亜李子さんのレビュー一覧
投稿者:亜李子
星の王子さま オリジナル版
2003/03/02 16:52
言わずもがなの名作
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
この作品は、或いは好き嫌いが分かれるだろう。小さな頃に読み、意味が解らずに厭な印象を抱いた人もいるかも知れない。
けれど、好印象にしろ悪印象にしろ、一度は読んで貰いたい作品である。
確かにこの本は小さな頃に読んだのならば、意味が解らない、理解出来ないものと認識されるかも知れない。それも無理のないことで、作品自体が観念的というか抽象的な印象で描かれているのである。
まず最初のページからして、『帽子』か『象を飲み込んだ蛇』か。後者などということは全く思いつきもしなかった。だが、思いつきもしなかっただけに、そういう考えかたもあるのか、と新鮮に思ったのだ。ここで「そんなの解るわけがないじゃないか」と投げ出すひとは、実に勿体無いことをしていることに気がついていない。
僕は高校生になるまでこの本を手にすることはなかったのですが、確かきっかけはテレビで観た、星の王子さまの特集だった。
『星の王子さま』というよりも、著者のサン=テグジュペリのドキュメンタリィみたいなもので、僕はそれに酷く惹き付けられた。彼の経歴の詳細はここでは触れないが、飛行機乗りだった彼は、その上空での孤独感や寂寥を本書の中に余すところなく書き尽くしていると思える。だだっ広い砂漠の中、一人取り残されている虚しさ。そして孤独感……。
そのドキュメンタリィは『星の王子さま』に対して“たかが絵本じゃないか”と思っていた僕の印象を一転させた。たかが絵本、しかし、その絵本の中の数百ページの中には、思いも寄らないような物語が眠っていたのだ。
狐が説く友達になる方法や、気難しい薔薇の話。
六つの星の住人達と、そして、蛇——。
それらをどう解釈するのは読者によって違うだろう。それをひとつに強制するのは作者の考えとは違う気がするし、そもそも著者もきっとそんなことは望んでいないだろう。
この作品で僕が最も感動したところはラストシィンで、読めば読むほど印象が増す場面である。
まだ一度も読んだことがない、というひとは、是非とも時間のあるときに読んでおいて欲しい。子どもの心を失わないうちに。
ピーター・パンとウェンディ
2003/02/03 19:05
子供向けの中に大人の残酷さが見え隠れ
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ピーター・パンといえば、空を飛び、ネバーランドへ旅立つ子どもたちの姿を思い浮かべるひとが多いのではないだろうか。しかし、それは『こなれたピーター・パン』でしかない。子どもに夢を与えるために人生を費やしたあの男性から押し付けられたイメージを、後生大事に抱え込んでいるに過ぎないのだ。
そもそも、ピーター・パンの原作は、J.M.バリーの手によるものだった。彼はこの作品を、果たして子どものためだけに書いたのだろうか。この本を読むと、どうにもそうではないように感じられる。というのは、この本は一度ひとの手によって訳されているから作者の意図そのままではないにしても、子どもたちに夢だけを与えるというにはちらほらと残酷な表現が見受けられる。これは大人になってしまった人間の目から見た印象なので、きっと子どもたちは気付かないかも知れないが、それでも意識化に彼らもそれにピンと来るものがあるだろう。
子どもたちもそうそう莫迦ではない。彼らを莫迦にするような表現には、意味が解らなくとも反発するだろうし、また彼らのレヴェルに合わせようと位を落としたものには見向きもしない。大人たちが幾ら策を弄しても、いつかは甘いキャンディにはそっぽを向くときが来るのだ。それを考えると、長いあいだこの作品が残りつづけてきたのは、唯単に甘いだけだからではないことが解るだろう。
ピーター・パンに夢を抱いてきたひとはこの現実を見ないほうが良いだろう。だが、この作品のラストを覗いてみると、ウェンディがピーターに、ティンカー・ベルはどうしたのか訊くところがある。そこで、彼は何でもないようなことに、ティンカー・ベルとは何かを訊いてくるのだ。
——そんなの忘れてしまったよ、妖精は寿命が短いからね。
これ以外にも、よくよく考えてみるとぞっとする場面は多々見られる。これは如何にも子どもの無知故の残酷さではないか。
この作品は、子どもへ夢を与える代わりに、大人には子どもが内面に持っている残酷性を気付かせてくれる。
モモ
2003/03/02 16:28
いつか大人になる自分のために
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
『果てしない物語』を書いた、あのミヒャエル・エンデの著作である。
小学生高学年向けの児童書といっても、これはその辺の消費される作品とは一線を画している。時間とは、生活とは、そして生きることの意義とは何なのか。どことなく哲学的なものをテーマにしたようでいて然し、ファンタジィであるからにしてそれが巧く覆われていて、子供でも確かに楽しめる作品だろう。
ストーリィの中で最後までマイペースに生きていたモモという少女。それに反してその周囲の人々は、時間泥棒に騙されて自分の時間を奪われ、あくせくと働き続ける。
この後者の人々は、まるで今の日本全体を風刺しているようにも思える。余裕のない生活で、秒刻みに動いている人たち。“時間を貯めている”のだという幻想を抱き続け、その実、時間を無駄に棄てている。
僕がこの本の中で一番印象に残ったシーンというのは、ゆっくり歩けば歩くほど前に進み、早く進もうとすればするほど進まない道、の場面である。物理的には矛盾を引き起こしているのかも知れないが、それでもどこか納得するところがある。
「時は金なり」と云うが、僕はそう思わない。時間はお金よりももっと大切なものである。お金で時間は買えないのだ。
教養的にもそうだが、これは個人的にも読んでおいたほうが良い本だろう。そしてそれを読み終えたとき何を思ったか、忘れないでいて欲しいと願う。
これを読んだ親御さんは、是非お子さんに「こういう本があるのだよ」と教えるだけでもして欲しい。
おさるはおさる
2004/09/26 18:22
おさるはおさる、ぼくはぼく
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
最近の某科学雑誌に掲載されていた大人と子どもの時間の流れ方についての記事を流し読みをした。自分も例に漏れずだが、「子どもの頃の時間は早かった」「あっという間だった」と云う人がいるが、それは比率の問題らしい。六年間生きたうちの一年と、六十年間生きたうちの一年は、六分の一と六十分の一である。子どもの頃の一分一秒のほうが、長く生きた大人の一分一秒に較べれば随分大きな割合なのである。
勿論経験の差も歴然である。何かが起こったときにどう対処すればいいか、その経験を以って判断するだろう。然し、子どもはその経験とやらを大人に較べて積んでいない。「こうすれば簡単だろう」「決まりきったことじゃないか」ということがないのだ。それを行ってどんな結果が生まれるのか、いつでも解らない。そんな時分にどうしたら良いか解らないことが我が身に降りかかったら、途方に暮れてしまうだろう。
今回のおさるの「ぼく」には、そんな困った出来事が降りかかった。あることによって今までの「ぼく」と今の「ぼく」は違ってしまった。更に、他のおさるとも「ぼく」は違う。色々悩んで様々なことを試みるが、どうしてもうまくいかない。そんなところにおじいちゃんがやって来て、自分にも同じようなことがあったと話してくれる。流石は亀より年の劫のおじいちゃんである。「ぼく」の不安はいつの間にか薄れていって、そしてある日元の「ぼく」に戻っていた。
実際に読んでみるととても面白おかしく感じるのだが、「ぼく」にとってはとても真剣な悩みなのである(真剣に悩んでいるところがまたおかしいのだが)。そんな悩みを一笑に付さず、ちゃんと聞いてあげたおじいちゃんはすごい存在だと思う。子どもはそんな風にいつでも真剣である。ならば、それを聞く大人も真剣になるべきであろう。
雑多なアルファベット
2004/08/07 18:49
薄く深い一冊
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日本人として生まれ育ったことで、全く海外の文化に関しての理解がない故に、有名な洋書を読んでも訳が解らぬ部分が出てくることがある。例えば、かのシェイクスピアの『ハムレット』では、仇としてのクローディアスを今なら殺せる、というときに、何故かハムレットは逡巡しその場をやり過ごす。何故そこでクローディアスをさっさと殺さないのかと小さな島の読者は思うかも知れぬが、それにはやはり我々には一筋縄では解らぬ理由があるのだ。そのように説明されねば解らぬ作品というのは(偏見であるが)参考書片手に解く数学の問題と同様につまらぬものである。だから邦訳というフィルターを通して読むのだが、柴田元幸氏は唯邦訳するのみではなく、ちゃんとしたフィルターの役割を果たしてゴーリー作品を語学に疎い我々に渡してくれている。
元々、邦訳というものは非常に簡単なものだと考えていた節がある。原書の語を辞書で引き、対応する邦訳を文法通りに並べていけば出来るものではないか、と浅はかな考えかたをしていたのである。然し、実際にそんなことをしたら如何に素晴らしい物語であろうとも、無味乾燥の最悪の物語にしてしまう。逆に云えば…まあ、それはそうと、柴田氏はそこに差異を生まずに、ゴーリーをそのまま日本語化している。云わずもがなそれは唯邦訳するという意味ではなくして、彼方の文化を此方の文化に変換した上で訳しているのである。例えば「U」の項目などがそれであろう。これは是非ご自分で調べて頂きたい。柴田氏の名訳であると、わたしは推したい。
ゴーリー独特の、この一見可愛らしくそれでいてどこか不穏な印象を抱かせるイラストは勿論、その文章もそしてその訳も全てが調和した世界がここにある。原書でゴーリーに触れたいと思うのも勿論解るが、柴田氏を通してゴーリーを感じるのもまた一興である。訳者あとがきにも柴田氏のセンスが感じられる。
日本人として原書のセンスをそのまま受け取ることが出来ないと嘆くよりも、邦訳された作品を読み、その訳文や訳文と比較した原文を楽しめることを喜ぶべきであろう。
おさるのまいにち
2004/09/26 17:23
ひとりで読める本、安心して読ませられる本
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幼稚園などでは、子供向けの雑誌を使って読み聞かせの時間があったりする。それを熱心に聞いている子もいれば、先にどんどん黙読してしまう子もいる。前者はおそらく家に帰っても親に本を読んでもらおうとせがむだろう。後者は家にある本を手当たり次第に読もうとするだろう。場合によって、親にとってはどちらも困ることである。そんなときに、子どもにこの本を与えてみてはどうだろうか。
この本はすべて平仮名で書かれている。子ども向けであるからにして、内容も難しくないし、子どもにとって不適当な表現もない。ただおさるの「ぼく」の毎日が描かれているだけである。それは平凡で、何ら変化のない日々である。
唯一の事件はウミガメのおじいさんがやって来ることであるが、これだって忙しない大人の視点から見れば「何のことはない」と一蹴されてしまいそうなことである。しかし、平和なみなみのしまでは大事件なのだ。
85ページという、子どもにとっては少し厚い本かも知れない。けれども『絵童話』という絵本と児童書の間の子の特徴として、殆ど全ページに絵と文が同じ割合で載っている。文章だけじゃ難しい、絵本じゃもう物足りない、という子どもに適しているだろう。
また、欲張りな大人の感想だが、子どもだけにこの作品を読ませるのは勿体無い気がする。子どものために書かれたのだから、子どもが読むのは当然のことなのだろうが、子どもに与える前に少し自分で読んでみても良いかも知れない。大人が読めば30分もかからずに読めるだろう。大人のための絵本などが出ているが、子どものための作品のほうがよりストレートに心に響く場合もある。もしかしたら、「子どものころにこんな風に教えてもらったなら」と思うかも知れない。
のんびりのんびり平和な毎日。昨日と変わらない今日。明日もきっと同じだろう。それがどうしていけないのだろう。スローライフと云われていても、少しも時計の針は休まない。もう少し、“何も特別なことがない日”を楽しんでみても良いのではないだろうか。
エンデ全集 8 鏡のなかの鏡
2004/09/10 16:45
鏡のなかの鏡、のなかの鏡、の……
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それは牡牛の頭をもつ怪物の住む迷宮である。
一瞬でも自分の存在について不安を覚えた人は、この作品のいい読者になれるだろう。然し、あなたがこの作品を読んで感じるようには私は感じない。この迷宮は、あなたの迷宮なのである。
最初から耳を傾けながら読まなくてはならない作品である。書き出しの「許して、ぼくはこれより大きな声ではしゃべれない」いう文章には、息を潜めてさえその声を読み取ろうとしてしまう。その時点で既に迷宮に呑まれているとも知らずに。
三十に分けられた章段に、全く関連のない物語が綴られているようにも思えるが、その根底は皆同じものである。
本の終わりには司修氏の解説が載っているが、それは迷宮に対する解説ではない。彼が迷宮に出したひとつの答えにしか過ぎない。そのため、その説明は人口に膾炙した「歴史」から抽出されたものである。だが、それが「世界の記憶」であるとは誰が証明できよう。また、それを本当の答えとしてしまうのは些か軽率である。大なり小なり「世界の記憶」のなかではそれと同じようなことは数え切れぬほど起こってきた。
この物語たちが象徴する世界とは、どこにでもある世界なのである。あまりにも瑣末であなたが気付かないだけかも知れないし、気付いたとしても何のことはないと一蹴してしまった世界である。だからきっと、思い返してみればひとつに限らず類似する世界があなたのなかにあるだろう。
この一冊では三十章で終わっているが、それは終わりではなく、境界なき世界のひとつの視点である。糸玉を持たぬ英雄は永遠に迷宮で迷い、そして怪物になるのだろうか。そしてまた、迷宮のなかから物語は始まる。
まったき動物園
2004/08/07 23:14
和歌にも似た多義性か
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最初に読んだときには、「嗚呼、ゴーリーだな」と感じるに留まっていたのだが(それ故書評も書かずにいたが)再びこの作品を読むに当たってどういうわけか居ても立ってもいられなくなってしまった。
和歌には掛詞というものがあり、それは自然に託して何某かの意味をそこに託している。「松」ならば、「待つ」のように。その一言を解釈出来るならば、一見考えもしない心情が吐露されていることに気付く。『源氏物語』を知るゴーリーであるから、もしかしたら、と思ってしまったのだ。
とにかく先ず指摘したいのは、ここの画像は小さくてよく解らぬが、この作品の表紙の絵である。葉の中に虎が居、その模様の中に文字が隠れている。これを見るうちに、或いは中身にも……と思ってしまうのは仕方がないであろう。そんな風に思ってしまった切欠は、柴田元幸氏のあとがきなのであるが。動物の性質と似た性格をもつ「誰か」の名をアナグラムとして対応させているのではないか、とも思ったが、まあそんな簡単なはずもないだろう。然し、これらの「幻獣」の性質が全く人間には有り得ないものだとも云い切れない。ふという瞬間に垣間見せる誰かの性質に、当てはまるものもあるかも知れない。それならば、おおよそ気付かぬ所作による性質を持つ彼らは、その意味で「幻獣」なのかも知れぬが。
然しこの「まったき動物園」、一体場所はどこなのであろうか。26の獣が紹介される絵の中には、手がかりらしい手がかりもなく、寧ろ見れば見るほど統一性の欠片も見られない。更には一体何のためのものだろうかと訝りたくなるものさえ出てくる。じっと見ていれば解るというものでもないが、それをじっと見ていると、姿を隠した幻獣が現れてくるかも知れない。その幻獣は一体どこから現れるのであろう。それが現れるときには、その姿がはっきりとするのだろうが、その見えない幻獣が現れるとき、我々は知らなかったことを知ることになるのだろうか。
秘書検定2級突破 完全模試つき 2004年版
2004/04/10 17:08
ゼロから始める秘書検定
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秘書技能検定二級を取得する際に、『秘書検定直前ポイントチェック2級』と共に使用した参考書である。『ポイントチェック〜』に関してはそちらをご覧頂きたい。
この参考書は、秘書検定の申込方法など、本当に何も知らない人に向けての情報も掲載されている。インターネット上にも勿論アップされているが、確認のためには非常に役立ち、とても丁寧だと思われる。内容的にも解りやすく、この一冊で基礎はきちんと押さえることが出来た。
『ポイントチェック〜』が学習の確認としての問題だとしたら、この参考書での問題は理解を確かめる問題である。問題をやって答え合わせをし、どうして間違っているのかなどを確認していく形式である。まず、問題をやってみたいという人にはお薦め出来る。
参考書の最後にある模擬試験問題は、実際に受験する前の心構えとして必ずやっておきたいものである。この一冊ならば、模擬試験と基本問題を兼ね揃えているから、確実に基本は学習出来た。
検定試験関係の参考書は次々と発行されているからなかなか書評もなく、実際に手にとって見たほうが良いという人が多い。だから、切羽詰って参考書を選ぶときに、この書評を参考にしていただければ光栄である。
桃
2003/03/02 16:16
噎せ返るような桃の香り
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A5判の厚さに比べてずっしりとしたこの本の中には、腐る直前の最も熟した桃の香りが篭められている。
題名の通り『桃』を題材にとった短編集なのだが、どれもがどれも、一筋縄ではいかない物語ばかりである。
現代の作家の作品は消費されるばかりで、しっとりとした重みのあるものはない、と思っていたが、久世氏に出会いその考えは払拭された。
久世氏の文章は、そこはかとない官能的な香りが漂ってくる。初めて読んだ氏の作品は『陛下』だったが、それにも同じことを思った。
何の変哲もないような場面の文章なのに、目尻を赤く染めたような妖しさが含まれている。三文小説のそれとは一線を画す文章を綴っているというのに、何気なさでそれになかなか気付かせないのも魅力的だ。
猫のようなしなやかな優雅さが文章で現される奇跡をここで発見した。
脳内にまで侵入してくる桃の香に、狂わされる短編集である。
魔法使いハウルと火の悪魔
2003/02/03 19:18
ジブリとは切り離して考えたい——個として素晴らしい作品
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スタジオ・ジブリが映画化すると話題になっているが、それ以前からこの作品を知っているものとしては、それに便乗して読むひとの読み方に懸念を抱く。『ジブリだからきっと素晴らしい』『ジブリだから面白いだろう』そんな考え方をしていたら、この作品は確立したひとつの作品として立つ瀬がない。確かに、面白いから映画化の案が上がったのだろう。だが、その面白さをフィルター越しに見たって、本当に面白いかどうか解るのだろうか。先入観なしに物語を読んで、そして面白いと思えた作品こそが本当に面白い作品なのだ。この作品は十分それに値すると思う。
物語は帽子屋の娘、ソフィー・ハッターを主人公にして展開してゆく。まずからして、ソフィーは最初から最後まで受難の日々。こんな物語でいいのだろうか、と思ってしまうが、それはそれで面白いのだ。『ハウルの』と題名には書かれているが、彼よりも寧ろソフィーに注目して読みたい。彼女の特徴ある性格は、物語を色鮮やかに且つテンポよく運んでいく。読んでいて、どこかキリの良いところで止めろと云われても困ってしまうくらいに。
魔法使いが出てきたり、火が喋ったり、まさに『ファンタジィ』という感じだが、それを超越した恋愛物語である。ベタベタのラブ・ストーリィではないにしても、心温まる可愛らしい物語だ。
映画化される前に一度、この物語自体を楽しんで欲しい。そしてこの物語としての面白さを是非痛感して欲しいものだ。
おさるがおよぐ
2004/09/27 14:08
おさるの冒険
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平和な平和な日々を、南の海の小さな島で暮らしていたおさるの「ぼく」が、大きな大きな海を探検しようとします。表紙に描かれているようにバナナを持って、ウミガメのおじいさんに教えてもらった丸太の船で出掛けます。カエルから教わった泳ぎで海に出ます。
一体そんな装備でこのおさるは無事に戻って来られるものなのだろうかと、思わず心配してしまいました。何しろ、島はとても小さく、それを何倍にしたとしても海の大きさにはとても足りないと思うのです。そんなにも大きなものを知らないおさるは、無謀にもひとりで海に出てしまいました。
広い広い海。どこまでも続く水平線が何ページにもわたって描かれます。段々読者が不安になってくる頃に、ようやく「ぼく」は島に帰ることにしました。けれども反対方向に泳いだつもりでも、波に流されて違う方向を向いているのかも知れません。「ぼく」が幾ら泳いでも島の影すら見えません。
この物語の中で、「ぼく」に意地悪をするものは誰一人いません。おひさまもかんかんに照り付けることもないし、おつきさまもちゃんと夜には姿を現します。海だって高波が押し寄せることもなし、空も「ねむくなるくらいのひろさ」で見守っていてくれています。
何一つ、「ぼく」に危害を加えるようなものは無いのです。
おさるの「ぼく」も読み手の「ぼく」も、この本の中では迷子や交通事故や誘拐犯に怯えずにすむのです。
好奇心で一杯の子どもたちに、時折不安を抱くお母さんもいるかも知れませんが、本当は世の中そんなにも怖いものばかりじゃありません。もっともっと幸せに、こざるくんたちの気の赴くままに冒険させてあげるのも、ひとつの成長に繋がることでしょう。
秘書検定直前ポイントチェック2級 文部科学省認定
2004/04/10 14:51
秘書検定、資格取得のウォーミングアップに
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最近は就職活動の話に、必ずと云って良いほど資格の有無の話が出て来る。就職先の仕事と関係のない資格でも、「資格を取得するための努力」を認めてもらうために取得を薦められる。然し、だからと云ってどんな資格でも良いというわけではない。人に知られていないような資格や、どこにも認定されていない、いつなくなるか解らないような資格では時間も金も無駄になってしまう。この秘書検定は文部科学省の認定になっているし、文系女子には薦められるものであろう。勿論男性にも秘書は多く、接客に関わるのならば更に外せない。試験内容には一般常識も含まれるので、資格を取ると同時に、社会に出るために必要な知識も学べるというものだ。二級の検定自体は、勉強しておけばそれほど難しいものではない。これから様々な資格を取得していきたい人には、まず足掛けに出来る検定だと思われる。(合格率などは公式のサイトを参照にして下さい)
本書は『直前ポイントチェック』というだけあって、重要箇所が端的にまとめられている。時間がない人や最終チェックのためにはお薦め出来る。然し、全く知識がない状態で学ぶためには推奨し兼ねる。
おおよその形式としては、学習ポイントのまとめがあり、Q&A、実問、要点図解となっている。それが領域毎に幾つも分けられており、ひとつのものを集中して学びたいときには便利だ。解答には簡易的だが解説がついており、どうして間違えたのかがすぐさま解るようになっている。要点図解は文字だけでは解り難いところを補っており、必ず目を通しておきたいところだ。
だが、問題を先に解きたいという人にはこの参考書は薦められない。この参考書は先に知識を得てから、問題で確認する形式となっている。真面目にそのように学習できる人には最適であろう。(わたしは駄目だったが…)
ポイントチェックといっても、意外にも結構量があるので、十分余裕を持って取り組んで欲しい。
この参考書と『秘書検定2級突破』の二冊で、無事秘書検定二級に合格しました。
天河伝説殺人事件 下
2003/02/03 18:09
漸くの終結
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下巻に入って漸くの終結を迎える。上巻だけではなんとなくしか解らなかったことも下巻ではちゃんと日の目を見る。
だがしかし、やはり氏の難点として、キャラクタが上手く動かせていない気がする。取り敢えず登場させるだけさせておいて、そこにいるだけの働きだけで済ませてしまっている人物が多数いる。もう少し人数を減らして且つ残った人物を過剰に動かせば、それでも複雑で面白いものが出来上がるだろう。
殺人事件のトリックは、やはりというかなんというか、思ったとおりのものでしかない。ミステリを読みなれてしまっている読者ならば、二度目の事件が起きたときにはトリックは既に解っているだろう。
愛憎渦巻くとまでは行かないが、跡取りの問題や人間関係を絡ませたミステリは今は流行らない。この時代ならではだと思った。
結末もいまいちあやふやで足元が危うい感じがするが、一応終結しているからよしとしよう。
天河伝説殺人事件 上
2003/02/03 18:03
読み易いけれども
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まず第一に、この作品はいちいち上下巻に分ける必要があったのかどうか考えてしまう。文庫のかたちを取っているから、持ち運び易さを考えるとこの程度の厚さが良いのかも知れないが、京極夏彦氏の文庫化された作品を考えると、それもどうだったのかと思ってしまう。上下巻に分けたことで中途半端に気になるところで寸止めを喰らう羽目になる。出来ることならば一冊に纏めて欲しかった。上巻だけでは多分不完全燃焼のまま悶々とするためになると思うので、是非読み終わったらすぐに下巻にも入れる準備をしてから読んで欲しい。
上巻ではまだ導入部といった感じで、例の如くふたつの事件が起こる。事件に乗り出すのはやはり女性で、彼女たちが主人公、名探偵・浅見光彦と出会い、難事件を解いてゆくことになる。
この話では日本舞踊などの芸能が主に関わってくるが、あまりその知識がなくとも読めるだろう。ちゃんと中には解説が書いてあるが、それが寧ろ、適度に芸能を知っているひとには鬱陶しく感じられるかもしれない。丁寧過ぎるのも難点だ。
