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ちゃりママさんのレビュー一覧

投稿者:ちゃりママ

19 件中 1 件~ 15 件を表示

神をも畏れぬ奮“笑”記。笑う門には福来る。で、ご利益あるかも。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

書店で平積みされていると目立つのなんの。なんてったって、表紙がピンクなんだから。さては名前の「桃」子にシャレでかぶせたな(全然違っていたりして)。 

著者は、イラストレーターの男性とごくフツーの結婚をしたはずだったのだが、ちょっと違っていたのはお相手が2000年余り続く神社の跡継ぎだったこと。当然、彼女も神社の若奥さまの座に就くことと相成った。
日本人の生活にかなり浸透している存在の神社だが、じつは敷地内に入ると関係者でないと知らないことも多いはず。
インド生まれのサラリーマン家庭に育った彼女もご他聞にもれず、見るもの聞くものはじめてのことばかり。ビックリしたこと、とまどったことも含め、体験談がコミカル(失礼!)に描かれていて、止める気にならないと一気読みしてしまいそうなのでご注意を。ちなみに著者の名誉のために付け加えておくと、もちろん神様への崇敬の念も忘れてはいないのだ。

本文下には写真や語句の注釈付き。神社の用語解説から登場人物の経歴紹介まで種々雑多もとい至れり尽くせり。「神主の装束が似合う夫」君があっという間に描いてくれたという百以上のイラストも実に微笑ましいというか羨ましいというか。
巻末には付録として、参拝の作法まで紹介する手の込みよう。しかも英訳付きときたもんだ。

さすがの神さまたちも苦笑どころじゃ済まないだろう。

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仕事の中に、自分の居場所を見つけられる人は幸せだなあ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は、「週刊文春」に連載された69回分の中から抜粋し、再編されたものである。
作者は、一連のオウム関連取材で幸か不幸か脚光を浴びた。対象が対象だけに、つねに緊張感を漂わせ肩に力の入っている姿をよく目にしたものだが、表紙扉の著者写真に明るい笑顔が見られ、まずはホッとした。

ここには、20代から30代の若者が登場する。義肢装具士、救急救命士、労働者支援施設職員、訪問看護士など。誰もが順風満帆に現在までたどり着いたわけではない。迷い、苦しんだ末に至った一人ひとりのプロセスを丹念に紡いである。

読んでいる間いつも、頭のどこかに「職業に貴賤はない」という言葉が浮かんでいた。身内が亡くなったとき、湯潅を頼んだことがあった。白衣姿でやってきた彼らは音もなく、淡々と、しかし確実に任務をこなしていった。そのようすを見て、プロだ、と思ったことを覚えている。ときどき〈ウラの仕事〉といったようなタイトルの本を目にすることもあるが、まさしく彼らはこの部類に入るだろう。人目に触れることはほとんどない。

そういう意味からいっても、ここに取り上げられた面々は対照的である。だからといって派手なわけではない。むしろ体力的にもきつく、高額所得とも思えない(余計なお世話だけど)。そして著者も大げさに取り上げることはしていない。
要はすぐ隣にいそうな、本当にフツーの人たちなのだ。だけど実にいい顔をしている。地に足をつけ、自信を持って仕事に従事している人間の顔だ。

人を助ける仕事というのは確かにすばらしい。しかし考えようによっては、仕事というのはそもそも誰かを助けているものである。と、すれば副題の“「生きがい」を見つめた”ことこそ、著者が伝えたいことだったに違いない。

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紙の本先住民アイヌ民族

2005/01/17 15:14

写真だけでも見てほしい

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

月刊誌「太陽」が休刊した後、その使命を引き継ぐ形となった「別冊太陽」。ムックの先駆けとして日本のみならず世界の文化や歴史、骨董や美術、旅などをテーマに毎号、美しい写真を中心としたビジュアルを提供してくれている。

世界に点在する多くの先住民族は、そのほとんどが多数勢力によってどんどん片隅に追いやられてしまっているというのが悲しい現実だ。かくいう日本というこの国も例外ではない。地名などアイヌ語に深いかかわりをもつ北海道や東北地方では馴染みがあるものの、その他の地域では日常生活でアイヌを意識することは皆無に等しい。そんな中、別冊太陽がアイヌ民族をテーマとして取り上げたことは実に意義深いことといえる。

歴史、文化、信仰、生活…。脈々と受け継がれてきたそのさまを、いくら写真や絵図を豊富に使ったからといって、わずか200ページ弱で語れるものではない。それでも、アイヌという「ルーツを守りながら、肩肘張らず、自分の方法でいまを表現している人たち」がいる。年を経るごとにそのルーツが細くなっていることに彼らは危機感を覚えている。しかしその危機感は彼らだけが持つべきものではないはずだ。

いままでまったくアイヌという民族や文化、言語に接したことのない人たちに対しては取り掛かりの糸口になるだろう。テーマが多岐にわたっている分、手引書としての性格も持ち合わせている。興味を持った内容はそこから進んでいってほしい。
何よりも手にとってもらわなければ始まらない。

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家にいながらカフェ気分!それって、トクしたような虚しいような。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

慌しい日常の中に身を置いていると、「たまには海辺でのんびりしたいなあ」とか「森林浴なんてぜいたくだよね」とか思ってしまうものである。今度の休みには…なんて意気込んだところで、雑務処理であっという間に一日が過ぎ、結局は空想計画に終わるという繰り返し。ああ、むなしい。それでも少しは楽しみたいではないか。

フードコーディネーターの根本きこさんが海を舞台にしたカフェ、シェフのフィリップ・トネットさんが陽光と自然に恵まれた森カフェを開店。それぞれのメニューが朝の9時から夜中の12時まで時間ごとに供されていて、何時のぞいても楽しめる。
文字で記された軽いタッチの情景描写。載っているレシピは2人分が基準というのもうれしい。なんといってもカラーとモノクロの写真がふんだんに、効果的にちりばめられていて、見ているだけでもお腹がいっぱい。ああ、しあわせ。

心地よいリズムの音楽が流れるカフェで待ち合わせてのおしゃべりも楽しい。一人でグラスを傾ける夜があってもいい。バスケットにサンドイッチやドリンクを詰め、好きな人と青空ランチ…一体、実現するのはいつのことやら。

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日本の先住民族、アイヌのことを知っていますか?

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「三つ子の魂百まで」とはよくいったもので、幼いころの私に、父は自分が好きだった北海道、そしてアイヌという言葉を刷り込んだ。おかげで私はこの二つのキーワードに出くわすと、避けては通れない体質になってしまったのである。

作者は94年にアイヌとして初めて国会議員(参議院)となり、当時はかなり注目を浴びたのでご記憶の方もいるだろう。いまは生まれ故郷の北海道二風谷(にぶたに)で、個人的に収集したアイヌ民具などを展示する資料館を開設したり、民話やアイヌ語を後世に残すべく力を尽くしている。著書も多い。私も何冊か読んでいるが、その中でも本書はアイヌがどのような思いを抱き暮らしているのかを、季節ごと、人生の節目ごと、状況ごとにコンパクトにまとめられているので、とっつきやすいと思われる。

採集狩猟民族のアイヌは大自然に溶け込み、動物や植物のありとあらゆるものに神が存在しているとする。常に謙虚な姿勢で、共存することが大前提なのである。だから、食用とするサケや山菜も必要なときに、必要なものを、必要な分だけしか欲しない。現代に生きる我々が忘れてしまいがちなことを、「天から役目なしに降ろされたものは一つもない」という言葉で自戒する。
ちなみに結婚に関しても、アイヌ語には嫁をもらうという言葉はなく、妻を借りるという言い方をするそうだ。もらってしまったと思えば粗末にしてしまうが、借り物とすれば大切にする。お嫁さんにしてもおしとやかにしていなければ実家に返されてしまうかもしれないので、お互いに一歩下がって譲り合う気持ちがあれば円満になる、と。どこまでも謙虚なのだ。

後からやってきた和人たちに、自分たちの愛する土地アイヌモシリを踏み荒らされた悔しさたるや想像を絶するが、プライドを失うことは決してない。今年2004年は、国連が1994年に定めた「先住民の10年」の最後の年に当たる。だからというわけではないが、もう少し国民としてアイヌ民族に関心を持ってもいいのではないか。国会議員が「日本は単一民族国家だ」「アイヌは同化された」と発言したときだけ声高になるのではなく。なんといっても自分たちの国のことなのだから。

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ハマっちゃいけない!あぶない危ない。

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 今から数年前。後輩と話をしていたときのことである。「趣味って何かある?」と尋ねた私に、彼はエヘヘと笑顔を浮かべつつビミョーな間を空けてから応えた。「狛犬の研究です」。
「はあ? 何それ?」と思わずギャハハ笑いをする私に彼は反論した。「奥が深いんですよ。知れば絶対ハマりますから!」「何を研究するのよ?」「狛犬っていっても獅子なんですよ」。へっ? 「お手をしていたり、鞠を転がしていたり、スタイルも違うんですよ」。そ、そうなの?

 何を隠そう、私は学生時代に某神社でアルバイトをしていたという経歴を持つ。そこは初詣人出ランキング国内ベスト10の常連だった。生まれたときから慣れ親しんだ神社である。お宮参り、七五三、酉の市、困ったとき。成人式にもお参りしたなあ。これほどまでに生活に密着していたわりには、この神社のどこに狛犬があったか、しかもどんなスタイルだったかなんて、とても思い出せない。鳥居の形なんてなおさらである。

 本書を手にしたのは、身近なところに神社が建立され、幸いなことにその過程を垣間見ることができたからだ。狛犬、鳥居にとどまらず、灯篭だっていくつかの種類があるなんて知ってます? 本殿の建築様式もさまざま。神社境内には観察ポイントがてんこ盛りなのですよ。そういえば出雲大社を「いずもたいしゃ」と呼ぶのは通称で「いずもおおやしろ」というのが本当なのだって。勉強になるなあ。

 なるほど、ハマったらキリがなさそうなので、あまりに知らないのもナンだし、ちょっと知識があればいいの、という人におすすめ。ポケットサイズなので持ち運びにも便利。写真やイラストも豊富で見ているだけでも楽しい。もちろん実際に鳥居の前に立って、本書を開いていても恥ずかしくない大きさだ。ちなみに私は車の運転中、道路脇に鳥居が見えたりするとちょっと意識するようになった。
「狛犬観察ポイント」の章では、要点をまとめた観察カードの作り方も教えてくれている。項目としては設置場所(一の鳥居前・参道・拝殿)、瞳(有・無/有れば彫りか塗りか)、歯(犬歯か臼歯か)、角(有・無)、耳(垂・引・立)、指(4本か5本か)、毛(巻き毛か直毛か)、性器(有・無)、材質(花崗岩・安山岩・青銅・陶磁器・木・その他)表情(奇怪・迫力・躍動・精悍・リアル・脅迫的・哲学的・ユーモラス・可愛い・おとぼけ・侘しげ)などなどなど。

はあーっ、恐れ入りました。後輩よ、ごめんね笑ったりして。あっ、灯篭の観察ポイントカードの作り方も載ってる…。

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紙の本本がなくても生きてはいける

2005/01/15 10:57

読書は「恋愛よりも好きなもの」ときっぱり言い切れる潔さはあっぱれだ!

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いわゆる都会で会社員をしていたころ、鞄の中には常に読むものが入っていた。それは文庫だったり新書だったり、週刊誌や雑誌といった類のものまでジャンルを問わず。1冊だけのときもあれば、複数冊の場合もあった。

時間が結構あったのだ。本を読むのに適した時間が。往復の通勤電車の中はもちろんのこと、車を運転しながらでも読めた。ラッシュで動けない時間のほうが長かったから。用件が思ったより早く終わったり、人との待ち合わせ時間まで余裕が生じたり、などなど。イライラするよりよっぽど健康的であった。

それが田舎に引っ越しをして会社員も辞めたら、とたんに本を読む時間が減った。それも激減である。本を読む時間は、やり繰りして作り出さねばならぬものとなった。だからこそ、夕食後の片付けも終え、コーヒーなど片手に本のページをめくる時間が至福のひとときに感じられるようになった。確かに本がなくても生きてはいけるだろう。しかし本があればより楽しく生きられることも私にとっては事実である。

本書は106冊の本と著者をめぐる読書エッセイである。年間いや月間にどれくらいの読書量をもっているのかはわからないが、この本は大きく5項目に分けられている。頑張っている女たち、夢をあきらめない生き方をしている人たち、日本から飛び出し広い世界にあこがれた人たち、仕事にしろ趣味にしろとことんつきつめている人たち、そして頼られる女たち、といったふうに。いずれにしても、本に対して実に喜怒哀楽が激しい。それだけ入れ込んでいるのだ。

あとがきで著者は「本がなくてもじゅうぶん生きていけるタイプである」「本を読むことが、人間の幸せだ、とも思わない」と強がったすぐ後で「私はやはり本は好きだ」と言っている。「が」と「は」の助詞の使い分けに注目していただきたい、とご丁寧に注釈まで付けて。へへへ…というテレ笑いの中に、確固たる本好きのプライドを見せているのだ。そんな著者の、角ばった書評ではない書評だからこそ、信頼できる。

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これなら私にも作れるかも、と思えるオシャレなメニューってうれしいよね

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別にきどった料理ではなくても、忘れられない食事風景というのが誰にでもひとつや二つはあるのでは。その記憶を呼び覚ますのは、もちろん料理の味そのものかもしれないし、一緒にテーブルを囲んだ顔ぶれとの会話かもしれない。バックに流れていた音楽かもしれないし、さりげなく活けられていた花かもしれない。人間の3大欲の一つを担う食欲を刺激するべくエッセンスはさまざまある。その場面その場面において、長かったり短かったりはするだろうけど、見え隠れするストーリーをさりげなく書き記したのが本書だ。「まごころドットコム」というホームページ内での連載エッセイをもとにまとめられた。

サブタイトルに「季節のおもてなしレシピ」とあるように、春、夏、秋、冬と分かれてメニューが各6品ずつ並び、それぞれに関連のあるエッセイが添えられている。
「春の熊にはご用心」というタイトルでは、著者がヨセミテ公園で熊に襲われかけた後に食べたバナナ・ブルーベリーパンケーキ。なぜかは読んでのお楽しみ。「北欧での船旅」で食べたブランマンジェは、旅先で出会った北欧人の心の美しさを伝えてくれる。おにぎり弁当をつまみながら「リ・ディスカバー・ニッポン」と呼びかけ、「サンタさんの忘れ物」を見つけながらチキンのマルサラ酒煮に舌鼓を打ったステキな思い出を紹介してくれている。
どれも高価な材料を必要とするわけでもなく、時間を要することもない。そこにあるのは相手に喜んでもらいたいという純粋な気持ちだけ。

それでも季節ごとのレシピで、コース料理ができあがるように組み立ててある。しかも、おすすめワインと音楽までセットになって。春は新芽の緑色、夏は空の青、秋は稲田のオレンジゴールド、冬はクリスマスオーナメントの赤を基調に、添えられている写真もおもいっきりオシャレなのだ。

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紙の本かわいい子には旅をさせるな

2004/08/09 12:32

鷺沢萠という女性作家を知りたいひとは、今からでも遅くはない

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2004年4月に35歳という若さで急逝したことが、いまなお信じがたい。
翌5月には未完の小説「ビューティフル・ネーム」が、続いて6月には34編のエッセイを収録した本書が世に送り出された。
眩しいくらい真っ白な表紙。左端に明朝体の文字でタイトルが縦に、右上に横書きで著者名が、いずれも赤い色で書かれている。前月に発刊された「ビューティフル・ネーム」は出版社こそ違うものの、やはり真っ白な地にタイトルと著者名が赤いゴシック体の文字で横書きに記されている。いずれも、ただそれだけ。そのシンプルさが潔く、そして哀しみとやり切れなさを誘う。両名の担当編集者は「生前の(著者の)希望を形にして伝えたかった」と彼女の公式ホームページで話している。

本書は、大和書房のホームページとWEBダ・ヴィンチに連載された作品をまとめたもの。小説家としての筆力は、大学在学中に文学界新人賞を、その後、泉鏡花賞を受賞していることを目安にしてもらいたい。繊細に、丁寧に言葉を紡ぐ手法から一転し、身を削ってまで笑いをとろうとする(もちろん本人は大真面目らしいが)日々の生活が垣間見られるエッセイのほうが、私は好きである。
「モンダイ」という単語が頻出し、「ダイジョーブ」「はアッ!?」「〜しましたああああッ」といったカタカナ表記と、余韻、というか得てして絶句しているさまを想像させる「…」記号が効果的に散りばめられていて、おそらく著者も楽しみながら書けていたのではないかと思いたい。

「人生いろいろ」というタイトルが付けられたエッセイでは神経科への通院歴に触れている。不眠症を“主食”、強迫観念症、過呼吸などを“おかず”と表現していることに対し、本人は【言い方がふざけていると思われる方もいるかも知れないが、当人としては決してふざけているわけではない。ただ、そうした一連のことを話すと、それがまるで深刻な「告白」であるかのように受けとめられることがあり、それを回避するために敢えてくだけた単語を使って説明する、という傾向はあると思う】と述べている。いたく冷静に、また客観的に分析している。それでも、【シュリンクを訪れる、という行為をはじめて実行に移すに至るまでにはかなりの躊躇があり、またちょっとした勇気も必要であった】と正直に記している。読むほうとしてはしっかりと受け止めなければならない。

この1編がクローズアップされることは鷺沢萠の本意ではないだろう。
でも、彼女が身だけではなく心までも削ってメッセージを発信し続けてくれたことを忘れてはならない。

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紙の本路上の神々

2004/05/22 15:36

見えるのに、見ていないというフシギ

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見開きで1編。左ページに写真が1枚載っていて、右ページにタイトルと400字前後のコメント。これが70編続いていく。

冒頭、「力を捨てよ、知れ わたしは神。」という聖書の一文が掲げられている。題名といい、宗教色が強いのか、とやや身構えながらページを操り始めることになるのだが、すぐに肩の力が抜ける。
1番目は「空中の富士山」。何のこっちゃ?と思いきや、電線がカープしていたり、たるんでしまって山のように見える、という某所の情景が写しだされているわけ。〈拍手したいのは遊び心からで、仕事心からすると、こういう配線はいかがなものか、ということになるかもしれない。〉という意見も微笑を誘う。
以降、描きかけて途中でやめてしまっている看板について〈父が危篤になったのか昼飯を食べに行って忘れたのか〉と悩んだり、廃棄された自転車を死体遺棄と称して、日本の放置自転車の現状を憂いたり、ふとしたことで読者の心の奥底を刺激してくれるのだ。

おまけに、写真はすべてモノクロームときているから、想像力をかきたててもくれる。「好みと好みの境界線」というタイトルでは、真ん中から二色に塗り分けられている一軒の家を取り上げているのだが、〈イギリスでこういうカラーデザインをよく見かけた。〉というコメントで始まるのだ。確かに、白黒とはいえ色の濃淡はわかるにしても、そりゃあないでしょ、と言いたくなる。言いたくなるが裏を返せば、いかに私たちが通常、色のあふれた空間で暮らしているか認めざるを得ない。

著者は南伸坊氏らと路上観察学会なるものを旗揚げした、路上に存在する無意識を発掘するエキスパートである。
〈合掌とはちょっと違うが、でも両手が挟んだカメラをのぞくと、真実がちらっとのぞくように思うことがある。ひょっとして神なのか、と思うが、すぐに隠れる。すぐに隠れて、いわゆる現実となる。〉

これまで何気なく歩いていた通りも、意識して見回すとなかなか饒舌なんだということに気づかされる。

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紙の本沖縄ソウル

2004/05/03 15:32

出る杭は打たれる。けど、出すぎた杭は打たれない。

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あまりにもパワフルなソウル〈魂〉にド肝を抜かれた。ただ、このパワフルさは賛否分かれる性質を持ち合わせている。

20歳で写真を始めて29年間、生まれ育った沖縄にこだわって、ずっと沖縄人(ウチナーンチュ)の生き様、人生模様を撮り続けて来た一人の女性写真家によるフォト&エッセイである。文字数も決して少なくはない。なのに一気に読めてしまったのは、話し言葉によるところが大きい。つまり目の前で、身振り手振りを交えて力説されているような錯覚に陥るのだ。

写真集としての処女作「熱き日々inキャンプハンセン!!」によって彼女は、いきなり写真の恐さを思い知ることになる。本人が黒人とベッドインしている写真は夫と離婚する引き金になった。掲載した友人たちからは猛抗議を受け、大切な友情は途絶えた。スタート地点で表現の自由という問題の重みを感じたのである。しかしその試練が、今日まで彼女を支え続けているともいえる。

〈「醜くも美しい人の一生。私は人間が好きだ」。醜くも美しい両面を持っているのが人間だと思う。それを丸ごと受け止めたい、理解したいと思って、いつも取材している。受け入れられなかったら、人間なんて撮ってられない。〉
彼女は損得や後先を考えずに、とことん相手にのめりこむ。それは取材相手でもプライベートでも同じだ。自ら外人バーで働き、客として知り合った黒人男性と同棲する。町面積の60%が米軍基地で占められている金武町のクラブで働き、フィリピン女性の実情を垣間見る。港町で居酒屋を経営し、一本気な男性と同棲する。沖縄芝居一座に密着もするし、沖縄で生きていく以上避けては通れない自衛隊にも真正面からぶつかっていく。

そんな彼女の原動力は男だ。「タテ糸に写真、ヨコ糸に男、これが私の人生」と公言してはばからない。自由奔放、自己中心、周囲の人たちを翻弄する−それらが中途半端だったら単なる嫌われ者だろうが、彼女はそれが徹底している。見事なまでに。

本書で唯一、弱気なところを見せているのは、2001年の48歳のときに直腸がんの手術を受け人工肛門を余儀なくされたこと。とはいえ、140枚ほどの写真作品が掲載されている中、最初と最後を飾るのは手術痕を露にした自身の姿である。

やられたーってカンジ。

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紙の本この惑星のうえを歩こう

2004/04/17 01:43

もっともっと、この惑星の上を歩きたい−と書いて、彼女は逝ってしまった。もう、苦しんでいないよね

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写真でしか見たことはないが、一般的にいう美人。間違いなく語学も堪能。それでいてエッセイでは爽快な文体を披露してくれる。あっけらかんとした彼女の姿。話の端々から読み取れる生活形態も、勝手に(私と)似ていると思い込み、同年代作家に親しみを感じていた。

彼女は、共通してタイトルでまず「読ませる」。“「おたま死」の恐怖”なんて、な、なにごとかと思う。おたまを入れたままカレー鍋を温めていたのだが途中で寝てしまい、気が付いたときには具合が悪くなっていて、なんとか自力で救急車を呼んだ、という内容。おいおい、大丈夫か。でも一人暮らしだとあり得る話だよな。お互い気をつけようね、なんて共感してしまう始末。

“負け犬宣言”では次のように書いている。あるコラムニストとメールでやり取りする中での出来事。〈「一人暮らしで突然死した場合、死体の発見が遅れるのは覚悟の上。しかしカッコ悪くてもいいから、なるべくなら苦しくない死に方が好ましい」という見解を述べておられた。それにはまったく同感である〉と。今にして思えば切な過ぎる。

沖縄で仕事をしていた男友達が電話をかけてきて、「沖縄が嫌いになりそうだ」といったことに対し、自分が好きな沖縄を簡単に嫌いにならないでほしいという思いから、二十四時間後には沖縄の彼のもとを訪ねてしまうような女性でもあった。(“砂浜の魔力”より)

海外で“友の訃報を”聞いたときには、〈時差や日付変更線なんて、関係ない。もう間に合わない。間に合いなどしない。おそらくは一生、もう間に合いなどしない。そう思った〉と哀しすぎる胸の内を明かしている。

そして2001年9月11日。世界中が恐怖と悲しみの底に沈んだあの瞬間のことを〈大陸の東の端で、好きな話題をつまみに友人たちと酒を飲んでいた。そのころ、同じ大陸の西のほうに住む人々が何を思いながら、どんな状況で暮らしているのかなんて、一回も考えなかった。悲劇が起きたあのとき、私はソウルで、ほんとうに綺麗な月を見ていたのだ〉(“ソウルの月”より)と書き留めている。

肩に力を入れて生きていたのだろうか。もちろん彼女自身にしか解らないことではある。ただ、それでも願わくば、もう少し鷺沢作品を読みたかった。
2004年4月11日の未明、私は久しぶりに朝陽が見たくなって、近くにある日の出の名所と呼ばれる場所に向けて車を走らせていた。
今後この本を読み返すたびに、彼女と再会できる喜びとともに、胸が締め付けられそうな気がする。

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紙の本もりの絵日記

2004/03/25 15:31

「北海道で暮らしてみたい」と思っていたら読んだほうがいいよ。気が変わるかもしれないから。

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3年前、北海道を訪ねたときに立ち寄った先で1冊の本が目に入った。
「East Side」〈北海道のカントリースタイルマガジン〉というタイトル。少し哀しげな、それでいて凛とした底力を感じさせる表紙の写真からして、数多く出回っているガイドブックや地域情報誌の類でないことは明らかだった。ページをめくり数行読んでみたが、何よりも「落ち着いているな」というのが第一印象だった。
北海道はいいところだぞ、北海道においで、なんて浮いた言葉は見当たらない。主に本州から移り住んで来た人たちの生き様を取り上げているのだが、たいへんですよー、こんなはずじゃなかったんですけどねえ、これからどうしようかと思っている、なんて心情がリアルに描かれているのだ。移住したいなどと考えている人が期待に胸を膨らませて手に取ったら、笑顔が消えてしまうかも。まったく媚びたところがないんだから。

で、本書はこの雑誌のホームページにあるコーナー「もりの絵日記」などで紹介された76編をまとめたものだ。巻末の著者一覧を見ると、20人は年齢も出身地も職業、家族構成、居住年数もさまざま。道内とはいえ住んでいる地域も違うのだから、日常生活で体験すること一つとっても三者三様、十人十色。虫とも闘うし、雪にだって立ち向かわなきゃならない。森には開発の手が伸びてくるし、ローカル線の行く末も案じられる。でも、どの文章にも共通しているのは北海道の空気。土の感触、風の音、陽の光、草の匂い。なんだかんだ言っても“北海道の”自然の中で暮らせることは幸せなんだ!という思いがにじみ出ている。

ちょっとうらやましい。

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紙の本幸福論

2004/03/22 23:54

「幸せって何?」と考えられる幸せを求めて

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医師であり探検家である関野吉晴と、写真家の長倉洋海が「人間にとって幸福とは何か」という壮大なテーマについて語り合う対談集。
関野は大学時代にアマゾン川全域を踏破したり、アフリカから人類が拡散していったというルートを辿るグレート・ジャーニーを成し遂げた経験から、長倉は世界の紛争地を見つめ続ける立場から話は広がってゆく。
経済生産が決して豊かとはいえない国や地域へ、二人は多く行く。その先々で地元の民族と交流を深めるわけだが、そこには違う世界観がある。まったくスピードの違う空間が漂っている。宗教があり、祈りがあり、死生観があり、自然観があり、そして価値観が存在する。
我々はどうしても、発展途上と表される地に住む人たちを「かわいそうだ」「不幸だ」と思いがちだが、本当にそうだろうか? 人が魂をぶつけ合って生きる、ということに関していえば黙らざるを得ないのが実状ではないだろうか。
二人はそれぞれ滞在した場所で住民に溶け込む努力を惜しまない。それは「人間が好きだから」と口をそろえる。いま地球上は戦争やテロ、犯罪、環境汚染など悲観的事実があふれている。しかしどんなに文化や習慣が異なっても、人間そのものを見つめ、信じれば、一緒に笑い、一緒に涙を流し、分かち合えることができると教えてくれている。
そうなのだ。人間ならば人間らしく生きたいではないか。

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室内犬ってホント掃除がたいへんなんだけど

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ハウスクリーニングのプロである著者が、犬との快適生活をアドバイスする本。
室内犬はどうしたってニオイが発生するし、部屋が汚れやすくなる。どうしたら家事の負担を増やさずに快適な生活を送れるか−そこで本領発揮、ドイツやイギリスで学んだ家事の達人が知恵を凝縮したノウハウを伝授してくれるのだ!
とはいえ、何も特別なワザばかりではない。「常日頃の整理整頓」「モノは定番、定位置、定量に」なーんてことは犬を飼っていなくたって家の中をキレイに保つ基本だ。そこで作者はきっぱり言う。「犬は汚れのバロメーター。ほこりがたまるほどほうっておけないから、こまめに掃除をすることになる」と。つまり、まあ、そういうことだね。
実はこの本は、掃除云々よりも飼い犬ドンキーが子犬としてやってきた日からの出来事を、愛情いっぱいに綴っている内容が大部分を占める。しつけ、食生活、お手入れ、飼い主はどうあるべきか、などなど。描かれているイラストや実物の写真がほのぼの度をグーンとアップさせている。そして「生活を共にしながら、ドンキーとお互いに成長している毎日。犬を飼うというのは自分育てかもしれない」と締めくくられる。
読み終わって、ふむふむとうなずきながら傍らで寝そべっている愛犬を見た。とくに、犬を大切に飼っている人となら共通に分かち合える幸せがあるんだな。

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