紅桜さんのレビュー一覧
投稿者:紅桜
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紙の本うつくしい子ども
2003/07/17 00:33
紙一重への理解者
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時期としてはまったくの偶然、私がこの本を読んでいる途中で、九州で4歳の男の子を12歳の少年が殺害するという事件が起きた。作中の犯人は13の少年である。どうしても現実とてらし合わせ気味で読んでしまった。
殺人事件を考えるとき、殺人を犯した犯人が肉親だったら一体自分はどのような行動をとるだろか。
作中の主人公は殺人犯である13歳の少年Aの兄。
彼は、殺人者としておそらく誰からも理解されていないだろう弟の理解者になろうと、人々のやり場のない怒りの捌け口になりつつも奔放する。
どんなものが弟に影響を与えたのだろう、
いつから弟の心がわからなくなってしまったのだろう、
どんなものに触れてどんな事を考えていたのだろう、
どのようにして弟は殺人に至ったんだろう。
弟が社会的にも人々を傷つけてしまった事を自覚しつつ、その上で必死に弟の理解者になろうとする。
殺人者というアウトサイダーな存在を理解しようとする存在。
理解者というのは、人が生きていく上で必要とするもののひとつなのではないかと思う。人は孤独だとしりつつも、どこかに自分の理解者を求めている。
犯罪を犯してしまった少年Aに必要なもの、それは理解者だったのではないだろうか。
被害者と加害者と考えると、加害者は罪を問われて当然だろう。
しかしだからと言って、加害者は一体なんなのだろうかと考えると、それは紙一重の存在なのではないだろうか。
それは時として紙一重の隣人であり、
それは時として紙一重の友達であり、
それは時として紙一重の肉親であり、
それは時として紙一重の自分である。
そんなことに気付いた瞬間、人は誰かの理解者になれるんじゃないかと思う。遠くて脆い紙一重を超えてしまった弟を理解しようとする主人公は、明日の自分の姿かもしれないと感じるのは私だけではないだろう。
低年齢の快楽殺人のニュースを聞くのを避けられない昨今、人を理解することについての新しい視点がみつかるかもしれない一冊だと思う。
決して加害者を保護しろというのではないが、自分とは違う誰かを理解する存在の大切さを認識する点でもよい一冊だと思う。
紙の本ウォーレスの人魚
2003/09/19 22:46
未知の自然と出会った作品
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ページをめくる手がもどかしかった。
主人公の青年は、常識では考えられない状態で発見された。彼は嵐で転覆したヨットから投げ出されてから2ヶ月間、海の底で生きていた。そして彼はその時の記憶を失くしていた。
自分が人魚の末裔だと聞かされる青年の、心の変化も体の変化も、とても繊細に描かれていた。肉親だと思っていた人が他人で、自分の知らない自分の事を他人が知っている。戸惑いながらも真実に向き合おうと、信じられないような出来事を受け入れていく。
人魚という幼い頃から触れている夢物語ようなテーマが現実に目の前に現れたとき、それはいつまで甘美なものでいられるのだろう。
もうひとつ、この本では大切な事が描かれている。
大量の人間によって人魚の発見は隠され続ける。
「人魚の発見」、「絶滅種の生き残りを保護している事」。
これらの世界的にも重大な発表を、世界的権威の研究者達は必死に隠す。
それはその報道が、その種の保存に危機をもたらすことを過去の例で知っているからである。これはとても現実味のある問題だと思った。平和な南の島に住む漁師は、人魚を知っても自然の神だと言って海に返そうとする。古来の人々は自然をあるがままの姿で受け入れていた。
実際に人魚が発見されたら一体世界はどう動くだろう? 実際にこの本のように、種の保存を優先させて発表しないでいられるのだろうか? それとも保護とは名ばかりの、種の解明による絶滅の時間を早める事になるのだろうか?
この本の中には、自分が人間ではない、正確にはホモ・サピエンスではないのではないのかという青年の葛藤と共に、自己顕示欲と戦う学者の姿がとても繊細に描かれていた。
人間が未知なる自然に触れた時に出会うであろう様々な葛藤が、あらゆる角度から描かれていた。一体自分はどの人物と重なるだろう?
この本を読み終わった時、自分の中に残ったのが暖かいものだったことは確かだ。疲れた心を癒してくれる作品だと思う。
紙の本世紀末の詩
2003/07/27 21:19
現実の果ての理想のカタチ
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この本は野島氏の求める、究極の愛のカタチについて書かれた本。
ドラマのノベライズでもあるので読みやすく、心にすっと入ってくる。
私の大切な本の一冊である。
共に自殺を図っていた、学長選に敗れた元大学教授の百瀬夏夫と、結婚式当日に教会で恋人に去られてしまった平凡でまじめな青年野亜亘の二人が、究極の愛のカタチを求める物語。
恋人に裏切られた事から、永遠に続く愛を探す野亜。共同生活をする二人は様々な愛のカタチに出会うが、教授は尽く様々なその愛を否定する。行き着く先は自己愛に過ぎないのだ、と。
それでも二人は究極の愛は一体どんなものかを求め続ける。
この本を読んでいると時間の感覚を失ってしまう。
自分の大切な人、その人に対する想いは恋なのか愛なのか。
作中で教授は野亜に訊ねる。
例えば二人以外の人類は絶滅し、残された二人きりで流れ着いた無人島で、愛する人が先に死んでしまったらどうするか? と。
自分だったら一体どうするのだろう。
自分が後を追って死んだら、それは愛ではない。
自分がその人をいつまでも想い続けて生きていっても愛ではない。
そう教授は説く。
そして過去に教授が出会った、究極の愛のカタチを野亜に説く。
『愛』という言葉を決して軽々しく扱うのではなく、この言葉の追求のみで『世紀末の詩』という一冊がある。
言葉を大切に、そして愛を大切に扱っているこの本を、とても大切に、そして愛しく想う。
心の薬になる一冊ではないかと思う。
きっとこれは、誰かを大切に思える本だろう。
紙の本絡新婦の理 文庫版
2003/01/08 12:16
からくり三昧
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京極作品中、一番からくりにあふれた作品だったと思う。文章の巧みさという点においてなら文庫化したシリーズ一だと推薦するが、これはシリーズの前作品達を読んでいないとからくりの面白さが半減してしまうだろう。
物語は結末から始まる。
桜の舞い落ちるなか、女と黒衣の男が立っている。
二人の会話には、哀しさがあふれている。
からくりをうみだした女と、からくりの中へあえて入り込んだ黒衣の男。
自分の居場所を得るためのからくりは、女に彼女自身想像し得なかったほどの哀しさを残して解き明かされた。
最初はばらばらにスタートした幾数個の事件。
刑事が関わり、探偵が関わり、元刑事が関わり、記者が関わり、小説家が関わり、
黒衣の男が関わり……。
そして過去幾多の事件が関わって物語は展開される…。
こんな風にかかわるから過去の京極作品をもう一度読み直したりしていると、もうその世界にどっぷりとつかってしまうのだ。
この作品はできるだけ、過去のシリーズを読んでから読むことをお勧めする。
紙の本鉄鼠の檻 文庫版
2003/04/22 23:56
雪景色の檻
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舞台は世俗と離れた山中の寺院。
京極堂も知らないというその寺院で、見立て殺人の怪異は起こる。
雪の舞い落ちる冬景色。
人の数も少ない温泉宿の静かな景色の中に、黒いものが現れた。
久遠寺翁と編集者の敦子・鳥口、骨董屋の今川の目の前に突如僧の姿が出現したことから事件は始まる。すでに息絶えていた僧が。
いつまでも変わらないとさえ思えた雪景色の中に現れた死体。そして其の僧の発見場所に至るまでの痕跡はどこにも見当たらなかった。
禅宗の抱えている、布教と自分の修行どちらを主とするかという問題点を含んだ作品でもある。自分自身の修行を追い求めて生涯を費やすのか、はたまた、より多くの人々に自分の信じている仏の教えを伝えるのか。
関口巽は、目の前に広がる静寂の自然に囲まれた寺院に囚われるのか。
京極堂は、一体どこまで物語の悲しさを知ってしまっているのか。
久遠寺翁の背負った運命が絡み、
榎木津礼二郎は見通す存在として絡み、
骨董屋今川は過去と自身の頭の回転の速さが絡み、
明慧寺にあつまり、下山できなくなった僧たちの運命が絡んで“檻”は出来上がる。
翻弄される関口巽は、世俗に戻ることが出来るのか。檻に囚われた人々は、檻の存在に気付いてもなお檻から逃れることはできない。檻の心地よさに縛られたら、心に檻ができるからである。
京極夏彦の“檻”に囚われたいなら、本編を一気に読むことをお勧めする。
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