サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. あおいさんのレビュー一覧

あおいさんのレビュー一覧

投稿者:あおい

148 件中 1 件~ 15 件を表示

暗い青春のリアリティー

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

コバルトを読むのは随分ひさしぶりで、特にファンタジーとはいえ学園ものなので最初少し入るのに手間取ったが、読み進めていくといつもの吉川トリコ作品のノリなのでするすると読めた。いわゆるハリウッドの「天使もの」のヴァリエーションで、ある町に住む四人の少女にそれぞれイケメンの(ここらへんがいかにも現代のコバルトらしい)天使があらわれて、少女の輝きを狙う悪魔(もちろん美形)の企みから少女たちを守りつつ、さまざまな事情(多くは劣等感的なもの)を抱える少女それぞれがみずからの本性的な輝きを自覚して成長する、といういかにも少女漫画的な物語を、同じ時間/物語のパターンが四回にわたってリピートされる(同じシーンやエピソードが視点を変えて反復される)という一種のオムニバススタイルで展開する連作である。こういうスタイルはもちろんおおもとはやはりハリウッド映画だろうし、作者が参照したのはおそらくは少女漫画なのだろうと思うのだが、小説として非常にすんなりと消化されていて、嫌味や気取った感じがしないのがあいかわらず良い。面白いのはコバルトだというのにほぼ全編「恋愛」の要素が登場しないことで、しかも今回は友情へと発展しそうな予感だけがあって友情そのものは明示的に描かれておらず、ほとんどがある意味で「孤独」な少女の内面を描くことに徹している点で(天使と悪魔はそれこそ映画で頭の両側にあらわれる内心の象徴としてのそれの具象化のようにすら思える)、そういう意味では実にあっけらかんと「希望」に満ちたラストになるとは言えど、基本的にとても「暗い青春」の話なのだなと思う。たぶん私が吉川トリコという作家に感じている最大の魅力はこの「暗さ」のリアリティーなのだ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本ジーザス・サン

2010/01/12 11:42

人間、この度し難いもの。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この92年刊行の短編集は、某所でちょっと触れられていて、興味を持って原書を最初の二篇ばかり読んで放置してあったのだが、いつのまにか翻訳が出て、たぶん翻訳だと面白さの三分の一は消えるなあと思いながらついつい面倒なので翻訳で読んでしまった。傑作と評判だが、どうも私は読みながらずっとクスクス笑ってしまってとても愛すべき作品だとは思うけどそんなに傑作だとは思えない、まあケッサクってカタカナで書くんならオッケーだけど。いわゆるまっとうな人生からこぼれ落ちてヤクや酒に嵌り、そこで肉体も精神もボロボロにして神懸かりになって、でもばんばん軽く死んでいく殺していくあっちにいっちまう奴らを尻目に何故か生き残り無罪になり、とりのこされて施設に入って安心してみたりもする、本当にダメな連中のたぶん一人らしい「俺」は、しかしむしろいろんな人間を重ねてこねあげた象徴みたいなもんと思った方がいいんじゃないかと思うんだけど、でもヤクについて書くにはヤクを抜かないといけないんだよね、とかいうのは本当にリアルなオチで、最後に救われたみたいなことが書いてあって陳腐じゃんとか思うかもしれないが人生ってのは陳腐な方がいい。引用。

《奴は(略)俺と同じく過量摂取した。深い眠りに落ちて、はた目にはまるっきり死んで見えた。一緒にいた連中は、みんな俺たちの仲間だったが、時おりポケットミラーを奴の鼻の下にあてては、鏡にちゃんと細かいもやが浮かぶことを確かめた。ところが、そのうちに奴らは彼のことを忘れてしまい、誰も気づかないうちに呼吸が止まった。奴はあっさり息絶えた。奴は死んだ。俺はまだ生きている。》

こういう記述はとてもリアルで、というか、まああんまりご立派な人生は生きてこなかった私などは、ああ、こういうのは知ってるな、と思ってしまうのだが、けれども私にはそこで神秘の縁に触ってしまうこの語り手の感じは、ああそういう奴いるね、という意味でよくわかるんだが、どっちかといえば、まあ死体は汚いからいやだけども、ああなんで俺はこっちに残っちまったんだろうって思うことが多かったしいまでも度々思うので、それがいいかわるいかもわからない、というのは、どうなんだろうねと思ったりもする。まあ人間というのは、どんな苦痛も脳味噌で快楽に変換しちまう度し難い生きものなんだなということだけは確かだ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本丘の上のカシの木

2002/07/25 22:52

青春にうってつけの陽光

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

アイルランド出身の桂冠詩人であり、数多くの児童文学や、ニコラス・ブレイクのペンネームで「野獣死すべし」などのミステリの傑作も残した著者の小説で、現在日本語訳で読むことが出来る唯一の作品。
詩人らしい色彩豊かなレトリックと繊細な心理描写で描かれた青春小説である本書は、旧弊に囲まれた田舎に父親と二人暮らしをしている少女アンナの自我の目覚めを、性的な目覚めとして、田舎町に現れる美しい兄妹との出会いを通じて、そこに1930年代詩人として知られる著者のマルクス主義の傾倒を感じさせる社会問題的な<怒り>を絡めながら、若さの情熱とその軽薄さを、懐かしむようにさわやかに、現代の読者にとっては少しばかり美しすぎる(のんきすぎる)とさえ思えるほど情感豊かに美しく謳いあげた作品だ。
君の美しさをたとえるのならイギリスの夏だ、と言われるように、この作品で描かれるイギリスの森と海に囲まれた季節の描写はとても美しく、その穏やかな筆致を少しばかりの苦い感傷を噛みしめながら楽しむことが出来るのは、むしろ年長の読者のほうかもしれない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本反解釈

2002/07/23 12:15

エクスタシー

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

60年代のアメリカを代表する批評家である著者の第一評論集。
T・S・エリオットを代表とするヨーロッパに亡命したアメリカ人作家(批評家)の多くが芸術において革新的であるために政治的に保守化したのに対し、あくまでユダヤ人的な故郷喪失者的前衛に固執し、芸術に置いても政治的にもラディカルな姿勢を崩さず「現実にコミットするために必要なものはエクスタシーである」との理念のもとアカデミックな領域とジャーナリスティックな領域を自由に往来しつつ文筆活動をつつける姿勢は、先日の同時多発テロ事件以降の空爆の批判などでもいまだ鮮やかである。
人はこの個性的な批評家を<ナタリー・ウッド>という称号を揶揄をもって冠せたりしたのだが、しかし「芸術にレッテルを貼り安心しようとする俗物根性」が、一個の自由な精神を蝕むことは出来ないと言うことを、この清新な著作をいま現在において読み返すことで確認できる。
なお「ロマンス」と副題を添えられた著者の小説「火山に恋して」が少し前に翻訳刊行されたが、小説家として驚くほどの成熟を見せた傑作なので是非ご一読を。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本燠火 マンディアルグ短編集

2002/07/23 05:25

幻想の鉱物的質感

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

かつて本邦の若き幻想小説の書き手たちに「もっと幾何学的精神を!」と喝破した澁澤龍彦が、自作「犬狼都市」に自由に換骨奪胎した傑作「ダイアモンド」をふくむ著者の第三にして最高傑作たる短編集。
初期の前衛的な装飾過剰の文章から明晰で硬質な文体に、ほとんどあっけないように配置されるバロック的な意匠が緊密に練り上げられた短篇群は、著者自身が会心作とも言う前述の作品のようにまるで宝石のような質感があって、これぞ完成された短編小説だと嘆息せずにはいられない。特に僕がオススメするのは悪夢的な「南米人」が登場する表題作で、のちに長編小説の中でやや自堕落とも思えるようなかたちで描かれ続ける「少女凌辱」のモチーフが、その流れるような茫洋とした雰囲気そのものを結晶化しているような趣がある。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

ゆったり旅気分

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この文庫の親本「聖パトリック祭の夜」が収録されていた岩波書店のImageCollection精神史発掘シリーズには、松浦寿輝氏の「平面論」やら平野嘉彦氏の「プラハの世紀末」やらとても面白い本がいっぱいあって、出来れば本書のように文庫で再刊してもらいたいものだとつねづね思っている。
鶴岡真弓氏についてはもはや現在ではケルト芸術について研究の蓄積から一般向けにとても親しみやすく、しかし通俗に堕しはしない清潔な文章を書く一として知らない人はいないだろうと思うのだけれど、ちょっとぼんやりしたところのある僕などには前著「ケルト的思考」よりもジェイムズ・ジョイスを中心として小説のように楽しげに物語る本書のほうではじめてその魅力に触れたのであった。
実際いま読んでもこの本の語り口のゆるやかさはそれ自体が旅のようであり、ウンベルト・エーコに倣った「ケルズの書」とジョイスの作品の関連を綿密に分析する核心部分をクライマックスとしながら、むしろ本読みとしてこの本に愛着を感じるのは誰か作家や作品について批評的に分析するようなところではなく、章と賞を繋ぐ柔らかな遊びのような文章の部分である。それは「漂泊」「エグザイル」「航海」という本書全体を貫く主題とも相俟って、決して悲劇的な、というよりもむしろ生真面目な深刻さとは一切無縁の高貴さのようなものを感じさせてくれ、とても感動的だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本砕かれた四月

2002/07/18 03:01

古典悲劇のような寓話的恋愛小説

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前作「誰がドルンチナを連れ戻したか」と「冷血」のタイトルのもと合本で出版された本書は、死者である兄に嫁ぎ先から連れ戻されやがて死に魅せられ死に召されるヒロインを描いた前作とさまざまな細部が照応し、愛憎が死の魅惑と交錯しながら濃密な寓話的文体によって荘厳に描かれている佳作である。
この作品の舞台となっているのは二十世紀初頭のアルバニア北部山岳地帯の村なのだが、著者の筆致はまるで舞台を中世の叙事詩に出てくるような神話的世界に変容させてしまう。だからたった一度だけ言葉さえ交わさず目を合わせた一組の男女が、むずからの命を賭して惹かれあっていくというロマンスが、古典悲劇のような「運命」のメタファーとして、近代小説のリアリズムによって抽出される「恋愛」とはまったく異質の普遍性を獲得している。
この作品の主題はアイスキュロスの「オレステア」を意識した復讐譚だが、そういった厳密に練られた構築的な枠組みも、そういった普遍性を感じさせるのに多いに力あるものだと思われる。こういった神話的想像力といったものは、現実からの遊離なのではないかという疑問はあるにせよ、しかしこの静謐さをこめた硬質な文章の美しさに、うっとりとせずにはいられない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

癒しの黙示録

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

広島に投下された原子爆弾が見せた風景の<地獄>から現れた映画(モン)スター「ゴジラ」と、傷ついた少年(人間)との交流と旅を軸に、<地獄>からの再生を描いた本書には、どうにもしようがないほどの多くの矛盾や問題がひしめきながら、まるで嘘のようにそれらの諸要素の共存が成り立ち、魂の再生が描かれている。ライトタッチのユーモアに溢れたスピード感のある物語展開をあれよあれよと読み進むうちに、少しばかりシニカルな微苦笑を浮かべながら、このような物語を楽しませてくれた著者に感謝を込めてお礼を言いたくなる。
メディアによって全世界に配信されるイメージの氾濫の表層性が生み出すデータベース的な混沌を、とても軽やかに小説として構造化した本作は、いわゆるカルト文化(日本的にいえばオタク文化)のとても明朗な部分をしっかりすくいとって書かれたマスターピースである。この手の作品にはペシミスティックな情熱が占めることが多いのだが、あくまでも幸福な物語を書いた作者の意志の強さに敬服するし、もちろんいうまでもなくこのファンタジーを支える思索は決して安易なものではない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本コック&ブル

2002/07/18 02:26

増殖する変身

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「コック&ブル・ストーリー」というのは、イギリスで雌鶏(コック)が雄牛(ブル)に化ける中世の寓話にちなみ、法螺話とかヨタ話とかいう意味で使われている熟語なのだそうである。本書ではポスト・サッチャリアン時代のイギリスで、ごく普通の主婦がペニスを生やし(「コック」)、陽気なラガーマンが膝の裏にヴァギナを宿す(「ブル」)、という二つの中編小説を連結された構成となっている。
そういった本書の構成を見ても明らかなように、この作品にはバロウズ以降の英語圏文学に特徴的な内面的な言語実験の逸脱や破壊衝動、アイロニカルな笑いとメタファーの放埒な戯れ、意外にセンチメンタルな透明さを感じさせる感傷などに溢れた心温まる作品となっている。
作中人物が「単調な日常性をホラーで覆い尽くす」という言葉を漏らし、訳者解説でこの作品をそういった視点から分析しているのだが、むしろ僕は読後とてものんびりした気持ちになってしまった。作者は明らかにこの俗悪な人物たちを愛しているし、そのグロテスクさを優しく癒すように描いている。ホラーというよりもこれはやはりメルヘンであるだろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本めす豚ものがたり

2002/07/16 07:44

変身ヴァリエーションF

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

発表された途端に大きな反響を呼び、あのジャン=リュック・ゴダールが映画化権を獲得し、結局「優れた文学作品は読むものだ」と映画化を断念したというエピソードがついたという掛け値なしの話題作。
近未来社会を舞台にしたヒロインの「豚」への変身譚という、わりと良くあるスタイルの<不道徳>な物語が、ヒロインの生真面目なノンシャランスとでもいったような軽やかな調子で陽気な言葉遊びとともに綴られていくこの小説は、80年代から90年代にかけていっせいに花開いたフェミニズム文学の典型的な作品である。強烈な寓意性を示しながら、まったく教訓とは無縁のアイロニーの挑発性が、肩ひじ張らずにその幼児性を朗らかに発揮していて、セクシャル・ファンタジーとしても一級品の出来映えであり、男性読者も戦慄しつつ楽しめることだろう。
訳者解説で触れられている川上弘美や坂口安吾との関連性も、いろいろな意味で興味深いもので、現代における童話の位置について一考できるかもしれない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本奇談

2002/07/16 07:21

本朝幻想文学案内

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

全三巻のこのシリーズは幻想文学ファンなら絶対オススメの素晴らしいアンソロジーです。
古典文学というのはわりと初心者にとっつきにくくて、注釈の塵を払い、長い時間をかけてゆっくりと親しまなければならないわけですが、幸か不幸かわが国は文芸の歴史が滅茶苦茶長く、そして豊かすぎて、一言に「幻想」といってもほとんど富士の樹海を行くに等しいものがあります。
このシリーズは、日本の幻想文学の碩学が、何度もいろいろなところで取り上げられた名篇や異色作を選抜し、とても美しい端正な現代語に訳して三巻本にまとめた労作なのです。解説も親切で原典の書誌情報も整い、初学者には最適だと思います。装幀も綺麗で本文に注釈が括弧で埋められたかたちも、非常に読みやすいものです。少々お値段は高めですけれども、それだけの価値はきっとあると思います。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

年譜から見えてくる

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本からはじまる「思考集成」全十巻は、フーコーが生前著作としてまとめた単行本には未収録の、エッセーや対談、序文などのすべてのテキストである(未発表の草稿は入っていない)。原題は「語られたことと書かれたこと」と言い、フーコーの生涯の伴侶だった社会学者ダニエル・ドフェールとコレージュ・ド・フランスで教鞭を執ったフーコーの助手を務めた社会学者フランソワ・エヴァルドを編集責任者とし、書誌及びテクスト校訂や編者註を担当した哲学者ジャック・ラグランジュを編集協力者に迎え、フーコーの没後十周年にあたる1994年に出版されたものを、日本向けに「思考集成」というやや堅苦しい邦題で刊行したものだ。
20世紀後半でもっともインパクトと影響を与えた哲学者であるフーコーは、きわめて厳格なアカデミズムの内部にありながら同時にもっとも<時代>に肉薄する思考と政治的な実践を書かしたことはない人物で、単行本だけではわからないそういったアクチュアリティーを知る上で欠かせない文献である。
第一巻である本書に収録されているのは若き精神医学の徒であったフーコーの問いが窺われ、後に「狂気の歴史」で全面的に展開されるだろう思索への助走的な諸論文と、モーリス・ブランショからの大きな影響を被りつつ独特のバロックな文体を鍛え上げていく文芸評論が中心となっており、ほとんどはこれまでにすでに邦訳のあるものだが、単行本がすべて翻訳された最近の日本の状況をふまえ、用語の統一などがはかられた新訳によってとても読みやすいものになっていて嬉しい。
もっとも、そういった翻訳についての問題や、年代順にテクストが並べられていることによって生じる理解しやすさは全巻を通じてのものだから、とりわけここで本書のハイライトとして取り上げたいのは、テクストの冒頭に掲載された非常に綿密な年譜である。作家の評伝というものは面白いものではあるけれどもある種の「物語化」による誇張というのか、評伝の書き手による感情移入の操作がうっとうしかったり馬鹿馬鹿しかったりするものだが、年譜はそういう意味では評伝よりも単なる事実の羅列なのでいろいろな想像が出来て面白い。
たとえば音楽家ピエール・ブーレーズやジャン・バラケとの交友、キルケゴールを通じてドイツ哲学を学んだという読書体験、「ゴドーを待ちながら」観劇の衝撃からブランショとバタイユを読んだという証言、「狂気の歴史」に寄せられたデリダの批判に対して書簡で漏らされた懐疑(「どうして歴史性はつねに忘却として思考されなければならないのだろう」)、晩年に再読されるトーマス・マン、そしていつでも不幸な結末を迎える異郷での活動。
年譜から見えてくるものは、確かにミシェル・フーコーという偉大な知識人の肖像でもあるが、しかし決してそういった物語だけではなく、ある思考の道筋のようなものこそが重要だと思う。その試行錯誤をみずからの思索に接続し、想像するのではなく抽象することが、<全集>という形式を徹底して拒み、<知の権力>を生涯かけて批判したこの人物に相応しい振る舞いであるだろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

風と魂

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

別冊「花とゆめ」で平成七年から八年にかけて「砂漠に吹く風」というタイトルで連載されいったん中断し(のち同題で単行本化)、「ふぉん」という生命体の設定のみを残して書き継がれた傑作SF漫画。
尋常ではない経歴を持つ登場人物たちの複雑に絡み合った愛憎を、風のように過ぎ去っていく生の運命を魂に昇華させる物語の中で、登場人物たちのとぼけた性格づけや微妙にずれた会話がとてもおかしく、強引なラストの感動もさることながらずっと読んでいたいという気にさせる温かさがある。
著者の本はあまり書店でも見掛けずどうも一部のマニア向けとなっているようだが、萩尾望都以来の少女漫画SFの正統を継ぐ佳作だが素晴らしい漫画家であって、もっと多くの人に読んでもらいたいと思う。
というか小説もいいけど次の漫画が読みたいよ〜。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

初期作品の魅力

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

氏の初期作品はきっちり練られたシナリオを筆を多用して一コマづつ構図を決めてまるで一枚絵のように緻密に描かれた絵が完璧に絡み合い、ゴシックなブラックユーモアの魅力を湛えていてとても素晴らしい。
先日雑誌に掲載されたインタビューによると著者はこの時期の作品(絵柄)を「病的だ」として嫌っているらしいのだが、確かに、このバタの多い流麗な絵にはある種極端なグロテスクさがあって、こういう作品をずっと書き続けることは精神と体力を著しく消耗するだろうと思われ、無意識の部分が強かっただろう「初期」でなければ書くことは出来ないだろう熱狂を感じさせる。むろんそれだけにある種の心理状態にある読者に絶対的な支持を受け続けるだろうことは間違いないマスター・ピースになっているのである。
しかしそれにしてもみるくちゃんはかわいい。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

たがみ現代物漫画の集大成

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

八頭身キャラと三頭身キャラの自由自在の変化やアップとロングの構図の使い分け、ルビで照れてしまうようなダンディズムのある言葉遊びなど、たがみよしひさがメジャー誌に持ち込んで成功したオタク的技法は数多い。
本作はSF・伝奇・ミステリーのオタク的知識をふんだんに盛り込みながら、「軽井沢シンドローム」「我が名は狼」「スポンサーから一言」「フェダイーン」などの旧作のキャラクターを登場させ、「軽井沢〜」で一話ごとのサブタイトルをニューミュージック(と当時はいった決してJ-POPではない)の曲名をパロディにしていたように、古今東西の推理小説のタイトルをもじったものにして、相沢耕平いらいのひねた頭脳派女好きの探偵と肉体派の脳味噌まで筋肉のハードボイルド風(ギャグだけど)のコンビによるカジュアルできっちり作り込まれた一話完結のミステリ漫画となっている。
とにかく作者自身が楽しんで書いたと思われる確かなプロットと安定した画力、それになによりさまざまに年来の読者を意識した遊びが仕掛けられていて飽きることがない。むろんこの漫画ではじめて著者の作品に触れる読者にとっても、あくまでカジュアルなミステリの軽やかな楽しさに溢れた作品集なので、この作品を入門にして前述した旧作を追いかけて読んでみても楽しいだろうと思う。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

148 件中 1 件~ 15 件を表示
×

hontoからおトクな情報をお届けします!

割引きクーポンや人気の特集ページ、ほしい本の値下げ情報などをプッシュ通知でいち早くお届けします。