Bitter Sweet Symphonyさんのレビュー一覧
投稿者:Bitter Sweet Symphony
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紙の本海辺のカフカ 下
2002/10/06 21:31
バーは上がり続ける…
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僕は数年来の村上春樹のわりと健全なファンであるわけだけれども、近作の『海辺のカフカ』は長い間待ち望んだ新作だった。小説を読み始めるのが遅かった僕にとって、リアルタイムで読める村上春樹の小説は、『スプートニクの恋人』、『神の子供たちはみな踊る』の二つくらいのもので、僕は日曜の朝刊が来るたびに小説広告欄に村上春樹の名前がないか探したものだった。しかし僕は結局そこに村上春樹の名前を見つけることが出来なかった。僕はその間に大学に進学し、一人暮らしを始めると新聞も読めなくなり日曜の楽しみが一つ減った。村上春樹の新作はなかなか出なかった。もともと多作なほうでないことは知っていたが、それにしてもそれは必要以上に長く感じられた。それは村上春樹が決して“沈黙”していたわけではないからだ、と僕は思う。こういう言い方は大変失礼な言い方だとは思うが、『アンダーワールド』や『スプートニク』『神の子供』のころからその作品の中に、もっと大きな何かのために村上春樹が周到に用意した足場のようなものが感じられたのだ。
2002年、僕は二十歳になり村上春樹の新作は遂に出た。上・下巻のなかなかに長い大作だった。それも今までの村上春樹の集大成のような小説だった。その上・下巻の中に『ノルウェイの森』があり『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』があり、『羊をめぐる冒険』があり『アンダーワールド』〜『神の子供達』があった。
小説は(もちろん)面白く、僕はすぐにその世界へとひきずり込まれた。まるでこの作品のテーマのひとつである暴力的な力のように、それは有無を言わさず僕を飲み込んだ。
不遜な言い方かもしれないが、この作品は村上春樹が現時で出来得る限りのベストを尽くした作品なんだろうと思う。村上春樹は自分が設定した自己新記録のバーの高さをクリアしたのではないか。時代を代表する作家として地位も名声も実力も兼ね備えた作家が、ある意味で自分の現時点での力の限界を明確にしておきたかったのではないか。
しかしながら一方で、彼の中に「今から俺はこのバーよりは絶対にまだ高く飛べるはずだ」と新たな自信も生まれたのではないか。
実に勝手な憶測だが、そう思うことで僕たち健全な読者たちはまた、彼の新しい小説を待ち望むことができるのである。
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