健志さんのレビュー一覧
投稿者:健志
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紙の本テロリストのパラソル
2000/11/16 20:57
こなれた会話文に思わずニヤリ
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史上初の乱歩賞&直木賞W受賞作ということで、なにげなく冷やかし半分で読んでみたのですが、これが実に面白い! 冒頭から話に引き込まれ、一気に読み通してしまいます。
主人公はアル中のバーテンダー。公園の一角で、バイオリ二ストを目指す少女との会話から物語は始まります。女の子が去った後は、宗教の勧誘をしている青年との粋なやりとり。
そんな穏やかな風景が爆弾騒ぎで一転し、突如物語は重苦しい緊張感を帯びます。それまで静かに平和な暮らしをしていた主人公が背景の見えない事件に巻き込まれて、嫌がうえにも古い傷痕を穿り返され、物語は一気に加速していきます。
こうなると読者はもう目が離せません。主人公の過去を追う者たちによって意外な事実が次々と読者に提示され、と同時に爆弾事件の謎はますます深まっていきます。
複線は物語のあちらこちらに周到に用意され、それがラストに至る過程で一本の線に繋がっていくのも見事。もっとも、人によってはプロットが若干軟弱、もしくはラストに至るまでの流れが型にはまりすぎていると感じるかもしれませんが。
例えば、そのラストは人によっては意外性のある衝撃的の結末とはいえるものの、あまりに定番のトリックであるために、推理小説を読み慣れている人ならば薄々感づいてしまう可能性があります。
このあたりの感想は、各自の読書歴によって思うところも違ってくるのではないでしょうか。
むしろこの小説の面白さは、練られたプロットもさることながら、それを表現する文章にこそあると思われます。その短く簡潔な文章を繋ぎ、語りにリズムをつけるその手法は、まさにハードボイルド小説のためのもの。タイトで息が詰まりそうなほどの文章が、物語に緊張感と流れを与えます。
そしてなによりも会話文が巧い! 登場人物の台詞一つ一つに思わずニヤリとさせられることも多く、主役から脇役にいたるまで魅力に溢れた人物ばかりです。
冒頭からラストまで全く無駄のない構成に、誰もが一気に読んでしまうのではないでしょうか。あまりにテンポ良く話が進んでいくので、栞を挟む暇もないほどです。
エンターテイメント小説として、これほどまでに吸引力を持つ作品もそうざらにはないでしょう。自信をもって人に勧めることの出来る一冊です。
紙の本バースデイ
2000/11/16 19:28
『バースデイ』
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『リング』から『ループ』にかけての流れが良かった(予想外の面白さだった)だけに、完結編ということで期待していた『バースデイ』。ところが、読み終えて感じたことは、「蛇足」の二文字だった。
ちなみに、『バースデイ』には三編の中短編小説が収録されている。このうち、リング・ワールドの完結編としては最後に収められた「ハッピー・バースデイ」のみであり、前二編は『リング』からなる本編に対しての挿話、もしくは外伝ともいえるものである。
まず初編の「空に浮かぶ棺」ついては、『らせん』においてカットされた描写を切り取って短編小説化したものであって、あくまでこれは『らせん』を知っていてこそ読めるものだと思う。『らせん』の読者にとっては、その結末を知っているだけに怪奇的な雰囲気を味わえるものの、赤子が壁を登っていくシーンなど、むしろ滑稽さが感じられた面も多い。
次編の「レモン・ハート」は『リング』以前の山村貞子の物語であるが、「空に浮かぶ箱」に比べると短編小説としての完成度は高い。これだけでも楽しめる短編であり、『リング0』として映画化されたのも十分肯ける。
ただし、『リング』から『ループ』に繋がる本編における流れの上では、これもまた特に必要としない逸話であると感じるのは僕だけだろうか。もっとも、だからこそ作者も本編においては削除したのだと思われるが。
さて、最後の「ハッピー・バースデイ」だけは本編の『ループ』に続く物語であることから、前述の二編とは毛色が違う。
この短編をもって『リング』からなる一連の物語はひとまず幕を閉じ、『リング』の世界に接した読者に最終的な安堵感を与えるのは確かだろう。
とはいえ、物語の結末全てを説明してしまうのが読者サービスだとは僕は思わない。むしろ、物語のその後を想像する楽しみを奪っていることにより、僕のように不満に思う読者も多いのではないだろうか。
結局のところ『バースデイ』に収められた三つの作品は、映画でいうところの「未収録シーン集」に過ぎないのではないか。つい、出版社の商業的な思惑のみで綴られた物語——という邪推さえ生まれてしまう。
実に個人的な感想ではあるが、あくまで『バースデイ』はリング・ワールドのファンの為に編まれた短編集であり、ファン以外の読者にとっては特に必要としない巻であるように思う。
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