凸凹眼鏡さんのレビュー一覧
投稿者:凸凹眼鏡
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2002/12/26 11:33
霧は晴れるのか
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ミステリーであることは間違いないが、人間の心理の綾の描写に読みごたえがある。
神谷玄次郎は北町奉行所の定廻り同心。捕り物の腕は一流で、剣は直心影流の達人である。だが、普段の仕事ぶりは、ぐうたらで、たびたび上役から叱責されている。
『彫師伊之助捕物覚え』シリーズの伊之助は、十手を返上して彫師となり、『用心棒日月抄』シリーズの青江又八郎は、藩の陰謀に巻き込まれて脱藩し、心ならずも用心棒となった。いずれも、己自身の選んだ道であった。しかし、玄次郎は、気がついたときには、既にある境遇におかれていた。
玄次郎が同心見習いであった十四年前、父が手がけた事件にからんで、母と妹が斬殺され、ほどなく父も死んだ。その後、圧力により調べは中断し、事件の全貌は未だ明らかにされていない。今も、彼はその事件を忘れることができない。いいかげんな仕事ぶりの中にも、なじみの小料理屋の女将お津世とのつきあいにも、その事件の影が落ちている。
短編の連作という形から、その都度の捕り物の経緯を追ううちに、岡っ引きの銀蔵夫婦、同僚、上役のだれかれの日常の姿が、徐々に浮かび上がってくる。
なじみの小料理屋の二階の戸袋から、青い卵が見つかった。そこに事件の知らせが届く。裏店に一人住まいの老婆が殺され、貯めていた小金が奪われた。
どこにでもあるような事件である。銀蔵の手慣れた探索で、確かに犯人は捕らえられる。だが、その犯人の口からでた言葉に導かれて、玄次郎はあることを想像する。玄次郎の想いは、何が孵化するか分からなかった不気味な青い卵に重なっていく。
話の本筋だけではなく、多くの興味深い場面がある。例えば、同心である玄次郎が、岡っ引きに渡すために、探索に必要な金を工面するところである。普通眼にしない場面であり、作者の創造した世界の奥行きを感じさせてくれる。
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