さじまつきこさんのレビュー一覧
投稿者:さじまつきこ
心臓を貫かれて 上
2001/11/30 18:01
村上春樹の名訳で読む家族の「トラウマのクロニクル」。アメリカったって「大草原の小さな家」みたいな家族だけじゃないんだ。柳美里を読むよりも、救われるかも。
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
村上春樹の訳文を追っかけて見つけた本だが、知らずのめりこみ、打ちのめされた。なんだこれは。ノンフィクションではあるが、これは果てしなく悲惨で、そのくせ人を最後までのめりこませる、物語である。
たくさんの映画や小説でアピールされつづけるアメリカ人の「良き家庭」(よき父親、よき母親のもとはぐくまれる健全な子供たち)からは遠く離れた、一家族の暗部。絶望と暴力にまみれながら、ひとりの少年の中で不自然に磨かれていく芸術性や知性(それは最後まで、ほんとになんの役にも立たない)——。そしてクライマックス、全米の注視のなかで行われる「銃殺刑」という名のカーニヴァル。
無差別殺人犯の兄を持つ弟が、祖父母の代からの家族の生涯を詳細に調べあげ、兄がなぜ殺人を犯し、さらに銃殺刑に処されることを望んだかについて追っていく。絶妙のタイミングで歯車が狂い、家族が暗闇に落ちていくさまをこと細かに読ませられる上巻は、特につらい。つらいが、やめられない。せめて、なんらかの救いがあるはずだと、最後まで読み切らずにはいられないのだ。
家族に少なからぬトラウマがある私(って、たいていの人はあると思いますが)は、この本を読んでアメリカ人をはじめて心から身近に思った。この兄弟のありさまに、心から胸が痛んだ。下巻の最後で、著者が自分にいいきかせる言葉があるのだが、きっといつまでも忘れることができないと思う。家族の暗部をテーマに書かれた本として、柳美里のリポート集『家族の肖像』や、清水ちなみ『お父さんには言えないこと』などを読んでいる。ただ、やはり当事者の弟本人が苦しみぬいて書いているものであることと、スケールの大きさ(未だに兄はアメリカの一部カルチャーではヒーロー扱いだという)の割に「わかるわかる、この情景」と日本の読者に思わせてしまう筆力から、この本は私のなかで『家族の赤裸々なトラウマ本』ナンバーワン。これを超えるものはないです。ぜひ、読んでみてください。
ロストハウス
2001/11/30 13:59
大島弓子のビタースイートなハッピーを胸に刻もう。
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
『綿の国星』で大島弓子になじめない…という人には『毎日が夏休み』をすすめる。さらにちょっと…と言う人に、おすすめるのがこの本。たいてい、そこまでムリにはすすめないけど。大島弓子ファンにとって、大島弓子は救いであると同時に、やっぱり傷でもあるので。
この本にまとめられた4編プラス1編(文庫本のみ収録の『ジイジイ』)は、ジャンルで言えば大人の少女漫画というやつだが、大島氏は割に対象を意識せず、のびのび描いたように思える。その分、話はかなりキツめ。NHKのラジオドラマになった『8月に生まれる子供』なんか、ちょっと信じられない展開のお話。
ユートピアをめざして山奥へ移住したカップルが直面する挫折、自由で開かれた居場所がなく窒息しそうな女子大生、純朴なアイドルが受けるバッシング…きちんと、みんな暗い。あんな絵柄なのに、暗い。しかし最後はハッピーエンド。明るくないハッピーエンド…。橋本治が大島氏を指して「ハッピーエンドの女王」と言う、大島氏のハッピーエンドとは、とってつけたような「話の解決的」ハッピーではない。主人公たちが悲劇の後のこれからの人生を、傷を受け止めながら生きていく、その後ろ姿が最終コマ(なりモノローグ)に描かれているから「ハッピー」なのだ。きびしいですね。
そんな大島弓子のビタースイートなハッピーを、ぞんぶんに堪能できる1冊がこの「ロストハウス」。大島弓子がたとえなじめない人も必読、と言ってしまいたい。読んでみてほしい。復刊された雑誌オリーブはあんなことになってるけれど、あらゆる人間は少女性を(美しさを)失わずに、強く生き抜いていける、はずなのだから。
蛇足だが、白泉社文庫がまとめている大島弓子の文庫シリーズは、どれもセレクトにセンスと熱意が感じられて、出るたびにうれしくなる。ちいさな文庫の世界に、大島弓子のあんな感じこんな感じを少しずつアソートして、大切なものを作ろう、という編集者のもはや個人的な情熱があるような気がする。ひとことでいうと「ファン魂」だけど、きちんとポピュラリティも考えられているところがすばらしい。
桜の園
2002/01/25 15:33
これを彼氏(旦那)に読ませられるかなあ、大人になった女性たちは。
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
この話の中でただ一人(年齢的に)大人の女性が出てくる。女子高生の姉なんだけれど、初体験の話を妹に語りながら、一筋の涙を流すのだ。「忘れるわけがないわ、はじめての男だもの」
痛いですね。少女時代の潔癖を、あまりに美しく描いたこの作品は、大人になって読み返すと、共感とは別の痛みが胸に走ります。失われたものへの痛み…って、ことばにしてしまうと途端に陳腐ですが、まあそういうことでしょうか。
男性に対して「一生許さない」と思う女の子も、胸の大きさを気にして猫背で歩く女の子も、多くはこのお姉さんのように男性とつきあって、結婚していく。でもこの桜散る閉ざされた空間の中でだけは、永遠にこのままなんですよ…。こう書いていて(あまりの野暮に)つらくなりましたが、私が知りたいのは、かつてこの漫画を心に刻んだ女性たちは、今の自分のパートナーに読ませたりできるのかなあ、ということ。こんな話もまた野暮ですが、あらためてこの漫画を読み返すと、私は彼氏には読ませられない…。それくらい、少女時代に信じていたさまざまな美しいものが、この話のなかには詰まっている、のでした。
決めました。この本はやっぱり男子禁制。桜の園ですから。
物陰に足拍子 第1巻
2002/06/27 18:14
こわいけど身にしみる。初期春菊の傑作がやっと文庫に。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
主人公は女子高生のみどり。真っ当で、正直で、(きれいで)、やり捨てされがちな春菊ワールドのヒロインだ。その脇を固めるのは存在感の薄い兄と、その嫁。この嫁がすこぶるイタい。嫉妬と妄想でどんどん間違った方向へ自分を、みどりを、夫を追いつめていく。これぞ春菊ワールドという展開です。こわいのに、引き込まれることうけあいです。
みどりが男に痛めつけられるところ、兄嫁の狂う表情、どれも非常にイタイタしい。でも、モノローグは美しいんです。ときに大島弓子?はたまた吉田秋生?と思わせるほど、みどりの独白は詩的で心を撃ちます。春菊さんの若さでしょうか、すごく新鮮に読み返しました。祝、文庫化。いま女子高生の女の子にも読んでほしいな。
アマニタ・パンセリナ
2002/01/29 14:16
らも本は、文庫で読むのがふさわしい。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ドラッグだらけのエッセイ集。暗さの果ての明るい語り口は、パウル・ツェランが最後に見た「光」みたい…なんて野暮な解説をつけるまでもなく、どこまでも死とやさしさとジョークに満ちた「らもワールド」。文庫で買って、ボロボロにして読みたい。読んだら古本屋に売るのがいい。
売り払ったあとに胸に残る小さな傷のようなもの、それがらも氏が披露してくれた数々のバンジージャンプへの代価、なのだ。
破滅の淵の裸の王様 狂った食の実態を暴く
2002/06/25 19:20
井筒監督のような吠えっぷりだけど、この人のお菓子はホントにおいしい。だから信用できる。
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
すんごい表紙(笑)にすごいタイトルなので、この人の名前を知っていないとまず手にとらないだろう。ダンチュウや料理天国を愛読する本物志向のグルメな方は、まず読まないかも知れない。でも、この人のお菓子を食べたことのある人は、この人がウソを言う人じゃないことを知っている。裸の王様を見たら大声で「裸じゃないか!」と叫ばずにいられない、敬愛すべき真人間だということを知っているはずだ。
刊行されたのは2001年、ちょうど狂牛病だの無許可添加物だの、“狂った日本の食”が次々と明らかになる直前だ。この本の中の予言は、みごとに的中していく。食にかけては世界一だとおごってきた日本人の舌が、いかに貧しいものであったか。そしてそれを報道しないばかりか、マッチポンプとして積極的に破滅へ導いた食マスコミの無責任さを、弓田氏は容赦なく暴いていく。…とはいっても、ただ断罪するだけじゃなく、ユーモアもあるのでご心配なく。まさに井筒監督の映画批評、ナンシーのテレビ批評のようなものだ。愛があるから怒るのである。
この装丁ではもったいない、ぜひ、新書として再発してほしい本だ。それにはまず売れないと…。日本の食を憂うみなさん、いや世界一だと誇るみなさん、どちらも読んでください。行列ばっかりのダメレストランに騙されるよりは、ずっと安くて価値のある本です。
百年の愚行 正
2002/06/24 17:43
特別寄稿だけで価値のある、この100年の人類の愚行。
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
レヴィ=ストロースってまだ生きてたんだ!という驚きで手にした(無学ですみません)この本。他にアッバス・キアロスタミ、フリーマン・ダイソン、チョン・イーなど、特別寄稿陣が豪華です。環境汚染や動物虐待、核、戦争、難民・貧困など、20世紀に人類が犯した愚行の証拠写真、約100点が収められています。その愚行のほとんどが未解決で、これからも容易にくり返すことが想像されるものであることに、改めて震えが走ります。近現代史のサブテキストにはこれ以上ないほど最適なんじゃないでしょうか、中学や高校の先生方。売上の一部は社会貢献に使われるそうです。
青空人生相談所
2002/06/18 14:40
「あの」橋本治が、かんでふくめるようなイヤミな物言いで悩みを斬りまくる。逆・癒し療法。
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時はバブル。写真時代というヘンな雑誌に投稿されたヘンな悩みを、およそ悩みを相談したくない人(バカにされそうだから…)ナンバーワン、橋本治が斬って斬って斬りまくる。名著である。私事だけど、私はこれで何度も人生を(自分でねじまげかねない自意識から)救われている。マジで。もう絶対買い、の名著なんである。
老若男女の悩みが載せられている中で、橋本治は誰にでもキビしいわけじゃない。橋本治が斬り捨てるのは、悩みの本質を見ず、知らずに責任転嫁をし、勘違いの方向へ悩んでいるふりをしているムシのいい人種だけである。で、たいていの「悩める人」はこれに入ってしまうのだ。その数少ない例外として、ひとりの女の子の悩みがあった。
若いころは不良でめちゃくちゃしたけど、はじめて心から好きな人ができたので更生したい、でも更生したってその人も、誰も認めてくれないかもしれない…。と悩む彼女への、橋本治の優しさに満ちた答えには、涙が出る。きちんと悩む人に対して、橋本治はかくも、あたたかい。
悩みには、(当たり前だけど)人柄が出る。その人の本質と社会との関わり方まで見えてくる。それをごまかさない橋本治に、きっとあなたも傷つきつつ、癒されるはずだ。
岸辺の唄 (Eyes comics)
2002/06/18 12:37
今市子、東洋ファンタジーもイケル。
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定番「百鬼夜行抄」をおいておくと、どちらかといえば西欧ファンタジーの多かった今市子氏。
ご自身の解説では“三国志”と“グリーンデスティニー”(の衣裳)を参考にした“インチキファンタジー”とのことだが、確固たる世界観と交錯する人間関係、それをこまやかに解きほぐす手腕はまさしく今氏の本領。カタカナが覚えられないファンタジー嫌いのわたしでも、楽しく面白く読めました。絵、もちろんきれいですよ〜〜〜!!
ビートルズでもっと英会話 Let’s use the Beatles
2002/01/29 15:06
ビートルズでお勉強。ビートルズをお勉強。
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ビートルズの歌詞から英会話のエッセンスを勉強しよう、というワニ文庫・第2弾。でもありていなお勉強本というよりは、著者も熱心なファンらしく、「ビートルズの歌詞に使われた英語を学んで、もっともっとビートルズを理解しよう!」という内容、だった。これで英会話をマスター! なんて気負うのではなく、ステレオの前で、歌詞カードを広げる気分で読むと楽しい本ですよ。
中学生が読んでもわかりやすいから、お父さんが息子さんに買ってあげるのはいかがでしょうか。ビートルズ好き親子だったらね。
《最新》基本イタリアワイン
2002/01/29 13:17
懇切丁寧で読みやすい、イタリアン好き・ワイン好き必携の書。
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気取らない普段の外食というと、イタリア料理のカジュアルな店に行く人は多いでしょう。そこででてくるワインはたいていイタリアもの。だったら、こういった本を1冊買っておくと楽しいですね。この著者自身、ほかにも初心者向けと思われるイタリアワインの本を出しているけれど、どうせ買うならこれがおすすめ。だってイタリア各州の代表ワイナリーの説明から、前菜・パスタ・メイン・チーズ・ドルチェとの相性、ラベルの読み方まで図表つきで載っている。しかも解説は読み物に徹しているので、のんびり楽しめる。装丁が値段相応に大げさなのがちょっと難ですが、値段以上に役に立つ本です。かなり、使えます。
林芙美子詩集
2001/11/30 14:27
現代OLの心の叫びとおんなじ。おもしろいなあ、林芙美子。
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林芙美子といえば『放浪記』の人? →森光子…(でんぐり返し…)。みたいな連想が、一般的だと思うのですが、林芙美子はこれから詩人としてもっと注目されていいと思う。20代後半で仕事は面白くなくもないけど最近げっそりしてる…という女性のあなたは、読むとびっくりするでしょう。あまりに共感できて、今っぽくて。
彼女の詩がもつ率直さは、ものすごく今の女性の「あけっぴろげ感」ないし「やけっぱち感」に近い。それで、彼女も働いていて、男はいるようないないようなで、酔っぱらうとすべてがイヤになって「あ〜! 金! 金が空から降ってくれば!」と咆哮する。
放浪記から収録された『女王様のおかえり』という一編。
男とも別れだ!
私の胸で子供達が赤い旗を振る
そんなによろこんでくれるか
もう私は一生どこにも行かず
みんなと旗を振って暮らそう。
わかりませんか、この気持ち…。つづく2連も泣かせます。
基本的に体力があって、自分から火中へ飛び込んではボロボロになって、でも恋愛も仕事もやめられないで何かしら騒いでいる…みたいな人生の濃い女の人っているでしょう。そういう友人と、酒を飲んでいる気になれるこの詩集。つづけて読むと多少うっとうしいけど、誰とも話をしたくないような夜に読むと、ちょっと元気になれるかもしれない。100年前にも、こんな風に女がひとりで悩み叫んでいたかと思うと。
方舟
2001/11/29 13:42
80年代に活躍した広告人の、耳をふさぎたくなるような懺悔を聴く思い。
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私事ですが、私は広告業界におりまして、しりあがり寿氏といえば「美大出のキリンビール勤務・優秀アドデザイナー」という過去をまず考えます。パンキッシュに破綻した漫画を描きながら、デキるサラリーマン・クリエイターとして働いていた彼。その2面性に、バブルの本質を見る思いがするのです。そして広告クリエイションの限界も。
『流星課長』や『少年マーケッター吾郎』などのサラリーマン3部作と同じく、この『方舟』にも広告メディアが登場します。聖書の中では人々を救うために存在した『方舟』自体が、ここでは広告キャンペーンの目玉アイテムになっています。汚水のように垂れ流される、人々の夢の残滓の洪水の中を、えっちらおっちら泳いでいくハリボテの舟。それが、広告…。80年代にクリエイターとして活躍したしりあがり氏の、あれは結局滅びへのマッチポンプだったのか?という、過去形の疑問が、悔悛のつぶやきが、聞こえてくるようです。
救いもなく、ただ美しいラストシーン。あるいはこれが、氏が現在作っている広告の形なのかも知れませんが。
小説中華そば「江ぐち」
2002/07/11 22:57
今日もタクヤは元気です。
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まぁ、とるもとりあえず読んで、そして「江ぐち」に行ってみるがいい。そこだけ昭和30年代のような雑居ビルの薄暗い地下に、今日もぞんざいにザルをふるうタクヤがいるはずだ。愛すべき町の愛すべきラーメン屋、そこに集った仲間たち。誰でもが、こんな「マイ江ぐち」を持っているのだ、とこの本は教えてくれる。後書きでホロリと泣かせる心憎さも、また、よし。
スリーピース!! 1
2002/07/11 22:48
リアルな3姉妹像は、ここにしかない。
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リアルでミもフタもない恋愛(とブス)を描かせたら右に出るもののいない、安彦麻理絵の代表作(と私は思う。他のは短編をまとめたコミックスが多いので)。果たして2巻は出るのか?!との不安はあるが、別につづきものではないのでこれ1冊でじゅうぶん楽しめます。エロあり、ラブあり、笑いあり、ナミダあり。小説やマンガ界では夢を抱かれがちな「3姉妹」のほんとーのホンネのところを、いやって言うほど見せてくれます。ボーイッシュな長女、要領のいいギャル次女、オタクの3女。どの子もくだらないことに悩み、くだらない男に振り回されて生きている。その姿は、思わず一緒にはぁ…、とため息をついてしまうほど、リアル。男性にもぜひ一読をおすすめしたい。傑作ですよー。2巻を待つ!!!
