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西谷 晋さんのレビュー一覧

投稿者:西谷 晋

4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本ローマの哲人と、人生を考える

2001/05/08 22:18

ローマの哲人セネカと友人の往復書簡をもとに,作家と女学生とが軽やかに対話する哲学的な小説

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 考古学大好き人間の著者(作家)は,住んでいるローマのアパートの地下の酒蔵を掘り進み,ついに古代ローマのパピルスを発見する。知り合った美貌の女学生とともにそれを解読すると,なんとそれは紀元1世紀にセネカが書いた「ルキリウスへの手紙」の当人,ルキリウスがセネカあてに書いた手紙であった。こうして物語ははじまる。
 セネカの実在の書簡と,著者が仮想したルキリウスのセネカあての応答の手紙は,死,時間,幸福,清貧,友情など多岐にわたる。それぞれのテーマについて,作家と女学生がローマ時代の社会と人間の状況を紹介しながら,現代的な解釈と意見を交わしていく。この対話はよくいえば,軽やかで楽しく,悪くいえば軽薄,やや退屈なところもある。ここで展開する人生訓を要約すると,死を恐れるのは馬鹿らしい,貧乏でも満足できる人は幸いだ,大衆に迎合するより少数派でいること,変わった外見で衆目を集めようとするな,すぎゆく一瞬一瞬を大切にして生きよ,などである。
  さらに,本当の不幸は不運にではなく,不運だと考える点にある,本当の友情はいつでも助けになるが,恋情は毒になることがある,よい会話はお互いを豊かにする,魂の中身が変わらないのなら,旅になんの意義があるか,などである。
 こうしてみると,本書の陰の主役はエピクロスである。ルキリウスの書簡にはその思想がみなぎっているし,作家の会話はセネカに批判的で,エピクルスに傾いている。エピクルスは快楽主義者とされるが,実は清貧と欲望の抑制こそが快楽だと説いた人であり,案外ストア派に近い哲学を展開した。つまり本書はセネカをだしにした,エピクロス哲学の人生訓の本とさえいえる。なお,著者はテレビ司会者としても大活躍していながら,テレビは時間のむだ遣いで,受け身の動物のすることと断じ,読書を称揚しているのも面白い。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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紙の本世界の知性が語る21世紀

2001/02/26 00:16

世界中から選んだ現代の傑出した知性の持ち主30人が,21世紀の見通しと問題点を率直に語る

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 太古の昔から人間は占い好きであった。つい100年前も20世紀の予測が大はやりであった。そして誰もアウシュヴィッツ,ヒロシマ,さらにクローン人間の可能性を予想できなかった。つまり未来の予測はできない,というのが21世紀を迎えた私たちの合意であり,本書の30人のほとんどの人もそれを承知の上で,未来への展望を楽観悲観こもごもに語っている。古生物学のS.J.グールドにいたっては,偶然性,突発性を重視する立場から,予測不能のみを説く。これも立派な見識であろう。
 ここに選ばれた人々の予測が丸はずれとなる公算はあるが,全部あたる可能性はゼロである。互いに意見が異なるばかりか,完全に対立する見解が同居しているからである。本書の良さは,知の最前線にたつ人々が現在と未来にどのような展望を持っているかをつぶさに知るところにある。では本書に盛り込まれた21世紀のイメージとはどんなものか。
 まず,自然科学の進展は否定しがたい。生命の誕生,人類の起源の謎にもっと迫るだろうし,ガンをはじめとする遺伝子治療が急速に現実化する。インタ−ネットによる通信の発展はもちろんのこと,印刷の時代の終わりを宣言する人(デイル・スペンダー)さえいる。コンピューター・チップを体内に埋め込むことでコミュニケーションの大革命を予告する人(ケラヴィン・ウォーリック)もいる。政治・経済の分野では,資本主義に代わるシステムは当分はなく,民主主義の拡大と強化をアマルティア・センは希望をこめて語り,啓蒙の再評価を説く。核兵器が21世紀でも重大な脅威であることをケネス・ガルブレイスとジェイムス・ワトソンが警告する。地球環境の悪化も確実となる。オゾン層の破壊,地球温暖化,地域的スモッグ,この改善と経済成長との矛盾をどう解消できるのか。
 本書によって,21世紀初頭にいる私たちが重要な決断にせまられていることに気づく。ことは核や環境問題にとどまらない。遺伝子の組み替え,遺伝子診断,クローン人間の研究と実用化にどう対処するのか,どこまで容認するのかしないのか。また,人間機能の延長にとどまっていた機械(特にコンピューター)が人間そのものを変えようとしている。いや,インターネットですでに人間は変化してしまっている(シェリー・タークル)と見る人さえいる。人間存在のヴァーチャル化の進展をなすがままにしておくのかどうか。大量殺戮の20世紀に続いて,21世紀も人間がどこまで愚かであるかが試されている。
 選ばれた30人に日本をはじめアジア人はほとんどいないし,アルファベット順の登場も本書のまとまりを悪くする。しかし,一読のあと,関連分野の人たちの意見を照らし合わせる楽しみもある。座右で何度もつまみ食いできる本である。30人のうち女性は6人だけだが,今世紀末に女性の数がどこまで増えるかの予測は本書にはない。
(C) ブッククレビュー社 2000

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一般システム論という学際的な全体理論の父,ベルタランフィの生涯と思想を克明に描き出す

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 16世紀以来の科学革命は素晴らしく発展し,人類に多大の貢献をしてきた。しかし,核,化学兵器,人間のロボット化という弊害も生み出し,大きな壁にぶつかっている。その分析的な方法論,行きすぎた専門化のなかで,統合を欠き,全体像が見失われている。ベルタランフィは生物学者として,機械論的な生物観を強く拒否し,システム一般に共通した方法を探り,科学の統合をめざす一般システム論を提唱した。彼の百科全書的な見識は,生物学,心理学から始まって,経済,社会など人間生活のあらゆる分野に適合するシステム法則の探求に向かった。この思想の核心はシステムのなかで各要素は有機的に相互作用をしている,つまり組織化しながら流動している点にあった。彼の真の願いは個人の自由と人類の平和であり,狭い民族意識を脱して,人々が世界の共通目標を追求することにあった。本書は彼の知られざる生涯を描き出した点で希少価値があり,一般システム論の格好の案内書でもある。
(C) ブッククレビュー社 2000

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紙の本環境文化を学ぶ人のために

2000/07/10 09:15

自然科学的にとらえがちな環境問題を食,住など日常の暮らし=文化の視点で幅広く考える

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 すべての人間は環境の中で生きている。誰も環境からは逃れられない。そして近年,オゾン層の破壊,酸性雨,ダイオキシンをキーワードとする世界的な環境悪化がきわめて深刻な問題となっている。ところが,この大問題は科学・技術の問題ととらえがちで,私たちのごく日常の生活の中の環境を意識することなく生きている。文化=人間が学習によって社会から習得した生活の仕方の総称(広辞苑)として環境を考えることこそが,環境問題の解決につながっていく。
 本書はこのような視点から「環境文化学」を提唱している。まず,河合隼雄(心理学)と多田道太郎(文学)が「環境文化の可能性」を対談で論じ,環境文化学を説明する序章のあと4部16章の各論が続く。その中に6つのコラムを点在させる。
 第1部「暮らしの中の環境」では,自然とのつながりを失った現代日本人が批判され,西欧化しすぎた食生活と健康への悪影響が問題となる。そして「問題が起こってからの行動から,問題を予測しての行動」に変える必要を説く。心地良い住まいは何かを探ったあと,第2部「書物の中の環境」は,万葉時代の河川の汚染と疫病,太陽暦以前の季節感,宮沢賢治と環境の問題などを論じる。
 第3部「社会という環境」は,自然環境が歴史にどう影響したか,また現代のメディア環境と現実の世界のズレという視角から若者の生態を分析し,環境としての音楽に論が進む。さらに神戸大震災について,単なる復興ではなく,被災者の住んでいた町とその中での人とのつながりという環境の大切さが指摘される。第4部「環境問題」では,ドイツや欧州での環境教育の実情が紹介され,日本の不備があぶり出される。
 法律と環境をめぐる問題では日本の法整備の遅れが明らかとなる。金融と環境問題も最近注目されていて,銀行が融資する企業の環境破壊や担保土地の汚染などの「融資における環境リスク」,これへの銀行の対応を説得的に述べる。
 著者は神戸山手大学の教員を中心に25名にのぼる。当然,テーマは雑多であり,文体も「です・ます調」と「である調」が混在する。玉と石からなるモザイク状の本であるのは,環境文化というテーマの幅広さから来る必然ではない。はっきり言って,テーマからはずれ気味のいくつかの章(3,5,8,9章)と6つのコラムは不必要であり,本書の統一を一段と乱す結果になっている。編集者にももう一工夫を望みたい。せっかくの環境文化という新鮮な問題意識から出発しながら,それが何なのかが本書からはっきりと浮かび上がらないのである。学問思想には方法が大切なのだが,その方法論が欠けているからだろう。
 ただ,いくつもの章,たとえば,健康のしくみ,金融と環境問題などに優れたメッセージが点在していて,「環境ビジネス」のためのヒントをも提供している。
(C) ブックレビュー社 2000

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