SnakeHoleさんのレビュー一覧
投稿者:SnakeHole
戦場の精神史 武士道という幻影
2004/08/10 11:05
「武士道」の虚実を考える好著
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「ラスト・サムライ」を観たときあっちこっちで「やぁよく出来た映画だ」と褒めたのだが,あとであの映画に描かれている「武士道」を真に受けて「古来日本人はみんな持っていたが今は失われてしまった美しいモノ」みたいな賛美のしかたをしているヒトが多いことに驚いた。あんた,あれはファンタジーでんかな。あの映画は言ってみればトム・クルーズ版の「ダンス・ウィズ・ウルブズ」なんであって,あくまでお話でっせ。
……とオレが言ってもあんまり説得力がないので腹フクルル思いでいたところにこの本である。著者の佐伯さんはもともとは平家物語の研究者で,その中に散見でき,しかも非難されるどころか武士の誉れと賞賛されていることが多い「だまし討ち」と,戦場でのフェアプレイを言う「近代武士道」とのギャップを追求するうちにこの本が出来上がった由。
オビには「サムライは嘘つきだ」とあるが,著者は別段,本当の武士は卑怯者だったと言っているわけではない。ただ「ラスト・サムライ」で美化されたような「近代武士道」が,歴史的に武士のいなくなった明治以降の所産であり,間違っても「日本古来の美風」などではなかったということを検証しているだけである。
あとがきで「ラスト・サムライ」ブームを取り上げ「近代日本人のアイデンティティのあり方を考える上で興味深い現象ではあるが,同時に,どことなく危ういものを感じないでもない」と仰っているのに同感だ。根拠の怪しい武士道賛美本(大概国家主義のキナ臭さがくっついてくる)よりはこういう研究書が読まれるべきだと思うがなぁ。
ポル・ポト〈革命〉史 虐殺と破壊の四年間
2005/03/25 06:29
歴史的蛮行となってしまった「革命」への鎮魂歌
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皆さんはポル・ポトと聞いて何を思い出すだろうか。私のイメージは,70年代後半,ベトナム戦争のあおりを食らって内戦を激化させたカンボジアで一時実権を握った革命政権の親玉で,仏教を否定,教育を否定,都市住民を農村に強制移住させるなどの圧政を敷き,およそ4年間でカンボジアの人口の4分の1を殺しまくった男……というものだ。
しかし一歩突っ込んで,彼とそのグループはどんな出自で,どうやって政権を奪取したのか。この未曾有の大虐殺に対して国際社会はどう対応したのか,あるいはしなかったのか。そしてその負の遺産は現在カンボジアにどんな影を落としているのか,といった話になるとからきしわからない。
本書は,讀賣新聞サイゴン支局〜バンコク支局と渡り歩きながら,この歴史的蛮行を間近に見て来た著者が,「まだ分かっていない」「謎のままだ」という表現が頻発することを気にしながらまとめた「革命」への鎮魂歌である。
なかでも印象深い話,ポル・ポト派は,革命前の教育を受けている大人は信用できないとして子供を重用し獄吏として収容所で働かせてた。ある時囚人全員の処刑命令が下され,37人の大人が殺されたが一人だけ生き残った男がいた。元教師の彼は看守の子供達にイソップや動物などの話をしており,全く教育を受けていない子供等は目を輝かせてそれを聞いていた。処刑命令が下ったとき,皆で相談して「物語名人」だけは残しておこう,となったのだという。芸は身を助くというかなんというか,この話,凄いよねぇ。
反社会学講座
2005/03/25 06:25
年寄りのヒトにこそ読んでいただきたい(でもきっと怒るんだろうな)という類いの本である
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何を隠そうオレは学生時代「社会学科」というところに所属していたのだが,そのオレに言わせると「反社会学」つうタイトルはピンとこない。「反ー」つうのはどっちかと言えば今現在権力を持っていたり,世間で幅を利かせているものに異を唱えるイメージだと思うのだが,オレが学生だった白亜紀中葉のころから,社会学がそんなに隆盛を誇ったこたぁない,つうか,あの時点で既に「死んだ学問」だったような気がするんだよね……。
そんな死者を鞭打ってどうする,と,いぶかしく思いながら読み初めてなるほど,と合点がいった。著者が「反ー」を唱えているのは世に溢れている怪しげな「社会学風アプローチ」なのね。そういうもんであれば確かに現在,雲霞のごとく溢れている。ところどころ,まるでオレが書いたのではないかと思うような意見もあり,ちと仰天。……ま,オレだったらこんなに真面目に統計を集めたりしない,つまりオレの方がより社会学から遠いわけだけど。
どう読んでも書かれている日本語はネイティブ,しかもオレと同年輩か年上のヒトのもののような感じ(ギャグ・センスからの類推)だし,カバー折り返しに記された著者略歴はいかにも怪しげで,一部にはあの偽ユダヤ人山本七平氏の再来か,という声もあるみたいだがそんなことはどうでもいい。ふざけた文体ながら内容は至ってマトモであり,どっちかと言うと年寄りのヒトにこそ読んでいただきたい(でもきっと怒るんだろうな)という類いの本である。
蕎麦屋の系図
2005/03/25 06:17
蕎麦屋発祥の地は江戸ではなくて大阪だったんですよ,奥さん
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砂場,更科,薮などよく見かける蕎麦屋一門の歴史をひもとく光文社新書。著者自身があとがきに書いているように,どの店がうまいまずいかという視点ではなく,あくまで蕎麦屋というものがどう誕生しどのような盛衰を経て現在見られる姿になっているのかを,具体的な事例を追って俯瞰しようという研究書である。
てな書き方をするとカタイ本のような気がするかも知れぬがそうでもない。江戸に始まる蕎麦屋の歴史にはどうしてどうして一代の名人あり放蕩ものあり女傑あり。夜逃げ廃業から暖簾分けした弟子が本家を助ける人情話までありという波瀾万丈。なかでも目ウロコものだったのがもっとも古い歴史を誇る「砂場」の由来。これはなんと大阪城築城の時の砂・砂利置き場の傍ら人足相手の店を開いたのが最初だそうな。つまり蕎麦屋発祥の地は江戸ではなくて大阪だったんですよ,奥さん。
その他,更科の名は信州更級の蕎麦の集積所の読みに,初代堀井清右衛門がゆかりの大名保科家の一文字をいただいて名付けたものだとか,名店有楽町更科では戦前,一度に百人前以上を一台の自転車で出前してたという達人話まで(いや眉唾どころか写真が載ってます),実に面白い読み物でありました。
マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男
2004/07/14 09:26
横浜ベイスターズの関係者はみんなこれを読め,他のチームのヤツはお願いだから読まないでくれ
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まずはオビのアオリをそのまま書き写す。「貧乏球団アスレチックスは,なぜ勝ち続けるのか? 小説ではぜったい書けない男たちの熱いドラマ。」
アスレチックスというのはサンフランシスコの対岸,オークランドに本拠地を置くメジャーリーグのチームだ。日本人選手もおらず,「A's」という略称を見てニッポンの阿呆な国会議員が「アメリカはすごいな,エイズにかかったヒトのプロ野球チームがあるのか」と言った(知らないヒトは信じないかもしれないが実話です。次から真面目に選挙に行く気になりましたか?)時以来日本の新聞などでメインの話題になったことはない(と思う)。
が,このアスレチックス,ここ数年の成績は抜群。本書に寄れば「ニューヨーク・ヤンキーズの1/3以下の年俸総額の選手達を使って,ニューヨーク・ヤンキーズ並みの成績を上げ続けている」。まさに奇蹟のチームなのである。これは,その「奇蹟」を可能にした元二流メジャーリーガーのジェネラル・マネージャー,ビリー・ビーンの哲学と思想(というほど形而上的なモンでもないが)を追ったドキュメンタリー。「野球」を徹底的に科学し,文字通りの意味での「勝利の方程式」を作り上げた男の物語である。
オレの読後感を正直に吐露すると「横浜ベイスターズの関係者はみんなこれを読め,他のチームのヤツはお願いだから読まないでくれ」ということになる。あ,あと一言だけ,1998年我らがベイスターズの優勝監督・権堂さんが「送りバントというのはわざわざ敵にアウトを献上するという世にも馬鹿馬鹿しい作戦だ」と言っていたのはデータ的にも圧倒的に正しかったのだ。まだ遅くない,ダイちゃん,権堂さんの采配を思い出そう!
月は静かに
2004/02/09 09:54
「いやぁ,小説を読んだなぁ」という気持ちになれる本であります
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元戦災孤児でこそ泥を稼業とする男Kが北の最果ての地,海を臨む原野のただ中に手に入れた500坪の土地。ここに彼が作り上げた「庭」の一人称で語られる,大地の普遍と自然の移ろい,Kと彼を取り巻く人々の生と死……。
30年前,ふらりと現れて原野の一角を買い付け,そこに頑丈一点張りの家を建てた男K,家の完成後,2トントラックに半分もない荷物とともに住み着いた彼は,自力でその500坪の土地に「庭」を作り始めた。戦災孤児として施設に収容され,その施設に放火して逃げ出し,現在は盗みにたつきを求めるこの30男はやがて同じ施設で育った女Fを探し出して来て共に住むようになるが……。
大地をしっかり掴んで暴風に抗う植物の強靭,春の祝福を受けて命を謳歌する花々の撩乱,骨太でありながら可憐を感じさせる文章がこの「自意識を持った庭」という奇天烈な語り手の存在をリクツ抜きに納得させてしまう。毎度ながらその筆力に圧倒されるのがまた心地よいんだよね。「いやぁ,小説を読んだなぁ」という気持ちになれる本であります。
ブラック・リスト
2005/03/25 08:24
これぞリベラル,パレツキー版の「華氏911」
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いやぁ面白かった。白状するが久々に「読み終えるまで眠れない」状態になって徹夜してしまいましたがな。恋人モレルをアフガニスタンに送り出して情緒不安定気味のヴィクのもと,お得意さんである実業家ダロウ・グレアムからイレギュラーな依頼が舞い込む。91歳になる彼の母親が,窓から見える空き家の大邸宅に明かりが見えたと騒ぐので調べてくれというのだ。早速調査を開始したその夜,ヴィクはそこでティーン・エイジャーの女の子と遭遇。その上彼女に逃げられて落ちた池で,掴んだものはオトコの死体……。
9・11の同時多発テロに端を発したアメリカ社会の右傾化を背景に,人種の問題,宗教の問題,階級の問題そして思想,信条,自由の問題を見事なハードボイルド・エンターテインメントに昇華してみせた大傑作,これぞリベラル,パレツキー版の「華氏911」である。こんだけの作品,なかなかお目にかかれないですぞ。……あ,一個だけ疑問があった,ハヤカワは江口寿史にカバー絵を頼むのやめちゃったの?
魔術師
2005/03/25 08:14
期待を裏切らないリンカーン・ライムシリーズの新作
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リンカーン・ライムシリーズの新作。ニューヨークの音楽学校で横溝正史張りの猟奇殺人が発生する。被害者は首と足首をロープで結ばれ,身体を延ばすと首が絞まるというマジック「手持ち無沙汰の絞首刑執行人」の演者に見立てられており,警察が踏み込んだ時そこにいた犯人は,早変わりの手法でまんまと逃走。市警殺人課の依頼を受けて事件を追うリンカーンをあざ笑うかのように,第二の殺人が……。
マジックにおける「誤導」の手法を駆使した前代未聞の犯罪をしかける犯人マレリックは怪盗ルパン,怪人二十面相さながら。裏のウラのうらの裏を読みあう頭脳戦は見事のヒトコト。これ,ひさびさの「読まなかったら損」レベルの傑作であります。そそ,ちらっと「悪魔の涙」のパーカー・キンケイドが出て来るサービスも嬉しいっす。
売春の社会史 古代オリエントから現代まで
2005/03/25 07:59
売春関係者,売春無関係者,売春予備軍から潜在的顧客の皆さんまで是非ご一読を
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人類最古の職業と言われる売春,しかしながら,この行為をまともに研究したヒトは古来稀である。本書は副題にある通り,ニューヨーク州立大学自然・社会科学部の学部長を務めた歴史学者バーン・ブーローと,同じく看護学部の元学部長で,州看護従事者連盟の会長でもあるボニー・ブーローが,古代オリエントから現代に至る売春とそれにまつわる種々の問題についてまとめた,実になんというか感動の大冊。
まず認識しなければならないのは,売春の歴史はそのまま女性の地位の歴史であり,婚姻制度や男女関係の歴史でもあるということである。霊長類のメス(あるいは若いオス)は餌を貰ったお礼や,相手の攻撃をかわすために性的なサービスを行なう。これを売春と呼べばその歴史は人類以前に遡ることになるわけだが,そう呼ばないのであれば,つまり売春とは人間の問題なのである。
著者らはこの問題の根本に,男性優位の社会が内包する二重規範(ダブル・スタンダード)の存在を指摘する。同じ性行動に関して男性のそれはとがめ立てせず(しばしば賞賛し),女性のそれを白眼視する。オトコは女性を自分の所有物と見なしその貞操を守ろうとする一方で他の女性との性交渉も希求する。ほとんどの女性が誰かの所有物としてそうした行為を禁じられているとすれば,それに応じる女性に市場価値が生まれるのは当然なのである……。
古くから宗教が,王権が,そして社会運動家が挑み,ことごとく敗れ去ったこの問題に関して,これほど正面から真面目に取り組んだ研究は貴重である。ちとお高いが,売春関係者,売春無関係者,売春予備軍から潜在的顧客の皆さんまで,広く読まれるべき好著であると推薦しておく。
山屋敷秘図 切支丹・異国小説集
2005/03/25 06:52
「試練への渇望」をテーマに展開される風太郎切支丹絵巻
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徳間文庫が編集した山田風太郎・妖異小説コレクションの第二弾。全14作品のうち,11編が切支丹に材を採ったもの,残り3編が中国,インド,朝鮮半島を舞台にした時代小説という構成。いやしかし,小説誌などで1本読むとか,短編集に1本だけ混じっているというならともかく,こんだけこれでもかこれでもかと切支丹に対する江戸幕府の苛烈極まる弾圧のシーンを読まされるのは結構コタエるね。
山田風太郎が描く一連の切支丹ものには,その取締にあたった北条出房守の宗門改記録にある「伴天連わたり候えば,或いは火あぶり或いはつるし或いは斬罪に仰付けられ候ゆえ伴天連たびたび日本へわたり申し候」という文言がたびたび引用される。……つまりこの役人は「宣教師たちは日本にやって来れば火刑,絞首刑,斬首刑などに処される『ゆえ』にたびたびやって来る」と言っておるわけだが,この狂信的宗教者の持つ「試練への渇望」の心理こそが風太郎切支丹ものに通暁するテーマになっているんである……。
いやね,以前あの筒井康隆先生が明治時代を書かない理由として「書くと山田風太郎に似て来ちゃう」とおっしゃるのを聞いたことがあるんだが,そういえば先生や山下さん達が「全冷中」を作ったときに,その文言の中に「我々は冷やし中華を愛するあまり弾圧されなければならない」と言うのがあった。やっぱり視点が似ているのだなぁと(考え過ぎ?)。
吸血コウモリは恩を忘れない 動物の協力行動から人が学べること
2005/03/25 06:47
なぜ動物は時として損と思える協力行動を取るのか
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くだけた邦題(まぁ原題も「Cheating Monkeys and Citizen Bees」でカタイわけぢゃないが)ながらなかなかタメになる進化生物学の解説書である。動物の協力行動というのは,例えば邦題になっている吸血コウモリの,飢えた仲間に自分の吸って来た血を吐き出して与える行動のこと。
もちろん動物たちが「良心」にしたがってそんなことをしているわけはないので,つまり現実にそうした行動が観察できるということは,そうした行動をとることが今までの自然淘汰の過程でその動物に有利に働いた結果であるといえる。では彼らはどんなメカニズムにしたがってそうした,個体にとっては「損」にみえるような行動を取るのだろうか……てな話を豊富な実例を挙げながら展開するわけだ。
なかでも興味深かったのは群内淘汰と群間淘汰の関係。小川に住むグッピーは一定規模の群れを作って行動する。捕食者らしい生物の気配を感じると,物陰に逃れる他の仲間から離れて敵の方に向かい敵を「偵察」し,得た情報を仲間に「報告」する数匹の個体がいるという。もちろんこの行為は偵察する本人(本魚?)にとって大変危険なものであり,群れの他のメンバーに比べて彼の生き延びられる確率は少ない(群内淘汰)。ではそんな行動を取る個体が一匹もいない群れの方が生き延びる確率が高いか? ちょっと考えればわかるがそんなことはない。そういう群れはあっという間に捕食者に喰い尽くされてしまうのである(群間淘汰)。ね,面白いでしょ?
例えばここに「ビジネス」というものがある。金儲け至上主義のヒトに言わせればこの世は弱肉強食である,と。つまりこれは協力行動を拒否,あるいはズルして群内淘汰における有利を得ればいいという考え方である。しかし国内にそういう考え方が蔓延し貧富の差が激しくなると国力が衰える。なので,群内協力がちゃんと出来ている(ように見えるだけだったが)共産主義陣営健在なりし頃はアメリカン・キャピタリズムもそう無茶はしなかった。が,冷戦終結グローバル化で今や地球全体が「群内」になったので,ヒトを協力行動に追い立てる圧力が雲散しようとしてるわけだ。……別に敵対する他の群がなくても淘汰される可能性はあるんだが,分かんないヒトが多いんだよな。
未知なる地底高熱生物圏 生命起源説をぬりかえる
2004/08/10 11:26
これはもしかすると「第二の地動説」かもしれない
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まず苦言,この邦題はあんまり出来がよくなくていったい何の「生命起源説をぬりかえる」んだか分からないと思う。これは石油,石炭,天然ガスなどのいわゆる「化石燃料」の生命起源説のことです。早い話が石油も石炭も「化石燃料」なんかぢゃあねぇ,と主張する本である。
「トンデモ科学の見破りかた〜もしかしたら本当かもしれない9つの奇説」(ロバート・アーリック著)のなかでとりあげられ,「トンデモ度ゼロ(本当であってもおかしくない)」と判定されていたのに興味が湧いて買ってみたのだがいやはや恐れ入りました。小学生の頃理科の授業で,石油石炭は大昔の生き物の化石が地面の下でよくわかんない変化を遂げたものと教えられて以来固陋蒙昧なる生物起源説信奉者であったワタクシ,前非を悔いて本日よりこっちにコロビます。そうはいうがあんたこれは「第二の地動説」かも知れないよ。
以下ゴールド先生(いきなり先生扱いである)の主張をごく大雑把に総括する。
生物起源説はもともと,石油などの還元燃料は二酸化炭素が還元されたものであり,地球上で二酸化炭素を還元して同化することが出来るのは葉緑素を持った植物(生物)だけだから,石油はその死骸の成れの果ての市兵衛さんに違いないという。しかしこれが正しいとすれば,光合成の能力を獲得する前の生物はどうやって自分の身体を形成していたのか,生命は発生と同時に炭素同化能力を持っていたというのか,それはちとありそうもない。
最近の研究により,太陽系の多くの惑星,衛星などがその内部に炭化水素を多量に含有していることが判明した。つまり生命のいないよその星にも石油と同じく酸素と反応して二酸化炭素とエネルギ−になる物質が存在しているわけだ。とすれば,なんで地球の炭化水素だけがそれらとは違って植物のみなさんの光合成努力の賜物であるのか。モノゴトに二種類の説明があったら単純な方がより正解に近いんぢゃなかったのか(オッカムの剃刀ですな)。
シンプルでしょ? そして先生はこの自説を証明すべく,生物起源説によれば絶対に石油なんか出るはずのないスウェーデンの原野を試掘し,商業的には採算ベースに満たないものの決して「微量」とは言えない石油と磁鉄鉱のペーストを掘り出してしまう。しかし有力な科学雑誌はこれを黙殺「受理して掲載するにはほかの研究チームによる調査結果の再現が必要」とかほざくのである。あのなぁ花崗岩の原野に深さ6キロの穴を掘るのにいくらかかると思っているのだ。この理屈は「アメリカ以外の国が月から石を持ち帰るまであれを『月の石』とは認めない」ってのと同じだぞ。
てなわけで,いつのまにかゴールド先生の憤懣まで身に背負ってしまったワタシだが,とにかくこの本は科学好きには絶対に面白い「極私的2004年輝け面白科学本大賞」最有力候補(邦訳が出たのは2000年だけど)の一冊なので,御用とお急ぎでない方はじっくり腰を据え,この「第二の地動説」を吟味してみてくれたまえ。
心の仕組み 人間関係にどう関わるか 上
2004/06/26 06:27
繙く価値は十二分にある「進化心理学」の一般向け解説
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著者ピンカーはMITの教授でジョン・ホーガンの「続・科学の終焉」にも出て来る「進化心理学」の論客の一人である。同書の1997年に出版されたこの本の原著「How The Mind Works」に言及した部分でホーガンは,このヒトを「あと先を考えずに自分が思いついたことを喋りまくる」と評している。アメリカの学者には(いや,学者に限らないが)その言説の正当性とマスコミ受けの度合いに相関があると思ってんのかこいつ,というようなヒトが少なくないが,ピンカーにもそういうところがあるんだろう。
しかし逆に言えば,彼が巻き毛でロックスター風のルックスを維持していることと,彼の唱える学説の正当性の間には負の相関もないのであり,ホーガンの見方にもちょっと孔子的帰納法(「巧言令色鮮矣仁」つうのは帰納的推論であり例外はいつもあり得る)のバイアスがかかっているような気がしないでもない。朴訥である方が人を騙すのに有利ならペテン師は簡単に朴訥になる,実例を挙げてみせるまでもないでしょ? ……まぁいいや,本の中身に入らねば。
この大冊の主題は「我々の『心』をリバース・エンジニアリングする」ことだ。ピンカーら進化心理学の考え方では,我々人間の「心」(およびそれを宿す脳)も,ゾウの鼻やキリンの首,ペリカンの下顎やアイアイの中指と同様な,進化の過程における「適応」の産物であるとする。ピンカーはまず脳が網膜に写った二次元映像を如何に三次元に再構成して認知するかを語り,この臓器(意外かも知れないが脳も「臓器」である)が問題を意味論的に分散処理していることを明らかにする。
脳の情報処理が分散型であるとすれば,そうした方がより適応的な環境が存在したはずであり,その視点から脳のあれこれを分析して行けば,衝動や夢や強迫観念といった心の働きについても必ず納得の行く説明がつくはずだ,として認知,情動,家族の価値へとその推論を拡げて行く。
確かにホーガンが指摘する通り,人間心理の最も不可解な部分,哲学や宗教,芸術を好む心理に対する解釈については牽強付会的なところも見える(一応ピンカーだってそこは「仮説だ」と書いてるんだけど)。が,男の子は全て母親と寝たがっている,と言ったフロイドの説よりも首肯できるエディプス・コンプレックスの説明がここにはあるし,バルカン人スポックを引き合いに出して分析する「情動の目的」に関する議論はこれだけで一読の価値があろう。
トンデモ科学の見破りかた もしかしたら本当かもしれない9つの奇説
2004/05/24 08:41
読み通せば目からウロコの2枚や3枚落ちてしまうこと必定
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また霊感商法なんかのトンデモ話をバカにする類いの本かって? そーぢゃない。そーゆーのは「トンデモ話」かも知れないが「トンデモ科学」とは言えません。この本で取り上げられている諸説は,そーゆー「ヒトを騙してツボを売りつけよう」みたいな市井の詐欺師ではなくて,一応ちゃんとした学者が大真面目に論文とかを書いているシロモノなのよ。
俎上に載せられた諸説は以下の9つ。「銃を普及させれば犯罪率は低下する」「エイズの原因はHIVぢゃない」「紫外線はからだにいいことの方が多い」「放射線も微量なら浴びた方がいい」「太陽系には遠くにもう1つ太陽がある」「石油や天然ガスは生物起源ではない」「未来へも過去へも時間旅行は可能」「光より速い粒子『タキオン』は存在する」「『宇宙の始まりはビッグバン』つうのは嘘」……。
物理学者でもある著者はこれら一つ一つについてまずは丁寧に解説し,問題点を挙げ,検証方法を検討し,最後に「私見」としての「トンデモ度」を判定する。SFや科学に全く縁のないヒトには辛い部分もあるかも知れないが,キチンと読み通せば目からウロコの2枚や3枚チャリンチャチンと落ちること必定の良書である。
ちなみに上の9つのウチ,著者がトンデモ度ゼロ(本当であってもおかしくはない)と判定したものが3つある。……どれがそうかは読んでのお楽しみ。
職人学
2004/04/30 09:38
エンジニア必読。政治家とかも読め。
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やぁなんともいい本である。捨ててもいい金があったら1,000册ばかり買いこみ友人知己親族縁者海砂利水魚に送って読めと言って送ってやりたいような本。著者の小関さんは小説家として芥川賞候補になったりしながら50年間旋盤工として働いて来た「職人」である。その小関さんが,自らの体験やその間に出会った他の職人たちの話を通して,技術ではなく技能を磨くことの必要性と素晴らしさを説く。実になんというか読んでいて気持ちのいい本であります。
例えば「鉄を平に磨く」という仕事がある。最先端はどのくらいの平らさか。なんと1/10,000ミリの世界である。こんなものは機械では作れない。測定機器のトップメーカー「ミツトヨ」でこのレベルの原器(マスター)を作っている木村さん,常に気温20度に保たれたクリーンルームで,狂いが限りなくゼロに近い定盤(これも実は木村さんの作だそうな)の上に1辺40cmほどのマスターを乗せ,研磨剤を塗って滑らせる。軽い金属音がして一往復,これでその日の仕事は終わりである。たったこれだけの摩擦でも金属のマスターは膨張してしまうので,冷めるまで2時間ほど待って測定する。と,2/10,000〜3/10,000あった凸凹が1/10,000になっている。……すごいでしょ,こういう話が満載なのよ。エンジニア必読。政治家とかも読め。
