き明かすキーワードは「共感」だ。人質と犯人、犯人と交渉担当者、そして交渉担当者と人質。この図形はさまざまに形を変えて作品に登場する。そういう意味では非常にヒューマンな作風なのだね。

 もうひとつの特徴は、抜群の人物造型とその描写にある。特に女性には抜群の筆力を示す。『ボーン・コレクター』のアメリア・サックス然り。映画でいうシャレードというか(ちょっと違うか…)、説明に陥らずに肉付けをするのがものすごくうまいのである。雪原を転がる雪玉のように、少しずつ大きくなっていく過程を暗黙のうちに理解させてしまうのだ。そして、その人物たちが苦悩しながらも未熟な者は成長し、自らに限界を感じる者は己を再発見していく。この物語では、FBIのポター捜査官と教師のメラニーがそれにあたる。

 人物造型のうまさは善玉だけでなく、悪玉にも十分に発揮される。この物語の脱獄犯ルー・ハンディは、数ある悪玉の中でも出色の出来じゃないだろうか。『ダーティ・ホワイト・ボーイズ』のラマー・パイと双璧と言っても過言ではないほどの悪玉だと思う。単なる極悪党ではなく、ミステリアスな一面を持ち合わせた魅力を持っているのだ。

 加えて、筋立ては大胆で緻密。『ボーン・コレクター』より落ちるかな、と思うのは、首を傾げて唸り声を漏らしてしまったラストと、より以上に安易と思う犯人の某人物と、設定が設定だけに少々中弛みが目に付いてしまったことくらいだろうか。FBIの人質救出交渉は非常に新鮮で、アメリカが関わったいくつかの事件を思い出しもした。でもねぇ、現実にはこんなにうまくいかないよねぇ。

 抜群の人物造型力に巧緻なプロット。こりゃ鬼に金棒だな。今更で申し訳ないんだけど、当分目が離せませんね。

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紙の本

紙の本眠れぬイヴのために 上

2001/08/07 05:53

ワンアイディアに頼った冗長な駄作

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 どう好意的に捉えても、これは冗長というものでしょう。その上、冒頭から視点があちこちに飛びつづけるため、読みづらいことこの上ない。何度投げ出そうと思ったことか。しかも、読み終えてみれば予想通りのお話。ここまで引っ張ったんだからと、大逆転の大逆転を期待したのにこの程度なんて…。これだけの物語をここまで引っ張られちゃあ疲れも倍増するってもんです。適切な長さってものがあるでしょう。たった一晩の話なんだから、ここまで長くするなんて土台無理な注文なのだ。読み進むにつれ、あまりの思わせぶりにサスペンスがどんどん薄れてしまった。このアイディアは果たして、これだけの長さに耐えるものだったのだろうか? ラストだって、少なくとも驚天動地じゃあないよ。

 ハンディキャッパーを主人公に据える作者。この物語では、精神分裂病患者を中心に据えるという難しい物語の舵取りを、細い尾根を縦走するがごとくに展開してはいる。このマイケル・ルーベックという分裂病患者の人物がとてもおもしろいのだ。心理面も読ませる。しかし、他の人物たちがいただけない。ヒロイン姉妹の設定も確執も幼児体験も、どうにもありがちでときめかない。どうせこうなんだろう、と思ったらその通りで、そっちにびっくりしたくらい。

 テクニックに走り過ぎなのだ。過渡期だったのだろう。そのわりには異様なムードが物語全体を包んでいて、それはそれで好きな人には受けるかもしれない。なんといってもこの後、傑作『静寂の叫び』を生み出す作者なのだから。

 少なくともこの作品を読むとき、『静寂の叫び』や『ボーン・コレクター』を望んではいけない。ムードはたっぷりとある作品だから、展開が遅いとか思わせぶりすぎるとか余計なことを考えずに、この異様なムードにどっぷりと浸って心を平らかにして読むことをお奨めします、ハイ。

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紙の本

紙の本死を誘うロケ地

2001/08/07 05:51

都会的でソフトなハードボイルド。サスペンスの名手の片鱗。

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 なんとも救いようのないタイトル。こんなタイトルからどうしようもない内容を類推したとしても、それは読者の罪じゃない。作者の旧作は外れっぱなしなので、最初からかなり構えて読んだ。結果、それが良かったのかもしれない。『ボーン・コレクター』や『静寂の叫び』のディーヴァーを期待して読めばがっかりするだろうが、『汚れた街のシンデレラ』のディーヴァーと思って読めばそれほどがっくりはしないのだ。とても手堅いプロットで、意外性まで含めてラストまで目が離せなかった。この作品なら『ボーン・コレクター』のディヴァーがほの見える。

 タッチや主人公の設定などは、純正ハードボイルドといっても良い作品だ。この題材をハードボイルド作家が書けば、臭みたっぷりの泣きのハードボイルドに仕上がったことでしょうね。ところが、ディーヴァーが描くとそうはならない。舞台はド田舎なのに、肌触りが都会的でとてもソフトなハードボイルドに仕上げているのだ。唐突な人物の出し入れとか、不可解な場面展開などが少々見られるが、全般的にはそれなりに出来た作品だと思う。ただ、ハードボイルド好きから見れば、ちょっと物足りない。もっともっと勿体つけてドラマを盛り上げても良かったと思う。主人公の来歴なんか見せつけるのが遅すぎるし。たぶん、問題があるとすれば構成なんしょうね。

 その難ありの構成のためか、最近作であれだけ読者手玉に取った作者であるにもかかわらず、後半部の山場に差し掛かってもサスペンスは盛り上がらず、ページを繰る手はノロノロのまま。展開を早くして、無駄を省けばもっともっと良い作品になったのに…。前半部の妨害も手ぬるい。もっと執拗な妨害をさせるなくっちゃ。ああ、あれは妨害だったのかってあとから気付いたくらい。読書中に、今のディーヴァーならこうしたのになぁ、と何度思ったことか。悪意なのか、何なのか…主人公の五里霧中のジレンマはわかるんだけど、主人公側からの描写と一種倒叙物的な描写のバランスと含みが少ないので、体制側憎しの判官びいきもなかなか盛り上がらない。中途半端。もう一ひねりした構成ともうちょっと人物に緩急をつければ、数段記憶に残る作品になったと思う。だが、現在のサスペンスの名手ジェフリー・ディーヴァーの萌芽が見えるのは事実。ディーヴァー愛読者なら読んでおいて損はないと思う。

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紙の本

紙の本汚れた街のシンデレラ

2001/08/07 05:48

ブレイク前の作者。印象的なヒロイン

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 最近作から旧作へと遡って読み進んでいくときは、下手な期待をしてはいけないものだ。特に最近作でいたく感激した場合は尚のこと。ぼくの場合、ジェフリー・ディーヴァーはまさにそれ。初めて読んだのが、1999年に大ブレイクした『ボーン・コレクター』で、わかっているくせに『眠れぬイヴのために』なんてえらく疲れてしまったしね。

 そんな理由から、まあ、かなり構えて色眼鏡で読んでしまったわけだが、それほど悪くなかった、というのが読後の正直な気持ちだ。ただし、『ボーン・コレクター』や『静寂の叫び』のディーヴァーはここにはいない。ヒロインの人物造型に類まれなる才能を見せる、現在の作者の片鱗を多少なりとも垣間見ることができる程度。それにしても、やはり最近作ほどの深みはないし、ヒロインの外見から入り込むという常套的な手段をかなり極端に使っているから、ヒロインの好き嫌いが即作品の好き嫌いにつながってしまいそうだ。ぼくの場合、まあ、可もなく不可もなくというところ。
 ヒロインはパンクファッションに身を包んだ20歳の女の子ルーン。このヒロインから見たファンタスティックなニューヨーク描写が結構おもしろい。一言でいえば、恋あり、友情あり、冒険あり、の青春ミステリかな。これに殺人事件と、それにまつわる宝探しがからんでくる。こういうの苦手な人はとことん嫌いでしょうねぇ。

 筋立てはなかなか凝っていて、油断していたぼくは最後にあっ! と声が漏れてしまったんだけど。これも実は反則っぽくい。ぼくの読解力不足と、見落としのせいかもしれないけど…。う〜ん、、安物のハリウッド映画みたい、とまでは言わないけど、やっぱり今の作者からすれば全然物足りない。登場人物ひとりひとりの内面に入り込んでいかない。ヒロインの女の子は、いかにもオヤジ作家が好みそうなキャラで、救いようの無いバカに見える…(^^;;;。

 ご贔屓作家だから読んだんだけど、それ以外の人には薦められませんね。少なくとも、ヒロインのルーンは掃き溜めの鶴には見えなかったし。ルーン物はシリーズであと何作かあるみたいだから、それも含めて訳されているものは全部読むつもり。ひとりの作家の軌跡を辿る意味ではいいのだけど。

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紙の本

紙の本囚人捜査官

2001/08/07 05:42

究極の潜入捜査サスペンス

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 『警察署長』の露骨なまでのアメリカ賛歌に辟易して、作者からちょっと遠ざかってしまった。『草の根』も、解説のこぶ平オススメの『ニューヨーク・デッド』も『サンタフェの裏切り』もみんな仕入れてあるのだが。たった一冊読んだだけで、スチュアート・ウッズさん=右翼(^^;;;との図式が出来上がってしまったのでした。全くお恥ずかしいばかり。懺悔というわけではないが、この作品は誉めちゃいますね…(^^;。

 設定、人物、ストーリィテリング…、どれを取っても一級品だ。ちょっと軽すぎやしないか、と思わず目くじらを立てたくなるほどのサービスぶり。一度開いたら決して本を閉じることのできない、果てしなく続くジェットコースターノヴェルだ。特に、後半に入ってからは心臓に良くない場面が続く。心肺機能に問題のある人は避けた方がよろしいかも。結末の見えるサスペンスには違いないが、そんなことは先刻承知。結末に至るまでのディテールの積み上げ方と工夫と、主人公の人物造型がお見事なのである。

 お約束のヒーローの恋愛が安易過ぎるとか、意外と脆い敵にがっかりするとか、後半のチェイスが簡単すぎるとか(空中戦を期待したのだ(^^;;;)、主人公のアンチヒーローぶりがちょっと半端だとか、敵味方がはっきりし過ぎて人間関係に捻りがないとか(これには恋愛が被る)、もうひとりの敵も随分脆くてひ弱だとか、この捜査官はできすぎだとか、それに絡んでたった数ヶ月で中枢に入れるなんてよっぽどの人材難なのだねぇとか……、不満をあげつらえばきりがない。でも、どれもこれも適度というか…、ほどよくサスペンスしてるのです。充分とは言い難いが、かなり満足できる出来栄えだと思う。もちろん、更なる捻りを加えればもっとおもしろい作品になったとは思うが。

 元麻薬取締局捜査官で濡れ衣を着せられて服役中のジェシー・ウォーデンが潜入捜査する先は、武器密売の疑いのある新興宗教の教団だ。教祖はベトナム戦争の英雄。今日的なうまい設定だよね。しかも、潜入捜査しつつ濡れ衣を着せた相手に復讐も忘れない。結局、名より実を取るのだね。それなりのカタルシスが用意されていて、それなりにスカッとさせてもらえる。前述の不満さえ我慢すれば、かなり楽しめるのでは…。映像向きの作品でもあるから、誰か映画化しませんかね。おもしろい映画になると思うんだけどな。

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紙の本

紙の本サンタフェの裏切り

2001/08/07 05:39

奇想天外だが、かなり強引

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 ウッズさんて、こんな作品も書いていたのですねぇ…。豪腕ウッズなどと言われるのも頷ける気がする。強引強引。

 奇想天外なアイディアに溢れたストーリィではあるが、あんまりにも突飛過ぎるかな。都合の良い主人公の記憶喪失の原因も追求されないまま、いい加減に物語が進んでしまう。ただし、思いっきり奇を衒ったストーリィではあるが、よくよく考えるとある程度納得できる(気もする)展開だから、危うい稜線上をフラフラしながらも意外と確かな足取りで歩いているような印象だ。確信犯なのですね。わかっていても、ラスト間近になってG難度の荒技が飛び出したときは思わず目を覆ってしまったけど。それはないでしょ、ウッズさん。伏線について一回だけ言及しているが、これはもうご都合主義以外の何者でもない。調子良すぎますよ。

 登場人物も相変わらずの上流階級趣味。主人公のウォルフ・ウィレットが、あのデラノの出身というあたりにちょっとニンマリした程度だろうか。本来なら最も力を入れねばならない、稀代の悪女であるジュリアに焦点を結び難いのが最大の欠点かもしれない。これだけ突飛なストーリィを創ったのだから、人物にもっと力をいれて欲しい。ジュリアが、生唾を飲み込むような悪女ぶりをもっともっと見せ付けていたら…。あるいは、反対に誠実なジュリアをきっちりと描いておいて、読者の裏をかいてドスンと落とすとか。物語の着想から、執筆までの熟成が足りないような気がしてしまうのだ。

 申し訳ないが、かなり力のある作家が、何か他の仕事と平行しながらやっつけ仕事で書き上げたような印象。とりあえず、あれとこれと…って要素を揃えて、ストーリィを組み上げただけ。こんなのばっかり書き続けていたら、ファンは逃げちゃうんじゃないかな。あまり見るところのない作品でありました。

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紙の本

紙の本ニューヨーク・デッド

2001/08/07 05:37

玉手箱のようなストーリィ

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 縦横無尽なストーリィ。息をもつかせぬスピード感で語られる物語に翻弄された。敵か味方か、味方が敵か。渦巻く疑惑のど真ん中で、主人公のニューヨーク市警殺人課刑事のストーン・バリントンは苦悩する。バリントンの設定がうますぎてと言うか、少々上流階級趣味が高じすぎて感情移入し難くなっているのは残念だが、ハリウッド映画のヒーローと考えれば十二分に通用しそうだ。股間からタラリと汗を流して欲望に翻弄されるバリントンは理解できるかな。わかっているんだよなぁ。しかし…、理性じゃ抑制できないほどの強烈な性欲に支配された主人公にしか感情移入できないなんて…。

 玉手箱のようなストーリィ。冒頭、バリントンが高層マンションから落下する女性に遭遇する。その女性はテレビの人気キャスター、サーシャ・ニジンスキーだった。彼女は一命をとりとめながらも、救急車で搬送中に消えてしまう。こうして始まる物語はアイディアに満ちている。作中、大小さまざまな仕掛けを幾重にも張りめぐらして、読者が真相に近づくことを拒む。最後まで予想がつかない。良いことづくめではあるが、う〜ん、あまりの手練手管に少々呆れ気味ではあるかな。中盤で全く別の物語が始まったかと思うほどの急展開。意外な点から前半部へと線が引かれる見事な展開なんだけど、中盤以降の主人公を巡る物語が、あまりに都合の良過ぎて首を傾げたせいでありましょう。

 宮部みゆき『火車』みたいに、登場しないヒロインを周囲から浮き彫りにするのかと思ったらさにあらず。モジュラー型の警察小説かと思ったらそうでもない。あくまでもバリントンに拘る。やっぱ、鼻につくなぁ、この主人公。タイトルから類推される都会の孤独というか、そのあたりもちょっと希薄かな。
 でも、嫌いじゃない。重厚さとか深みとか、そりゃあもう『警察署長』に譲りますが、ハリウッドもどきのおもしろさだけなら敵じゃないですね。豪腕ウッズの真骨頂なのでありましょう。こういう作品はなんだかんだと難癖をつけず、素直な気持ちで読むことをオススメします。それにしても、もうちょっと主人公が感情移入しやすいと良かったんだけど。

 因みに、ぼくはこの本を読書中に二回電車を乗り過ごしました。一駅乗り過ごして、戻る電車で更に一駅乗り過ごしてしまった…(^^;;;)。

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紙の本

紙の本警察署長 上

2001/08/07 05:35

良くも悪くもアメリカ的な

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 良くも悪くも、とてもアメリカ的な小説と言えそうだ。自らを振り返ることにかけては、他国の追随を許さないアメリカ的良心の物語。舞台はアメリカ南部、ジョージア州の架空の田舎町デラノ。1919年から1963年にかけて、当地の警察署長を勤めた3人の人物を通して、アメリカ近代史がひもとかれる。1920年代、40年代中盤、60年代初頭と、おおよそ三つの年代に集約されて描かれる最大の問題は人種(黒人)差別問題だ。これが圧倒的なドラマ性をもって描かれる。南部の雰囲気、匂い立つ肌触りは驚きの一言だ。すでに評価の定着している物語だから、改めて説明の必要はないかな。

 時代の流れを見つめるのは、デラノの成り立ちから見守ってきた、銀行家のヒュー・ホームズである。清濁併せ持つこの政治家の動きが、いずれの場面でも事を左右する。この人物こそが旧弊のアメリカそのものと言えそうだ。そして、物語は一点に収斂していく。凄いぞ、、後半は息苦しいほどだ。もちろん、物語の帰結はある程度想像できるのだが、それでもサスペンスは否がうえにも盛り上がる。ページを繰る手が止まらない。そしてラスト。自ら画策した変化が一人歩きし、御しきれないほどの大波となって飲み込まれようとする寸前、ヒュー・ホームズは初めて自然体となった。デラノ開発と発展の末に迎えたこの結末は、非常に暗示的で象徴的だ。この皮肉な結末がまたアメリカ的。考えれば考えるほど奥が深い物語だ。

 だが…熱狂して読み終えてしばらくすると、少々の悪臭も漂ってくる。アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための小説。偽善的と言っては言い過ぎかもしれないが、鼻についてしまうこともかなりあるのだ。そう思い始めると際限なく思いは巡る。おもしろいには違いないけど、所詮自分たちの過ちを正したに過ぎないじゃないの。差別の根幹には踏み込まない。踏み込んだとしても、甘い。上っ面をなぞったような印象しか残らない。立ち向かう人間が政治的権力を持っているというのも気に食わないかな。ぼくは、こんな大上段に構えた小説よりも、トマス・H・クック『熱い街で死んだ少女』のような小説に惹かれてしまうかな…。あ、おもしろいんですよ。それはもう間違いなく。

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紙の本

紙の本黄金の島

2001/07/20 07:49

モラトリアムキャラ=真保キャラ炸裂

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 何が足りないんだろう。若干の中だるみというか、無用に長くしただけのような印象が濃い部分はあるにしろ、これだけの長編で飽きさせないストーリィ展開は見事だと思うし、選んだ題材も良いと思う。なのに、『ホワイトアウト』のような感動感涙もなければ、『奪取』のような爽快感もない。帯の惹句に「アジアン・ノワール」の文字を見つけたときに感じた悪い予感が的中してしまったようだ。この凄みの無い小説のいったいどこがノワールなのさ。編集者の見識の低さに驚くばかりだ。この程度のキャラにノワールなどと。まあ、それほどにノワールが流行りなのだと感慨も深いが。

 で、冒頭の疑問に戻るわけだが、登場人物の魅力不足、この一言に尽きるのではなかろうか。坂口修司と持田奈津である。特に坂口修司の中途半端ぶりはどうだ。なぜこのような魅力に乏しい人物を中心に据えたのか、まったく理解に苦しむ。持田奈津にしろ、アンビバレンツな魅力を醸し出してこその人物なのに、表層しか描けていない。じゃなければ徹するべきだろう。相変わらずの女性下手。鬱々とした内面描写も底が浅い。ベトナムでの坂口修司のモノローグは目を覆うばかりだ。なぜ、坂口は日本へ帰らなければならなかったのか。この渇望がベトナム人に紛れて全然伝わって来ない。周囲が言うほどの坂口の優秀さがまったく伝わって来ない。いっそ、浪花節の内面描写を全部省いて再構築した方が、出来の良い小説に仕上がったのでは? 連載終了後十ヶ月を経ての刊行のわりに、作者自身が物語を咀嚼できていないような気すらしてしまうのだ。あ、咀嚼しすぎたのか。

 ここで考えたのが、坂口修司や持田奈津に代表される、物質文明に犯されて人間本来の輝きを失ってしまった日本人と、幸福への渇望でギラギラするベトナム人たちを対比することに意味があったのではないか、ということだ。果たして、この渇望が物質文明の原点であるならば、やはり現在の人間の文明は間違っているのだろう。それどころか、人間の存在自体が危ういものになりはしないか。ラストシーンが暗示的だ。確かに警鐘を鳴らすような意味は汲み取れるかもしれない。しかし、欲望の虜囚たちを「アジアン・ノワール」の根拠としたのなら、いかに短絡的とはいえ幸福を希求する姿を否定したようで後味が良くない。物質文明に犯されているいるぼくらが、彼らベトナム人の行動に口は挟めないだろう。幸福とはいったいなんだろうか? これがこの物語のテーマなのか。精神論なんて、満たされている者のたわごと?

 それなりに楽しんで読めたが、同じアジアの途上国を舞台にした物語では、昨年船戸与一が直木賞を受賞した『虹の谷の五月』の方が数段良かった。テーマがはっきりとしていて潔くて、東南アジアの風俗描写ほかどれをとってもこの物語よりも良い。まあ、ラスト間近の大時化の海に翻弄されるシーンは迫力満点だったけど…。『ストロボ』で自らの原点を探った作者が、一歩進めて生の原点を探ろうとした作品ということだろうか。ジパング伝説を現代に模した問題作ではあると思う。う〜ん、しつこいけど、日本人とベトナム人の主客を逆転させた視点から描いた方が良かったのでは? どうも期待が大き過ぎたようだ。

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