ロブさんのレビュー一覧
投稿者:ロブ
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閉じ箱
2001/06/04 02:12
論理の終焉たる狂気
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『氷雨降る林には』
濃密な薄闇。この作品には濃淡に彩られた闇が渦巻いている。到る所で予感に震えている。竹本健治が突き詰める狂気。それは著者自身の抱える闇とも思われるほど、痛々しい。一応、そう認知されているがおそらく彼は本質的にミステリ作家ではない。構築ではなく破壊に、論理の終焉たる狂気に、明晰の果ての混沌に、恐怖に悪夢に闇に、闇たる自分に突き動かされている。
ミステリらしき謎と解明は用意されているが、この作品がそれを描くために書かれたものではないことは明らかだ。人形めいた登場人物たちにリアリティなど一欠けらも感じさせない。だが、駒として操られる本格ミステリの登場人物とは一線を画している。本作の登場人物たちは死んでいる、腐り、膿んでいる。カタストロフを生むのは揺らぎではなく喪失でありその再確認だ。
“氷雨降る林には”誰もいない———ただ圧倒的な風景が確固と存在している。雨の音が轟いている。
『閉じ箱』
本格ミステリの約束事に対し、嫌悪感ともいえる拒否反応を示す竹本健治のミステリ観を端的にあらわした作品。
しかし、ここまで高度に洗練され、なおかつ剥き出しの鮮烈を以って迫る竹本健治のスタンスは本格というジャンルにとって必要なものであるに違いない。事象の不確定性を説く極めて数学的な思考が、やがては闇に吸い込まれ白い闇と名探偵の哄笑だけが残される。匣の外もまた匣によって閉ざされた世界なのだということを昏く描き出した、愛すべき佳品である。
『恐怖』
この掌編は竹本健治のミステリ作家としての資質と、幻想小説作家としての資質が高次元で融合した傑作である。「腐蝕」などで見られる悪夢としての恐怖ではなく、怪談としての恐怖を抽出することに成功している。
怪談における最も重要な要素が語り口にあることは論を待たないであろう。その鋭い結末もさることながら、語り部たる主人公の荒涼とした夜の砂漠を思わせる、のっぺらぼうな語り口がこの作品を遥かな高処へと押し上げている。
もっとも、竹本健治の文体はこの作品に限らず鬱々とした陰りを醸し出す稀有の文体ではあるのだが。
佐伯千尋シリーズを貫いているテーマは言うまでもなく、アイデンティティの崩壊である。竹本作品には繰り返し扱われるテーマではあるが、このシリーズにおいては一つの法則性をも見出すことができるほどに共通した手法が採られている。つまり、一種の叙述トリックとでもいうべき効果である。その目的が意外性にあるのではないにせよ。
『実験』では最もオーソドックスにこの手法が取り入れられている。とはいえ、作者はカタストロフを隠そうとはしていない。むしろ、読者に悟られることを前提として書かれているといっても良いだろう。そして、読者が味わうのはいつ主人公がそれに気付くのかという緊張感である。この手法が採られることによってアイデンティティの危機は湿度をもって読む者の肌に迫るだろう。
長編「闇に用いる力学」の原型である『闇に用いる力学』は叙述トリックの域を越え、ホラー版「匣の中の失楽」といった様相を呈している。反転を繰り返す世界は一体誰が見ている夢なのか。結末で提示される希望は希望として放置される。そこが匣の中なのか外なのか、誰にも分かりはしない。長編版の続編も待ち遠しいが、本作はこれ自体として完成され、目くるめく輝きを放っている。
『仮面たち、踊れ!』では再び『実験』で採られた手法が忠実に繰り返される。巧妙に隠されたその企みはやがて壮絶なカタストロフに至る。だが、その企みの主眼はやはり意外性にあるのではない。ここで達成されるカタストロフは執拗なまでにアイデンティティの崩壊であり、狂気の発露なのである。結末で突き落とされる奈落はかつてないほど、深い。炎が渦巻くその暗闇に響く慟哭は読む者の魂を抉るだろう。集中ベストの傑作である。
砂漠の薔薇
2001/05/03 00:59
気概に満ちた本格ミステリ
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著者が本格ミステリに対して、真摯に取り組んでいる姿勢が好ましい。第9回鮎川哲也賞受賞のデビュー作「殉教カテリナ車輪」ではイコノグラフィーを有機的に取り込み、本格に独自の境地を開いた著者だが、如何せんイコノグラフィーだけで何作も書けるものではない。本作でも絵画が付されてはいるが、それが謎に絡んでくるわけではなく、ストーリーを補強するためのものに留まっている(と思う)。本作では絵画による謎の提出とイコノグラフィーによる再構築というデビュー作のテイストは薄められており、イコノグラフィーと本格の微妙なずれを顧みても、嬉しい方向性といえるだろう。
おそらく飛鳥部勝則は真犯人を隠しとおすことにそれほど腐心してはいない。あからさまといえるほどに、真犯人への伏線を散りばめている。それらの伏線が一般的な意味での伏線に留まり、論理的な推理を展開していないのが本作の唯一の瑕といえるだろう。とはいえ、それらの伏線は読者を納得させ、唸らせるだけの華麗さを備えてはいる。
以下の文章は未読の方の興味を削ぐ恐れがありますのでご注意ください
本作で徹底して追及されるのは首を切断した理由と、殺害の動機である。しかし、結末で明かされる理由と動機には我々が本格ミステリに期待する必然性はない。これは<首のない死体>をテーマとした作品において致命的な欠陥とも思える。では著者は何ゆえこのテーマを選んだのか。ある登場人物はこんな言葉をいっている。
—推理小説はふたたび動機重視の必要に迫られています—
確かに本作では切実な動機が浮かび上がる。特異な主人公のキャラクターに読み始めは違和感を覚えていたが、やがてテーマがその輪郭をくっきりとしてゆくにつれ、このキャラクターこそが本作の中心に据えられたものだと知る。普通に読まされたなら白けてしまうような動機だが、異界の住人たちのあまりに深い渇きを見事に表現しているといえるかもしれない。
そして、首を切断した理由はある種、メタミステリ的な要素を孕んでいるが、ここにあるのは自虐趣味でも嘲笑でもない。おそらく本格ミステリそのものに対する必然性、とでも表現すべきものだろう。本格の未来を射抜く飛鳥部勝則の憂いの眼差しはとても頼もしい。
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