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  3. のらねこさんのレビュー一覧

のらねこさんのレビュー一覧

投稿者:のらねこ

219 件中 16 件~ 30 件を表示

紙の本ぶらんこ乗り

2004/08/05 23:43

「癒し系」はもういいよ、という人にこそ。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ここ数年だけの傾向ではないのかもしれないけど、あざといくらいに感傷的な演出、これみよがしの安直なストーリー展開、などのユーザーの程度を低く見積もったような作品がばかすか売れる、などという風潮が一部にあって、例えば「癒し系」などという呼称も、この手の文脈のなかでやはり「安直に」使用されることが多い(ような気がする)。そもそも、「泣けます」とか「純愛!」みたいなコマーシャリズムまたはイメージ先入型のカテゴライズないしはレッテルは、対象作品の内実を忠実に反映しているとは限らず、逆に、あまりにも模糊蒙昧でいい加減な印象を与えがちであり、「堅実な読者」ほど、実はキャッチーな惹句にには適度な警戒心を持っていたりする。
 とどのつまり、いしいしんじの読者になるような人、というのは、ブック・デザインとか全部ひらがなの筆名とか、あるいはどことなく童話風の作風とかから類推するに、のかなりの割合の人が、いわゆる「癒し系」みたいなキャッチーなコピーに飛びつくような方々ではないのか、などと偏見に満ちた邪推をしてしまうわけですが、でもそれって、とってももったいないことだと思いますわよ。
 わたしもね、いしいしんじの作品は、この文庫ではじめて触れたわけれど、当初想像していたやりは、コツンコツンと硬質な手応えを感じることが多かった。
 現在高校生の「私」が、ひょんなことから出てきた「弟」が昔書いた「おはなし」とか「手紙」を読み返しながら、自分たちが小学生だった当時の出来事を回想する、という構成で、時間軸的にみても「現在」、「現在からみた往事(小学生時代)」、「往事(小学生時代)に見聞した事柄と、現在の思考力を駆使して想像してみる両親やおばあちゃんの挿話」などをいったりきたり、しかも、前述のように、所々に(というか、分量的にいえば、全体の半分くらいはあるのか?)小学校時代に「弟」が書いた、ひらがな書きの「おはなし」とか、後半になってくると、両親から届いた手紙、なんかが挿入されていく。こんだけ雑多な要素をザッピングしながら進行していく割に、読み口自体はかなりスムーズで、読了後の印象も、かなりクリア。というか、「シンプルだなあ」とか、思ってしまう。
 単純なことを複雑に書くのには技量は要求されないが、複雑な事物をシンプルに読ませるのには、相応の技量が必要なのである。つまり、いしいしんじは、かなり「うまい」。
 あと、最初のほうで触れた「癒し系」云々についてもう少し補足すると、語り手である「私」の視点で素直に読むと、やはり「癒し系」といっていいかと。でも、「私」が語る主たる対象である「弟」の心情を想像しながら読むと、実はこれがけっこう硬派なテーマ性を備えた物語であることに気づく、という仕掛けになっている。
 すなおに「私」の語りに身を委ね、「やわらかい物語」にひたるもよし、その語りから逆照射される「弟」の行く末に思いを馳せるもよし。この物語、短いながらもなかなか手応えのある作品なのでございます。

酩酊亭亭主

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紙の本よつばと! 1

2004/06/03 07:16

術中はまっているな、と、思いつつ何度もとりだして眺めてはにやにやしているのでした。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「あの」あずまきよひこの新連載の主人公が「ちいさなおんなのこ」であると知ったとき、ずりぃよ、それ、絶対に面白くなるにきまっているもん、とか、思ったり思わなかったり。
「あずまんが大王」を一読すればたちどころに了解できるように、あずまきよひこは、人間と日常を描くのが、とことんうまい。卓越した観察眼をもつゆえ、なのだろうが、括弧いりの「物語」よりも、いかにもそこいらに転がっていそうな些末なことがらを、軽やかなユーモアというオブラートにくるんで提示して「魅」せる。
で、この作の主役のよつばちゃんは、「こども」でしょ。もともと、こどもと動物は、外見の可愛らしさと挙動の予測不能性で、ドラマとか映画の実写畑では、大人のキャストを食うくらいの存在感をもつもの。
にもかかわらず、マンガの世界でこどもと動物をメインすえたものが意外に少ないのは、こどもとか動物とかが多くの読者にとって既知の存在であるため、ごまかしがききにくく、「本物以上」に魅力的に描くためには、高いレベルでの表現力が必要となるためで、はい、正直、この「よつばと!」で、あずまきよひこの実力を見なおしましたわ、わたし。
これから読む方は、以上のようなくだくだしい理屈はすっぱり忘れて、頭をからっぽにして、素直に楽しんでくださいね。

酩酊亭亭主

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見者のヴィジョン

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 まれに、普通の人には容易に伺うことのできない異界を望む才に恵まれた者がいて、さらにその中のごくごく少数の者が、自分がかいま見たヴィジョンを他者に伝えるなんらかの術をもつことがある。五十嵐大介は間違いなく、そうした、二重の意味で希少な資質に恵まれている。これは、きわめて希有な例であると思うが、そうした資質に恵まれることが果たして幸運といえるかどうかは、かなり微妙な判断が必要となりそうだ。
 本書に収録されている「産土」、「熊殺し神殺し太郎の涙」、「未だ冬」、それに、表題作の「そらトびタマシイ」などの作品群は、表層的な部分に注目するのなら、古典的民俗学的世界観から題材をとっているように見える。例えば、「そらトびタマシイ」でいえば、三十五ページの、ルゥキィと合体した美代子の姿や、「熊殺し神殺し太郎の涙」太郎たちが森を彷徨するシーン(八十五ページ)や不死人形の少女が「きれいにおけしょう」するシーン(九十八ページ)などの騙し絵のようなコマなどは、イメージとしてもかなりユニークで、また、作中のストーリーの中でもかなりの比重を持つ。
 こうした想像力は、ちょっと類例を思いつかない。ともかく、「想像力の質」が視覚的な要素のほうに多く偏向しており、それを「物語のチカラ」で説明づけたり適当な終始をつけようとした形跡があまり認められないあたり、一種の潔ささえ感じる。例えば、「熊殺し神殺し太郎の涙」の終わり方、などは、「物語」の観点から見たら予測される収束の方に向かわず途中で放り出したような印象が強く、多くの人に居心地の悪さ、座りの悪さを感じさせるものだと思うし、「そらトびタマシイ」、「すなかけ」、「le pain et le chat」などの作品群にしても、もっときちんと盛り上がって結末つけて、いわゆる「成長物」のパターンに嵌めた方がすっきりと読める人のが多数派でありましょう。
 しかし、子細に作品をみるうちに、「これはこれで正解かな」と納得させるだけのものを内包しているのにも、気づいていく。それは、場の空気であるとか人物の表情であるとか視覚的な要素が持つチカラや面白さがストーリー的な結構の放棄した上で、なおかつ、有効に機能している、ということなんだけど。

酩酊亭亭主

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紙の本ナショナリズムの克服

2002/12/16 23:57

意識化されない不幸と意識せざるをえない不幸

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 民族も国家も、所詮人間の都合で勝手にでっちあげられた人為的な概念にすぎない。すぎないのだが、日常の生活や個人のアイデンティティの根幹と容易に結びつきやすい……いや、分かちがたいがために、実態以上に強固なものとして理解される傾向があるように思う。特に近代に入ってから発明された、「民族」と「国家」を無理に結合させた「国民国家」というフィクションは必要以上に強力になりはじめ、そのチカラが前世紀の二度の大戦や紛争、あるいは、昨年の9.11などの遠因になっている面も否定できない。
 民族も国家も、所詮、ドグマなんだけど、「一種の共同幻想」として一笑にふせない「重さ」を持つことは、どうにも否定できない「現在の現実」だ。
 ただ、情報機器や航空機など、技術の進歩のおかげで、ボーダーラインとしての国境、は、以前ほどの強固さを持たなくなってきているのも事実。本書は、一国内に多数の民族を擁する多文化国家への道を歩んでいる国、オーストラリアに在住する自称博打打ちの著述家森巣博と、在日二世コリアンの学者、姜尚中との対談という形で進行する。ほぼ同世代の同時代人でありながら、国家や民族へ帰属意識が希薄な者と、否応なくそれを自覚せざるを得なかった者との、かなり率直な意見交換が交わされているわけだが、表面的には平易を通り越して下品な方向に向かいがちな言葉遣いになりがちであるのにも関わらず、その分、かなり率直に「現実」を見据えているのも事実で、国家や民族、それに経済までをも包括した、過去の結果としての現在、現代の帰結としての未来の「われわれの世界」の姿を、かなり真摯に見据えているようで、読んでいてとてもスリリングだったし、かなり興味深かった。

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素敵に理想的な冒険小説。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 粗筋は非常に単純。
 第二次大戦中、七十歳のイギリス人老弁護士が、旅行先のフランスで、ひょんなことから知り合いになった夫婦から、幼い兄妹を連れてイギリスまで帰ることになる。
 障害となるのは、ドイツ軍の侵攻により寸断される交通網、連れている子供のの気まぐれや発熱、慣れない異国の地、それも外国人などほとんどみかけないような辺地で宿や食料を見つける手間とか、主人公自身の体調。連れていく子供たちも、なぜか、一人ふたりと増えていく(このあたりの展開が、タイトルの「パイド・パイパー」の由来)。そうした障害をものとせず、とっさの機転だけと周囲の人々の温情だけを頼りに対処していく老イギリス人紳士の毅然とした様子が、なにげにかっこいい。空襲中のロンドンのクラブで、たまたま居合わせた人に老人が旅行中の出来事をとつとつと語り始める、という導入部もいい。
 著者のネビル・シュートは、わたしもご多分に漏れず、「渚にて」の作者として記憶していたのだが、どうしてなかなか達意のストーリーテラーである。
 活劇なし、謀略なし、裏切りなし、派手な要素なし。しかし、素敵に理想的な冒険小説。

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お江戸の空気が主役

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 マンガ家としてはもう引退——いや、隠居か——しちゃった人だけど、この人の書くものは面白い。肌に合うというか、こちらの感性に例外なくしっくりとくる。
 どの作品を取りあげてもいいんだが、北斎とその娘、お英を軸とし、その周辺の人々を描く「百日紅」を紹介しよう。とはいえ、北斎もお英もこの作品の主人公ではない。
 主人公は、強いていうなら、かつて江戸という町に存在した「空気」そのものだ。
 他の杉浦作品と同様、この作品でも多くの怪異が語られる。が、それはけっしておどろおどろしたものではなく、あくまで日常の延長として、ただそこに「在る」。
 たとえば、単に考証の確かさという点においては、後生にまだまだ詳細な知識をひけらかす勉強家の書き手が出てくる可能性は、あるかもしれない。だけど、この時代の「空気」を、ここまでしっくり描きこなす人は、いくら待っても出てこれないんじゃないかな。
 知識ではなく、感性と適性の問題なのである。その知識にしたって——生半可なことでは太刀打ちできないだけの含蓄をもっている人ではあるのだが。
 これだけの、特異な才覚の持ち主が、「隠居」と称して筆を置いているというのは、日本文化全体に対するおおきな損失だと、個人的には思っている。誇張でも、お世辞でもなしにね。

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紙の本シュリーマン旅行記清国・日本

2002/06/16 18:33

「おとぎの国」としての日本

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 トロイア遺跡を発掘したハインリッヒ・シュリーマンの旅行記です。一八六五年、とあるから、清朝は阿片戦争でボロボロだったころ、日本ではぼちぼち幕末ですな。
 前半の清国を見聞するくだりでは、万里の長城にこそ感嘆するものの、庶民の衣服や住居の不潔さ、粗末さに関してほとんどボロクソに書いてます。東洋人の端くれとして、「阿片戦争を仕掛けた西欧人が言うなよな!」と思わず憤ってしまいましたが。だって、どう考えても当時の清国の疲弊を誘ったのは西欧諸国の圧力が原因だぜ。
 逆に、わが日本はどうかというと、これがほとんど絶賛に近い。
 住居や住民の衣服の清潔さ、役人に賄賂を受け取ろうとしないこと、職人の手仕事の見事さ、器用さに至るまで、実に細かく観察しては誉めたたえている。
 この記述を信じるならば、われわれのご先祖さまはおとぎの国に住んでいたらしい。

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多重、多層な構造をもつ、旅の本

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 多重、多層な構造をもつ、旅の本である。

 東京月島の東海地区水産研究所に、日本各地から集められた膨大な量の江戸時代からの古文書があり、これらは未整理のまま、長年放置されていた。一九五四年には、水産庁にも研究所の委託予算を打ち切られ、百万点を越す借用文書も、各地の研究所へあるいは、研究者個人のもとへと分散する。
 そして一九六七年、一年限りの条件で、水産庁がこれら借用文書の返却用の予算をつけたのをきっかけに、長い年月に渡る「古文書返却の旅」が始まる。
 この旅は網野氏にとって、まず、研究者として、古文書のもつ重要性を再発見する契機となる旅であり、日本各地の、古文書を託した人、家、土地の風景をまじかにみて、認識を新たにする旅でもあり、最後に、二十年近い歳月にわたって変貌していく日本の風景を見詰めるための旅でもある。

 この「古文書返却の旅」が網野氏の研究に与えた影響と、網野氏の研究が日本史に与えた影響は、けっして少ないものではない、と、思う。

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紙の本梁塵秘抄

2005/05/10 00:58

半可通的には、本文よりも注釈の部分のが面白かったり

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

基本的にわたしは古典や古語にあまり馴染みのない半可通なので、ここに収められている歌の数々を生のままでぐいと丸呑みに鑑賞できるほどの素養なぞあるわけもなく、編者の西郷信綱氏がつけてくれた詳細な注釈と歌の間を行きつ戻りつしながら読み進めることになる。
そうした素地がない状態で読んだため、という要因が大きいのであろうが、歌そのものよりも、歌の背景にある、当時の風俗や解釈に関しての学説を、ときに幾つか平行して記している注釈のほうが、読んでいて面白かったりする。
酩酊亭亭主

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紙の本デザインのデザイン

2005/05/02 15:42

モノとコトの架け橋

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

デザイン業界には特に詳しいというわけではないので、著者の「原研哉」氏が業界内部でどのようなポジションを占める方なのかはよく知らない。ただ、本書の中で言及されているような、トマトの缶詰とか、無印良品とか、ジッパーを模した(そして、工事の進捗状況に合わせて徐々にジッパーが開いていく)松屋の工事中の外壁塗装、などは、実際に実物を目にしているので、知ってはいる。本書を読んで、「ああ。あれがこの人の仕事だったのか」という具合に納得した。
「デザインとは一体何なのか」の書き出しではじまる第一章は、ベルエポックとか十九世紀に手工業から機械工業への変遷を経てバウハウスやプロダクトデザインなどに言及しつつ、駆け足で総括的な「デザイン論」を展開。
第二章は、「リ・デザイン展」に参加した個性的なデザイナーたちの、「トイレットペーパー」や「ティーバック」など、日常的な物品をリ・デザインした作例についての詳細な解説。
第三章は「建築の情報という考え方」、第四章は「なにもないがすべてである」等々。すべて、具体的な事例を挙げたり、時には、包括的な文化論やコミュニケーション論に立ち入ったりしながら、広汎な視野に立ったデザイン論を展開する。

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孤高の人

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「言論統制」うんぬんに関しては、多くの人が言及すると思うので、ここではあまり多く扱わない。個人的に気になったのは、むしろ、「鈴木庫三」という成り上がり知識人の矛盾に満ちた境遇についてで、どの辺が「矛盾に満ちて」いるかというと、
1.「プラレタリアート」を自認しながら、極端な階級社会である軍隊に身を置かなければならなかった。
 官費で進学できる道が限定されていた当時の状況と鈴木庫三の生い立ちを考え合わせると、この点は、しかたがない側面もある。
2.最終的には大佐まで出生する「将校」ではあったが、「陸大出」のいわゆる「天保銭組」ではなかった。
 年齢制限でひっかかって「陸大」には進学できなかった。つまり、いわゆる「軍閥」の中には入れなかった。日本大学の夜学や、「派遣」という形で帝大の院までいくのだから、「知的エリート」であった、といってもいいけど、軍隊の中では、「エリート」とはいえなかった。
3.生涯、「小作人」としての視線を忘れなかった。
 本書の中では「趣味の戦争」と呼称されているが、当時の日本では、「農村部/都市部」、「陸軍/海軍」、「上流階級/下流階級」では、まったく違う「文化」があって、鈴木庫三は、前者に属している。為に、後者に属している人々とは、無用の摩擦も多かった。
「言論統制」に関する後世の「無用の誤解」も、この「3」の要因が多分に影響している。鈴木庫三は、教育学者としての見解と、それに、「大東亜圏」を経済ブロックとして考えた際、日本の経済的繁栄を一時的に抑制してでも周辺諸国(当時は、大日本帝国内になるわけだが)の経済的な基盤を固めるべき、という立場から、「情報官」としての任務を全うしようする。今の時点から観れば、たしかに視野が偏狭である部分はあるけど、むしろ生真面目すぎるくらいに真摯な人なのである。対する、「検閲される側」は、非常時であっても基本的に自社の発行物の売り上げを伸ばすことが最上の目的で、同業者内で牽制しあい、配給制である取り分を増やすために、料亭などの接待で懐柔しようとする。
 本書に引用されている「日記」を見る限り、「鈴木庫三に怒鳴られた」ないしは「殴られた」という「伝説」の多くは、そう証言した人々の、戦時中の自分の言動を正当化するための「嘘」か「記憶違い」であるようだけど、そうした反応をしても不思議ではないような気迫や雰囲気は、当時の鈴木情報官にはあったのではないか。
 そうした「気迫や雰囲気」の源泉を、「思想的に硬直した軍人」という、たぶんにステレオ・タイプな人物像を捏造し、そうした「先入観」を自明視したきわめて安直な理解しか「しようとしなかった」のは、たしかに、戦後のマスメディアの大きな錯誤でありましょう。このような資料的裏付けがしっかりとした本がでたのは、いささか遅すぎるきらいはあるにせよ、それでも、充分に価値があると思う。
 
酩酊亭亭主

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この人にこの原作を描かせる。これはもう企画の勝利でしょう

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「バジリスク」というは、あれ、たしか「目があったら石化される、邪眼持ちのモンスター」の名前だったけ? たしかに、「睨まれたら終わり」な、この原作の「副題」としてはきわめて適切。くわえて、「この原作にこの作画」のコンビネーションを思いついた企画担当者は、偉いと思う。
 せがわまさきの名前を最初に意識したのはたしか「鬼斬り十三」で、その後もゲームのキャラクターデザインなどで活躍していたようだけど、まさかその人が風太郎作品をやるとは思わなかった。で、またこの画風が原作の雰囲気にぴったし似合う。せがわ氏の緻密な絵に、風太郎の多分に芝居がかった台詞回しが乗っかると、こうれがもう、「これ以上はない」と断言できるほどに滅法はまる。
 ストーリー的には、「一発芸的な異能の忍者集団が十対十でつぶし合う」ってただそれだけのもん。少年ジャンプ的な「チームバトル」の走りみたいなもんなんですが、シンプルな筋を凝ったアイデアで引っ張る原作の持ち味を、大筋では忠実に追いつつ、キャラクターの心理描写などの細かい部分を膨らませることで、堅実に仕上げている。 走るより速く這う忍者、塩に溶ける忍者、皮膚で吸血する忍者などなどをしっかりと絵で表現できる人は、まあ、いるにしても数は少なかろう。で、せがわまさき氏の筆にかかると、これがまた説得力あるんだわ。原作ではほとんど説明らしい説明がなく、「そういう体質なのである」的に処理されていた薬師寺天膳の「能力」がああいうふうに視覚化されていたのをみたときには、わたしはすっかり嬉しくなってしまいましたよ。
 あと、荒唐無稽な部分はそれとして、「地」の「時代劇」の部分もちゃんとやっていますよね、この作品。背景は緻密に描写されているし、着物を着ているときの立ち振る舞いなどもしっかり書いてあるし、忍者が使う刀の鍔はいわゆる「忍者刀」で四角いし(実在の忍者が実際にそういう刀を差していたかどうか、という問いはひとまず置く。ようは、「作中でのもっともらしさ」の問題)。「荒唐無稽以外」の部分もしっかりと描いているから、荒唐無稽の部分が生きてくるわけで。
 この先品、2005年4月よりTVアニメとして放映が予定されていて(どうせ、アニメ専門チャンネルか深夜アニメでしょけど)、せがわ氏の次回作も風太郎の忍法帳の別作品に決定しているそうです。

酩酊亭亭主

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紙の本ΑΩ 超空想科学怪奇譚

2004/03/24 20:43

ハードSFウルトラマン

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 プラズマ生物、というものがいたと思いねぇ。広範囲・低密度に広がり、ある程度自分の体の形や大きさ、構造を、自分自身の意志で作り替えることができ、知性があり、膨大なエネルギーを体内に秘めていて、宇宙にぷかぷか浮かんでいる……そんな生物を。そんな生物でも知性があり、仲間同士で社会を作っている。社会という物があれば、当然、そこから落ちこぼれるのも出てくる。本人のミスや偶然が重なり、不本意ながら種族内で「落ちこぼれ」になってしまった「ガ」が、本書の主人公(の一人)だ。「ガ」は、名誉挽回を計って、種族全体に不利益な(同時に、正体がいまだ判然としていない)敵、「影」を追って、本来の住処とはまったく異なる環境である地球上に降りてくる。
 その途中、「ガ」と「影」の追跡劇に巻き込まれ、墜落した旅客機にたまたま」居合わせた諸星隼人が、もう一人の主人公だ。諸星は奇跡の生還(実際には、「ガ」による恣意的な身体の再生)し、以後、「影」によって怪事件が起こるたびに、「ガ」によって「超人」に変身して戦うようになる……。
 はい、ここまで書けばわかる方には分かりますね。大まかなシュチュエーションは「ウルトラマン」です。でも、これ、著者が小林泰三でレーベルが「角川ホラー文庫」なんですよ。かなりスプラッタ、グロテスクな描写が盛り込まれていて、なおかつ、ハードSF的な考証もかなりしっかりやっています。
 個人的にはグロ関係の描写はあまり引っかからなかったけど、「ガ」の種族の生態とかの設定とかがかなり作り込まれていて、そのあたりだけでも面白かったです。あと、「影」(一種のオートマトンか? 「影」自体の意志はあまり感じられない。プログラムされたままの行動をルーチンでやっている、という感じで)の影響を受けた人間たちの行動のばかばかしさ、愚かさに大いに失笑。宇宙生物の「ガ」が、全キャラクターの中で一番まともに見えるのってどうよ?
 設定とかはかなり突飛だけど、意外なところで笑えて(まあ、苦笑がかなり混ざっているんだけど)、意外な所で一種の詩情がある(特にラストは、いい。かなり、いい)。なんだかんだいって、かなりお得な一冊でした。

酩酊亭亭主

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「明治」と「昭和」という激動の時代に挟まれた「大正」という短い期間は地味で目立たない印象もありますが、これでなかなか複雑な転換期でもありまして……。

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 タイトルは「デモクラシィ」の誤りに非ず。「デモグラフィ」というのは、「人口統計学」とのこと。統計データの解説なんて無味乾燥でつまらないんじゃないか、という先入観を持つ向きもありましょうが、この「大正」というわずか十五年ほどの期間が、結構いろいろな特徴を持っていて、かなり興味深いデータとなっている。
 その特徴というのをいくつかあげると、
 一、明治末に導入を検討されていた「国勢調査」が実施されはじめた。また、都道府県別の統計データもぼちぼち出そろいはじめた。
 二、第一次世界大戦の余波を受け、日本全体が好景気に。電気やガスなどの社会的なインフラが急速に整い、特に都市部での衛生状態が飛躍的に向上した。
 三、「二」と関連して、急速に増大した需要をまかなうため、寄宿舎に工員や女工を集め、交代制で工場に勤務させる制度が定着。これには、肺病などの伝染病の温床となる、などの負の側面もあった。
 四、世界的に猛威をふるい、世界大戦の戦死者以上の被害を出した「スペイン・インフルエンザ」の流行、関東大震災、などの天災などによる、人口と出生率の急激な減少。
 五、日本が樺太、台湾などの「外地」を獲得し、当時・当地の人口数が、不完全な統計ではあっても、初めて計測された。
 六、義務教育の普及により、若い世代の識字率はほぼ百パーセントに。娯楽雑誌や教養書などが売れはじめる。「会社員」という「身分」が確立したのも、この頃。
 などなどがあり、いろいろな意味で「現代の日本」の原型ができた「大正」という時代の日本は、世界史的な視野でみてもかなり面白い、といって語弊があるなら、興味深い時代だったんだなぁ、という感慨を改めて持ちました。
 本書は、、
『しかし、内地人口だけをとっても、その数は、独立国のなかで、中国・アメリカ・ソ連・ドイツに次ぐ世界第五位の人口大国であった(中略)日本は国内に目いっぱい教育水準の高い人口を抱え、社会的・経済的不安定要因をもち、なおかつ、指導力のある政治家が不在のまま昭和期を迎えるのである』
 という文章で結ばれている。

酩酊亭亭主

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どなどなどーなどーなー

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 沈家に買われてやってきた可哀想な料理人と沈家の奥様の話です。
 料理人の李三は、料理人としての腕は確かなのだが、気が弱い。沈婦人は若くておきれいでいらっしゃるが、食い意地がはっていて意地が悪い。で、李三は、プレッシャーをかければかけるほど実力を発揮するタイプで、その気性を見て取った沈婦人はおいしい物を食べたい一心で、同時に、おどおどとした李三の狼狽をぶりを楽しみたいがために、ひたすら李三に無理難題を吹きかけていぢめる。
 沈婦人と李三は、雇い主と召使いの関係から一歩も出ないわけだけど、どこか隠微でいやらしい感じがする。
 毎回登場する料理も、当時の上流階級の食事なわけだから、たいていは一食作るのに何時間もかかる手間暇のかかる代物で、作り方なども丁寧に解説されているのだが、まあ、現代の日本のご家庭ではつくることはまず不可能でしょう。レシピとしては役に立たないけど、「おそらく旨いのだろうなあ」という感じは、ひしひしとします。

酩酊亭亭主

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