天野 爵さんのレビュー一覧
投稿者:天野 爵
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ヴァイオリンは語る
2003/09/18 13:44
音楽の力
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20世紀前半に活躍したフランスの大ヴァイオリニスト、ジャック・ティボーの自伝的エッセイ。
幼い頃、アパルトマンの隣家から夜半に聞こえてきた不思議な音楽。それはベートーヴェンの「ロマンス」だったのだが、まだヴァイオリンを弾かなかったティボーはダイヤモンドのたてる音だと思いこむ。幻想と現実が区別されない幼子の想像力は、なんと詩的な響きを持つのだろう。
幼子はダイヤモンドの空想を知らせようと、隣家のうつくしい女性に一生懸命手紙を書く。そして不思議な縁でダイヤモンドの音をたてる楽器=ヴァイオリンは彼の手元にやってくるのだ。
やがてヴァイオリンを弾き始めた少年はさまざまな出会いを経ながら、その豊かな才能を開花させてゆく。彼はなによりも音楽の力を信じている。それはいくつもの『奇跡』を引き起こした経験に裏打ちされている。絶望の淵にいた人、人生を諦めきった人たちが、彼の奏でるヴァイオリンを聴いて人生の喜びに目覚めてゆくのだ。それは音楽そのものの力であり、それを最大限に引き出すティボーの才能でもある。
序文によれば、ティボーがヴァイオリンを奏でるとフランス人は何かフランスが歌っているような気がしたものだという。時代と故郷と、そして時の流れに結びついた音楽。想像を巡らせるとなにやらせつないような幸せなような不思議な気分に包まれる。ベル・エポック(佳き時代)に抱く、それもまた幻想だろうか。
残念ながらティボーの実際の演奏を聴いたことはないのだが(CDにはなっているらしい)、きっと耳にした途端にうつくしくなつかしい風景が立ち現れてくるような、そんな演奏なのだろう。
佳き時代をすごしたエッセイは、成功したヴァイオリニストとなったティボーが演奏会で目にした女性客のほっそりした指に輝くダイヤモンドの指輪で幕を閉じる。ふつう、ダイヤモンドというと美しさとともに欲やら何やら俗っぽいイメージがまとわりつくものだが、このエッセイに登場するダイヤモンドはあくまでも神秘の象徴だ。ダイヤモンドの奏でる音楽を夢想した幼子は、まさしくその音楽を体現する演奏家になった。
戦争を挟んで再来日の途上、飛行機事故で不慮の死を遂げたティボー。彼もまた、彼のダイヤモンドと同じ神秘になったのだと、そんな気がしてならない。
鱗姫
2003/09/14 18:04
私の為に地球は回転すればいい
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エロティックでグロテスク、なのに奇妙な軽やかさと哀しみが同居する、不思議な味わいの物語。
主人公は自分でも不遜な人間だと自負し、独自の美意識を決然と掲げる美少女である。遺伝による奇病『鱗病』を発病した少女は、それをひた隠しにしたまま最愛の兄とふたりきりの精神的なゆりかごのなかでまどろんでいたのだが、同じ病を抱えた憧れの叔母との再会を経て、少女は醜いものから眼をそらし続けるわけにはいかなくなる。おぞましいものたちと正面きって向かい合わねばならない恐怖。しかも、自分もその同類なのだ。
やがてその病は最愛の兄にも知られるところとなる。しかし絶望はほんの一瞬。兄妹の絆を超えた兄の愛の告白に、少女は地獄から閉ざされた楽園へと一挙に飛翔する。そしてふたりは世にも美しくグロテスクな、つがいの天使に変身を遂げるのである。
絶望も幸福感も、閉ざされた世界を決して開かせはしない。その儚い殻をより強固にするだけだ。ふたりはまるで絶滅する種の最後のつがいのように、互いの絆を深め、殻を固くしていくだろう。それは究極の幸福かもしれない。どこかに滅びの音を聴きながら、抱き合うこの瞬間以外に確かなものなどあろうか。
世界は回る。私の為に、私たちふたりの為に、そのためだけに世界は回ればいい。静かに、ゆっくりと。滅亡への憂愁のメロディを奏でながら。
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