ソフィアXさんのレビュー一覧
投稿者:ソフィアX
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イラクの小さな橋を渡って
2003/05/05 14:42
なんのためにイラクは破壊されなければならなかったのか。
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旅慣れた著者の視線は鋭い。湾岸戦争以前から米政府が世界のメディアに巧みに浸透させたフセイン悪魔説に惑わされることなく、まっすぐにイラクの土地と人々を見つめている。
フセインの強引な独裁を否定することはしないが、同時にアラブ圏では稀有な近代国家建設の功績も見落とせない。それゆえにイスラエルから脅威とみなされ、ブッシュ政権が排除を急ぐひとつの理由ともなった。
そうしたイラクを取り巻く歴史的・政治的状況にさりげなく触れながら、しかし、主役はイラクの市民だと、この本は語る。
かつて市民が独裁政権の弾圧に苦しめられ、けれども市民自らの手で民主化への歩みを進めた例は世界に少なくない。そうした力がイラクの市民にもあることをこの本は生き生きと語る。時間の問題であり、時間の速度はその土地や文化によって異なるのだ。
フセインの像を引き倒したのは米軍の戦車だった。周辺ではしゃいでいたのは100人程度の、米軍に動員されたイラク人たちだったとの話もある。多くの市民が静かに遠巻きにその光景を眺めている写真もあった。米軍による復興政策に対する市民の反対デモは日に日に勢いを増している。
数え切れない愛する人々を失い、生活のインフラを破壊され、無秩序の混乱が続く中で、イラクの人々はきっとこれからも逞しく生きていくに違いない。湾岸戦争、経済制裁の不幸にもめげず生き延びてきたように。けれども失ったものはもう戻らない。再び築くことができたとしても、それにはどれほどの時間がかかるのだろう。
なんのためにイラクは破壊され、人々は死ななければならなかったのか。 どれほど貴重なものが失われたのか。
戦争は果たして終わったといえるのだろうか。
それらの問いについて、この本は深く考えさせてくれる。
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