萩原非出来さんのレビュー一覧
投稿者:萩原非出来
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紙の本銀齢の果て
2006/01/22 18:50
高齢化社会問題の問題
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
高齢化社会などとマスコミが騒いでいる。
さもそれが我が国における問題であるかのように。
大作家の筒井康隆は、
老人問題を笑いにしてしまった。
人がどんどん死んでいく。
老人達が殺し合いを始めたのだ。
人が死ぬ話は悲しいはずなのに、
面白すぎる。
笑いとは、差別だ。
差別を逆手にとって
大作家の筒井康隆は
大笑いしている。
そうだ、貴方の言うとおりだ。
問題にするから問題なのであって、
生きることには理由があり、
だからこそ、
死ぬことにも意味があるのだ。
いかに死ぬかを考えることは、
同時にいかに生きるかを考えることだ。
しかし小説家の手中に
はまってはいけない。
小説家の言うことなど信じてはいけない。
くっくっくぅ。
笑わずにはいられないから困ったものだ。
紙の本神と自然の科学史
2006/01/05 07:29
絡まった糸を解く作業
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
柳父章が指摘しているとおり、この日本においては元々の自然(じねん)と西洋科学として輸入された自然を対象とするひとつの言葉の中で二つの異質な考えが混在している。混在している現在の状況として、小学校高学年、中学生の理科離れが激しい状況にある。
この混在してしまった言葉を正統に紐解こうとしているのが、本著である。
文教伝来から日本では、輸入される言葉を、現時点の言葉の上に置くと言うことを繰り返してきた。少々長いスパンで言うと、本書はこの日本人の外来語の取り込み方の問題に対して大きな疑問を打ち立てている。
科学は決して万能薬ではない。ましてや、自然の摂理を探求する学問であるのだが、我々日本人にとっては、とても矛盾を孕んでいるのだ。これは、著者の言葉であるが、「Study nature、 not the book.」を日本人は的確に訳すことができない。
本意は「自然を学べ、バイブルではなく」であるが、日本人の誤読は「自然に学べ、本からではなく」となってしまう。
いま、自然という言葉に立ち返って、この混在した状況を打破しようとしているのが、本著である。
大風呂敷を広げさせていただくなら、本著は愛の物語だ。自分(日本人の自然観)のことを知るために相手のことを知る。この鏡は、相手(西欧自然観)から見ても、また違った自然に対する態度を読み取ることができるだろう。西洋自然観に我々が触れたときに感じる違和感を明らかにして、そこから理科教育がはじまるのだ。
いま、日本の理科教育は、ようやくこの立つことができたのである。本著は著者が二十年間感じ続けてきた違和感をわかりやすく解説した書籍であり、ぜひ、現役の理科教師に読んで貰いたい。
紙の本本当はちがうんだ日記
2006/01/22 21:38
リハーサルから怒濤の現実へ
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白馬に乗ったプリンセスが
現れないかと待ちに待った
人生リハーサル男、穂村弘さんの
おもいっきりエッセイ。
自分でダメダメ男だと自称しているけれど、
彼は自分の言葉を着実に自分の者にしていく人。
ダメさ加減が共感できるんですよ。
片端って生きる必要なんてないんだ。
安心できる。
自分のダメの部分をひけひらかして、
それでいて、
嫌みじゃない作家だ。
いつかうまくいくに違いないって、
妄想だけは広がっているんだ。
穂村弘さん自身は結婚されて、
これから、
どういったエッセイが出てくるか、
楽しみです。
なんてったって、
日本の歌集を買えちゃった人だからね。
興味津々。
2006/01/22 18:32
日常に潜む陰影
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
人の心は移ろいやすい。
昨日の嫌いが今日の好きになったり、
今日の嫌が明日の好みになったりする。
人は自分でさえも操ることのできない
感情を持って生きている。
そして、自分では操ることのできない感情を
時としてコトバにしてしまう。
コトバになった感情は、
意識となって新たに自分を動かしはじめる。
『おやすみ、こわい夢を見ないように』には、
そうした日常の心の陰影と
コトバとなって発露した人の感情が描かれている。
ここに描かれている悪夢は、
遠い世界の話ではない。
ちょっとした想像をたくましくするだけで、
自分も渦中の人になりうる。
私は思うのだ、こわい夢を見ないようにするために、
いまいる場所で笑っていたい。
青ざめながらも笑っていたいのだ。
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