サイト内検索

詳細
検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、年齢認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. 電子書籍ストア hontoトップ
  2. レビュー
  3. s@ひつじさんのレビュー一覧

s@ひつじさんのレビュー一覧

投稿者:s@ひつじ

16 件中 1 件~ 15 件を表示

西行

2005/08/27 00:03

風の男西行の追っかけ

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

彼女は古今の資料を縦横にひもとき、彼の足跡を自分の足で辿って見るが、最後の最後まで西行の実像は雲をつかむようにとりとめがない。それでよしとしているところが正直で潔い。西行は実際、風のような人だったのだろう。最後まで何かを求めていたような気がする。叶わぬ恋いに苦しみ、定まらない自分の弱い心を嘆き、自由を愛し、美しいものを愛し、桜を愛し、「願わくば花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃」と詠んだとおり、釈迦の入滅の日の翌2月16日に亡くなったそうだ。たぶん今頃の季節なのだろう。最後まで風雅な人だったんだね。今風に言うとダンディでロマンチストでボヘミアンでフェミニストで女性にモテモテだったらしい。彼女の好きになりそうなタイプである。
そういえば、彼女の夫の白洲次郎は「風の男」という言葉が表題になっていたような気がする。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

短歌という爆弾 今すぐ歌人になりたいあなたのために

2005/08/26 23:49

自我を救ってくれるものとしての短歌賛歌

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

コンセプトとしては初心者のための短歌入門書というところか。しかし、一般的な入門書というより、著者の短歌論という色彩が強い。使われている言葉は、説明的な用語というより、象徴的修辞的な言葉も多く、イメージが飛び交う中で真の意味を捕まえるのが難しい部分もある。が、それを解読できたときにはちょっとした喜びも味わえる。読み終わってみると、全文がラブレターのようなもんである。作者の短歌に寄せる想いが伝わる。つまり、自我を救ってくれるもの、肯定してくれるものとしての短歌賛歌という印象である。
同人誌に寄せられた短歌の他に、例題として何人かの歌人が出てくるのだが、そのうちの一人寺山修二の言葉。「短歌は、七七っていうあの反復の中で完全に円環的に閉じられようなところがある。同じ事を二回繰り返す時に、必ず二度目は複製化されている。(略)だから、短歌ってどうやっても自己複製化して、対象を肯定するから、カオスにならない。風穴の吹き抜け場所がなくなってしまうとね。(略)俳句は刺激的な文芸様式だと思うけど、短歌ってのは回帰的な自己肯定性が鼻について。」寺山修二は「感動の画一化、批判精神の溶解に結びつくこと」を 嫌って短歌から離れたが、穂村弘は、あまりにも「自己の非連続性」に苦しんでいたため短歌の自己肯定作用に救われたという。確かに表現形式として、短歌は枠がある分、迷子にならず安心できるものという側面を持っているかもしれない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

スノーモンキー

2005/08/27 00:12

サルも人間も遊ぶ動物

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

表紙の愛らしい子ザルの写真は、どこかで見たと思ったら、アメリカの写真雑誌の広告に使われていたらしい。これは、雪玉を持って遊んでいるところ。長野県地獄谷周辺に住み着いているサルの群れの一年を追ったものだが、他にも人間に似たしぐさや、行動、家族関係など興味深い生態が伺える写真が豊富だ。特に、小ザルたちの遊ぶ様子は、愛らしいだけでなく、本来人間も遊ぶ動物なんだと認識させられる。私は文庫本を買ったのだが、大きい写真集でも見たいものだ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

中坊公平・私の事件簿

2003/01/25 22:56

ただ、ひたむきに生きてきた人

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

中坊氏のことを知ったのは何年か前のNHKのドキュメンタリー番組だった。住専関連の後始末を任せられていた。暴力団などからの脅迫などもある中で奮闘しておられた姿が印象的だった。しかし、それは彼の仕事の一部でしかなかったのだ。この本はこれまでこの人が取り扱ってきた500件を超える事件の中から14の事件を取り上げている。それは、この人の歩んできた道であるが、同時に、私たちに社会の縮図や歪みをも突きつける。彼はこの他に担当した事件の全てを事務所に保管しているという。それは、全ての事件に生きている間はもちろん死んだあとも責任を取るということだと言い切っている。それは、どんな事件にも全力を尽くしたという彼だからこそであろう。彼は大上段に構える人ではない。常に人間を見る目が暖かい。しかし、不正な権力に対しては徹底的に闘う。それは、企業、行政、政治、司法から暴力団までいわゆる権力機構に対してまるで一匹狼のように立ち向かう。「闘う弁護士」といわれた所以だ。この中で胸を打つのは「森永ヒ素ミルク事件」の冒頭陳述と産業廃棄物の不法投棄「豊島事件」での行政側と住民との最終調停の際の挨拶だ。大企業、国や県などの傲慢さからくる不始末が、いかに罪のない人々を苦しめているのかが自分のこととして胸に迫ってくる。そして、最終章で住専の後始末の顛末を読み、著者のあとがき。「人間というのは、ただひたすら、懸命に、ひたむきに生きていかなければいけない。ひたむきさがない人間には心を揺り動かされない。…(中略)私はただひたむきに生きてきただけだ」。熱いものがこみ上げてくる。この本は難しい法律用語をできるだけ使っておらず平易でわかりやすい。これも著者の人柄だろう。どこまでも頭の下がる人である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

卵洗い

2003/01/25 22:42

子どもの目を通した復興の詩

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この話に出てくる生活の匂いは山本周五郎の「季節のない街」と同じだ。終戦後の復興の時である。戦争の影を引きずりながらも、人々はバイタリティーに生き始めている。そんな中で、小さな幸せを必死に守ろうとしている、働き者の夫婦と、その周辺の人々の暮らしが幼児の目を通して淡々と描かれる。その両親の「まる三つ」の一人息子の目は作者の実体験から来ているのだろうが、その時のことを鮮明に覚えているのだろうかと錯覚するほど、新鮮な実感覚的な描写だ。作者は、TVなどで見る限り、アウトドア派かつ無骨な感じさえがするが、こんな繊細な感覚を持った人だとは思わなかった。彼の他の作品も読んでみたい。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

2003/01/25 22:17

心に迫る「木」に寄せる思い

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 木は生きている。当たり前のことだが、この人にとって、木は人と同格かと疑うような気持ちの寄せようである。例えば「ひのき」の章では、2本並びの1本はまっすぐに、1本はねじれて育っているのを見て、兄弟ともあるいはライバルとも思う。そして、アテと呼ばれる、ねじ曲がった、柱にも板にもならない等外の木を哀れといとおしみ、地元の製材所に挽いてくれるように頼み込んだりする。筆者の幼子のような純な感受性とそれをを躊躇することなく文章に表せる力がすごい。15章からなるエッセイは、組曲のように、この人のしみじみとした生き様と、木というものの底知れない生命力を感じさせる。そして、たぶん、出版社の企画だと思うがこのエッセイを書くための取材旅行で、崩れに出会い、今度は崩れに気持ちが向かうようになる。私は、崩れから木へ読み継いだが、こちらから読んだ方が筆者の気持ちの流れがわかりやすいと思う。この人の文章は、なぜ、こんなに、心に迫ってくるのだろう。「藤」の章などは涙ぐんでしまった。厳しい父、姉への劣等感、子どもへの負い目などが共通していて、私の身につまされるからかもしれない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

大人は愉しい メル友おじさん交換日記

2003/01/25 22:31

ちょっと難しいおじさんたちの会話

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

メールのやりとりができるようになって1年ぐらいになるだろうか。電話の即時性と手紙の思考空間を兼ね備えている。そして、見たことも会ったこともない人から思いがけなく、内面的なことをうち明けられたりしてドキッとすることもある。最初、この本の題名を見たときそんなメール交換のおもしろさを書いたものだと思ったらさにあらず、お二人は文学部の教授だったのである。「無意識は他者の言語である」「補強済みのドグマティズム」「象徴的同一化の弁証法」「相対的、計量的正義論」という私には概念がつかめない言葉が飛び交う。だいたい、鈴木氏がやや社会的で問題提起し、内田氏がやや哲学的で持論を展開する形式である。現代社会の風潮、例えば子どもと父母との関係を遠く古事記から出発し、歴史を辿り、映画の世界、他の国の親子関係と比べ、哲学的に分析、一般化する。その過程がメール交換というお気楽さがなせる技なのか、ケンケンゴウゴウの議論になっていなくて快い。話題も系統性がなく、主婦の会話みたいに際限もなくずれていくのが面白い。しかし、はっきり言おう、私はここで語られていることが半分も分からない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

小説・捨てていく話

2002/10/27 16:16

別れた夫へのある愛の形

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

有名な童話作家であるが、実生活はこんなにもつらいものだったのか。わざわざ「小説」と銘打っているが実録に近い物だろう。確かこの本は以前読んだ覚えがある。しかし、暗い話だなと思ったぐらいだった。今改めて読んでみると、別れた夫への愛情がひたひたとうち寄せてくる。作家・劇団という特異な世界と作者の周りの暖かい人たち、天使のような娘たち、そして、作者の愛した嵐のような夫との関係。幼年時代の母親との別離から、限界を知らぬ愛情を欲している夫。彼の父からなぜ離婚したかと訊かれ「踏んで歩かれましたから」という。その短い言葉で察する父。2歳の娘が別れた父親に会って言った言葉。「パパは狼なの さびしい狼なの おくちをすこしあけて 歩いているのよ」そのまま詩ではないか。別れたときもずっと僕を見つめて欲しいと言ったこの甘ったれただんなは誰だろうと作者の略歴を見たがわからない。ともあれ、哀しみを知った人でなければいい話は書けないのだろうね。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

白磁の人

2002/10/26 22:45

朝鮮と日本人としての私を考えるきっかけに

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

李朝白磁の美への再認識という仕事をした日本人「浅川巧」。美術品だけでなく、朝鮮の人、国を心から愛し、志半ばにして朝鮮の土となった、実在の人物である。その生き様には敬服させられる。朝鮮半島の歴史は哀しみに満ちているが、文化、道徳心、気質の明るさは誇れるものだと思う。今まで私はすぐ隣にある国なのに、加害者の立場にある引け目からか朝鮮に関心がなかった。あるいは敢えて避けてきたのかもしれない。心狭き者よ。高圧的な日本の軍人の典型として登場していた小宮礼一は実在の人物なのだろうか。娘の園江も。著者は元新聞記者で、仕事がきっかけでこの人物を知ったという。私は、題名だけに惹かれ、手に取った。そして、「五木の子守歌」「熊本」「李朝白磁」「朝鮮」「拉致問題」「日韓交流」「浅川巧」というキーワードが不思議な巡り合わせで私の中でつながった。そして、この本がきっかけで、朝鮮と日本の関係をおずおずとまさぐるようになった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

島唄 オキナワ・ラプソディ 登川誠仁伝

2002/10/27 16:22

根っからの唄うたい

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

したいことしかやらなかった人である。子どもの時から毛遊び(若い男女が草原で歌い踊り明かすこと)で夜更かしし、三線と島唄とたばこをやっていた。学校には弁当を食べに通い、しばしば抜け出しては遊んでいた。時には墓の中に隠れて三線を弾き(沖縄の墓は大きいらしい)、うちで飼っていた山羊をこっそり三線と換え、戦後は米軍の物資を盗み出しパラシュートの生地を蛇皮の代わりに張った。伝統的な唄も自分で作った唄も上手かった。あまりに哀しい唄はしばしば最後まで歌えなかった。唄の中に入り込み、涙でのどが詰まるのだった。お金はどれだけあってもすぐにすってんてん。有ったら有っただけ使い、無かったら無かったで過ごす。決まり事には無頓着でテレビ局で何を歌われる予定ですかと訊かれても、本人もわからない。その時に出てくる唄だという。根っからの唄うたいなのだろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

マリー・アントワネットの生涯

2002/10/27 16:07

マリー・アントワネットの(愚かな)生涯

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私は「ベルサイユの薔薇」を全く読んだことがない。池田理代子はフランス革命の本を読んで触発されたと言うが、もっと、熱のこもった本だったのだろう。この本はまことに淡々としている。最後の処刑のところの描写でさえも、血も涙も群衆の狂気も見えてこない。ただ、資料に基づいて事実と思われることだけを述べ、客観的な見地から感想を記しているだけだ。それが私にはちょうどイイ温度だった。お気楽に読め、何の思い入れも持たずにこの、絢爛豪華波瀾万丈の生涯を送った、何人も自分のために有ると思っている贅を極めた一女性を眺めることができて良かったと思う。こんなに随所で主人公を非難している著書も珍しいのではないだろうか。「マリー・アントワネットの(愚かな)生涯」とでも名付けるべきではなかったか。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

やきもの鑑賞入門

2002/10/26 22:52

鑑賞の目を養うということ

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

やきものの美は本来「用の美」だと思う。花瓶なら、花を引き立ててこそ、茶碗なら、お茶を入れてこそ、壷なら酒や水を入れてこそ。しかし、その造形だけでも、鑑賞の対象になるようだ。鑑賞の力というものは、人それぞれの感性に寄る所が大きいと思っていたが、筆者はさにあらず、生まれつきというより、育っていく環境や過程でその能力の下地が出来上がっていくという。鑑賞力を磨くには、1、より、広く 2、より深く 3、名品を 4、対象によりポイントを押さえる 5、つねに感性を研ぎ澄ます と説く。なるほど、納得である。「やきものにしか興味が無い人のものの見方は痩せていることが多い。例えば朝焼けの空の美しさを知らなければ、李朝白磁にほんのり浮かぶ紅斑への見方がせまくなってしまう」という。単なる、学芸書ではなく、筆者の主張がそこかしこに感じられるが、いわゆる、見所が解説してあって面白い。柳宋悦の民芸理論を「感傷と鑑賞はちがう」と切り捨てている。物を物として見切り、その上で研ぎ澄ました美意識を働かせる。これが、健康な鑑賞というものだろう。と主張する。いわば実存主義の評論家だ。
随所著者の彼の鋭利な感性が伺える。もちろん、焼き物の写真も興味深い物が多く楽しめる。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

崩れ

2002/10/26 22:44

種が芽吹く様

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

言ってみれば、ルポルタージュである。しかも、専門外、70過ぎの、ずっと和服で通してこられたご婦人の。しかし、なんと、文章の上手な人だろう。流れるような文体ではない。自分の言葉をひとつ一つたぐり寄せるように、思いを確かめるように紡ぎ出された文章だ。しかし、胸にずしっと来るのである。作者の好奇心強さ、若々しい精神は、ほほえましさを超え、読む者の胸を打つ。年老いてから「心の中のものの種が芽吹いた」いきさつを語る章は作者の幼い頃からの葛藤をかいま見る思いがする。文豪幸田露伴を父に持ち、厳しい父には甘えが許されず、母を早く亡くし、強情っぱりで、身近な人から愛されず、愛されないから、自分も人を避け、ますます嫌な子ときめつけられたという。船乗りの伯父だけがやさしくしてくれ、お前ならきっとりっぱな船乗りになれるぞと言ってくれたことがどんなに嬉しかったかと。この人の人となりがわかる一文である。写真を見ると、70代には見えない若々しさ。この人の文体のように、人生を自分の納得のいくように、生きてこられたのだろう。晩年に、人に背負われても山崩れを見たいという「種が芽吹く」様は見事だ。あとがきは、娘さんの青木玉。代々名文家揃いである。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

夢の工房

2002/10/27 16:26

作家は作品で勝負したい

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

現役の作家の創作やら出版がらみの裏話、思い出、エピソードなどなどである。信じられないが、最初はアニメーターだったのだ。漫画を描いていたらしい。この方は細かく資料を調べることで有名らしいが、様々な苦い経験から、下調べの重要性を学んだという。例えば、東南アジアのことを書くとしたら、現地に行った人に訊くだけでなく、自分で行ってみるそうだ。また、「箸が転がっても怒る」短気な性格らしく、出版社への不満が随所に現れていた。「ホワイトアウト」の映像化には本人も脚本に関わっているので、概して好意的な記述だったが、「奇跡の人」のドラマ化は作家の了解をきちんと得てなかったらしく、けちょんけちょんだった。まだまだ、これからの作家である。作家は作品で勝負したい。裏話は必要だろうか。書店での立ち読みや図書館不要論については興ざめした。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

日本やきもの史入門

2002/10/26 22:57

やきものの奥の深さ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

実家の父が骨董を集めだしたのは随分若い頃のようだ。幼い頃から見慣れた壷や皿がどんな焼き物か、私はちっとも知らなかったし、興味も持たなかったのに、最近になって気になりだした。日本は他の地方の文明にさきがけ「やきもの」を発明したが、土器時代が長く、中国が青銅器、エジプトではガラス製造が始まっても日本は相変わらず土器でその伝統は現代まで続く。そして、大陸が磁器になってもなかなか磁器に移行せず、17世紀にやっと有田焼が出る。大陸の青磁や白磁の影響を受けながら日本独自の焼き物を作っていた。桃山時代の楽茶碗は、その肌、デフォルメが現代の前衛芸術に通じるものがあるように思える。磁器になると染付けや絵付けで俄然派手になり私はちょっと苦手だな。この本によると実家の床の間にある皿は有田焼の流れを汲む古九谷もどきのようだ。私が好きなのはやはり土の感触のあるもの。なかでも青磁写しの失敗からできたという「黄瀬戸」がいい。つや消しの黄瀬戸は現在では再現できないという。昔の人はどんな技を使ったのか謎である。読み進むにつれ、焼き物の奥の深さを感じる。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

16 件中 1 件~ 15 件を表示

本の通販連携サービス

このページの先頭へ

×

hontoからおトクな情報をお届けします!

割引きクーポンや人気の特集ページ、ほしい本の値下げ情報などをプッシュ通知でいち早くお届けします。