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トラキチさんのレビュー一覧

投稿者:トラキチ

342 件中 31 件~ 45 件を表示

紙の本朗読者

2009/03/20 20:23

ヘッセの『車輪の下で』に比肩する心にズシリと響く作品。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

確かヘッセの『車輪の下で』以来のドイツ文学。
まさに懐の深い読書が楽しめる一冊。

本作は1995年に刊行されて以来、数多くの国でベストセラーとなっている。
日本においては新潮クレスト・ブックスにて2000年に刊行、そして2003年に文庫化、翌2004年からは日本の文庫本におけるステータスシンボルと言っても過言ではない“新潮文庫の100冊”にラインアップされている。
読み終えて、新潮文庫の100冊の威厳を保ってる作品であることを確認できて胸をなでおろした次第である。
尚、本作は本年6月『愛を読むひと』というタイトルで映画化される予定。

物語は三部構成になっていて、終始主人公であるミヒャエル・ベルクのモノローグ的なもので語られる。

まず第一部、主人公のミヒャエルは15歳。ひょんなことから21歳年上で車掌をしているハンナと恋に落ち逢瀬を重ねる。
ハンナはミヒャエルに頻繁に本を朗読して聞かせて欲しいと求めるのであるが、ある日突然失踪する。

第二部ではなんと法廷で二人は再開する。
ここではナチ問題が取り上げられ、ハンナが戦犯者として取り上げられる。
いろんな秘密が露わになってくる過程でミヒャエルが取った行動に感動せずにはいられないのである。

そして第三部、これはもう衝撃的な展開としかいいようがないですね。
戦争の影ってこんなに深く作者に根付いていたのかと思わずにはいられない展開ですわ。

この作品は私的には“反戦小説”と“恋愛小説”の融合作品であると思っている。
そしてどちらに重きを置くかは読者に委ねられているのであろうと解釈するのである。

とりわけ、少なくとも同じ“同盟国”として第二次世界大戦を戦った日本の国民として生まれた読者にとって、忘れつつある過去を思い起こさせる一冊であると言える。
読書にとって心の痛みを強く感じることを余儀なくされる機会を与えられる。

翻訳小説の醍醐味だと思っているその心地よさに酔いしれつつ、自分自身の道徳心にも自問自答したい作品である。
いかに人間って潔白に生きれるかどうか。
愛を貫くことも心を打たれるのであるが、潔白に生き抜くということは本当に尊くて難しい。

読書ってこんなに奥深いものであったのであろうか。
この余韻の心地よさっていったいなんなんでであろう。
海を越えて作者シュリンクに感謝したいなと強く思った次第である。

2人の年齢差は21歳。恋愛に年齢差がないように読書に国境はないということを痛感した。
なぜなら読み終えて2人の気持ちが本当に切なすぎるほどよくわかるからである。
おそらく再読すればもっともっとわかるであろう、離れていてもお互い心を開いていたことを・・・
何度も読み返したい名作に出会った喜び、それは読書人にとって究極の喜びにほかならないのである。

少し余談ですが、光文社古典新訳文庫にて本作の訳者である松永美穂氏がヘッセの『車輪の下で」を訳してます。機会があれば手に取りたいですね。名作です、何年振りだろうか(笑)

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紙の本切羽へ

2009/03/06 02:28

女性の凄さを知らしめてくれた恋愛小説。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第139回直木賞受賞作。
いやあ、読解し辛いよねこの本。

いろんなとらえ方というか意見があってもおかしくないでしょう。
正直、こんなに読み応えのある作品だとは思ってなかった。
でも感想は本当に書きづらい(汗)
本質的には“女性向けの美しい小説”だとは思いますね。

舞台は九州の小さな島。
主人公は人妻のセイ。島の小学校で養護教師として働き、夫・陽介は画家で平凡であるが幸せな日々が続いている。
だが、ひとりの男性音楽教師・石和が赴任してきて彼女の心は揺れ動き始めるのである。

ポイントはいくつかあります。

まず女性の本質的な部分としての対比。
これは月江という軽い女性を登場させることにより、主人公の想いの切なさを露呈させている。

次に主人公が世話をしていた老女・しずかさんに対する石和との対応の違いですね。
何かを失うことに敏感な主人公を浮き彫りにする効果っていうのかな。
石和との関係の行く末が、しずかさんに対する行動の違いにより正当化しているように感じたのです。

あとは感情だけで恋愛が成り立つかどうかという点。
最後にめでたいような終わり方だが、実際セイの心の中ではどちら(旦那か石和)の比重の方が大きいのか。
彼女ってしたたかであってしたたかじゃないのであろう。

ただ、あまり深読みせずに、小説として読んだ本作のスリリングさは、他の作品では到底感じ取ることの出来ないレベルに達していると思える。
2人はどうなるかという点だけに焦点をしぼって読んでみても楽しいエンタメ作品だと言える。
その他の解釈、特に石和の人物像自体、読者に委ねてますよね。
そこはかなり賛否両論があってしかりでしょう。

曖昧さが特徴とは言え、それにしても登場人物の男性たち、滑稽ですよね。
全然魅力的じゃないですよね。
とりわけ、本土さん(笑)
一般的に一男性読者からして、こんないい旦那いるのに何故主人公は?と感じるのであるが、それはもっとひどい本土さんの存在があるので口に出せません(笑)


作者の手法・筆捌きの見事さもちょっと述べさせていただく。

本作は読者にかなりのことを考えさせることができる物語である。
たとえばセイの石和に対する気持ちって心の浮気なのか純愛なのか?
私的には“人妻だって恋しますよ”という作者の声を聞いた気がする。
性描写がないからこそ、美しい物語に仕上がっているとも言えそうだ。
読後ちょっともやっとしつつ、少し胸をなでおろしている自分に気付く。
最後に読者のひとりとしてセイが“切羽へ”まで行き着いたことだと解釈している。
切羽→新しい生命の誕生により

結論を言えば、主人公は肉欲に走らなかったから切ないのでしょうね。
淡い恋は人間を成長させるのである。
セイの幸せを願って本を閉じた。

元来、女性とは男性以上に恋をし情熱的な生き物なのである。

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紙の本紫紺のつばめ

2007/09/17 04:54

波乱万丈の展開に読者も釘付け

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

宇江佐真理の描く時代小説は現代小説よりも身につまされる。

いろんな読み方が出来るのはそれだけ作品としての間口が広いのであろう。
作者の人となりというか視野の広さが読者にひしひしと伝わってくるのである。

伊三次とお文を理想のカップルと見るかどうかはさておいて、少なくとも男性読者が読めばお文をわがままだけど可愛い女性と捉え、逆に女性読者が読めば伊三次を単純だけどやさしい男性として捉えるであろう。

でも現代に生きる我々もストレス溜まりますが、作中の登場人物はもっと溜まってますね。
それだけ一所懸命に生きなければ過ごせなかったのでしょうね。
なんせ、クーラーも携帯電話のない時代ですものね。当たり前か(笑)

でも彼らの熱き心は現代人以上だと見習わざるをえないのである。

本作においてはやはり“すれ違い”がテーマとなっているのだろう。
特にお互いが強情な故に別れてしまった伊三次とお文。
これは読者もハラハラドキドキするものなのである。
まあ、あるきっかけで表題作にて伊勢屋忠兵衛の世話を受けることとなったお文も悪いのかもしれませんがね。
お金がない(というかこつこつやって生きている)伊三次にとってはショックでしょうね。

2編目から3編目まではより伊三次のイライラがヒートアップする展開が待ち受けている。
「ひで」では幼ななじみの日出吉の死に直面し、次の「菜の花の戦ぐ岸辺」では殺人の下手人扱いを受けるのである。
それも不破は何の庇いもないのである。
ここで悲しいかな、伊三次と不破との信頼関係が崩れる小者をやめてしまうのであるが、逆にお文との関係が修復しそうな方向性で終わるのですね。舟での2人のやりとりはとっても印象的かつ感動的です。

4編目の「鳥瞰図」は、まあ言ったら後に伊三次と不破との関係の修復を図るため、作者が不破の妻のいなみに一肌脱がせたと言って過言ではない感動の物語です。
伊三次がいなみの仇討ちを思いとどまらせるのです。

最後の「摩利支天横丁の月」は、お文ところの女中のおみつと1作目で強盗をやらかした弥八との恋模様が描かれている。弥八が改心し人間的にも成長して行く姿はとっても微笑ましく、おみつとの幸せを願わずにいられません。

いずれにしても、2作目まででこのシリーズの特徴は登場人物キャラクタライズがとてもきめ細かくされているということに気づくのである。
たとえば、ある人を造型的に取り上げるのでなく、いろんな過去のいきさつや生い立ちを巧みに交えてこの人はこういうところもあるんだということを読者に強く認識させてくれる点が、素晴らしいと感じたのである。
いわば、登場人物も作中で変化→成長していっていると言い切れそうなんですね。

それだけ作者が人間の感情のもつれや人情の機微を描くのに長けているという証なんでしょうね。
読者にとって面白くないはずはないと断言できそうな展開ですね。
個人的には伊三次とお文の啖呵を切ったセリフを読むだけで幸せな気分になるのである。
時に熱く、時に胸をなでおろし・・・

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紙の本凸凹デイズ

2006/09/08 21:07

自分自身の輝ける居場所探しに恰好の1冊。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

個人的な意見であるが、これから次世代の直木賞を狙える男性作家として本作の山本幸久さんと三羽省吾さんのお2人を注目している。
お2人とも今後のエンタメ小説界を背負って立つに相応しい逸材だと信じて疑わない。
本作は山本さんのいいところがギュッと詰まった傑作だと言えそうだ。
作者のいいところは次の2点あたりがあげれるだろう。
まず作風がとってもハートウォーミングな点。
次に登場人物が皆個性的でキャラが立っている点。
本作は上記2点が巧みにミックスされ、“山本ワールド”を見事に構築させた作品である。
凹組はとある小さなデザイン会社。
どんな小さな仕事も引き受けている。
過去(10年前)も今も男性2人と女性1人で運営している。
名前の由来がユーモラスで面白いのであるが、男性は努力型の大滝と天才肌の黒川。この2人は不動のメンバー。
女性は変動していて過去は現在ライバル会社QQQを経営している醐宮、現在は物語の語り手をも担っている凪海(なみ)。
物語は現在をデビゾーとオニノスケの作者でもある凪海が語るパートと、凹組結成のいきさつが語られる過去のパートとが交互に描かれている。
この作品を読んでもっとも巧いなと感心したのは、作者の醐宮というキャラの描き方である。
初期の凹組の中では紅一点ながら一番の野心家で、事務所を飛び出して独立したいきさつがある。
取りようによったら裏切り者的な要素も合わせ持つ彼女であるが、実はそういう側面的な思考は排除しなくてはならない。
とにかく山本さんが描くと憎めないのである。
結果としてだが、彼女は凹組の男性2人では到底掴めない才能を得るために一旦離れたのである。
そして取りようによっては憐れではあるが、大きく成長した姿で戻ってきたのである。
凪海が醐宮の会社QQQに出向して、彼女に近づいていろんな点を学んで成長していく姿が印象的だ。
そこで終始見極めれ、醐宮の凹組復帰を推薦した凪海、物語を通して一番成長したのはきっと彼女なのであろう。
デビゾーとオニノスケと再結成した凹組4人。
凹組の将来は明るい。
私もお裾分けしてもらった気分で本を閉じることができた。
人によって友情でもよい、信頼でもいい、あるいは仕事のやりがいでもいい。
そう、本作は何か確かなものをつかみ取れる小説なのである。
活字中毒日記

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紙の本まほろ駅前多田便利軒

2006/06/16 09:38

チワワがたぐり寄せた読者の胸を熱くする究極の友情物語。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『だれかに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ。(本文より引用)』
三浦しをんさんの小説最新作。
出版社からして直木賞千載一遇のチャンスだと見ている。
表題に書いている友情物語だけでなく、家族のあり方(夫婦や親子問題)も必ず考えさせられる魅力的な作品。
家族のいない登場人物が読者に熱き家族小説をエスコートしている。
演じているのは多田啓介と行天春彦。かつてふたりは高校時代のクラスメートであった。
東京の郊外、神奈川県との境にあるまほろ市で便利屋を営む多田とひょんなところで彼と再会する行天。
行天が多田の事務所に居候しさまざまな事件を解決していくストーリー展開。
便利屋っていっても実際は雑用係。冒頭の病院のお見舞いの代理にはじまりペットの世話や塾の送り迎え代行など・・・
本作を読んで行天を魅力的な人物と感じない読者はいない。
まさに“びっくり仰天”するほどのナイスガイなのである。
伊坂幸太郎の『砂漠』の西嶋を彷彿させる行天。
それに反してごく平凡な多田。
少し人生に対して否定的な多田と人生を達観している行天。
漫才で言えば多田がツッコミで行天がボケの間柄。
ちょっと苦言を呈させていただくと、各章のトップで描かれている2人のイラスト。
あまりにもイイ男すぎないか?
でも女性読者にとってはイマジネーションを良い意味で膨らませてくれることであろう(笑)
あと、関西人の私はどうしても東京の地理に疎いのであるが(汗)、モデルになっている都市周辺で住む方にはかなり親近感を抱きながら読めることであろう。
これに関してはとっても羨ましく思います。
この作品を読まれて、人間の著しい変化に気づかれた方が大半だと思う。
ひとりの男との出会いによって主人公の多田が癒され再生していく姿。
もちろん、チワワを預かることによって生じた様々な騒動。
行天との再会に始まり、チワワを飼えなくなったマリやその後飼い主になるルルをことにより話を進めていくストーリー展開も目が離せない。
多田と行天ともにバツイチである。
読み終えてどちらの方が辛い過去であったかを考えてみた。
具体的に書くと未読の方の興趣をそぐので書けないのが残念である。
しかし、行天が持っている潔さというか寛大さは決して天性のものではない。
過去の辛い経験が今の彼を支えている。
終盤は行天によって本当に大事なものを多田が気づいていく展開が待っている。
予定調和だとはいえ心地よいことこの上ない。
三浦さんの凄いと思うところは、決して読者が多田を否定出来ないところである。
なぜなら、多田の心の中にある自分の過去に対する“わだかまり”って読者が常日頃持っている不安感や寂しさの象徴のような気がするからである。
この意見に同意してくれる方は、おのずからこの作品の評価が高くなると確信している。
逆に行天は“処方箋的役割”を担って本作に登場している。
ほんの小さな幸せが実は大きな幸せなんだ。
大切なことを気づかせてくれた贅沢な読書であったことを最後に書き留めておきたい。
活字中毒日記

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紙の本チョコレートコスモス

2006/06/01 02:03

文章で臨場感を表現できる限界に挑戦した作品でまさに恩田陸の独壇場。新たな代表作の誕生。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本作はたとえば、読書に面白さや楽しさを求める方(いわばエンターテイメント性ですね)のニーズには100%応えれる演劇を舞台とした傑作作品と言えそうだ。
物語を進行させてくれるのはまず、中堅脚本家の神谷。彼が事務所から飛鳥の優れた能力を見かけるところから物語が始まる。
彼の優れた演劇に対する観察眼が物語を巧みにコントロールしている。
いわば読者に対してナビゲーター的存在と言って良いのであろう。
そして主人公とも言える2人。
ひとりは幼いころから敷かれたレールの上を走るように演劇を始めて、若いながらもすでにその演技力には定評のある東響子。
もうひとりは、響子とは対照的に大学に入って芝居を始めたばかりなのに、ズバ抜けた身体能力と天才的なひらめきを見せる佐々木飛鳥。
この2人はライバルというかお互いを認め合って切磋琢磨している部分が目立つような気がする。
あと飛鳥が属する大学の劇団員で脚本家志望の梶山巽。
大体、この4人の視点で語られるといって良さそうだ。
伝説のプロデューサー芹澤泰次郎が新国際劇場のこけら落としで上演されるという話題作品のオーディションをめぐって繰り広げられる情熱の舞台。
オーディションに臨むのは大御所の女優、売り出し中のアイドルあおい、キャリアを積んできつつある若い女優葉月、あと前述した演技を始めて半年という大学1年生飛鳥。
オーディションも段階があってとりわけ最終オーディションの描き方は秀逸。
響子は最初のオーディションでは見学、最終では相手役で登場、オーディション結果は読んでのお楽しみで・・・
思ったよりドロドロした部分たとえば女優同士の確執・・・火花を散らすシーンが少なくって読みやすかった。
主観が限定されているのが読者にとって頗る優しくかつ親切だと思う。
恩田さんがテクニック的に凄いのは第1オーディションにて無理難題を突きつけられた個々の女優たちが、それぞれ自分のイメージにぴったりあった即興の演劇をするところ。
それでもって、最後に飛鳥が登場して先に演じた女優以上の演技をいとも簡単に行う。
このあたりの盛り上げ方は素晴らしく、読者も思わずあちら側に行ってしまうのである(笑)
恩田ワールドに入り込み、読書に没頭している自分がまるで客席の舞台に神谷や巽のように感じられる。
オーディション後の流れも恩田作品にてよく指摘される中途半端な終わり方ではなく、スッキリとしたエンディングで終わらせてくれるので高揚した気分で本を閉じることが出来た。
もちろん、続編があれば是非読んでみたい。
とりわけ、飛鳥に対してはまだ未知な部分が多いので(過去に空手をやってたぐらいかな)、もっと話を膨らませて楽しませて欲しいなと思う。
もちろん、演劇に携わる人々・・・女優だけでなく脚本家・演出家・プロデューサーの大変さも垣間見ることが出来る。
恩田さんもかなり演劇がお好きなんでしょうね。
特に、芹澤のキャラが当初イメージしていたものと違って、微笑ましく書かれている点が物語全体を和ませてくれる。
作品全体として、少し秘密めいた飛鳥と現状に決して満足しない響子の人間性のコントラストが見事。
恩田さんはこの作品で読者とまさに一体となることに成功している。
終始一貫して“物語が情熱的かつ前向きなので、読者も入り込みやすい”のである。
恩田陸って“文壇の佐々木飛鳥のような存在である”ことを認めたいと思うのである。
もちろん天才肌という意味合いにおいてである。
恩田版『ガラスの仮面』と言う点だけを斟酌出来れば、ほとんど欠点のない完璧に近い作品だと言えそうである。
みなさんも是非“あちら側に一緒に行きましょう”。
そのためにはまず客席にすわってください。

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紙の本檸檬のころ

2006/05/08 05:01

現代に生きる人の為の文学作品。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

作者の豊島ミホさんは1982年秋田生まれの24歳。
2002年新潮社主催の第1回Rー18賞の読者賞を受賞、プロデビュー。
最新作の『夜の朝顔』を含めて現在まで6作品を上梓している。
年齢が近い島本理生さんと作風比較してみたい。
島本理生さんとの違いは、豊島さんの方が適度にスパイスの効いた文章を書くと言った感じでしょうか。
ひと言で言えば島本さんが“純粋”な気持ちを描写した小説、豊島さんが“素直”な気持ちを描写した小説と言えそうです。
島本さんの登場人物の方が“刹那主義”的な生き方をしているような気がする。
いずれにしても両名とも“これからの文壇を背負って立つべく逸材であることは間違いない”と断言したい。
さて本作、本当に読ませてくれます。
東北の片田舎コンビニもない高校が舞台。
女性主人公だけでなく男性主人公も登場(中には担任の先生も登場)する。
テクニック的にも連作短編集のもたらす特性・・・(登場人物を上手く繋げている)を十分に生かしきっている。
最後のあとがきにおいて作者が自分の高校時代とは違うって言っているがはたしてどうなのだろう。
人を成長させる大きな要素って何だろう?
その答えを本書にて豊島さんは読者に明確にしてくれている。
それは“失恋”と“別れ”である。
このふたつの言葉は人生において表裏一体となっているからだ。
全7編からなるが「ラブソング」と「雪の降る町、春に散る花」が秀逸。
どちらも切なく胸キュン物で、前述した“失恋”と“別れ”が凝縮されている。
若い頃の恋愛って相手が唯一無二の存在。いったん思い込んだら、どうしてもとどめることができない世界。
辻本君に失恋しちゃった恵ちゃん、あなたはフィクションとは思えないほどとっても読者に身近です(笑)
ラストの野球部のエース佐々木君と吹奏楽部の加代子ちゃん。
ふたりのなれそめに始まって、別れる(というか離れる)までの過程が読者の胸に突き刺ささって離れない。
まるで同じ教室で同じ授業を受けたクラスメートのような感覚でもって、2人の旅立ち(あえて別れじゃなくってこの言葉を使わせていただきますね)を見送った自分を誇りに思いたいような気分。
寂しい気持ちもあるが、安心感も漂う。
お互いが心の糧となっていることを見届けれたからだ。
反面、作者の豊島さんはあの年代特有の普遍的な悩み・苦しみを比較的淡々と語っているようにも見受けられる。
先に比較した島本さんが“切実”なら、豊島さんは“淡々”という言葉があてはまるかな?
いや“淡々”という言葉は誤解を招くかもしれない。
淡々と書きながら最後には酸っぱく終わるのが本作の特徴なのであるから。
まるで檸檬の如く(笑)
そのあたり感性豊かな女性読者に聞いてみたい気もするのであるが・・・
若い頃って本当に小さなことで悩みますよね。
本作に登場するどの登場人物も悩んでいます。
もちろん、当事者にとっては小さなことではありません。
まさに、生きるか死ぬか・・・ハムレットの世界なのです。
ある読者には懐かしいあの頃を思い起こさせてくれ、また登場人物と同年代の方が読んだら隣の席のあの子って作中の○○にそっくりだと共感できそうな話。
少し傷つきにくくなったあなたにも是非読んで欲しいなと思ったりする。
かつて梶井基次郎の文学作品『檸檬』を読んだような感覚で読んで欲しい。
なぜなら生きてきてよかったというしあわせを感じる名作であるからだ。
個人的には、好きな女性に本作のような作品をプレゼントしたい衝動に駆られた。
きっと受け取って読まれた方にとって“忘れられない1冊”となりそうだからだ。
そう男性読者に思わせてくれる豊島さん、あなたは凄い。
これから追いかけますので待っててくださいね。
活字中毒日記

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紙の本わくらば日記

2006/02/25 02:04

作者の人生肯定的な語り口は読むものの心を和ませる。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昨年、『花まんま』で直木賞を受賞した朱川さんであるが、本作でまたレベルアップしたような気がする。
読まれた方ならご賛同していただけると思うのであるが、他作よりキャラが立っている点が見事である。
前作『かたみ歌』と同時代の昭和30年代の東京が舞台。
前作は少しミステリー的な要素もあったが、今回は完全な連作短編集という形をとっており古いエピソードから順に語られている。
前作よりも楽しめた大きな要因は登場人物の人間関係の変化が楽しめる点であろう。
読み進めていくうちに少しづつ身近になっていく展開も読書の醍醐味だと言えそうである。
“千里眼”(人や物、場所などの過去が見える)の能力を持つ3歳年上の鈴音。
彼女の能力が導き描き出す人生の悲喜こもごも。
語り手は妹である和歌子。
若き乙女心を持ったふたり(鈴音&和歌子)のほろずっぱさと途中から登場する茜の人生の切なさがほどよくブレンドされている。
とりわけ、姉の初恋の編は涙なしには読めないのである。
作者の独壇場に読者は唸らされることであろう。
恋をする相手役の病気を知り戦争のことを思い出さずにいられない。
昭和三十年代と言えば戦争が終わってまだ十数年。
当時の真っ直ぐに前を見つめて生きていた人々に学ぶ点は多い。
朱川作品全般的に言えることであるが、この作品もご多分に漏れず、読者(というか日本人)に忘れがちになりつつある大切なことを思い起こさせてくれるのである。
それはやはり不況とはいえ、現代に生きる私たちは何と自由なことであろうか?
背伸びをせずに生きていくことの難しさを痛感した。
内容的には凄惨な話も盛り込まれていますが、物語を語る和歌子の若い巡査に対する淡い恋心のために姉の千里眼を利用したり、あるいは姉のことを気遣ったり・・・
心が揺れながら語っているのは作者の心憎い演出であると言えよう。
その結果として、もっとも多感な少女期を一緒に過ごした妹和歌子の回想録ということで綴られた至上の“姉妹愛”が読者の胸に突き刺さるのである。
少し余談であるが本作の表紙の装丁の素晴らしさは内容に負けていないことも書き留めておきたい。
姉妹の純真無垢な気持ちを上手く象徴している。
物語の内容だけでなくいつまでも私たちの心の中に色褪せることなく残るであろう。
鈴音の千里眼の能力は人間の裏の汚い部分見ることが出来る。
作者は本作の鈴音というキャラを通して人生を肯定的に捉えようと読者に訴えている。
“自分の人生をないがしろにしてはいけない。”
姉妹の出生の秘密・姉の若死の秘密など、まだまだ興味が尽きないし読み足りない。
そう思って本を閉じたのであるが嬉しい情報も飛び込んできた。
続編の連載が始まっている模様である。
後年、著者の代表作として語り継がれるであろう本シリーズの刊行。
一日も早い単行本化を心から待ち望みたいと思っている。
活字中毒日記

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紙の本サウスバウンド

2005/08/28 21:37

一気読み間違いなし。“心に青空をもたらせてくれた”奥田氏に感謝の意を表したく思う。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

待望の直木賞第1作は500ページ超の大長編。
人気作家の中では寡作な部類に属する奥田氏、堪能された方も多いんじゃないだろうか。
本作に登場する元過激派の父一郎はあの『空中ブランコ』の伊良部先生を彷彿させる個性派。
なんといっても本作が成功しているのは息子である二郎の視点で描かれている点であろう。
少年特有の好奇心が見事に描写されており、ページを捲る手が止まらないのである。
父の魅力を息子である小学校6年生の少年の視点で暖かく描いている。
読者は少年小説としても家族小説としても楽しめるのである。
やっぱり長編はいいなとこれからの奥田氏のさらなる飛躍を期待された読者が大半であろう。
物語は第1部と第2部に分かれる。
舞台は東京・中野と沖縄・西表。
主人公は小学校6年生の二郎。
第1部は舞台が東京・中野でごく平凡な日常だけでなく、カツという中学生にいじめられるシーンといつも家にいる風変わり(というか異常な)父・一郎がクローズアップ。
途中で出てくるアキラおじさんと黒木とともに家出するシーンが印象的だ。
あと友人達との別れのシーンも忘れられない。
第2部は舞台を沖縄に移す。
第1部ではどうしてもだらしないと写っていた一郎が“水を得た魚のように”見事に変身して夢を追い求めるシーンが素敵である。
第1部と違って登場人物(いわゆる脇役陣)も人間くさくって本当に多彩であることを付け加えておきたい。
個人的にもっとも印象に残っている点は姉の洋子のとった行動である。
彼女の生い立ちなどが後半で明らかにされるが、そのあたりを踏まえて読まれたらかなりジーンとくるかもしれないな。
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夏も終わりの今日この頃であるが、本作を読み終えた読者は来年当たり沖縄に行ってみたいと思われた方が多いような気がする。
少し夢や信念を失った読者は本作を手に取れば良い。
圧倒的な感動度という点では物足りないかもしれないが、読んで必ず良かったと思える爽快感が満喫出来る1冊だと言えよう。
本作から学び取る点が多いのである。
税金を払わないのは良くないが(笑)、ハチャメチャに生きていた一郎が、実はとっても潔い人物だと分かった。
子供の目にサクラ(母)を含めて彼らはどのように写ったであろう。
“子は親の背中を見て育つ”とっても良い言葉であり教訓でもある。
世の中はその視点によって捉え方が180度違ってくるということも可能だ。
少し感受性が豊かになった読者は、明日からは活力を持って社会や学校に戻れることは間違いないであろう。
子供のある親である立場の方が読まれたら、いかなる形であれ“親は子の鏡”であるべきことを強く再認識したことであろう。
“心に青空をもたらせてくれた”奥田氏に感謝の意を表したく思う。
活字中毒日記

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紙の本時計を忘れて森へいこう

2005/07/23 16:02

もしアンケートを実施して“心が癒される作品”を1冊挙げなさいと言われたらあなたならどの作品を挙げるであろうか?私は迷わずこの作品を選びたいと思う。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

表紙を飾るのは主人公の女子高生・若杉翠。
装丁からして読者も、日頃忘れがちになりつつある素直な気持ちで向き合って生きて行く(というか読んでいくと言った方が適切かな)事を余儀なくされる。
まるで主人公が森に郊外学習に訪れた如く・・・
かつて『ななつのこ』を加納朋子が上梓したときに主人公の駒子ちゃんを作者の分身の如く捉えた読者も多かったのではないであろうか。
同様のことが本作の若杉翠と作者との間にも言える。
それほど清々しいキャラなのである。
物語は郊外学習で八ヶ岳南麓の清海を訪れた彼女(若杉翠)は時計を森に落とすことによって運命の出会いに遭遇するところから始まる。
その出会いの人物とはシーク協会の自然観察指導員である深森護である。
本作の探偵役でもある淡い護への恋心を育みながら、翠が一人称で語りつつ物語は進行して行く。
そういった意味合いにおいてはジュブナイル的要素がかなり詰まった作品だとも言えそうである。
形式的には全3篇からの中篇からなる連作集であるがミステリー度は薄いと覚悟して読んだ方がいいのかもしれない。
しかしながら光原さんの持ち味が発揮される舞台は十分に整っているのである。
優しく心地よい光原さんの文章が各篇にて登場する心に深い傷を持った人物の謎を見事に解きほぐすのである。
なんといっても2篇目が素晴らしいのひと言に尽きる。
婚約者を自動車事故で失って落ち込んでいた男、その直後から抱いた婚約者への不信感。
謎が解明された時、読者に生きる勇気を強く与えてくれる作品だと断言したいですね。
この作品を読み終えた今、私達読者も林間学習を終え、現実に向き合わなければならない。
誰もが、“そんなに人生って悪くないじゃん”と心が少し軽く解放されたような気分になるのは光原さんの確かな筆力の証なのであろう。
タイトル名の見事さも本作の忘れられないところである。
主人公が森で忘れた時計からいろんなことを想起せざるを得ない。
自然と時計をはずした気分に浸れた読者が大半であろう。
時計をはずす=解放されつつも現実と向き合う→心が軽くなるということなんでしょうね。
本作は単行本発売から約7年、いつまでも読み継がれるべき“癒し文学の名作”である。
一人でも多くの方に手にとってもらうために、一日でも早い文庫化を切望したく思う。
活字中毒日記

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紙の本古道具中野商店

2005/05/24 01:23

明日からは本作の登場人物のように“不器用なれど微笑ましく”生きたいものである。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

川上弘美さんの作品は『センセイの鞄』以来読んでなかったが、本作も読者が数年後に再読したくなるような気分をもたらせてくれるであろう傑作に仕上がっている。
なぜなら彼女の作品を読めば必ず幸福感に包まれるからである。
舞台は東京の古道具屋の中野商店。
古道具であって骨董屋ではない。
ここでバイトする私(ヒトミ)が主人公。
年齢は二十代後半である。
主人の中野さんは五十を過ぎているのだが3度目の妻をもらっているも不倫中(笑)。
はっきり言って“女にだらしない男”なのである。
しかし憎めないから不思議だ。
中野さんと姉であるマサヨさんとの距離感も読者にとっては奇妙で心地よい。
川上作品の特徴は“私達が普段生きている日常から少し離れた世界にどっぷり入り込める点の心地よさ”だと思っている。
作中に出てくる登場人物達すべてに共通している点は、彼(彼女)等にとってはとりとめのないことが読者にとって非常に新鮮であるということである。
何となく“のほほん”としてて・・・
本作はジャンル的にはやはり恋愛小説であろう。
物語のひとつの柱である主人公とタケオのぎこちない関係。
意地らしく読まれた方も多いかなと思う。
たとえエロい描写があっても、すんなりと受けいれることが出来る。
川上ワールドに嵌った証拠であろう。
文章で説明するのは本当にむずかしい。
やはりページを捲って“読んで体感すること”が肝要である。
人生いろんなエピソードがある。
しかし誰しもあの頃が懐かしかったと過去を振り返ることがないであろうか?
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ラストの急展開にはちょっと驚いたが・・・
ハッピーエンドか否かは読者に委ねられているような気がする。
私は本作を急がずにじっくりと1篇1篇噛みしめて読んだ。
そういう読み方をするべき作品だと思っている。
なぜなら早く読むともったいないような気分に襲われそうだからだ。
私的には本作は“人生達観小説”だと思ったりする。
まるで人生も“急がば回れ”という言葉の如く生きなさいと川上さんが教えてくれているようだ。
最後に心地よい場所に戻ってきた登場人物達。
明日からは本作の登場人物のように“不器用なれど微笑ましく”生きたいものである。
活字中毒日記

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紙の本こちらあみ子

2011/11/30 03:58

読者の感性を問われる衝撃的な作品。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

太宰&三島賞W受賞作品。太宰治さんも三島さんも天国で拍手しているのではないでしょうか。それほど心に痛い物語です。あみ子は一生懸命に周りに合わそうとするのですが、どうしても馴染めずに崩壊への道へと進んでしまうのですが、残酷とも言える内容とは言えどそれを中和させる作者の柔らかい文章のおかげで、読者は痛々しくもあみ子を受け入れてしまい、自然と応援してしまうのですね。あと実母でない母親の存在感も大きいです。 あみ子の三本の歯の代償は大きかったか感じるところの大きな作品で、読者の感性を問われる一作だとも言えます。

表題作の「こちらあみ子」、簡単に言えば、あみ子は現在は祖母と一緒に暮らしているのですが、十五歳で引っ越しをするまでのなぜそうなったかが語られています。
タイトルはお読みになった方なら誰でもわかる、トランシーバーでの応答言葉ですね。
結果として話が出来なかったのですが、それだけに余計に胸が締め付けられます。
そしてただ単にあみ子だけではなくって、母親に対しても同じぐらいの共感というか同情ですかね、そう言った気持ちにさせられます。
これはそうですね、言葉でここで表現しつくせないレベルまで来ていますね。
というのは、読者側と言ったらいいのでしょうか、より母親に近いのですね。とりわけ女性読者で30歳以上の方でしたら本当にまるで自分に起こったことの感じ取ることが出来るのだと思われます。

私たち読者はあみ子の純真さを見習わなければならないでしょう。
なぜならこの作品を読んである一定の理解を得ることができる読者の大半が、“先天的なものに対する許容”が出来るからです。
一見、周りがあみ子に翻弄されているように見えますが、私的には本当に翻弄されているのはあみ子であると捉えています。
ラストの同級生のように、読者である私たちこそあみ子に対して暖かい手を差しのべたいですし、そう読みとる作品だと思っております。

そして書き下ろしの「ピクニック」、これもなかなかの力作です。
これは表題作とは違って、七瀬という30代の大人の女性が主人公です。
この作品は逆にちょっと読みとりにくいというか、より奥が深いのですが、主人公が自我に目覚めているために周り(ルミたち)も悪意に満ちた部分がありますよね。
ただ、悪意と善意は紙一重であって、このことは私たちの実社会と共通しているのだと思います。

最後に今村さんの素晴らしいところは、太宰治や三島由紀夫がそうであったように、その作風も含めて他の作家が表現できないレベルの作品を書けるということだと思います。
それほど才能に溢れた方だと言っても過言ではないような気がします。
今後のより一層の活躍を見守って行きたいなと思っております。

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紙の本オレンジだけが果物じゃない

2010/04/19 12:51

作者の自伝的作品。この物語の一番の読ませどころはやはり自立することの大切さと、そして親子の愛情の尊さを謳っている点でしょう。日本人的な発想で見れば、通常書きにくいことをよく書いたなと思うのですが、作者の才能は陳腐なそういった見方を超越して、読者の心の中にいつまでも根ざすであろう勇気を与えてくれる作品です。さあ、未読の方、とりわけ女性の方是非ご一読あれ。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

原題 "ORANGES ARE NOT THE ONLY FRUIT"(1985)、岸本佐知子訳 。国書刊行会の文学の冒険シリーズの一冊。

まず単行本の裏表紙のあらすじを引用させていただきますね。


<たいていの人がそうであるように、わたしもまた長い年月を父と母とともに過ごした。父は格闘技を観るのが好きで、母は格闘するのが好きだった・・・>
熱烈なキリスト教徒の母親から、伝道師になるための厳しい教育を叩き込まれた少女ジャネット。幼いころから聖書に通じ、世界のすべては神の教えに基づいて成りたっていると信じていた彼女だが、ひとりの女性に恋したことからその運命が一転する・・・。
『さくらんぼの性は』の著者が、現代に生きる女性の葛藤を、豊かな想像力と快活な諷刺を駆使して紡ぎ出した半自伝的作品。
(単行本背表紙から引用)


“何もかも、わたしが間違った種類の相手を愛してしまったことに端を発しているらしかった。いや、わたしの愛した人たちに“間違った”ところなど一つもなかった、ただ一点を除いてはーーー女が女を愛すると、もうそれだけで罪になるのだ。”
(本文より引用)


またまた素晴らしい作家に邂逅しました。

この作品を私なりのとってもありふれた言葉で表現すると、“構成、内容ともにパーフェクトな作品”ということになります。
いわゆる国内のベストセラー作品は多少評判が悪くとも、情報量も多いがゆえに手にする機会が多いであろう。
だが本作のようにたとえイギリスのベストセラー作家であろうと、知名度に関しては国内作家のそれと比べて著しく劣ることは否めず、ましてや原書が刊行されて25年、邦訳されて8年も経つ作品となれば、ささやかながらでもインターネットいう便利な媒体を通じてその魅力を伝えたいと思うのです。

あらすじは前述したとおりなのですが、読んでいくにあたってポイントはありますね。
わたしがもっとも頭に入れて読み進めたポイントは、やはり主人公のジャネットと猛烈な母、このふたりの血が繋がっていないという点ですね。
私的にはすごくこのことを重要視しています、これは日本の作家が同じような内容を書けばそんなに共感出来ないのでしょうが、この作品における母親のシチュエーション(養母、そして猛烈なキリスト教の信者であること)からして、一部非難の声が上がることを認めつつも、深い愛情を持って育てているんだなという気持ちが伝わってくるのですね。

そして読まれたすべての方が同じように感じるであろう各章にちりばめられた寓話の数々ですね。
この構成は読む者の心を和ませるとともに、すごく印象深い読後感が強烈に残ります。
もし、この寓話の挿入がなければこの作品自体もっと堅苦しく感じたのだと私は推測しています。
明らかに本筋は自伝的な作品なのですが、寓話を挿入することによってユーモア性とそして作品の内容自体に深みを与えていますね。
作品全体を通していえば、作者自体の筆力の高さが素晴らしい岸本さんの訳文を通して読者に否応なしに伝わってくるのですね。

内容的には、少女が自我に目覚め成長し(といっても引用文の通り同性愛者になってしまい、平凡なものじゃないのですが)を語りながら、その自立と母親との確執を描きつつも深い愛情を読者に知らしめてくれる自伝的作品となっています。

邦題はタイトルからの直訳ですが、このタイトル自体が大きな意味をもたらしています。
これは私的には次のように解釈しています。
母親がもたらしてくれたオレンジは、これは優しさの象徴なのですが、オレンジのほろずっぱさは世間の厳しさをも示唆するのだと思います。

ラストあたりで母親が「オレンジだけがくだものじゃないってことよ」とジャネットに語るシーンが印象的です。
これは成長(というか自立)した娘に対して発した言葉ですね。

もちろん言葉通りのなのですが(笑)、作者にしたら母親の言葉をやっとわかるように成長して戻ってきたのですね。
そして“オレンジだけがくだものじゃない”という言葉を受け入れつつも“あなたのオレンジに勝るものはないのよ”と再認識した瞬間でもあったと思います。

読後感としてはオレンジのほろずっぱさよりも清々しさを感じましたが、それは男性読者だからかもしれません。

作者ジャネット・ウィンターソンの願いは、作中のオレンジのようにたとえほろずっぱくとも、本作が読者の心を少しでも救ってくれる一冊として届くことだと思われます。

どんな形かは読者によって違うと思います。しかしながら何かをつかみとれる作品であると確信しています。
特に女性読者には手に取ってほしい一冊です。
女性読者なら感動も共感もできますから。

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紙の本しずかな日々

2009/08/27 17:09

坪田譲治文学賞受賞作品。夏も終わりだけど、夏休み中にこどもたちに読ませたい作品ですね。そして親御さんは作中の主人公の成長のようにこどもたちの成長を確認して欲しいな。もちろん夏休みのない大人も十分楽しめます。何かに前向きになるということの大切さを味わせてくれます。その何かというのはそう“人生”ですね。

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この作品は傑作と呼ぶにふさわしい作品ですね。
いちおう児童書ながら、大人でも十分に感動できます。

本作の最大のセールスポイントはとにかく幸せな気分にさせてくれるところ。
文庫化されたらいつでも読み返せるように手元に置いておきたい作品わ。

坪田譲治文学賞は、凄い作家を輩出しておりますね。
重松清、角田光代、いしいしんじ、瀬尾まいこなど。
椰月さんは作品の幅は狭いかもしれませんが、本作を見る限りポテンシャル的には上記作家に負けないですね。
それだけ非のうちどころのない作品と言えるでしょう。

引っ込み思案で常に劣等感を持っている主人公の枝田光輝少年は小学五年生で母親との二人暮らし。

友達ひとりの影響で子供の頃って世界が変わるのですね。
その友達の名は押野君、明るくてクラスの人気者です。
あだ名で呼ばれ、キャッチボールも一緒にするようになります。

なにわともあれ、友達の押野君、素敵です。
ラジオ体操には遅刻の常習犯ですが、憎めないキャラなのですね。
彼がいたから、“えだいち”こと主人公枝田少年はおじいさんところに住みついたのですね。

大人の読者としてこの作品を“人生のターニングポイント”的作品として高く評価したいと思います。
誰しも人生いろんな選択肢を迫られる時があります。
いろいろな思いを馳せながら、あの時の選択は正しかったか否か振り返ってみますよね。

そして描かれているのが夏休み、大人の読者の私には夏休みがないですが、せめてもの救いというか喜びは小学生の夏休み中の期間に読み終えれたことですね。
道を歩く小学校高学年ぐらいの男の子を見ると、“頑張れ!頑張れ!”という声を無性にかけたくなりました。

本作の母親ってどうなんだろう、無責任と言う言葉では片付けたくないがやはり愛情が足りないのでしょうね。
あの行動は夫のことが影響してるのでしょうか。
それにしても母親から離れて人間的に成長するというパターンもあるのですね。

母親から引っ越しを促されそれを拒否する主人公。
なぜなら小学校を転校しなければならないのですね、やっと友達が出来た矢先に。
そして校区内の祖父の家に転がり込みます。
その通常では考えられない主人公の選択が功を奏します。

タイトルの「しずかな日々」がいいですよね。
きっと祖父のとびきりおいしい“ぬか漬け”が食べれる日々なのでしょう。
いや押野君の“お好み焼き”かな(笑)
もし母親に付いていってたら波乱万丈な人生を歩んでいたのでしょう。
とても“しずかな日々”を過ごせませんわ。


成人した主人公は本作で小学校五年生のひと夏の体験を語っただけですが、そこでの大きな変化を受け入れています。

この潔さに胸を打たれない読者はいないのではないかと私は確信しております。

単行本の表紙はおそらく“三丁目の空き地”なのでしょう。
この写真を見てるだけで大人の読者は自分の遠い昔を愛おしく思うでしょう。
あなたの三丁目の空き地はどこなのでしょうか?
是非読んで見つけてください。

そしてお子様が読まれる場合、子どもの世界を大切にしてやって欲しいなと思います。
きっと子どもの自立心が促される一冊であると確信しております。

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紙の本時が滲む朝

2009/06/23 19:27

ご存知の方が大半だと思うが著者は中国人で外国人作家初の芥川賞受賞作。こういう作品を読んでみると何故か“頑張れ日本人作家!”と叫んでしまう自分に遭遇する。やはり登場人物と同様、“志”を持った作者の熱意が読者に伝わるのだ。芥川賞が門戸開放した記念碑的な作品とも言えるし、日本人作家に強い危機感を促した意義深い作品とも言えよう。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第139回芥川賞受賞作。外国人作家としては初の受賞で話題になった作品である。読む前に過去の芥川賞のことが否応なしに思い浮かんだのである。たとえば綿矢りさや金原ひとみがダブル受賞した時のように話題性だけが先走りした芥川賞だったのであろうかと危惧したのも事実。どちらかと言えば、特殊で偏狭で狭い世界を描いた作品が多い近年の芥川賞受賞作品。

そういった意味合いにおいては、登場人物や前半描かれている世界が中国の民主化なのであるがとても共感できるのである。ちょうど今から20年前の天安門事件のことが描かれている、本当に光陰矢のごとしですね。懐かしいテレサ・テンの歌やそして後半出てくる尾崎豊の歌。

私自身、尾崎の大ファンだったわけでもないが外国人に影響を及ぼしているところは少し驚きつつも嬉しさもある。この小説の主人公達の母国中国での純真な志を目の当たりにすると、なぜか尾崎の死が少し霞んで見えるのも事実なのであるが、日本と言う国の平和的な象徴だとも言えるかな。そして、命は落としたが外国人に対してでもそのひたむきな気持ちの象徴として受け入れられている尾崎豊の歌。感慨深いですね。
少し小説の本体の内容からは脱線したが、要するに尾崎の歌に夢を託し心を奪われるほど純真無垢な世界が描かれているのである。結果として、民主化の夢が破れて日本に来て少しずつ変化していく梁浩遠。
だから私たち日本人の日常からしたらかなりかけ離れてますよね。
そこがこの作品の魅力なのですわ。

絶えず愛国心を強く持って生きつつ社会に順応して行く姿。彼の変化は大きな人間的成長であるということを見届けれた幸せな気持ちを忘れてはならない。日本に来てからの梁浩遠は失望しても落ち込まずそれを希望に変えていますよね。

本作はその文章の稚拙さ(?)などから一部賛否両論の声も聞く。だが、日本人でこれ以上の文章を書ける人が果たしてどれくらいいるであろうか。そう重箱の隅をほじくることをやめて、大きな気持を持って読みたいはワールドワイドな作品なのである。わずか150ページの間に人生において学ぶべきエッセンスがギッシリ詰まってます。いろんなことをひきずっているあなたも是非手に取ってください。

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