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トラキチさんのレビュー一覧

投稿者:トラキチ

342 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本邪魔 下

2005/10/08 14:17

平凡に生きることのむずかしさを痛感。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本作は奥田氏の初期の代表作と言える作品で大藪春彦賞を受賞、2002年度このミスの年間ベスト2にもランクインされている。
奥田氏の第2作かつ出世作である『最悪』と同様の犯罪小説であるが、本作には『最悪』のようなコミカルさや展開のスピード感はない。
どちらかと言えばシリアスかつ重厚な社会派要素的な作品に仕上がっていて、本作以降に奥田氏が進んだ一連の多彩な作品群とは一線を画するのである。
奥田氏の人物描写の的確さ(巧みさと言ったほうがいいのかもしれない)は定評のあるところであるが、本作における及川夫婦の描写は特に秀でている。
誰しもが持っているいる<弱さ>を見事に描写。
夫である及川茂則。
本作においては“だらしない人間”の象徴として描かれている。
もちろん犯罪に弁解の余地はないのであるが、共感とまでは言わないが少なくとも同情された方も多いのかもしれない。
彼が本作において重要な役割を演じていることは自明の理である。
彼の終始一貫した“寡黙さ”により、読者が身につまされて本を閉じるのである。
一方の妻である恭子、彼女の変貌振りは凄まじい。
彼女が茂則と結婚したことは不運だったのであろうか?
大半の読者はそう感じたことであろう。
本作において彼女の心の中が暴走し脱落していく姿は他人事ではないのである。
たとえば市民運動に必死に活動しているシーン、ラストの自転車での逃走など。
読者の脳裏に焼き付くのである。
まさに“追いつめられる”とは彼女のような人物を言うのだなと実感。
とりわけ子供のいる主婦の方が読まれたらその切なさに共感できることであろう。
残された彼女の子供達、不運かもしれないが決して不幸にはなってもらいたくないと切望する。
本作の少し難点をあげれば、もう一方の主人公である九野刑事の心の動きが及川恭子ほど巧みに描けてなかったような気がする。
犯人を“追いつめている”サイドの人間である九野刑事が実は“追いつめられている”という設定は面白いのであるが・・・
奥田氏に対する期待の大きさの表れだと思って斟酌してほしい。
“人生はもはや綺麗事では済まされない”
本書を読んで得た大きな教訓である。
活字中毒日記

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紙の本贈られた手

2004/07/01 02:11

物語は脇役を中心に少しずつ動いてきた。主人公3人を暖かく見守っている自分に自ずから気づくはずだ…

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いよいよシリーズも第三部となった。ますますシビアな世界が繰り広げられて行くが少しずつ変化が見られる点は決して見逃してはいけない。

ぼんやりとではあるが固まりつつあった主要登場人物のアウトラインが少しずつ変化しつつある点が読んでいてわかる点は嬉しいかな。

例えば恋人と距離をおいていた巣藤はかつての教え子とふれあう事によって少しずつ人間らしさを取り戻して行く。

本作の魅力ってなんだろう?
社会派的要素は当然のこととして、物語レベルで論ずると私は主人公三人の苦悩が同じぐらい突き刺さる点が特に素晴らしいと思う。
まるで三つの物語を同時に読んでいるような気がする。
他の読者の方はどうなんだろうか?

とりわけ“明らかに三人の中でいちばん大人になりきってない感の強いというか精神的に弱そうである”浚介の今後を特に気になりつつ読まれてる方も多いと思う。

絶対に目をそらしてはいけない点は、主人公三人ともに今を懸命に生きている点。
三人三様でそれぞれに本当の生きがいと言うものを見失っているようにも見受けられる。
というか、総じて不器用なのかもしれない。
きっと読者は自分の弱い部分を主人公に投影されて読まれてるのであろう。

ただ、現実に立ち向って行こうとする点は見習うべきというか賞賛に値することを決して忘れてはならない。

第一部の感想で重松清の作品との違いを述べたが(私自身重松さんの大ファンなんで)、もう少し補足したく思う。

重松清の作品には愛情を持って子供に暴力を振るう親は登場するが、子供を虐待する親は皆無である。

天童荒太は作品を通して“社会の厳しさ”を教えてくれる。
重松清が“人生の厳しさ”を教えてくれるように…

重松清の作品を読めば避けて通る事の出来ない“人生の苦楽”を体感出来る。

が、天童荒太は得るものが2つあるような気がしてならない。

まず、天童荒太の作品を読むと“グローバルに世界を眺める”ことが出来る。
同時に“人間ってこんなにもろいものなんだ”とひしひしと伝わって来るのである。
まさしく“表裏一体”という言葉がぴったり当てはまるんじゃないかな。

きっとそのもろさって“人間の本性”の一番根元にあるものなんだろう。

結論づけると、重松清の作品は主人公に読者が成り切ることができる(というかそうあるべきである)、天童荒太の作品は社会全体から主人公を見守ってあげなければならないような気がする。

そういう意味合いにおいては天童作品の方が読者に対してハードルが高いのかもしれない。

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物語は脇役を中心に少しずつ動いてきた。
今回のラストは馬見原の妻佐和子の突然の暴挙。
果たして麻生家と実森家の事件はどうなって行くのだろうか?
油井の動向も注目だが、馬見原が研治に対する、あるいは游子が玲子に対する想いって“肉親の愛情を超えた想い”なんじゃなかろうかと胸に突き刺さった。

天童氏の筆力を持ってすれば、どうにでも展開させることが出来るであろう。

あと2冊読み終えた後、大きな感動と教訓をゲット出来る事を信じて本を閉じたことを最後に書き留めておきたい。

トラキチのブックレビュー

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紙の本幻世の祈り

2004/06/06 03:36

重松清の作品は“リアル”だが、天童荒太の作品は“生々しい”!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今年の最大の話題作と言って過言ではない“新・家族狩りシリーズ”の第1巻を手にとって見た。
オリジナル版(1995年刊行)は読んでないので比較出来ないのは残念であるが、物語の圧倒的な吸引力に読者も度肝を抜かれる事は間違いないかなと思う。

家族小説作家としては直木賞作家の重松清が有名であるが、重松清と天童荒太の作風は一線を画する。
例えて言えば、重松清の作品は“現実を直視しなければならない!”が、天童荒太の作品は“人間を直視しなければならない!”
この差はどういうことかと言えば、重松作品は“身近というか生きて行く上で避けて通れないもの”を題材として読者に対して“応援歌”的な意味合いで語りかけているのであるが、天童荒太の作品は読者にもっと厳しい。
題材的にもすべての人が身近と考えられないものが多くて息苦しく感じられるかもしれない。
ただ、天童荒太のいい点はいっさい妥協をしていないところである。
重松清が“今に生きる日本人の家族”を描くのが秀逸なのと同様、天童荒太は“人間というか人類(普遍的なものとしての)”を描くのが秀逸である。
そこに“視野の広さ”を見出せた読者はきっと大きなプレゼントを得たこととなるであろう。

物語は予想通りと言うか予想以上に重い。
登場人物は高校教師・巣藤浚介、刑事・馬見原光毅、児童相談センター所員の氷崎游子の3人がの中心。
物語はまだまだ序盤、平凡な女子高生・亜矢の障害事件によって上記の魅力的な登場人物が交錯したところである。
天童荒太の描く魅力的な人物ってそれぞれが“心に傷”を持っている他ならない。
それはきっとより“人間らしさ”を表してくれているのだろう。
第1部では馬見原刑事の過去のいきさつが1番丹念に書かれている。
多少なりとも馬見原刑事の心に潜んだ部分が読者に受け入れられた気がする。

ラストの家族の変死体がとっても印象的かつ象徴的だ。
きっと物語り全体を支配して行くに違いない。
これからどんな悲劇が待ち受けているのであろうか?
でも最後まで読んで少しでも成長できたらと思いつつページをめくれる幸せを噛みしめてレビューを書いている私がここにいることは書き記しておきたい。

トラキチのブックレビュー

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紙の本遭難者の夢

2004/06/27 11:03

ますます深みに嵌って行く姿が赤裸裸かつ衝撃的に描かれている…

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

正直、いろんな話が交錯しているので簡単に書き表わせないのが残念であることを最初にお断りしておきたい。

第一部『幻世の祈り』のラストで事件(麻生一家の変死体)が起こり物語が動き出したが、第二部においては主要登場人物様々な角度から物語が動き出すためにより一層読者も釘付けにされてしまう。
麻生一家の事件を目撃した巣藤浚介の心のバランスが崩れ去り若者に襲われる。
恋人とも再び接するのであるが以前のように接することが出来ない。

馬見原光毅刑事は、周りから止められつつも麻生一家事件を執念深い捜査を繰り広げる。
彼は決して被疑者死亡事件だと思っていない。
事件を追うとともに、幼児虐待で油井善博が身近なところに現れたことがわかる。
油井と冬島綾女との子どもが馬見原に電話をかけて来るシーンが1番切なくて印象的だった。

今回は氷崎游子と冬島綾女のプライベートや過去(特に游子の元恋人との再会シーンは印象的だ)に対して掘り下げて書かれている。
2人を対照的な人物として読まれてる読者も多いような気がする。
果たしてどちらがしあわせなのだろうか?


--------------------------------------------------------------------------------

読者も天童氏の淡々かつ重厚な語り口に着いて行かなければならないから大変だ。

少しづつ主人公三人の接点が近くなって来た。
浚介は運び込まれた病院に亜衣事件で知り合った游子を無意識に呼ぶ。
游子は駒田が児童相談センターに子供を引き取りに来た時に暴力を受けるのだが、
過去に彼の親子問題において深く関わった馬見原が助けてくれたために大事に至らなかった。

天童荒太の描写力の確かさは人間の弱さをあぶり出すときに頂点に達する。

本作においては主要登場人物三人はもちろんのことそれ以外の人物の描写も丹念だ。
例えば、終盤のシロアリ駆除の話なんだが、この物語全体を支配している“恐怖心”の表れを読者に想起させてくれている。本当に巧妙な例えだ。とってもリアルで…

そして今回も衝撃のラスト…
なんと不登校で浚介が家庭訪問をした実森宅で事件が起こるのである。

お気づきの方も多いかなと思うが冒頭の電話相談がかなりモチーフとなっているような気がする。
第一部の冒頭は麻生一家、第二部の冒頭は実森少年かな?

その答えはもう少し待ってみようと思う。

トラキチのブックレビュー

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紙の本号泣する準備はできていた

2004/02/29 12:26

直木賞受賞作ということで手にとってみたが、読後感は“つまらない映画を観たあとのよう”な感じである…

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

やはり男性読者には理解不能の世界なんだろうか?
全然ワクワクするものも感じられないし、心が癒されることもなかった。
よく完読出来たものである。
“たかが直木賞、されど直木賞!”と叫びたい。

12編からなる短編集だが、どの登場人物も総じて“やる気がなく現実逃避型”である。
過去の恋愛がいい想い出となってるわけでもなく、ただ単に過去に縋り付いてるだけのような気がする。
少し我慢をすれば切り抜けれるのに…
“恋愛がなかったら生きて行けない”困った人たちだ。

ただ、文章は透明感があって独自の世界を完成してる点は認めざるを得ない。
表題作における描写(本文218ページ)なんかは本当に見事の一言に尽きる。

でも作品全体としたらどうなんだろう?
よっぽど、“恋愛経験が豊富な方”でなければ“号泣する”ことはないような気がする。

もし、多くの女性がこの作品に対して高く評価があるとしたらちょっと“カルチャーショック”に陥りそうな気がする。
きっと異性から見て“こんな生き方をしてほしくない”と思えるようなことが同性から見たら“理想の生き方”なのかもしれない。

そう考えると貴重な経験をさせてもらったのかもしれない。
“小説は事実より奇なり!”かな(笑)

トラキチのブックレビュー

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紙の本ミルク

2004/10/24 22:37

仮に若い方の大部分がこの作品を大絶賛されたら、私はきっとカルチャーショックに陥るであろう(笑)

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『しょっぱいドライブ』で芥川賞を受賞された大道さんの作品を初めて読んでみたが、肩透かしを喰らった感は否めない。

七編からなる書き下ろしの短編集である、いずれも10代女性が主人公。
イマドキの女の子をリアルに描いているつもりであろうが、ストーリーに緊張感がない。
もちろん、若い女性をターゲットとして書かれてるのであろう。
果たして本書を手に取る若い女性が共感出来るであろうか?
甚だ疑問が生じた1冊であった。

初めて読む作家って、ある種のイメージを持って読む方が大半である。
読んでみて予想以上に面白かったら嬉しいし、逆の場合は落胆する。
本作は後者に属する。

読者にテーマが伝わってこないのである。
ネットの素人の日常日記を読むのと対して差がないのではないか。
描き方がやはり中途半端に感じられるのである。
退廃的というより怠惰な感じかな。
あと性描写に頼りすぎだな。
やはり主人公達が若いのに溌剌としてない部分が大きいのであろう。
たとえ溌剌としてくとも訴えるものが大きければいいのだが、本当に素人の日常の日記を読んでいるみたいである。
読後も全7編、これといって心に残った作品は皆無であった。

もしこの作品集を純文学というカテゴリーに当てはめるなら、やはり凋落したと言わざるを得ないかなと強く感じる。
少し皮肉な意見かもしれないが、逆に素人っぽい文章の作品を読まれたい方には恰好の一冊かもしれない。
でもやはり他の女性作家と比べたら確固たるセールスポイントはないなあとは思ったりしている。
ファンの方ごめんなさい。

トラキチのブックレビュー

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『葉桜〜』未読なかたは『葉桜〜』から読まれることをオススメします。ずっと『葉桜〜』の方が感動的なのは間違いないんじゃないかな…

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昨年刊行された『葉桜の頃に君を想うということ』が、このミスやさまざまな賞を受賞して一躍人気作家の仲間入りを果たした歌野さんの最新刊であるが、読んでみて声を大にして“物足りない”と叫びたい衝動に駆られたのは非常に残念である。

過酷で強い精神力を要する女子マラソン選手を題材としている作品であるだけに、いくら歌野さんであろうともああ言った(ここで語れないのは残念であるが)叙述トリックを使うとは“掟破り”だなあ。

確かに、本当に“分身術”があるのかどうかという興味一心に読まれた方も多くまんまと騙されたと思われた方もいらっしゃるかもしれない。

あるいは作中で取り上げられてる妊娠をすることによって運動能力がアップするって本当にあり得るのだろうか?という純然たる疑問…

結果としてジェシカの純粋無垢ぶりがクローズアップされたと言う見方もあるかもしれませんが、やはり現実の世界においても同じようなことがあるんじゃないかとどうしても懐疑的な気持ちで読まれた方もいるんじゃないかなあ。
爽やかさには欠けてるよな、この作品は…

少し視点を変えて述べれば、本作は出版社の“帯”におけるセリフの成果が十分に成功している作品であると言える。
あの帯のセリフが読者に“○○○○が殺した以外に考えられない!”という先入観を植えつけた効果は計り知れない。

少なからず否定的な感想を書いたが(笑)、所詮読書って合うか合わないかなので叙述トリック大好きな方は心して読んで貰いたいと思ったりもする。

トラキチのブックレビュー

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紙の本

2009/04/07 21:52

三浦しをんの底力を見せた作品であるが・・・

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

小説すばる掲載分に加筆・訂正。

美浜島を襲った津波で生き残った子供3人。
中学生の信之、美花、小学生の輔。
何もかも失った3人はある秘密(罪ですね)を共有していた。
過去を封印し別々の人生を歩んでいた彼らが
やがて大人になって再会する・・・

絶望的な小説である。
誰もが多かれ少なかれ持っている過去の過ち。
それはわかる。
本作の登場人物のそれは多かれ少なかれの範疇を超えている。
タイトルの“光”の意味はまさに絶望的な光なのである。

ちょっとわからなかったのが、暴力を作者は肯定しているのか否定しているのか。
まさか肯定はしていないであろうが、とりようによってはやむを得なかったと思われても仕方がないであろう。

主な登場人物は4人と言っていいだろう。
美浜島での幼なじみの3人と南海子。
主人公と言っていいであろう信之と彼の恋人であった美花。
そして父親の虐待に苦しむ輔。

欲望のままに生きていたつけがまわったのでしょうか。
そてにしても男性陣のだらしなさ。
とりわけ最低なのは輔の父親。
何なのでしょうかね、この人物。
溜息も出ないです。
テーマは暴力なのですが、私には女性に翻弄されている男にしか見えませんでした。
もちろん、彼らの環境などを考慮すれば仕方ない面もあるのでしょうが。
多少の同情はあるのですが、共感は全く出来ませんでしたね。
逆に何にこだわって生きているんだと叱咤激励したいぐらいでした。

逆に、女性2人のしたたかさに男性読者の私も翻弄されました。
まず南海子、彼女ほど自分の保身ばかりを考えている女性も少ないですね。

そして美花。信之と美花との関係は東野圭吾さんの代表作である『白夜行』の亮司と雪穂を思い出しました。
でも本作では『白夜行』ほど男女の心の葛藤が描かれなかったことですね。
“愛情<暴力”となっていることが大きな原因だと言えそうです。

好きな女のためだったら人を殺すことも厭わないのだから、それがわかるようにもっと美花のことを“魔性の女”として描いて欲しかったですね、どうせだったら。

タイトルの“光”ってどうなんだろう、“罪”的な意味合いなのかな。
そうせざるを得なかったというような意味合いの一筋の・・・
作者に聞いてみたいです。

結論とすれば、凄く意欲作なんだろうけど、私には伝わらなかったかな。
それにしてもこの読後感の悪さはなんなんだろう。
一番可哀想なのは娘の椿。
彼女にこそ光はあるのだろうか。
救いようのないモヤモヤ感。

最後までぐいぐい読ませてくれたのは作者の筆力の高さであると、少しだけ作者の弁護をして感想を終えたい。
同じ人が書いているとは到底思えないという意味合いにおいては、“必読の作品”と言えそうです。

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紙の本震度0

2005/08/07 22:51

日本の警察ってここまで腐敗しているのだろうか?あまりにも正義感が欠如しているのではなかろうか・・・

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

警察小説というジャンルに市民権を勝ち取った功績の大きい横山氏であるが、本作はいささか期待はずれだった感は否めない。
警察小説の頂点を極めた『第三の時効』の職場内での凌ぎ合いには男のロマンを感じたのであるが、本作の6人の部長には己の保身が強く滲み過ぎてて共感を得ることが出来なかった。
6人(県警本部長以下、キャリア組エリート警務部長、準キャリア警備部長、叩き上げの刑事部長・生活安全部長・交通部長)とも身勝手な人間に写ってしまうのである。
多少なりとも私達民間人にとって本作にも登場するキャリアとノンキャリアとの違いなどわかる点はあるのであるが、それは『踊る大捜査線』などで描かれているようなコミカルな感じの方がいいのである。
警察も大変だなと思う以上にその確執の多さ(というか揚げ足取りのオンパレードと言った方がいいのかもしれない)に辟易してしまうのである。
章ごとに視点が変わり、スピード感溢れた展開であるのだが、いかんせん緊迫感が伝わってこない。
やはり類型的に描きすぎているのが一番の要因であろうか。
とりわけ警務部長夫人と生活安全部長・交通部長の3人が漫画チックでリアルじゃないのである。
阪神大震災との関連性についても不満点が残る。
震災地から約700キロ離れたN県でさえ警備部に緊張感が走った点はわかるのであるが、物語との関連性は薄くタイトル名を想起させるためだけに用いたように見受けれる点は残念である。
逆に裏の主人公であるとも言える失踪した課長サイドから彼らの人生を読み取れたらドラマを感じ取れるのかもしれないなとも思う。
ラスト付近のミステリーの解明度は『半落ち』よりも勝ってるとも言えよう。
本作は皮肉な意見であるが、2時間ドラマで見るほうが面白いのかもしれない。
いずれにしても、横山氏の力量からしてもっと面白い作品が書けるというのがひとつの結論である。
次作以降大いに1ファンとして期待したい。
活字中毒日記

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紙の本オーデュボンの祈り

2005/07/10 00:12

荒削りな面もあるが伊坂氏のもっとも得意とするところである卓越した伏線張りがデビュー作からたっぷりと堪能できる。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ご存知、今をときめく伊坂幸太郎のデビュー作。
文庫化にあたりかなり改稿されたとのこと。
伊坂作品はまるでトレンディドラマを観るような感覚で楽しく読める。
私は氏がもたらした読書離れに対する功績はとてつもなく大きいような気がするのである。
本作はデビュー作ながら、伊坂氏のもっとも得意とするところである“卓越した伏線張り”が堪能できる。
内容的にはファンンタジックなミステリーと言えよう。
仙台から少し離れたところにある100年以上も鎖国を続けている“荻島”に、コンビニ強盗を失敗し逃亡中の主人公伊藤は連れ去られているところから物語が始まる。
荻島に住む人々がなんとも奇想天外で度肝を抜かれる。
嘘つきの画家園山、体重300キロのウサギさん、島の規律として殺人を繰り返す桜など・・・
個人的には架空の島である荻島に住む優午という“カカシ”の幻想性と彼をとりまく奇抜だが憎めない人物と、現実に伊藤を追いかけるために手段を選ばない残忍な警察官・城山とのコントラストが一番の読ませどころであり、作者の弱者への暴力の否定に対する願いがこめられているような気がした。
シュールな世界の中に現実感をもたらせた作者の意図は読者に十分に伝わるのである。
余談になるが、作中に“名探偵”に対する定義的な表現があるのであるが、本当に的を射ていてドキッとさせられた。
やはり伊坂幸太郎は読者の小説に対する“世界観”を変える凄い作家である。
少し物足りない点を書かせていただいたら、やはり主人公(というか語り口)が個性的でないこと。
島に滞在して成長を遂げたとか、あるいは強盗を起こしたことの反省であるとか、また恋人静香とのもう少し詳細な過去とか・・・
前述した名探偵的な役割を担っていると解釈するべきであろうか・・・
結論として近作に見られる軽妙洒脱な文章も本作においては多少なりとも不完全なような気もするのであるが、その後の伊坂氏の見事な成長振りを実感するためにはやはり必読の1冊だといえそうだ。
あと登場人物がリンクするので古い作品から順に読まれた方がより楽しめるのも間違いのないところであろう。
私の感想には何の伏線もありません、あしからず(笑)
活字中毒日記

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紙の本ジーザス・サン

2009/06/11 18:02

正直、柴田元幸訳だから完読出来た退廃的な世界を描いた一冊。白水社エクス・リブリスの第一回配本作品なので非常に期待したのですが、作者が何を言いたいのか理解し辛い作品集でした。逆にそこがこの本の魅力なんでしょうが。ユニークさ、斬新さにおいては魅力があるのかもしれないが、消化できるのにはやっかいな一冊だと言えるでしょうね。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。


白水社の新しい海外文学シリーズ<エクス・リブリス>の第一回配本作品。
読む前は新潮クレスト・ブックスの白水社版だなと思って、作品としての“品格”を期待して読んだのであるがそう言う意味合いにおいては大きく期待を裏切られた一冊である。

この作品集が原書で出版されたのは1992年。時代性がある作品であるかどうかは定かではないが、主人公であり麻薬常用者かつアル中の“俺”のぶっ飛びぶりが読者にとって快感であるか否かがこの作品の評価につながるのである。
そして個人的な結論を言えば、“よく読み終えれた”という言葉がもっともこの作品に対する私の率直な気持ちを表すのである。
よく“万人に受け入れられる本”、あるいは“読者を選ばない本”というような形容がなされる本があるが、本作はこういった言葉にもっとも当てはまらない作品であると言えよう。


思うに白水社も凄く思い切った選択をしたものである。
柴田元幸という“稀代の翻訳者”を起用してのシリーズ第一作。


敢えてこの作品を選ぶ必要があったのであろうか?
とっても疑問に思えるのであるが、たとえば“一筋縄で収まらないシリーズ”というイメージを植え付けるのには効果があったのかもしれませんね。

主人公の“俺”は良く言えば一筋縄で収まらない奴、悪く言えば何を考えているかわからないぶっ飛んだ奴である。
ごく一部の読者にとっては凄く有意義な読書体験だったと感じるのかもしれない。
共感は出来なくとも、自分の思考回路を少し捻じ曲げてくれる一冊であることには間違いないですね。


不思議なものですわ、この浮遊感が売り物なのでしょうが。
でもこの作品が主体性のないものに終始しているのですね。
アメリカではこう言ったドロップアウト的な作品がひとつのジャンルとして成り立っている部分もあるのでしょう。
そう思えれば凄く新鮮なんですが、ちょっと日本では考えられないですね。
たとえば50年ぐらい前の作品であれば許容できても、わずか17年前の作品ですから。
逆を言えば、翻訳本なので胸をなでおろしたとも言えますわ。


最後になりますが、読み終えれた自分に拍手してやりたいです。
あなたも試してください。
ある意味、この作品が素晴らしいと率直に思える方が羨ましいですから。

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山本周五郎賞受賞作品。現段階での白石さんの集大成的な作品と言って良さそうですね。白石さんの世界観は出てるのですが、ちょっといろんなことを詰め込み過ぎて主題がおぼろげになっている感は否めない。小説とエッセイをミックスしたような作品のような印象ですね。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

書き下ろし作品。
正直、凄いなと唸らされる部分と、もったいないなと思える部分とがありちょっと複雑な感じで読み終えました。

白石さんの思想がとっても表現できた作品なのであるけど、小説の中に評論が混じっていて、評論の方が主人公が語っているのか白石さんが語っているのかが読者にとってわかりづらいのですね。
もちろん、洞察力の鋭い方なので読んでいてとっても勉強になる部分は大きいのですが、どうしても小説部分に集中できなかったのですね。
敢えて2巻組にしなくても良かったんじゃないかな。
あと100ページぐらい削って一冊にまとめた方が読者も感動度が増すし、求めやすいし良かったのでしょうけど。
まあそれは出版社の意向もあるのでしょうが。

主人公のカワバタは胃ガンに侵されている大手出版社の編集長。



さすが元出版社に勤務されてた作者だけあっていろんな問題がリアルに描かれてます。
政治家の不正を暴くことがメインなんですが、あとはグラビアアイドルと寝たり、あるいは上司の妻と不倫したりなどなど。
読後真っ先に感じたのは、エンターテイメント作品に徹したらもっと魅力のある作品だったのになという感じですね。


白石さんの哲学的・経済的な思想を詰め込み過ぎて、そこが小説のストーリーとしての本筋から離れているんですね。
風呂敷を広げ過ぎている印象は否めませんわ。
イチローなんかのスポーツ選手に対することも書いているのですが、これは主人公の考えじゃなくって白石さんの考えなんですね。
だから、小説に没頭できないのですね。
主人公やそのまわりの人の生き方と地球の貧困の原因とは別物ですよね(笑)
もっともなことは書いてあるのですがジレンマに陥りますね。
イントロダクションだったらいいのですが、途中で何回もでてくるのですわ。


あと書きとめておきたいのは、やはりとりようによっては作者の男尊女卑的な考えの部分が垣間見れたかな。
特に妻に対する描写なんかはそう感じられましたね。
男性が浮気をするのは許せて、女性は許せない的な部分ですね。
あと育児に対する感覚なんか女性が読めば特に抵抗あるかも。


小説として読めば、ラストの100ページぐらいから意外性のあるちょっとハードボイルド的な部分も含んだ展開が待っていて、かなり楽しめます。
凄く哀しい作品なんだけど、どうなんだろう正義感があんまり出てなかったような気がします。
世の中ひとりの力ではどうしようもないんだということを教えてくれたような哀しい作品に私には写りました。
私的には作者の考えが主人公に充分に乗り移っていない気がするのですね。


皮肉なもので本作が山本周五郎賞受賞作品であるので手に取った。
でも山本周五郎賞の受賞作品として読めばやはりちょっと物足りないかなと言うのが本音ですね。


ただし、白石一文フリークが読めばこんな素晴らしい作品はないんじゃないかな。
贅沢な一冊と言えるでしょうね。
小説の“新ジャンル”と言えば言い過ぎですが、フリードマンの経済論も楽しめ、チャーリー・シーンの出演料に度肝を抜かれます。


白石フリークじゃなくても一読の価値がある作品だとは思います。
あなたも是非確かめてください。

続活字中毒日記

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紙の本純情エレジー

2009/05/15 17:15

豊島流の自分探しの物語。ただしR-18版です(笑)敢えてエッチなシーンを盛り込む必要があったのかどうか、もちろん出版社の要望としてコンセプトとして盛り込まなければならなかったかもしれないですが。他の作品と合わせて読んで評価されるべき作品であるというのがひとつの結論ですが・・・

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

初出小説新潮6編、残り1編書下ろし。
全7編からなる官能的な部分を含んだ短編集。

たとえば他の豊島作品がたとえ男性読者であれ、一時女性の気持ちもわかるような気分にさせられる術でもって書かれていることが最大限の魅力であった、あくまでも個人的なことですが。
それは性別を超えた切なさやほろずっぱさ、そして夢を持つことの大切さ、青春の素晴らしさを体感できることができたからである。

本作はそういった意味合いにおいては、一男性読者の立場で言わせてもらえば、他の作品のように作品の素晴らしさを享受することはできないような気がするのである。
それはもう、逆に言わせていただければ“男子禁制”小説と言えそうである、ただし作者と同年代以下の男性ならまだ許容範囲かもしれませんね。
私的には自分の捉えれる感性を超えた部分を強く感じたのでやはり理解し辛かった作品である。

一方、とらえようによれば豊島さんのひとつの到達点を示した作品集であるとも言える。
これは言葉では説明しにくいんだけど(笑)、ある程度著者の他の作品を読んだ上で言ってるつもりではあります。
簡単に言えば、不器用な主人公がいてそして結構内容は純愛なんですね。敢えて官能的な部分を取り入れることが共感できるか否か。
やはり“青春現在進行形”の人の意見を聞きたいところですね。
私的にはたとえば『檸檬のころ』や『エバーグリーン』のようなほろずっぱさはあんまり感じなかったな。
まあそれぞれの主人公たちが“夢”を持ち続けているシチュエーションでなかったというのも原因だとも思いますが。

否定的に書いたが、全7編中ラストの書きおろし作品「結晶」は素晴らしいの一言に尽きる。
他編ではおぼろげにしか受け止めれなかった“郷愁感”が凄く滲み出た作品であるからだ。

最後にご存知の方も多いと思うが新潮社主催の「女による女のためのR―18文学賞」読者賞でデビューして7年。
そして昨年“休筆宣言”をされた豊島さん。
同性で同年代の方からの圧倒的な支持を受け7年間頑張ってきたことは周知の事実である。
自分のデビューのきっかけとなった出版社(新潮社)からの刊行。
本作は第一期豊島ミホの卒業的な意味合いの作品集であると思っている。

本作を読み終えてその内容の評価以前に作者の気持ちを理解したつもりでいる。
本作の主人公以上に人生の岐路に立った作者。
暖かいエールを送りたいな、お帰りなさいという日々を待ち続けて・・・

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紙の本架空の球を追う

2009/02/20 23:11

女性の視点で描かれた短編集であるが・・・

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<まがりなりにも三十数年を生きてきた今の私たちは知っている。答えはひとつじゃないことを。結婚に生きても仕事に生きても、子供がいてもいなくても、離婚をしてもしなくても、セックスに愛があろうとなかろうと、そんなことは別段、人間の幸せとは関係がなさそうなことを。>(本文より引用)

オール讀物2007年2月号~12月号にわたって掲載されたものを単行本化。
『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞を受賞して2年半。
表題作がNHKでドラマ化も決定している森さんの短編集ということで期待して読んだのであるが、正直なところ読後ちょっと肩すかしを喰らった感は否めない。

ちょっと私の偏見かもしれないが、どちらかと言えばオール讀物より別冊文芸春秋に掲載された作品の方がクオリティが高いような気がするのである。
単行本化された時に前者(オール讀物)の方が“寄せ集め的”な印象が強い。
本作はあまりにも作品集としてのコンセプトがはっきりしないように感じる。

内容的には“文芸誌”じゃなく“女性雑誌”に掲載すべきだったと思うのは私だけであろうか。

200ページに満たないペース数の中に11の物語が描かれているのであるが、中には当然掌編と呼んだ方がいいものが半分近くある。
まあとらえようによっては女性の本音という部分では書けてるとも言えよう。

ちょっとこきおろしたけど(笑)、味のある印象深い作品もいくつかある。
まず冒頭でセリフを引用した「銀座か、あるいは新宿か」。
女性視点で語られていていわばこの作品集の主題を凝縮させた言葉だと言えそう。
ちょっと男性読者が読めば引いちゃうかも。

あとは女性の虚栄心を見事に描いた「パパイヤと五家宝」。

それとラストの意外性と女性の強さを誇示した「ドバイ@建設中」。

ちょっとブラックテイストの混じったものが多かったのがやはり期待外れだったのであろうと結論付けたい。

『風に舞いあがるビニールシート』はとっても女性にエールを送ってくれ、森絵都末恐ろしと感じたものであるが、はたしてこの作品集は同じような効果があるのだろうか。
全体的に深みのなさを感じざるをえず“物足りない”というのが私の結論なんですね。

ひとつの要因としてやはり枚数が足りないというのも大きいと思う。
そこで胸のすく終わり方よりも、どちらかといえばコミカルで意外性のあるエンディングに終始せざるをえなかったのもわからないことはない。
ただ“ユーモア短編集と割り切れないところ”が、森さんへの大きな期待の表れであるのですよね。
寡作な人だけに余計に期待しちゃう部分もあるのでしょうが・・・
その結果として私的には冒頭の表題作で登場するコーチのように“空回り”してる部分が多分にあるように感じたのである。

並の作家ならいざ知れず、直木賞作家に対する読者のハードルは高いと自覚して欲しいなと思う。

どちらかと言えば、胸のすく明日に繋がる作品を読みたかった。
読者の気持ちを代弁したい。
でも私の代弁って男性一読者ゆえのものかもしれないけど(笑)

みなさん薄い本なんでサラッと読んで意見を是非聞かせてほしいなと思います。
ちなみに私は結構、森さんのファンですよ。

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紙の本アカペラ

2009/02/05 23:17

待ちに待ったという言葉がぴったり当てはまる作品集だが。

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大ファンである重松清と同時受賞された直木賞がきっかけで以前、山本文緒さんの作品に嵌っていた時期がある。
男性読者がこれだけ楽しめるのだから女性読者ならと思い、当時この手の小説を書かせたら右に出るものはいないと思ったものだ。
時代は変わったものである。

かつて、山本文緒さんの作品を読む時、男性読者の立場から“女性ってまったく違う生き物なんだ”と思いつつ、それを確かめる意味合いも含めて読書に熱中した記憶がある。

少し手厳しい言い方をすれば、約6年ぶりの小説ということで、そのブランクを感じさせなかったと言えば嘘になるであろう。

評論家の北上次郎さんは新潮社の『波』で「山本文緒健在なり。」という言葉でこの作品を評しているが、少し後ろ向きな意味合いに捉えてしまった。
私的には“健在”というより“肩慣らし程度”の作品集だと思っている。
いやそうあって欲しいという願望がある。
なぜなら山本さんが休養されている間、プロとして年に数冊コンスタントに書き上げる角田光代さんの作品に邂逅してしまった。
現在、2人を比べてみると角田さんに軍配を上げざるを得ない。
比べること自体、野暮なこととも言えようが。
結果として、角田さんの素晴らしさを再認識した読書であったと言わざるを得ない。

かなり辛辣に書いたような気もするが、決して過去の山本作品の毒舌をまねたわけではない(笑)

普通の人の心の底に潜む悩みを書ける角田さんとはやはり差がついたと思ったりする。
しかしながら、いろんなことを差っ引いて考えたら、今現在の山本文緒さんのカラーは十分に出た作品集とも言える。
各編の登場人物それぞれが彼女の分身と言えば大げさかもしれないが、それぞれの苦しみがにじみ出ている。
言葉としての描写というか、文章の息づかいは群を抜いている彼女の・・・

全3編からなる短編集であるが、表題作の「アカペラ」は実に素晴らしい。
躍動感があり本当によく書けている。
主人公のタマちゃん。
家出ばかりする母に育てられ祖父を大事にする女の子なんだけど、担任の先生と敢えてコントラストさせその結果凄く上手く書けてて読者の心に響くのである。

後半部分でタマちゃんとおじいちゃんが“脱線”するんだけどそこがいいんだよね。
まあ、そこは読んでのお楽しみということで。
作中でアカペラで何曲も歌ってますよ、懐かしいあの歌を。

だが、残念なことに表題作「アカペラ」は実際には直木賞受賞直後ぐらいに書かれた作品なのである。(雑誌掲載2002年)

あとの2編はそれぞれ2007年と2008年に掲載されたが、少し表題作に比べてクオリティが落ちるような気がするのだ。
何を語りたいのかがぼやけている印象。
というか、表題作「アカペラ」より古めかしく感じるのである。

「ソリチュード」は父親の死をきっかけに20年ぶりに実家に帰った春一の話だが、やはり男性主人公だと少し興ざめかな。
だらしなく書こう書こうという意図が見え見え。
1ページ目から自分のこと“駄目男”って語っている。
昔の彼女の娘である花一ちゃんが凄く健気で可愛かったなというのがまだ救いだった。

「ネロリ」は無職で病弱な弟と暮らす50歳独身女性の物語。
まあラストの意外な展開はハッとさせられたかな。

あとの2編は私的には、以前より毒がなくなって優しく穏やかになられたような気がする。
人間的にも作品的にも。
少なくとも“以前の山本文緒テイスト”はなくなったかなと思ったりするのである。
すなわち“個性がない”のである。

個性派作家の代表選手であった山本文緒さんを知っている一読者である私は、前述の北上次郎さんに対抗して“山本文緒変身なり”という言葉でこの作品を評したいなと思っている。

私の言葉が当たっているかどうか試してみる価値は十分あると思っておりますよ。

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