近藤富江さんのレビュー一覧
投稿者:近藤富江
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紙の本夢の江戸歌舞伎 絵本
2001/06/15 22:18
江戸歌舞伎に夢を運ぶ幻の舞台の美しさにうっとり!
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絵本と銘打ってあるごとく十五葉の大場面で江戸の中村座に視点をおき、歌舞伎劇の出来るまでを小屋を中心に描いているのが珍らしい。珍らしいだけでなく貴重である。
何しろ絵を描いた一ノ関さんと文の服部さんとは相談に相談をかさねこの一冊、さして厚くもないものに八年もかけたというので、これも大変な力の入れ方というより他はない。
時代は文化文政、ことに文化のはじめごろを考えたというのでまさに江戸歌舞伎の爛熟期に当る。そして千松という少年が作者部屋の見習いとなって、兄弟子の長吉に指導されて座のなかを走り廻り、いろいろの見聞をするということになっているのは年少者が読むときに親しみやすいための配慮かと思う。むろん十代にも楽しいが、我々歌舞伎ファンにも知らないことがいろいろあるので面白い。
観客の頭上に橋がかかり、そこを腰元を連れたお姫様一行がにぎやかな鳴物に乗って渡っていくというのにはびっくりした。これは見たこともないし聞いたこともない仕掛である。見物人はみな仰むいてみとれている。大変なスペクタクルである。ぜひ一度みたい。
花道と廻り舞台は日本の歌舞伎が発明したスゴイ演出だとかねて聞いていたが、その他にも「せり」「宙乗り」などさまざまのテクニックをわかり易く教えてくれる。それも舞台裏で働く人たちの姿に焦点をあて、歌舞伎が役者だけのものでないことを情熱をこめて画面に描きこんでいるのが、この十五葉の特徴である。
日本家屋の俯瞰(ふかん)図というのはこれも絵巻物以来の日本画の得意とするところだが、その技法をフルに使い、迫力のある画面を作った。
見物席をながめると、ここにもさまざまのドラマがひそんでいるのを感じさせられる。
お忍びの高貴な女人もいるし、見合らしい一組もあれば、食べる方に熱心な連中もありで眺めていると日が暮れる。
「江戸歌舞伎の魅力」という文章と「絵の注」という説明がある。他に画と文の作者たちの対談もはさみこみになっている。
このなかで服部氏が、
「僕は、江戸歌舞伎の中にある、ハレの一日の歓楽を尽くすという楽しみ方、役者も舞台裏の人たちも観客と一体化して芝居を作り上げるという、そういう芝居の宇宙、空間づくりに若い頃から注目してきました」
と書いているが、まさに江戸歌舞伎はそこがすばらしかった。現代の歌舞伎が劣っているのはことに観客である。芝居との一体化が足りないのである。
近ごろの歌舞伎座の女客たちが近所のマーケットに行く姿と変らない服装で観客席にいるのはその最も端的な現れであろう。 (bk1ブックナビゲーター:近藤富枝/作家 2001.06.16)
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