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SHINさんのレビュー一覧

投稿者:SHIN

2 件中 1 件~ 2 件を表示

紙の本泣いた赤おに

2003/11/13 14:43

出来すぎたお話ではあるけれど、そもそも「よゐこのためのえほん」と思って読むのが間違い。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

確かに、自分は悪者になってでも友のために何かしたい、そんな青おにの優しい気持ちや赤おにへの友情はあまりにも美談に過ぎる、これは「よゐこ製造絵本」と思っていた時期もあったが、私にとっては、初めて読んだ小さな頃からおおむねいつでもこのお話は輝きを失わなかった。大人になった今、それはますます増えている、そう思う。と言っても、小さい頃はなぜ青おにが姿を消さなければならなかったのかがまったく理解出来ず、この本を読むといつも彼のために憤っていたものだが…

心優しい青年が一人まじめに暮らしていた。周りの人たちと心から仲良くなりたいのだが、村人たちは彼を恐れて近寄らない。なんと言っても青年は「人間に悪さをするおに」なのだから。さまざまな心配りも善意もことごとく無駄になる悲しさや悔しさに肩をおとす赤おにを、ある日ひょっこり親友の青おにが訪ねてきた。彼の悩みに青おには「村の人たちの前で暴れているぼくを君がやっつければ、きっとみんなの考えも変わるよ」と、赤おにを‘悪者から人間を守ってくれる正義の味方’にする芝居を打つことを申し出る。果たしてそれは大成功を収め、赤おにはめでたく村人からの信頼と友愛を勝ち得ることが出来た。ようやく幸せな日々が訪れた赤おにだが、心に引っかかっていることがある。自分にこんなにまでしてくれた青おにくんはどうしているだろう…逃げる時に怪我してたなぁ、大丈夫かなぁ…青おにの消息が気になって彼を訪ねて行くのだが、青おにの家は固く扉を閉ざし、彼の姿はどこにも見えない。ふと見ると扉にはこんな手紙が貼り付けてあった。「ぼくが君と仲良くする姿をもし人間が見たら、君を疑う人が無いとも限りません。せっかく人間と仲良くなれたのに、それではまったくつまらない。だからぼくはしばらく遠い旅に出ることにするのです。でも君のことは決して忘れません」赤おには何度も何度も読んで、それからしくしくと涙を流して泣いた…

ぬくぬくとした優しい友情物語かと思えば、非常に厳しい結末である。この本は必ずしも美談ではない思う所以である。赤おにの平安を守ろうと思ったら、確かに青おには姿を消すしかない。それは真から相手を思うやさしさと、自分への厳しさがなければ出来ない決断だった。これはむしろ青おにの物語とも言えよう。

友情についてのちょっと出来過ぎた「良い」お話、よくある児童教化のための台本、こんな美しいことあるわけないだろ?そう思ってこの本を捉えるのじゃなく、これがもし自分にとって大切な人だったら—それは家族でも友達でも恋人でも—その人のためになら自分も青おにのようになれる、いや、そうせずにはいられないのではないか…? それがどんな代償を伴うとしても—そんな風に置き換えて読めば、この本はただのおとぎばなしではなくなるだろう。私は基本的には、児童書は「児童」書というだけではないと思う立場だ。自分の年齢、人生経験、ものの考え方…その時その時の自分に合った読み方をすればよいし、また、そうするべきだとも思う。アンデルセン童話にしても、あれは決して「童話」ではない。「童話」という衣を纏った人間の物語なのだ。もちろん、全ての児童書がそうだとは言わない。そういう風に児童書を読めと言うつもりも全く無い。しかし、大人にも通じる、いや、大人になったからこそ解る「なにか」が秘められている—そんな「児童書」があることもまた確かなのだ。

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紙の本ジェイン・オースティン事典

2003/11/04 12:44

お値段と満足度が必ずしも一致しない可能性有り。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本は3部構成をとっている。第1部でオースティンの生涯や文学活動に関する詳しい年表が、第2部ではメインの「事典」、すなわち6つの代表作から様々な小品の梗概、加えてほぼ全ての登場人物の紹介・解説が、そして第3部ではかなりのページを割いてオースティン関連の論文や研究書のリストが挙げられている(しかしこちらはそういった事を専門的に研究する人にしか用の無さそうな箇所のような気もする。この部分は全て英文)。どの項目も詳細な記述が成されているが、その中でも第2部は、研究とはいえよくここまで抽出したものだと思うくらいかゆい所にも手が届く詳しさである。彼女の作品をよほど隅々まで暗記していなければ、ちょっと見てもその存在を具体的に思い出せない人物も結構おり、主要作品をもう一度よく読み返すきっかけを与えてくれることであろう(お恥ずかしいが、自分自身そうだった)。現在入手可能なオースティン関連の書籍にはこういったスタイルのものは無いように思われるので、1冊あれば彼女の作品の概要や人物の把握になかなか便利だと言える。特に第1部の、当時の紳士・淑女・軍人の衣服や様々な馬車の形を紹介したイラスト数葉や、『説きふせられて』の一場面の舞台となった場所の写真は、それ自体はちょっとした事とはいえ、小説や人物のイメージを頭の中で膨らませるのにかなり参考になると思う。ただ、それでも少し物足りないと思う点が少なくとも私には幾つかある。まず、この本はただひたすら「事典」なので、まとまった文章の形で彼女の各作品の時代背景や人物分析、作品とは切っても切れない「紳士階級」という社会制度などについて読みたい、知りたいと思ってもそれは叶えられないこと。そもそも期待した私が愚かだったかもしれないが、それには少し落胆した。また、第2部の事典は見出しがアルファベット順で英語表記優先、脇に日本語も添えられてあるのだが、普段専ら翻訳で読み慣れている私のような人間にとっては、よく知る人物や作品でさえ、rとl、bとvなどの違いによってなかなか見つけられなかったりと、少し不便ではある(索引はあるのだが、こちらもアルファベット順なので検索し易い訳ではない)。もっともこの本は英語圏の研究者の手によるものである以上、それは仕方ないのだが、その為かどうか、本文は全て横書きなのも読みづらい。もっとも、私のつけた難癖も個人差があると思うので、気にならない方だってもちろん沢山おられると思う。あくまで参考という事で。ただ、こういった事をその高額な値段と絡めて総合的に考慮すると、100%満足とは言えないのが正直な感想である。1冊あれば重宝する事は確実なのだが。

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