朝松健さんのレビュー一覧
投稿者:朝松健
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紙の本旋風伝
2002/08/29 22:08
「旋風(レラ=シウ)の記」
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「旋風(レラ=シウ)伝」は、かつて《ノーザン・トレイル》のシリーズ名で、月刊小説雑誌〈獅子王〉に1989年から92年にかけて不定期掲載され、『魔犬街道』『神々の砦』の二冊のノベルスとして発行された。三巻で完結予定であったが、第二巻刊行直後、バブル崩壊によるレーベル自体の収縮で、未完となってしまった作品である。
(あと一巻で完結なのに)
当時のわたしは悔しさのあまり設定ノートやプロットメモを全て破棄した。
だから、今回刊行された本編は、構成からやり直したまったく別の作品といってもいいだろう。
しかし作品のテーマは〈ノーザン・トレイル〉のままであるし、むしろ、より焦点を絞りきっている。(そのため二千枚近くになったのだが)
テーマは、〔神話の黄昏〕である。
神話は二つある。一つは武家社会という神話。もう一つは、アイヌの神話世界である。明治政府の「開拓」の槌音が轟く前まで、蝦夷地には神々と精霊が溢れていた。そこに暮らす人々は和人もアイヌも畏敬と畏怖をもって、そうした存在と共存していたのである。だが、蒸気機関と「近代化」の号令が神々を追い払い、精霊を殺戮していった。主人公は神話世界の終焉を目の当たりにしながら──彼も神話に属する種族であるがゆえに──蝦夷地を横断するのである。
中断から十年。書いては破り捨て、また書いては捨ててきた作品である。
刊行のメドがついた去年の後半は執筆に没頭した。今年の五月には、最後の三百五十枚余りを一気呵成に書き上げた。
完成した瞬間、主人公の声が聞こえた。アイヌの板つづれ舟が納沙布の霧の彼方に消えていくのが見えた。
五稜郭を生き延びて半年、蝦夷地の幻想と神秘に立会い、幾多の戦いを切り抜け、大きく成長した少年兵士、志波新之介──。
新之介を描ききった時、わたしは、この十年で自分も成長していたことを知った。
一人でも多くの人に読んでいただきたい作品である。
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