サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. はなさんのレビュー一覧

はなさんのレビュー一覧

投稿者:はな

17 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本三四郎はそれから門を出た

2007/01/19 21:32

「過剰な自意識」もここまでくれば

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 最初に言ってしまうと、私は三浦しをんがあまり好きではありません。何作か読み、どれも面白かったにもかかわらず、です。理由を一言で言ってしまうと、おそらく「過剰な自意識」が鼻につくのです。年も近く同じ女である、同属嫌悪もあるかと思うのですがとにかく。しかしこの本はおもしろかった!どうせ過剰な自意識ならここまでやってしまえ!といった感じ。何よりも本人がそれをよくわかっているというのがおもしろかった。文中にもあります。「問題は『過剰な自意識』だ」と。そこまでわかってるなら、「過剰」を「適当」にすればいいと思うのだけど、彼女はそれができない。なぜなら「思春期」だから。
 そんなわけで、20代後半になっても思春期真っ只中の三浦しをんの本への愛情のほとばしるこの一冊。本の感想や紹介だけではなく、本に関係のある(時にはまったく関係のない)エッセイやコラムも収録されています。すごいなと思うのは、この作品を読んでこういう感想を抱く人間ならこういうことは考えなそうなのにな、と思える部分がたくさんあること。逆に言えば、三浦しをんはそれだけ、偏りなく濫読しているということでしょう。思想、思考に左右され本を選んでしまう私には非常に羨ましいことです。
 私は読書から知識を仕入れたいし、励まされたいし、癒されたいし、自己を肯定してほしいので、やっぱり彼女とはとことんあわなそうですが、この読書への情熱と執着は見習いたい!ということでイチオシの一冊です。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本夕凪の街 桜の国

2006/06/08 10:32

この国で生きるということ

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昭和20年、原爆が落とされたときから、広島は「ヒロシマ」となり、世界でただひとつの街になりました。その街には、それでも普通に生きる人々がいて、彼らは悲劇を日常とともに背負って、生きて、苦しみ、死んでいきます。
 「夕凪の街」は原爆投下から十年後の広島が舞台。被爆した女性がひっそりと命を終えるまでが描かれています。わずか35ページの物語。読み終わった時、しばらくの間、ページを閉じることができませんでした。
 「桜の国」はその数十年後。もう誰もが原爆のことなど忘れたかのような世界で、それでも残る傷をこれも静かに描いています。
 ヒロシマには二度行ったことがあります。二度とも、平和祈念式典に参加しました。
 小学生のときと、高校生のとき。やけつくような暑さをただ覚えています。
 その後、私は長いこと、そういったものから眼を背けて生きてきました。この物語は、そういった「ごく平均的な日本人」を責めるではなく、むしろ優しい視線を向け、向き合うための勇気をくれるような気がします。
 当たり前なのかもしれません。作者のこうの氏自身、広島出身でありながら、被爆者が身近にいることもなく、深く知ろうともせず、逃げるように生きてきた。その不自然さと後ろめたさを両手に抱えながら、精一杯の思いで筆をとったそうですから。
 献辞につぎのようにあります。
 広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ
 広島のある日本のあるこの世界を愛するものの一人として、向かい合わねばならないものがあります。それは義務や責任ですらなく、宿命のようなものですらあるかもしれないと思うのです。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

オシムはなぜあんなにもサッカーと人を愛しているのか

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本の紹介がしたいと、ずいぶん長いこと文章を考えてきましたが結局まとまりません どんな言葉を連ねたところで”オシムの言葉”には絶対にかなわないのですから。
イビツァ・オシム。
日本サッカー史におそらくは長く名前を残すであろう人物。
この本は、オシムの、政治と戦争に翻弄された半生と、JEF UNITED市原・千葉の監督として日本に来てから成し遂げたことを綴った伝記であると同時に、著者の『誇り』『悪者見参』に続く、ユーゴスラビアサッカー三部作の最後を飾る作品です。
オシムがJEF UNITED市原・千葉の監督になってまもなくして、インタビューや記者会見でのオシムの発言が注目されるようになりました。
皮肉やわかりにくい比喩が混ぜられた発言は、それでも多くの人をひきつけました。
それらは豊富な経験と知識から来る冷静な分析、洞察によって成り立っていますが、それだけではあんなにも多くの人の心には届かない。
オシムのすべての発言の根底にあるのは、サッカーとなにより人に対する深い愛情です。
だから彼の言葉は輝く。
あれほどまでに深くサッカーと人を愛するようになったのはどうしてなのか。
それはおそらく彼の生きてきた人生と深いかかわりがあるのでしょう。
その一端をこの本でうかがうことができます。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本月光 第1巻

2008/09/01 22:46

ファンタジー作家・那州雪絵の世界の厳しさと心地よさ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 那州雪絵の代表作は、学園青春コメディの傑作『ここはグリーンウッド』である。それには異論はない。それと同時に私は那州雪絵はファンタジー作家だと思っている。『ここはグリーンウッド』の中の名編『ここは魔王の森』を持ち出すまでもなく、SFファンタジー、ホラーファンタジーの良作を多く書いている。
 その那州雪絵の、唯一のファンタジー長編『月光』が待望の文庫化である。

 東京から始まった物語は、主人公・藤美が異世界に引きずり込まれるのと同時にその舞台を移す。そこは光の半球と闇の半球に分かれた世界。「理の力」と呼ばれる魔力が世界を満たし、それをコントロールできる王が支配する。300年もの長きにわたり、王として存在した女王の死を境に、世界は狂い始め、その混乱の真っただ中に、藤美は巻き込まれていく。

 主人公・藤美は意思をもった少女だ。この物語の中で藤美はおおむね受動的な立場に置かれる。大きな運命のうねりは、藤美に、多くの選択肢を許さない。その中で藤美は、目の前の状況と自分の心を見つめ、与えられた選択肢にとらわれることなく、意思をもって自分の進むべき道を決めていく。けっして派手な主人公ではないが、激変していく世界の中でのその姿は、小さくだが、しっかりと輝いている。

 その藤美を、少し遠巻きにしたような周りでは、多くの人が、変わっていく世界を前に、右往左往している。その中で興味深い対比を見せるのが、シファカとロリスだ。武官と文官。それぞれ宮廷の若手のエースである二人。史上最年少の騎士団長を務めるシファカは、保守的である。決して旧弊的なわけでも、融通が利かないわけでもないが、王を、ひいては世界を守るという使命を絶対と考え誇りに思っている。対する書記官のロリスは、好奇心と探求心が旺盛で、変わりゆく世界にいち早く気がつき、それを受け入れ先に進もうとしている。親友同士でもある二人の意見の相違は、そのまま世界の混乱を映していて面白い。

 しっかりとした世界観の枠組みの中で、さまざまな立場の人々が魅力的に描かれる。生きていくことのせつなさ、やるせなさを感じるとと同時に、それを確実に超えていく人のしたたかさが、心地よい。

 『ここはグリーンウッド』を読んで、その心地よさを少しでも感じた人には必読の一作だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本フライ,ダディ,フライ

2007/12/13 09:47

I can fly I can fly I can fly!!

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

オチコボレ高校生ザ・ゾンビーズと、さえない中年サラリーマンのひと夏の冒険。
疾走感にあふれたさわやかな物語。


10代のころ、小説や漫画や映画を見ては、すぐに影響されて、走ったり、踊ったり、歌ったり、闘ったりしてました。
大人になってくると体が重くなり、頭が固くなり、すぐには動けなくなる。
だけど、この作品を読んで、久々にすぐに走り出してみました。
こんな年になって、小説や映画に影響されて動き出すのがちょっと恥ずかしかったんだけど、それができる自分が嬉しくもありました。
そうさせてくれるだけのエネルギーがザ・ゾンビーズの面々とおっさんにはあります。

人は空を飛べない。
あまりにも当たり前のことです。
それでも空に向かって両手をはばたかせ続けることには意味がある。
そう思わせてくれる作品でした。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本ラヴァーズ・キス

2006/08/20 10:31

大好きだよ、のキス

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「BANANA FISH」や「YASHA」とは赴きを殊にした吉田秋生珠玉のラブストーリー。
 場所は鎌倉。
 湘南の高校生たちを中心に、時期を同じくした三つの物語がオムニバス形式で語られる。
1話目「Boy Meets Girl」
 日頃、男から男へと渡り歩いている里伽子は、ある朝、海岸でサーフィンをしていた男と出会う。同じ高校のその男藤井朋章は、女がらみで悪い噂の堪えない「ろくでなし」。 恋愛感情が生まれるはずもなかった二人だが、里伽子はなぜか藤井に惹かれていく。
2話目「Boy Meets Boy」
 鷺沢(男)は先輩である藤井に憧れていて、藤井と急接近していく里伽子に嫉妬心を抱く。鷺沢の後輩の緒方もまた鷺沢に思いを寄せ、彼はその思いを一途にぶつける。 交錯する思いのなかで、鷺沢の藤井への思いは募っていく。
3話目「Girl Meets Girl」
 里伽子の妹、依里子は、いくつもの要因から姉を嫌っている。 そのひとつが、里伽子の親友美樹の存在。依里子は美樹を慕っているが、美樹もまた里伽子に友情以外の思いを寄せている。
 里伽子と藤井の恋愛を中心に、いくつもの思いは交錯し、藤井が学校をやめ鎌倉を離れることをきっかけに物語は収束に向かう。
 想いを告げるもの、決して口に出さぬもの、つながる心、報われぬ想い。
 それぞれに傷を負った高校生たちが、それぞれの想いを静かに温めていく様が丹念に描かれている。
 いくつもの恋は決して幸せな結末ではない。でも彼らはその恋を悔やむことはない。小さなキスを交わした後、また夏の風の中を前を向いて歩き出すのだ。
 こんな恋ならしてみたいと思った。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

静かで穏やかな2人のラストシーン

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 完結し、読み返してみて思ったことは、私にとってこの物語は、竹本とはぐみの物語だったのだということ。
 作中竹本は何度も壁にぶつかりますが、それはどちらかというと「自分探し」につながる自身との葛藤。この物語のメインテーマ(?)である恋愛に関して見れば、主人公の竹本は実に地味です。ただ、静かに穏やかにまっすぐはぐみを思い続け、思いを告げ、それでも何ひとつ起こらない。
 はぐみはその想いを感じ続け、けっして応えることはできないけれど、ほとんど無自覚にけれど誠実に受けとめ続ける。
 その静かな関係こそが、『ハチミツとクローバー』の芯に存在し、個性的な登場人物たちの個性的かつ強烈な恋愛の中にあって光を放っていたのだと思います。
 この最終巻で、2人の関係はひとつの結末を迎えます。
 静かで穏やかな2人のラストシーン。
 竹本とはぐみが、ただただ誠実に重ねてきた日々そのままの、優しい光に満ちたラストシーンでした。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本あなたがうまれたひ

2008/06/11 21:45

よろこびに満ちた日

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 悲惨な事件が相次ぐ中、痛みをもってこの本を手にとり、多くの子供たちに読んで聞かせました。小さな子供たちには、イメージや実感を伴って聞くことは難しいでしょうし、絵も色彩が地味なので、食いつきのいい本ではありません。楽しんで聞いた子がどれだけいるのかわからない。それでもどうしても伝えたかった。

「あなたがうまれたひ」から始まる文章のくりかえしです。
その日、地球はまわり、太陽は輝き、雨は優しく降り、世界中のすべてが、その誕生を喜び祝福した。そのことをただただ伝えるそれだけの絵本。科学的な土台が説得力を生み、やわらかな文章がやさしく届きます。

 どうしても子どもたちに伝えたかったこと。自分を大事に想う気持ち。自分の命を愛しいと思う気持ち。言葉にするのが難しいそのことを、語ってくれる絵本です。この絵本を読むことは、祈りに近い気持でした。どうかどうかわかってほしい。自分という存在が、世界すべてから愛されるくらい愛しいものだと。それは、他者を、世界を愛しいと思う気持につながると信じています。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本3びきのかわいいオオカミ

2008/03/01 21:14

心と心をつなぐハッピーエンド

13人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 言わずと知れた『3匹のこぶた』のパロディである。

 1ページ目では、頭にカーラーを巻いたお母さんオオカミが、マニキュアを塗りながら、可愛いオオカミたちに、家を出て生活するように話している。
3匹のオオカミは家を出て、レンガのうちをつくる。そう。いきなりレンガのうちをつくってしまうのである。そこへやってきたわるブタ(これがもう本当に人相の悪い憎々しいブタなのである)が、思いっきり吹いたくらいでは壊れないが、なんとこのブタはハンマーを持ってきてレンガの家をぶち壊してしまう。やっとの思いで逃げ出したオオカミたちが今度はコンクリートの家を作ると、これは電気ドリルを持ち出し破壊する。鉄骨と鉄板で要塞のような家を作れば今度はダイナマイト。

「きっとぼくたち、いままで まちがった ざいりょうで うちを つくってたんだ。もっと ちがうもので うちを たてなくちゃ。」

そう思ったオオカミたちが次に選んだ材料は・・・?

 文句なしに面白い。文章もいいし、絵も細かい部分まで凝ってて、絵だけじっくり見ても楽しめる。オオカミとブタの役回りを逆転させると言う発想自体はそれほど目新しいものではないだろうけど、かわいいオオカミたちと、わるブタとのキャラクターが絵から十分に伝わってきて、いい。そして、どんどん要塞化していく家に意味がないことを悟ったオオカミたちの行動と、そこからつながるハッピーエンドもいい。

 私は絵本に教訓は求めていない。大人も子どももとにかくこれを読んで楽しんでくれれば十分だと思う。その上で、私はこのお話に、この世界をも救う手立てが書かれているのだと思う。頑丈な家を作り、相手の顔も見ずに拒絶し、そして相手はそれを破壊する。その繰り返しから生まれるものは何もない。そのことを笑いとともに、過不足なく教えてくれる作品である。


このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本鷺と雪

2009/07/04 10:43

雪と祈り

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昭和初期の物語というのは、どこか重い。どれほど華やかで明るい物語だったとしても、どこかに暗く重い影を感じさせる。それは現代を生きる私たちが、その後、物語の舞台たる日本がどういう道へ進むのかを知っているからか、あるいは、その時代を生きた人たちもどこかでその影を感じていたのか。少なくともこの『鷺と雪』のヒロインである少女は、軍事とも政治とも無縁の世界に身を置きながら、世界のきしみを感じている。

 北村薫の「ベッキーさんとわたし」シリーズの3作目。(どうやら完結編のようである)
 英明で、切ないほどに強い心をもったベッキーさんと、その導きを受け、素直で柔らかな瞳で世界を見つめる英子嬢の物語は、まさに開戦前夜の東京で紡がれる。描かれるのは、北村薫お得意の「日常の謎」だ。神隠しにあった子爵、ライオンを求める少年、映っているはずのない婚約者。一つ一つの謎は、英子嬢によって、するりとほどかれるが、その裏で暗い影は忍び寄り、物語は劇的な幕切れを迎える。

 『鷺と雪』というタイトルがぴったりの美しい物語だ。けれど哀しい。
 ”騒擾ゆき”という言葉が出てくる。山村暮鳥の詩の中に出てくる言葉だそうだ。国を揺るがす動乱に、雪が似合うのは作中に書かれているように、桜田門外の変など、いくつかの歴史的動乱が実際に雪の中であったからだろう。しかし、それ以上に、この言葉には、痛みにも似た祈りが感じられる。流された血を雪で隠してしまいたい。悲鳴を、しんしんと降る雪に吸い込ませてしまいたい。真っ白な雪ですべてを覆ってしまいたい。どれほど白く染めても、消してしまうことなどできないとわかっているけれど。

 雪で消してしまうわけにはいかない現実を、これから英子は生きる。その行き先を私たちは知るすべはない。”善き知恵”を信じ、”明日の日を生きる”英子の未来を、後世の私たちは祈ることしかできない。せめて、ふたたび、雪で覆いかくすべき血が流されることなきよう生きることを、誓いながら。

 それが、作者の祈りのようにも思えた。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本獣の奏者 1 闘蛇編

2007/11/20 20:15

希望の物語

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本が出版されてから1年近くが経ち、その間に多くの人が、私に感想を告げてくれた。中でも、顔を輝かせて、目を潤ませて、本を抱えて私のいる部屋に飛び込んできた中学生の顔は忘れられない。本を読むことの純粋な喜びを教えてくれる本だと思う。

 闘蛇編、王獣編の二冊に分かれているが、話の内容は大きく三つに分かれる。母を失い村を追われた主人公エリンが蜂飼いの男に拾われ、育てられていく子ども時代、獣ノ医術師にになるための学校で学ぶ少女時代、王獣と心を通わせるという他の誰もなし得なかったことを成し遂げ、それがゆえに苦しみの中に立たされる終盤。
 エリンは知ることへの欲求に取り付かれた少女だ。特に自分と違う生き物の生命のあり方に惹かれてやまない。知りたくて、近づきたくて、ひたすらに観察し、考え、エリンは多くのことを自分の知識としていく。無邪気ともいえるその欲求は、しかし結果として、越えてはならない壁を越え、国の行く末を左右するものとなっていく。

 全編に流れているのは、哀しみだと思った。エリンの孤独。同じ過ちを繰り返す人の業。どれほど近づいたかに見えても決してわかりあえぬ人と獣。人と人。聡明であるがゆえにその虚しささえともなう哀しみから逃れられない人々を見て、こちらも胸が締め付けられるほど哀しい。だからこそ、最後に射す一筋の光が沁みる。哀しく虚しく切ない、生き物の性の物語。けれどそこには希望がある。


 同時に、この物語に心動かされる子どもたちの存在にも希望を感じた。珠玉の一作である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本だいじょうぶだいじょうぶ

2007/11/03 10:36

世界で一番優しい呪文

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 幼い男の子とおじいちゃんはいつもいっしょに散歩しています。たくさんの面白いものきれいなものを見て、おじいちゃんはいろんなことを教えてくれます。それと同時に、世のなかにはこわいものやあぶないものもたくさんあるんです。
 犬がおそってきたらどうしよう。
 飛行機が落ちてきたらどうしよう。
 お友達となかよくできなかったらどうしよう。
そのたびにおじいちゃんはいいます

「だいじょうぶ だいじょうぶ」

 今でもそうですが、子供のころは本当に周りにはこわいものが多くて、自分なんか生きていけないのではないかと不安になることがありました。今の子どもは、その思いが、ずっとずっと強いのではないかと思います。現実問題として子どもたちが安心して暮らせる世の中をつくることはもちろんですが、同時に、常に緊張にさらされている子どもたちを救うのはこんな一言ではないかと思うのです。

 しかし、このお話。すこし難しいのか、小さい子にはあまり受けません。読んで感動して、周りの人間にも聞かせまくりましたが、いちばん感動してたのは私の父親でした。
「だいじょうぶ だいじょうぶ」
こういってもらいたいのは、子どもにかぎったことではありませんもんね。


 そう、幼い男の子は大きくなり、おじいちゃんは年をとります。幼いころ、自分の世界を救ってくれたこの言葉を今度は男の子がおじいちゃんに言ってあげるのです。

「だいじょうぶ だいじょうぶ」

 もろくて不安定な世界を支える、強くて優しい言葉。 たくさんの人にこう言える自分でありたいです。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本天と地の守り人 第3部

2007/05/23 21:35

ありがとう愛しい人へ

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『精霊の守り人』を手にとり、初めてバルサとチャグムと出会ったのはもう10年近く前のことです。
「おれのことチャグムってよんで。さようならチャグムっていって」
弱く懸命だった幼いチャグムと、癒しきれぬ傷を抱いたままチャグムを慈しみ命がけで守ったバルサとの別れのシーンが心に焼きついて消えなくて、それからずっとこの2人を見つめてきました。
 守り人シリーズの完結です。
 作中でも時は流れ、チャグムはもう幼い子供ではない。それでもそのまっすぐさ、ひたむきさ、優しさは変わりません。国と国のぶつかりあい。この世界サグと異世界ナユグのかかわりから生まれる大災害。その混乱を誰も傷つかず傷つけずに越えたいと、それがどれほど困難であるかを知りながら願い続けています。そして、それがかなわぬ願いであると知りながら、一歩でもそれに近づけようと、必死でまさに必死で力をふりしぼり続けている。読んでいる立場としてもエールを送らずにはいられないその姿を、もちろんバルサも守り抜こうとします。チャグムよりはもっとずっとシンプルに、愛しいものを守ろうとするバルサも迷いのない瞳で闘い続けます。
 そしてそのバルサの「帰る場所」としてあり続けたタンダもまた。
 ラストを明かすわけにはいきませんが、彼らを見つめ続けてきて本当によかった。そう心から思う。ありがとう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本人魚姫

2007/08/15 11:08

いちばん美しい童話

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

人魚姫。 
 もちろん、子供のころからよく知っている話だったが、幼い自分がどういう感想を持ったのかはあまり覚えていない。かわいそうな話だとその程度の認識しかなかったろうし、子ども心に人魚姫の運命が理不尽なものに感じられていただろう。あまり好きだったとは思えない。
 大人になり、人魚姫が、すべてを捨ててでも王子の側にいたいと願った想いや、自分の命と引き換えでも眠る王子を殺すことができなかった想いも、いくらかは共感できるようになり、そうするといっそう人魚姫の結末が哀れで、改めて読み返す気にはならなかった。
 そこで出会ったのがこの本だ。

 ページを開くとそこに青い海があった。布と糸とビーズで織り上げられた海の底の世界。ページをめくっていくたびに現れる一枚一枚に手を伸ばさずにはいられず、画に触れれば指先から光があふれ出るようだった。海の底のしんとつめたい深く澄み切った青いきらめき。人魚姫の愛らしい桃色の輝き。そして魔女の住処からは、ねばついたどす黒い闇が。
 一ページごとに胸が引き絞られるほど切なく苦しいのに、目を離すことができなかった。
 画があまりに多くを語るが、添えられた美しい文章も決してそれを損なっていない。呼吸するのを忘れるほどに引き込まれる画と、美しいけれどシンプルな日本語で語られる、哀しい物語。
 私が今まで出会った中で間違いなく一番美しい童話だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本ベルカ、吠えないのか?

2007/05/02 21:56

「血」と本能

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 面白かった。というと私の感想を一言で言い表していない気がする。
 すごかった。
 第二次世界大戦中の1943年から、冷戦終了の90年代初頭までを描いた物語。軸となるのは徹底して「イヌ」たちである。人間でも世代が移り変わる数十年、当然イヌたちは何代も何代も世代が移っていき、その「血」は世界中に散らばっていく。歴史に記されることはない、けれど確かな足跡を残しながら。
 人間の政治、戦争、歴史に弄ばれるようでいて、その実、イヌたちはそれぞれの場所で確固としたアイデンティティを築いている。その様子が丹念に描かれる。
 正直に言って、背景となる現代史も、イヌたちの系図も、正確にはほとんど理解できていない。それでも問題はない。なぜならイヌたちもそんなものは理解していないから。それを理解していなくても、イヌたちは、自らの血と本能でもって、しっかりと歴史に存在している。その鮮やかさが読み終わっても、心から消えなかった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

17 件中 1 件~ 15 件を表示
×

hontoからおトクな情報をお届けします!

割引きクーポンや人気の特集ページ、ほしい本の値下げ情報などをプッシュ通知でいち早くお届けします。