山城 むつみさんのレビュー一覧
投稿者:山城 むつみ
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神の子どもたちはみな踊る
2000/10/21 00:18
日本経済新聞2000/3/12朝刊
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「地震のあとで」を総題として書かれた連作短編集である。ポイントは、地震のあとがどう書かれているかではない。地震のあとで書かれることで何が変わったかである。
この連作でも、村上春樹の読者におなじみの設定が相変わらず繰り返されている。しかし、そうした全体の印象から外れたところに明滅するものもある。それが、地震のあとで作家に生じた、微かな、しかし重要な変化なのではないか。
たとえば、「蜂蜜パイ」の結末、淳平は「夜が明けてあたりが明るくなり、その光の中で愛する人々をしっかりと抱きしめることを、誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説」を書こうと考えるが、この書き下ろし短編そのものが、作者にとってそのような小説なのかもしれない。たしかに、この短編はまだ「これまでとは違う小説」ではない。だが、ここには変化の兆しがある。
ジャック・ロンドンの『たき火』では、火がつかなければ確実に凍死する状況で一人の旅人が懸命に火をおこそうとする。「アイロンのある風景」の順子はこの小説をこう読む。「この旅人はほんとうは死を求めている。それが自分にはふさわしい結末だと知っている。それにもかかわらず、彼は全力を尽して闘わなくてはならない。生き残ることを目的として、圧倒的なるものを相手に闘わなくてはならないのだ」と。一方では死を求め、他方では、それを知りつつも、自分を死に追いやるものに対して抗うというのは、全く矛盾した態度だが、これは、生きるということに本質的に内在している二律背反にほかならない。
この「根元的ともいえる矛盾性」を読み損なえば、この連作は一面的にしか読まれないだろう。他方、「愛する人々をしっかりと抱きしめることを、誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説」も、この「矛盾性」を手放さずに書かれなければ「これまでとは違う小説」となることはないだろう。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000
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