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SnakeHoleさんのレビュー一覧

投稿者:SnakeHole

224 件中 1 件~ 15 件を表示
失踪日記 1

失踪日記 1

2005/08/04 08:55

世界がひっくり返っても絶対に宿無しにはならないだろうヒトも必読

16人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いやどうにもこうにもこれはものすごいマンガである。数年前の「刑務所の中」(花輪和一著)もすごかったがこれもすごい。89年11月,マンガ家吾妻ひでおは月刊誌の仕事をほっぽり出していきなり失踪してしまう。そして……巻末にあるとり・みきとの対談によれば西武線の奥の方らしいんだが,とにかく団地のそばの雑木林の中でいわゆるホームレス暮らしを始めるのだ。
 なんつうかなぁ,オレなど昔から町で宿無し(上で「ホームレス」ちう言葉に「いわゆる」をつけたようにオレは基本的にこの横文字言葉が嫌いである。「宿無し」つう立派な日本語があるぢゃないか)の人を見かけるたび,明日は我が身というか,彼我の間に横たわる距離の短さ,壁の薄さを切実に感じてたクチなので,気持ちわかるなぁ。仕事キツいとき駅とかで電車待ってるとふと「逃げちゃおうか」とココロに浮かぶんだよな,やりませんけど。
 不審者として警察に引っ張られ,身元がバレてファンだという警官に子供宛の色紙を描かされるくだりが傑作。このへんは実話だけが持つおかしさだよな。全国の宿無しのヒト,潜在的宿無し候補のヒト,そして世界がひっくり返っても絶対に宿無しにはならないだろうヒトも必読。続編も楽しみである。

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鼻/外套/査察官

鼻/外套/査察官

2008/07/20 08:43

落語調で訳されてないゴーゴリなんてこの先絶対に読む気にならないぞ

19人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いまどきなんでゴーゴリをと訝しく思われる方もいらっしゃるでしょうが,これがその,光文社が今度始めた「古典新訳文庫」ってやつの一冊でしてね。キャッチフレーズが「いま,息をしている言葉で,もういちど古典を」てんですが,このゴーゴリの巻は東大の浦雅春ってロシア語の先生がなんと「落語調」で翻訳してるんでさ。ゴーゴリなんて「鼻」ってのをずぅっと昔,かれこれ三畳紀の終わり頃に「ちくま文学の森」中の1冊で読んだことがあるだけだよってテイタラクのアタシもそれなら面白く読めるかもしれん……ってオレまで落語調になるこたないんだが,とにかくそういうことなんである。

 いや実際,「ちくま文学の森」の「変身ものがたり」に収録された「鼻」(平井肇訳)から受けた印象とは全然違う。もちろんストーリーは同じもので(違ったら大変),ペテルブルグのある下級官吏が鼻を失くし,その鼻が床屋のパンのなかから出現,後難を恐れて捨てられると次は制服を着て街を闊歩するという話で,平井先生の訳ではシュールレアリズムというかアヴァンギャルドというか,なんだか人生の深淵に潜む真実を暗示しているかも知れないと言われればそうかと納得してしまいそうなそんな印象を受けるわけだが,これが落語調だといきなり「つまりは『あたまやま』なんぢゃねぇか」と合点が行くんだな。

 あのドストエフスキイが「我々はみなゴーゴリの『外套』から生まれた」とか言ったとかで長らく「ロシア写実文学の金字塔」あつかいされてきた「外套」も,なんだか似た話が落語にあったような(「品川心中」……あ,あれは生きてるのか)気がしてくるし,腐敗したロシア官憲の実情を告発したとして名高い戯曲「査察官」(従来採られていた「検察官」という題名はすんげぇ誤訳なので改めた由)も,まるで落語の速記本だ。そう言えばロシア人の名前って寿限無が地でいけそうなほど長ったらしいし(そんなことはありません)……。というわけで大層面白かったのだが,気がつくと結構問題である。何がって? だってもう,落語調で訳されてないゴーゴリなんてこの先絶対に読む気にならないぞ,これ読んだら。

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銀河ヒッチハイク・ガイド

銀河ヒッチハイク・ガイド

2006/01/02 10:29

そうか,「スラーティバートファースト」は「ちょうちん屋ぶら右衛門」みたいな名前だったのか

13人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 映画の公開(2005年9月)に合わせて新訳が出てることを知って衝動買いした。オレは昔の新潮文庫版(風見潤訳)も持っているのだが,なるほど「訳は世につれ世は訳につれ」と巷間言う通り(言わない)である。銀河系大統領のファーストネームはザフォドからゼイフォードと,おそらくはより発音に忠実な表記に替わり,宇宙最強のカクテルの名前も汎銀河ウガイ薬バクダンから汎銀河ガラガラドッカンという,どっか麻布あたりのこじゃれたバーでメニューに載っていてもおかしくない(おかしいか)今風なものに変わっている。
 なによりオレが感動したのは,巻末の解説なんだけど,惑星制作請け負い業者の老人の名前に関して言及のあったこと。本文ではこの老人が自分の名前,スラーティバートファーストを地球人アーサーに明かすのを躊躇し,聞き出したアーサーが「スラーティバートファースト?」と聞き返すだけ(つまりなんで老人が名前を言いたがらなかったのか全然わかんない)なんだが,訳者の安浦さんはこれのどこが笑えるのかをネイティブに訊いてみたんだそうな。その答えは「なんとなく語感が滑稽だ」。
 ……なぁるほど,つまりこれは日本で言えば「ちょうちん屋ぶら右衛門」とか「治武田治武右衛門」(どっちも落語の登場人物)とかつう感じの名前なのか,そうかそうかと深く納得。ところでこれまた解説で知ったのだが,本家英国ではこれ,TVシリーズも作られていたんだね。映画化を当て込んで日本でも発売された。世にもチープな造りらしいが「銀河ヒッチハイク・ガイド/TVシリーズ全6話」かぁ。うう,買ってしまいそうである。

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ゲゲゲの女房 人生は…終わりよければ、すべてよし!!

ゲゲゲの女房 人生は…終わりよければ、すべてよし!!

2009/12/21 11:38

天下の講談社から「少年マガジン」への執筆を依頼されるあたりでは読んでるほうもコブシに力が入っちゃうもんね

14人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者の武良布枝って誰だ? と思った人は書名をよく見るべし。その本名は知らずともこの世に「ゲゲゲの女房」と言ったら一人しかいるまい。あの漫画家・水木しげるセンセイの奥様である。昭和36年1月30日(これはオレが生まれる2日前である),見合い後5日で当時貸本マンガ家だった武良茂(水木しげるはペンネーム)と結婚。新婚旅行もヘチマもなく上京し,調布の水木宅で極貧の新婚生活を始める。

センセイの代わりに原稿料3万円を貰いに出版社に行き,「水木さんのは売れないから」と1万5千円に値切られて食い下がり,往復の電車賃だけ上乗せして貰って帰るくだりや,「こんな収入で生活して行けるはずがない」と申告所得を疑う税務署員にセンセイが質屋の赤札の束を突きつけて「われわれの生活がキサマらにわかるか!」と怒鳴りつけるシーンなど,涙なくては読めません。

「ガロ」(懐かしいなぁ)に掲載した「勲章」や「不老不死の術」(両方とも「ねずみ男の冒険」所収)が注目され,ついに天下の講談社から「少年マガジン」への執筆を依頼されるあたりでは読んでるほうもコブシに力が入っちゃうもんね。水木ファン必読の一冊。

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世界でもっとも美しい10の科学実験

世界でもっとも美しい10の科学実験

2008/08/26 16:41

二重スリット実験の映像に感動した。そして,あなたもそうだといいなと思ってる。

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ケネス・W. フォードの「不思議な量子」に「電子は原子内の3次元空間に波として広がっている」という話が出てくる。「ああそうですか」と納得しちゃうヒトには簡単なのだが,これが以下のような実験をして導き出されたと聞けばどうだろう。
 電子銃から一度に一個の電子を放出する。その行く先には放出された電子を受け止める検出システムがあるのだが,両者の間には壁が一枚設けられており,その壁には二つ,縦長のスリットが開いている……。たとえばこれをピッチャーとキャッチャー,それにマウンドとホームベースの中間に置かれた壁とすれば,キャッチャーが受け止めたボールは必ずどちらかのスリットをくぐり抜けて来たことになる。常識ですよね?
 ところがこれが電子では常識ではなくなる。この実験器具を実際に作り一個ずつ電子を何個も検出システムにぶつけてみると,そこには典型的な干渉波のパタンが現れるのだ。意味解りませんか? つまり一個の電子は二つのスリットの両方を同時に通り抜けるのだ。そして互いに干渉し,また一個の電子として検出システムに到達する。おお,大リーグボール4号ですな,あれ5号かな?
 本書は,この実験(二重スリット実験という)をはじめとして,科学雑誌「フィジックス・ワールド」の読者が選んだ「美しい科学実験トップ10」を解説したものだ。エラトステネスによる地球外周の計算や,ガリレオが行ったというピサの斜塔から重さの違う球を落とす実験,ニュートンの太陽光分解,地球の自転を証明するフーコーの振り子……。
 果たして科学実験を「美しい」と呼べるのか,という哲学的な疑問に逐次答えつつ,著者は「科学する」ことの楽しさを余すところなく伝えている。もし時間がおありなら是非,
「Electron Waves Unveil The Microcosmos」にあるムービーをご覧あれ。これは日立製作所基礎研究所の外村彰さんがロンドンの王立研究所で1994年にやった講演のフィルムで,二重スリット実験で電子が干渉波を描くさまをその目で見ることができる。オレはこれを美しいと思った,正直言って感動した。そして,あなたもそうだといいなと思ってる。

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神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡

神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡

2005/12/10 09:16

「イーリアス」でアキレウスやヘクトルに神々が助言をしたり命令をしたりしたのは「事実」だったのだ……

12人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 2年前の6月,デンマークのトール・ノーレットランダーシュというヒトが書いた「ユーザーイリュージョン 意識という幻想」という本を読んだ(この本もめちゃ面白い本,お勧めである)。その本で著者のノーレットランダーシュはこのジェインズの本のことを書き,その「3、000年前の人類は意識を持っていなかった」という説を「奇想天外に聞こえるが実はそうでもない」と支持していた。それはスゴい話だ是非モト本を読みたいもんだと探したんだが,なんとその時点でこの本の邦訳は出版されていなかったのだ(1976年の本だってのに)。
 本書の「訳者あとがき」によれば,ノーレットランダーシュの本の翻訳者であった柴田さん自身もそう思ったらしい。こんな面白げなホンが未訳であると版元に打診,そんときは無視(をい)されたものの紆余曲折あってついに訳出に成功,めでたくこの素敵なホンは私の手元に届いたのである。嬉しい嬉しい。
 ジェインズの論旨を乱暴に要約するとこうである。……大昔,少なくとも3、000年以上前のニンゲンには意識も『私』という概念もなかった。当時のヒトビトは神々の声に従って行動していたのだ。つまり「イーリアス」でアキレウスやヘクトルに神々が助言をしたり命令をしたりしたのは「事実」だった……。
 あ,いや別にそのころは神と呼ばれる宇宙人が地球を支配していたとかいう話ではなくて,ジェインズによれば当時のニンゲンの心は二分されていたというのだ。右脳で行なわれる非言語活動はすべて「頭の中で聞こえる話し声(時には幻視を伴ったかもしれない)」をとって左脳の言語野に伝達されていた。統合失調症の患者がありもしない声(最近の俗語では「電波」か?)を聞くように,古代の人々はそのような形で自分の感情や欲求を超えた社会秩序を保っていた……。
 そんなこと言ったって,と口を尖らせるのはこの本を読んでからにして欲しい(だいたいオレが言ってるんぢゃないんだから,ね)。これが受け取りようによっては天地がひっくり返りかねないような説であることはジェインズ自身が一番よく解っていて,実に周到にその論旨を積み上げている。いまその場であなたが思いついた程度の反論であれば,この本を読み進むうち氷解すること請け合いである。それにこの説,「智恵の果実を食って(「意識」を獲得したことで)神に追放される失楽園の物語」に,あつらえたように符合すると,思いません?

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武士道の逆襲

武士道の逆襲

2005/06/15 11:42

「ラストサムライ」を観て新渡戸武士道にカブレたニワカ国家主義者の方々必読の書

13人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

オビにもあるように「武士道は大和魂ではない!」という本である。
もともと武士という存在は平安期,律令制度の間隙に生じた荘園という私有地の拡大に伴って現れたいわば私兵・傭兵であり,有り体に言えば,人殺しの専門職,今風に言えばプロのテロリストである。その望みは国家の安寧でも正義の確立でもなく,ただひたすらに自分の生を全うすること……。
天下のご意見番として講談などでも有名な大久保彦左衛門が著わした「三河物語」,武士道といえば必ず引用される山本常朝の「葉隠」,武田家の名将高坂弾正の手になると言われる(異論あり)「甲陽軍艦」などを手がかりに,武士として生きた男たちの死生観,哲学を分析した快著と言えよう。
特に新渡戸稲造らが唱えた「明治武士道」と,実際の武士たちの「武士道」との違いを追求した後半は圧巻。そも「武士」を否定して成立した近代国家ニッホンが,なぜ明治も半ばを過ぎてからかつて忌み嫌った「武士道」なる言葉を引っ張り出して埃を払うばかりか,あまつさえ「Soul of Japan」(新渡戸の「BUSHIDO」の副題)とまで祭り上げなければならなかったのか,というあたり,「ラストサムライ」を観て新渡戸武士道にカブレたニワカ国家主義者の方々必読である。

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イケナイ宇宙学 間違いだらけの天文常識

イケナイ宇宙学 間違いだらけの天文常識

2009/07/14 10:58

「なぜ空って青いんだろ」と思ったこと,ありませんか?

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

一所懸命に思い出そうとしてみたのだが,どうしても思い出せなかった。いやね,ワタクシもご幼少のみぎり,「なんで空は青いのか」と疑問に思ったことがあり,周囲の大人に訊いてまわったことがあり,なんらかの(おそらくは間違ってたはず)回答をもらってそれなりに得心していたはずなのであるが,その幼いワタシが納得した「空が青いわけ」っていうのが果たしてどんなイカサマ的説明だったのか,その中身がさっぱり思い出せないのである。

で,気がつけば,だ。ヨワイ40を超えるオッサンになり,実のところ「なんで空は青いのか」というコドモの時の疑問の正しい答えを知らないのだ。他にもある。潮の満ち引きが月の引力に関係していることはオボロゲに知ってても,月は一日に地球のまわりを一周するだけなのになんで朝夕は二回あるのか,と訊かれたら答えられない。さらに追い打ち,なぜ朝夕,地平線や水平線の近くにあるときの太陽が大きく見えるのかも正確には説明できない。

この本を読めばそれができるようになる。子供にも威張れる。

その上,世に溢れるトンデモ知識をただせるようにもなる。赤道の北と南では流れる水が作る渦の向きが逆になるって大嘘(信じてるヒト,これウソだからね)や,アポロは実は月に行ってないというカプリコンー1的アメリカ陰謀話,UFO(未確認飛行物体)が宇宙人のはずがない理由,そしてハッブル望遠鏡に対する数々の誤解まで。

いやボクはワタシは文系だから,とか気にするこたぁない(そもそも著者の住むアメリカには「理系」とか「文系」という区別はない)。平明な文章とわかりやすい例示,中学生程度の理科的知識があれば理解できる話がほとんどだ。本書で著者も言及しているが,あのカール・セーガンが著した「人はなぜエセ科学に騙されるのか」の後継にして,あれほどシャクシジョーギでない読み物として,「なぜなに少年,どうして少女」を持つ親御さんたちに強くお勧めしたい良書である。

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水子 〈中絶〉をめぐる日本文化の底流

水子 〈中絶〉をめぐる日本文化の底流

2008/08/31 09:06

中絶を容認しその水子を供養する日本人の心根をアメリカ人が読み解く

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ご存知の通りキリスト教では妊娠中絶を(それどころか公式には避妊さえも)認めておらず,中絶問題に対する態度はアメリカ大統領選挙の結構大きな争点の一つ,ネットでも「Gun Control」や「Mac vs Windows」と比肩する「聖戦ネタ」の一つである。そんな倫理観を持つ欧米人にとって,殺生を禁じる仏教がその行為を容認し,宗派によっては堕胎した子供を「水子」と呼んで供養するという日本の状況はとってもフシギなものらしい。著者ラフルーアはペンシルヴァニア大学教授で日本思想を専攻。本書は彼が,日本人のこの生命倫理観の源流を追い求めて1992年にまとめた,実に刺激的な日本文化論「LIQUID LIFE:Abortion and Buddhism in Japan」の全訳である。

 オレは別に水子研究者(そんなのいるのか?)でもないし,仏教徒ではあるけどウチの宗派(浄土真宗)は所謂水子供養をやらないことで有名である。にも関わらず,当初「外国人のセンセが日本の文化について外国のヒトに説明するために書いたホンね。どこまで日本人の心が分かっているのやら」と斜に構えて読みはじめた。だってそうでしょ? レイプされて出来ちゃった子供でも中絶はいかん,何故って聖書に「産めよ,増えよ」と書いてあるからってな具合にあっさりした頭ぢゃ日本人が水子を供養する気持ちなんか分からんよ,と思うでしょ?

 しかしまぁ予想されたことながら,頭の中があっさりしてる事ではオレもあんまり負けてなかったわけで(笑),読み進むにつれて目からウロコの落ちまくり,ああオレはこんなにも日本人のことを知らなかったのか,と反省することしきりであった。そのいちいちをここで開陳するわけにはいかないが,例えばあの「木枯し紋次郎」で有名な「間引き」という言葉。気づかなかったのはオレの迂闊だがあれはまさしく農業用語,苗の中から弱そうなものを抜いてその分の養分を強いものに回すことである。そりゃもちろん農民が人間の子供を間引くのは貧困の故だったろうが,そこに「その犠牲によって外の者が救われる」という含意があるとは蒙を啓かれた。

 まだある。上にみたキリスト教に代表される多殖主義(フィカンディズム)は世界に共通する原始的宗教意識の現れである。神道によくある男根女陰の生殖器官を表象したご神体もその一つであり,つまりそれは「部族間闘争において優位に立つためには頭数を増やすことが大事だった」という「陣取り合戦的人類史」の名残なのだ。そして歴史上唯一,こうした原始的宗教意識のくびきを脱却したのが仏教なのであり,堕胎を容認し水子を供養する日本人の生命倫理観は,その仏教哲学の日本的バリエーションの中に生まれた。

 難しい? 下世話な言い方をすれば,世界中に数多ある宗教の中で「多産を善」という教義を持たないのは仏教だけなのだ。だからこそ江戸時代,荻生徂徠などの御用学者は「仏像など無駄だから鋳つぶして貨幣にしたほうがいい」とまで仏教を攻撃したし,明治初期,富国強兵を推進した明治政府は廃仏毀釈を断行したのである。歴史上為政者が多産を奨励したのは例外なく税収が増えるからであり,増えた国民が幸せになるからではない。これはどこの国もおんなじなんだけど,どこの国でも馬鹿な国民はそんなこたぁないと思ってんだよね。

 上にも書いたようにこの本の原著は1992年の出版なので,現在のニッポンには当てはまらない記述もある。曰く「学校中退率は日本ではわずか6%であるのに対して,合衆国では30%になる。日本の薬物中毒やレイプ犯罪は統計的に僅少である。日本の都市の子供が生命の危険を感じないで暮しているのは大人も子供も殺傷力のある武器を所持しないからである」……。いやぁ,我々のクニはこの15年の間もやっぱり「アメリカに追いつけ追い越せ」と必死で努力してきたんですなぁ,と涙が出ますね(笑)。とにかく,中絶問題のみならず,宗教や文化人類学に興味がある人にもオススメできる労作,労訳であります。

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反★進化論講座 空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書

反★進化論講座 空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書

2009/01/06 16:59

空飛ぶスパゲッティ・モンスターこそが天地創造を行ったのだ(笑)

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「インテリジェント・デザイン(以下ID)」という言葉をご存知だろうか。簡単に言えば,「生物の複雑さは進化論などでは説明がつかないほど精妙なものだから,なんらかの知的存在がデザインしたに違いない」という説で,早い話が「神による天地創造説」を「なんらかの知的存在」に置き換えてアメリカ・キリスト教右派がひねくりだした詭弁である。

 で,彼らはそれを「神の仕業」としたら宗教だけど「なんらかの知的存在」だったら「科学」であると主張,進化論を学校で教えるのならこのIDも一つの学説として学校で教えるべきだと言うんですな。「なんらかの知的存在」ではどうもないらしいジョージ・ブッシュもこの説を取り上げ,公立の学校でこれを進化論と共に教えることに賛意を示している。

 この詭弁を逆手にとり,「空飛ぶスパゲッティ・モンスターこそが地球を創造した」という学説を展開,進化論,IDと一緒に公立高校で教えるべきだ,と主張したのが本書である。著者ボビー・ヘンダーソンは数々の実証的な証拠によって空飛ぶスパゲッティ・モンスターこそが天地創造を行った「なんらかの知的存在」であることを論証。ウェブサイト(http://www.venganza.org)で布教活動を進め,全世界に1000万人(主催者発表)の信者を集めているという。

 いや,ぶっちゃけ冗談なんだけどね(言うまでもないか)。この冗談が実に念の入ったもんなのである。いわく「重力というのはスパモン(空飛ぶスパゲッティ・モンスターの略)がその見えざる触手で我々を引っ張っている力である。人口が増えるにつれて人類の体格が向上したのは一人当たりにかかる触手の数が減るからだ」とか「エジプトの神聖文字の中にスパモンを描いたとしか思えないものがある」とかいうわけだ。

 なかでも傑作は旧約聖書を模した「ヌードル聖書」。1日目「光あれ」と言って光を作ったスパモンは,光と闇を分け,光を昼と,闇を夜または「ゴールデンタイム」と名付ける。2日めにはビールを吹き出す火山を着くって酔っ払い,3日めに昨日「陸」と名付けたばかりの場所を「地」とも名付けてしまう。紆余曲折あって彼は小人と女を作り,彼らに食い物を全部食べられてしまって自分でパスタを茹でる。スパモンがその茹で汁を流すと地上では洪水が起きて「ノアの水上動物園」を作ってる最中だったノアの一家だけが助かる……と言った具合。

 要はこれを読んで馬鹿馬鹿しいと思うヒトはID説だって馬鹿馬鹿しいと思えるように書かれた「福音書」なんだけど,逆に言えばIDを信じちゃうヒトはこれを信じて馬鹿にされなさいということでもある。ひとつだけ気になることと言えば,本書の随所に「パスタをよぉく煮込む」みたいな記述があり,どうもボビー・ヘンダーソンが美味だというスパゲッティはアル・デンテではないらしいことくらいか。いや,アメリカ人ですからね(笑)。

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ルポ正社員になりたい 娘・息子の悲惨な職場

ルポ正社員になりたい 娘・息子の悲惨な職場

2008/11/18 11:02

「もしもあの時」を考えた結論が「生まれたところからやり直せれば」になってしまう世の中は悲しかろう

10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いやはやなんとも,レビューするのに「ずく」の要る本である(「ずく」ってのは信州の方言で「気力・体力」てな意味である)。……アサッテの方から話を始めよう。手塚治虫の「ザ・クレーター」というSF短編のシリーズの一編に「大あたりの季節」というのがある。ものすごくかいつまんでいうと,主人公の中学生オクチンが偶然時を逆流する河を見つけ,これを利用して憧れの少女クミちゃんのハートを射止めるという話なんだが。……これぢゃかいつまみ過ぎで話が終わっちまうか。まずオクチンはクミちゃんに花を贈る。彼女の答えは「あたし黄色いセーターのヒト嫌いなの」(ま,彼女も中学生ですからね)。言われたオクチンは時を遡り,青いセーターに着替えてやり直す。次は言葉遣いが嫌われてやり直し,渡し方がぶっきらぼうでやり直し,最後に風呂に入ってやり直し……と繰り返して,遂にクミちゃんはオクチンに首ったけ,テストはいつも満点で……とまぁ「大あたりの季節」なわけなんだけどね。

 この漫画を読めば,いやこうしてアラスジを知っただけで誰もが思うだろう。そう,誰の人生にも「もしもあの時ああしてたなら……」と思い返さずにいられない「あの時」というものがある。あそこで間違えなければこんな人生にはならなかった,と思うような,ね。でもなかには「どこでどうすれば良かったのかも分らない,後悔もできないような人生」があって,しかもそういう人生を送る,送らざるを得なくなっているヒトが増えている,というのがこの本の内容なのである。

 たとえば第2章で紹介されているヨウコさん。いわゆる派遣のウェブデザイナー……そう聞くとかっこいいと思う高校生とかもいるかも知れないが実態は悲惨の極み。が,ここで注目して欲しいのは彼女の来歴。就職氷河期と言われた2001年,大卒の就職率57.3%の補数側(つまり42.7%側ということだ)に入ってしまった彼女は「手に職をつけよう」とアルバイトをしながら勉強し,派遣会社に登録してウェブデザイナーとして働き出す。現在30歳,派遣社員のまま時給は上がらず将来への不安が拭えない。……ここまでで「もしもあの時に」があるとしたらどこ? 就職できてたらちがった? でもできない率42.7%だぞ。これは彼女のせいとは言えまい。

 あるいは第5章に出てくるハルミさん,高校を卒業後,看護学校に行きたいと言ったが両親に反対され(両親は「さっさと嫁に行け」と言った),花屋でアルバイトをしながら独学でホームヘルパー二級の資格を取る。……ところが引く手数多に見えるこのホームヘルパーという仕事,実はキツくてヤスいので離職率が高く,だからこそ求人が絶えないというトンデモ仕事なのだ。契約世帯を回って介護が必要な老人などの食事の世話や買い物などをサポートするわけだが,信じ難いことに1つの訪問先から次の訪問先に移動する時間は時給にカウントされず,その交通費も自分持ち。実質12時間拘束されて給料が支払われるのは4時間半。やがて彼女は精神を病み,20キロも痩せて仕事を辞める。彼女の「もしもあの時」は? あったとしたらいつだと思う?

 「探せば仕事はある。贅沢を言わないで働け」とエライ人たちは言う。30歳の派遣社員に舌打ちしながら仕事の指示を出す20代半ばの正社員は,自分たちが彼らよりエライと思ってる。本書に出てくるマスコミ関係者は「そもそも年収200万や300万で働いてるほうがバカなんだ」と言い放つ。なんかこの国では「正社員」と「派遣」という新たな階級分化が進行中のようである。「大あたりの季節」で,敵役である井戸井はオクチンからクミちゃんを奪おうとして流れを遡り過ぎ,遂に「最初からいなかった」ことになってしまう。「もしもあの時」を考えた結論が「生まれたところからやり直せれば」になってしまう世の中は悲しかろう。誰だって「爺が総理大臣で親父が大富豪の家に生まれてたらな」とは思うとしても(笑)。

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批評理論入門 『フランケンシュタイン』解剖講義

批評理論入門 『フランケンシュタイン』解剖講義

2008/10/19 05:45

この内容でこの値段なら,本棚に置いておくだけでもお買い得であります

9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン〜あるいは現代のプロメテウス」をちゃんと読んだのは20代後半のことである。もちろんその主人公の一人である「フランケンシュタインの怪物」のことは知っていて(最初の「フランケンシュタイン」体験は藤子不二雄Aの「怪物くん」だ。あれでは怪物そのものが「フランケン」と呼ばれていたが),この有名な話の原典を読んでないのは恥ずかしいのではないか,と思ったのだ。

 考えてみればオレ,齢47を迎えた現在になっても例えば「カラマーゾフの兄弟」であるとか「嵐が丘」「失われた時を求めて」みたいな,なんつか「文学研究における基本的テキスト」みたいに扱われている作品の多くを読んでいないわけで(白状すると読もうと思ったこともない。あ,「フィネガンズ・ウェイク」はこないだ買った),そんな男が「フランケンシュタイン」を読んでいなくて恥ずかしいもないようなもんなんだが,まぁそんときはそう思ったのですよ。

 で,まぁ面白くなくはなかったんだが(19世紀初めの小説だってこともあってちょっと白人臭さがハナについたけどな),今日までその読書体験が人生において何かの役に立つとかいうことはなかった,と。そこに出現したのがこの本である。「批評理論入門」,副題に「『フランケンシュタイン』解剖講義」とあるように,これは世に数多ある文学批評理論について,それら全てをメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン〜あるいは現代のプロメテウス」だけをサカナにして解説しようというマコトにありがたい本なのである。

 え,何がありがたいか分からんって? ならば解説しよう。文学批評理論に関する本はたくさんあるが,多くはそのうちの一理論の解説(つうか,その理論こそ真に文学を解明する鍵であり他の理論はなんの役にも立たないクソである,という主張)であり,それらを網羅的に分かりやすく紹介してる本というのはあんまりないのだ。

 しかもそんなかで面白く読める本というと,オレの管見の範囲内では筒井康隆「文学部唯野教授」だけなのである。でもこの「文学部唯野教授」というのはそれ自体が小説なので,理論のあらましは紹介してもそれを具体的な作品に適用して「例えばこうやるのがなんとか批評だよ」とまではやってない。だからオレのように少々知恵の足らない読者は小説としては面白く読めても,そこで解説された批評理論については「わかったような気がする」だけなんだよね(筒井先生すいません)。

 しかも前述のごとく,この本は批評理論適用対象をただ一編「フランケンシュタイン」だけに限っている。つまりこの本に書かれていることを理解するのに他のたくさんの(そしてまたたいがいはえらい大冊なんだ)テキストを読む必要がないのである。類書を読んだことがある人なら分ってもらえると思うが,これは涙が出るほどありがたい。だって例えば○○という小説をサカナに脱構築批評を説明され,次の章で★★という小説を題材に精神分析批評を解説されたって,ほんぢゃ★★を脱構築批評したときどうなるかって分んないんだもん(オレだけ?)。

 とにかくそういうわけなので,文学や文学研究を志すヒト,昔それらを志したけど挫折したヒト,既に「フランケンシュタイン」を読んだヒト,上のいずれにも該当しないけどたまには難しげな本を読んで賢くなったような気分に浸りたいヒトにはこの本をオススメしたい。いや実際,この内容でこの値段なら,本棚に置いておくだけでもお買い得であります。

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古事記の起源 新しい古代像をもとめて

古事記の起源 新しい古代像をもとめて

2008/09/10 16:07

スサノウによるオオゲツヒメ殺害事件は糞尿処理の技術革新を象徴していたのだお立ち会い。

9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 従来「文学の書」として研究されてきた「古事記」を,無文字時代の「生きている神話」をヤマト朝廷という「国家意識」が統合したものとして捕らえなおし,中国各地の少数民族の間に今も残る無文字文化における歌唱性を持つ神話をモデルとして古事記をこれらに照らし合わせ,縄文・弥生期の「生きている神話」の痕跡をそこに辿ろうという野心的な研究書である。いやこれ,まじ面白いよ。

 圧巻は……いろいろあるんだけど,オレが最も感じ入ったのはスサノウによるオオゲツヒメ殺害事件に原形生存型文化における糞尿処理の技術革新を読み取るところ。知らない人もいるかと思うので(「古事記」くらい読んでて当然って時代ぢゃないもんな)解説すると,姉アマテラスに対して暴力行為を働いて追放されたスサノウが飢えてオオゲツヒメ(食物の神)に飯を強請るんだよ。オオゲツヒメは鼻と口と尻からいろんな食い物を出してそれを差し出す。これを見たスサノウはなんでそんな汚いものをオレに食わせるんだと怒ってオオゲツヒメをぶっ殺すのね。するとそのオオゲツヒメの死体の,頭から蚕,目から稲,耳から粟,鼻から小豆,陰部から麦,尻から大豆が生じたっていうの。

 で,この死体からいろんなものが生まれたという神話は死体化生神話つって中国にもあるんだけど,その前段の排泄物から食い物が生まれるというのは日本だけのオリジナルなんだと。これはなんでかというと,世界中で人糞を農耕用の肥料として穀物を育てるのは日本だけだから。馬糞だの牛糞だのを肥料にするところはあっても人糞を肥料にするってのは中国の少数民族にちらっといるだけで,ほぼ日本の独自技術と言っていいんだそうな。で,それは日本人が人糞をエサにする豚を飼わなかったからだってんですな。これ目ウロコ。なので昔から豚を飼ってたオキナワにはこのオオゲツヒメ型の神話はない。面白いでしょ?

 他にもイザナキの黄泉の国からの逃走話から死者(死霊)との闘争や呪いと呪い返しのパタンを読み取ったり,サホヒコ,サホヒメ神話から兄妹婚という近親相姦に対するタブーの変遷を見たり,従来の「古事記」観を塗り替える論考がぎっしり。ラストの「結 古事記と日本」における,天皇神格化の裏面での政治的近代化(古代の「近代化」なんだけど)の話など,現代日本のありようを考える上でも興味深い視座を提供してくれる。こんな中身の濃い論文が1,000円以下で読めるんだもの,新書というのは偉大だよなぁ。「古事記」解題という意味では,学生時代に読んで大感動した北沢方邦先生(オレの学校の先生だったのだ)の「天と海からの使信 理論神話学」以来の面白本でありました。いやぁ満腹満腹。

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銀齢の果て

銀齢の果て

2006/07/17 06:33

文字通り「筒井文学の新たな代表作」である

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ベストセラーともなり映画化もされた高見広春著「バトル・ロワイヤル」の設定を,増え続ける(そして御大自らその一員であらせられる)高齢者に置き換え,しかも「そのへんの町内」で殺し合いが行なわれるという,これがスラップスティックにならなくてなにがスラップスティックになるかという舞台立て。なんつうか,軒を借りて母屋を乗っ取ったばかりかその母屋を超高層ビルに建て替えた上でゴジラに壊させたみたいなシロモノ。なにを書いているやら自分でもよくわからないが,いやはやなんともこれはスゴイ。
 増え過ぎた老人対策の決め手として厚生労働省が打ち出した「老人相互処刑制度」。早い話が70歳以上の年寄りを減らすため,ブロックごとに殺し合いをしていただき,生き残ったお一人だけにその地区で永らえる権利を与えましょうというわけ。バトル期間は一か月。殺し合いの邪魔をするものは対象者でなくても殺して構わない。宮脇町5丁目で老舗の和菓子屋を営む宇谷九一郎(77歳)は,他の地区でバトルを生き残った経験のある友人猿谷を助っ人に頼む。元自衛官に元プロレスラー,白髪鬼と呼ばれる大学教授に捕鯨船の銛撃ちまで,町内にひしめく58人の強敵(?)を相手に果たして彼は生き残れるのか……。
 と,いうのが大筋なんだが,この「老人に殺し合いをさせる」という発想がスゴいのだ。単に高見作品の中学生をジジババにしただけではないか,と思うあなたはガキである。いくら殺し合いという極限状況に投じられたと言っても,所詮は10数年しか生きていない少年少女,やることも考えることもガキではないか。彼らの死に様を通して,オトナの読者に人生の悲哀や命あることの喜び,愛の矛盾や相克を感じさせることができると思いますか? それが老人ならできるのである。彼らは一人一人,多種多様な過去を背負っており,それぞれの人生観を持っている。
 かつて「バトル・ロワイヤル」に関して,ビデオ・ゲームのように人殺しを描いているとかいう批判を目にしたことがあるが,この「銀齢の果て」はスラップスティックの形を借りて,血も骨もある生身の生をビデオ・ゲームのキャラクターのように扱って恥じないこの「社会」を照射しているのである。面白うてやがて悲しき,オビにそうある通り「筒井文学の新たな代表作」と言えよう。

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手塚治虫の冒険 戦後マンガの神々

手塚治虫の冒険 戦後マンガの神々

2009/05/09 06:00

一読すれば明日からマンガを読む目が変わりますよ

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

こんな本が1998年に出版されてたんだ,ちいとも知らなかった。

作品の根底にながれる歴史観がどうだとか,近代的自我がすべったころんだ痛かっただとか,文芸評論と何が違うんだか分らないマンガ評論が多いなか(つうかそんなのばっかりだけどさ),自身作家でもあるこのヒトのキチンと「マンガ表現」に,もっとはっきり言えば「マンガにしかない表現」に支点を置いた評論はとっても貴重なものだ。

1960年代始めに生まれたワタシにとっての「先史時代」,手塚マンガのどこが革命的だったのか。……よく映画的構図の導入だとか半可通的に言われるが,そんなものよりも人物の感情表現,喜怒哀楽を示す記号的表現の創造こそが重要だと夏目センセイは喝破する。

怒りを表現するこめかみの血管や,不安を表す汗,焦ったときにはその汗がアタマのうえに放射状に散らばり,叫ぶとフキダシも破裂する。これら実際にはありえない(あんたは頭の上に汗散らして焦ったことがありますか?)漫画的記号を数多く生み出し,生み出しただけではなく読むものに意味がわかる「記号」として定着させてしまったことこそが手塚マンガの革命なのだ,と。

そんなたいしたことかって? 決まってるでしょ? 登場人物の細かな感情の機微が読者に伝わるからこそ複雑な物語を表現できるのである。納得が行かないヒトは例えば源氏物語絵巻にでてくるあの下膨れ顔の人たちがあの顔のままで「ベルサイユのバラ」の台詞をフキダシ使って言いあってるマンガを想像してみなさい。いみじうおどろおどろしとこそおもひけれ(別に意味はないので古語辞典とかで調べないように)。

しかしその革命を成し遂げた手塚自身が徐々にその自らの「成果」に追われる立場になる……。この本の真のヨミどころはこっちで,白土三平,水木しげる,つげ義春,大友克洋などのマンガ表現を手塚を源泉とするある種の表現技法史のように読み解いていく過程は圧巻。一読すれば明日からマンガを読む目が変わりますよ。

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