櫻井秀勳さんのレビュー一覧
投稿者:櫻井秀勳
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いつかわたしに会いにきて
2002/02/25 22:16
恋と人生につまずいたあなたは最適
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日本でも30歳前後の女たちを描いた小説やエッセイが売れている。中でも江國香織や島村洋子、唯川恵のものがおもしろいが、この唯川恵が今回直木賞をとったのも、単なるOLの物語というより、家族をテーマにした問題提起と評価されたからだった。
『いつかわたしに会いにきて』を読むと、アメリカでもまったく同じ年頃の女たちが、恋や仕事、あるいは家族関係の壁にぶつかりながら、それでも自分を大切に生きていることや様子がよくわかる。著者のエリカ・クラウスもまったく同年代の一人だけに、この短編集の中の主人公「わたし」なのかもしれない。
最近の小説の傾向は、主人公の背景が描かれていないことだ。「わたし」がどこに住んで、どこに勤め、いくら収入があるかも、わかっていない。そんなことはどうでもいいのである。その代わり「わたし」の悩みや考え方、あるいは男と女の会話が、溢れんばかりに書かれている。
この短編集『いつかわたしに会いにきて』の主人公13人の「わたし」も、人生のもっとも深刻な時間だけが切りとられて、鮮やかに人間関係が展開されている。だから、主人公の物語というより、読者自身のいまの生活が描かれているように思えるだろう。
この種の物語は長編である必要はない。長編小説は主人公の物語であって、多くの場合、読者の生活と遠くかけ離れている。ところが近頃は、読者自身が「あっ、これは私の恋愛とそっくり」「これはいまの私の立場そのものだわ」と思うものでなければ、読む気がしない。そこで短編集のほうが、モデリングをさがしやすいのだ。
その意味で、この短編集には、何人もの「あなた自身」が描かれている。それもユーモラスで正直な、ときには辛らつなウイットで男を責めるあなたが、そこにいる。
この作者はこれがデビュー短編集だという。私は長年、小説担当編集者をつとめていたが、デビュー作ほど目のつまった作品集は、その後なかなか見当たらない。悪くいえばつめすぎてしまうくらいだが、それを欠点と捉えるのは文芸評論家であって、読者には願ってもないサービスとなっているものなのだ。
また30歳前後を扱った日本の女流作家の作品は、どちらかというとウエットで、いじましいOL風景が描かれているものが多い。自分のみじめな体験を下敷きにしているからなのだが、このエリカ・クラウスの筆致は、さわやかに乾いて楽しい。主人公の深刻な話も、ときとしておかしみさえ感じるほどなのだ。
日本の作家の小説やエッセイに物足りないあなただったら、たちまちファンになるに違いない。それに一読したら、男との生き方にも、賢く身を処することのできる大人になれることだろう。
(評論家 櫻井秀勳)
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